Menu

インタビュー・コラム

産学連携の第一人者に聞く「産学両者が共に満足できる連携のあり方」

0069.jpg

今回のスペシャル・インタビューでは、理化学研究所理事の小寺秀俊先生よりお話をお伺いしました。小寺先生は、工学系研究者としてのキャリアを重ねる一方で、京都大学では理事、副学長、産学連携本部長を、理化学研究所でも2017年4月から科学技術ハブ推進本部長を務めるなど、産学連携の専門家としても活躍してきました。今回の取材では、理化学研究所と企業との産学連携を目指して2019年9月に設立された「株式会社理研鼎業」の話題などを中心に、国内における産学連携の課題と、理研が目指す新しい産学連携のあり方についてお話を聞きました。

シミュレーションモデルで課題解決に挑む

――まずは先生のご経歴について教えて下さい。

小寺 わたしは子供の頃から"生き物のつくり"に強い関心を持っていました。小学校低学年の頃には顕微鏡を買ってもらい、さっそく自宅裏の池から魚の死骸を拾ってきては解剖するような、そんな子供でした。どういう構造なのか、知りたくて仕方がなかった。大学・大学院とも工学系でしたが、大学院の研究テーマは「動物の血管の構造と動的特性」。血管は末梢血管から大動脈まで様々な種類があって、それぞれ構造と特性が異なります。そこでまずは動物の血管の構造と特性を研究しようと考え、国立循環器病センター研究所に通いました。

大学院卒業後は、松下電器産業株式会社(現:パナソニック株式会社)中央研究所に就職しました。当時の大学は学内のポストも限られており、「研究者として大学に残る」という選択肢は一般的ではありませんでした。そこで研究職の志望者は、まずは企業の基礎研究所に就職してから博士号の取得を目指したのです。実際、わたしも松下電器産業での勤務時代に博士号を取得しています。

――当時、日本はもちろん、海外でも多くの大企業が社内に基礎研究所を設立して、基礎研究技術の開発に挑戦していましたね。松下電器産業中央研究所ではどのような研究に従事されたのですか?

小寺 コンピュータでシミュレーションモデルを構築して、それを実際の現象の解決に活用するという研究をしていました。例えば当時の電子レンジは「冷凍食品を満遍なく解凍できない」という課題がありました。昔の電子レンジでは冷凍肉を解凍すると、四隅は既に焦げ始めているのに、中心部はまだ冷凍状態――なんてこともありました。そこで社内の事業部から「解凍ムラを解決する方法を考えてほしい」という課題が基礎研究所に持ち込まれて、私たちが電磁波理論を元に数値解析の新しい方法を考案し、それを用いて課題解決する方法を検討しました。もっとも、計算機を用いた数値シミュレーションと言っても当時の計算機のメモリー容量や速度等のスペックは今の携帯電話に使われている程度の計算機の能力ですから当然限界があり、それを工夫していました。私がシミュレーションの研究を始めた頃は、計算結果は手書きで処理し、コンタ図等の絵も結果の数値をもとに書いていました。

電子レンジの庫内には2.45ギガヘルツの電磁波が照射されており、この電磁波が食品に含まれる水分子を振動させることで発熱します。したがって水が存在する場所は全て加熱される筈なのですが、実際には解凍ムラという現象が起きてしまう。そこで、数値解析の理論構築を行い、その上でシミュレーションモデルを作成し、実際の庫内で起きている現象を検証することで、電磁波を最適化することにより、解凍ムラの問題を解決しました。

0052.jpg

「細胞を用いて生体の構造理解を目指す」大学では新たな研究に挑戦

――1993年に松下電器産業をご退職されていますね。

小寺 バブル経済の崩壊もあって、松下電器産業中央研究所から、より基礎研究をするために京都大学に助教授として就任しました。大学に戻った後は、まず企業からの共同研究を研究室が受けたことにより、「コンピュータシミュレーションによるネオジム磁石の加工方法と構造の最適化」の研究をしました。同時に、小さいものを作る研究、すなわち「ナノ・マイクロ工学」の研究も始めました。当初はシミュレーション研究のかたわら小規模でスタートした研究でしたが、2000年に教授に昇任し独立した研究室を持ったことから、ナノ・マイクロ工学の研究を本格的に開始しました。

――「小さい」というのはどれくらいの大きさですか?

小寺 タンパク質の大きさは20nmぐらい、細胞は10μmぐらい、その領域が対象です。

当初は、細胞や分子を扱えるマイクロデバイスの研究とその応用の研究を行うことを目的に始めたのですが、大学には小さなデバイスを作製するための装置はなく、また当時は作製する技術も開発されておらず、さらに細胞や分子を扱うために必要な機械的、電気的な要素も明らかではありませんでした。大きなものなら切削加工や塑性加工で製造できますが、マイクロメートル以下の世界だとそうはいかない。そこでまずは、どうやって小さいものを作るのかという研究を始めました。

研究を始めて数年間は、細胞のシミュレーター研究開発も行いましたが、その後、ナノ・マイクロ工学技術を用いて細胞の機能を評価する研究を進めました。その一つは、マイクロ流路と電極を用いて、細胞の表面に直接2マイクロメートル程度の穴を開口し、遺伝子を細胞内に導入する方法の構築等を実現したことです。また、「1細胞」へ刺激を与え、その反応を計測するデバイスや分子を操作するデバイスの研究をしてきました。

――工学技術を用いて細胞研究に挑戦するというのは、非常に面白い試みですね。

小寺 研究者を突き動かす推進力は"好奇心"です。私の好奇心の対象は、子どもの頃からずっと「人体は(そして臓器や細胞は)どのような構造で作られているのか」でした。細胞1個でそれらの研究に挑戦するにはどうすればよいか? 細胞1個から臓器を作成するにはどうすればよいか? ちょうどその頃に京都大学医学部生理学教室の野間昭典先生から相談を受けて「細胞生体機能シミュレーター」の共同開発にも挑戦しました。この研究は上記の細胞の実験用デバイスの研究へ展開するとともに、その後、様々な新しい展開を見せています。

また、細胞から臓器の再生を目指す場合、全ての臓器から生検で細胞を採取するのは身体への負担が大きすぎることから、hiPS細胞を用いてオルガノイド(幹細胞から分化誘導して作成した三次元組織。生体と同じ構造や機能を保持している)を作成して、これを用いて薬剤スクリーニングができるデバイスの研究もしてきました。私が退任した講座の後任の横川隆司先生は、オルガノイドと一緒に血管を再生させて「血管経由でオルガノイド内に運ばれた薬剤成分がどのように代謝されるのか」を測定するシステムの構築にも成功しています。

――将来的には新薬開発における毒性検査などにも応用できそうな技術ですね。

小寺 いずれそうなるでしょう。近年では動物実験に対する風当たりも強く、すでに欧州では動物実験を用いて開発された化粧品は一切販売することができません。今後は幹細胞から分化・誘導したオルガノイドを用いた毒性研究の重要性がますます高まると思います。

理化学研究所と産業界を結びつける「株式会社理研鼎業」

――小寺先生は研究者としてご活躍されてきた一方で、京都大学時代には産学連携本部長を、理化学研究所では科学技術ハブ推進本部長を務めるなど、研究者と企業を結ぶ「産学連携」にも積極的に挑戦されていますね。

小寺 松下電器産業時代も「事業部から持ち込まれた様々な研究課題を解決する基礎研究を行うとともに、その成果を技術移転する」という仕事をしてきたので、その意味では「産学連携」に近いスタイルといえます。ただし、そのような私企業の研究部門とは異なり、公的研究機関と企業との産学連携では、研究員に協力を強制するわけにはいきません。もっとも、研究者側には「企業の手を借りて自分の研究成果を社会実装したい」という希望があり、企業も自分たちの力だけでは解決できない課題を抱え、両者ともに相手を必要としているのも事実でした。そこで企業と研究者がオープンな環境で対話できるワン・ストップ・サービスが必要だと考えました。

――それが2019年9月に設立された新しい組織「株式会社理研鼎業」ですね。

小寺 その通りです。理研鼎業は産学連携における4つの機能、すなわち「ライセンス業務・知的財産権管理業務」「コーディネート業務・共同研究契約業務」「共創プラットフォームの形成」「ベンチャー設立支援・育成業務」を一体で実現する組織です。

例えば理化学研究所をはじめ、大学・研究機関にとって特許の出願・確保は非常に重要ですが、一方で特許は出願・維持するだけでも多額の費用がかかります。研究者の特許申請を全て出願することはできません。そうした、埋もれた特許候補技術の中には、いま企業が抱えている課題の解決に貢献できる技術があるかもしれない。産学間の対話を通じて"埋もれた研究"を掘り起こし、必要とする企業に許諾することで、新しい技術や製品が生まれる可能性もあります。そこで理研鼎業は、理化学研究所が保有する特許の可能性を戦略的に拡大したいと考えています。それが「ライセンス業務・知的財産権管理業務」、いわゆる技術移転機関としての業務になります。

――先生が松下電器産業時代に経験された「課題持ち込み型研究」に近いスタイルですね。

小寺 とはいえ、企業の研究課題と研究者の志向が常に合致するとは限りません。その場合は、企業が研究資金を提供して実施する「共同研究」を模索することになります。ところが研究者が企業と共同研究の予算交渉をすると、研究費を大幅に値切られるのが常でした。さらに大学院生は研究員ではありません。海外では大学院生と言えども、奨学金等をもらい研究員として企業等との共同研究に参加しています。米国の場合、共同研究プログラムの予算は日本より高く、企業からの共同研究費のうち約5割以上を大学が、残り4割を研究室がとって、その4割の中から大学院生の奨学金が支払われます。さらに大学側の5割も、先生方の給与や施設や研究環境の整備として一部は研究室に還元されます。

0051.jpg

――理研鼎業を通じて研究者と企業が「適正なコスト観」を共有して共同研究を推進するわけですね。

小寺 産学共同研究は、研究に対する正しいコスト意識が不可欠です。そこで理研鼎業が代わって「コーディネート業務・共同研究契約業務」を担うわけです。そのために、理研鼎業は理化学研究所から独立した形、株式会社として設立されました。理化学研究所も、彼らと連携する企業も、理研鼎業にとっては「お客様」。あくまで第三者の立場から両者を仲介し、双方の満足度の向上を目指すわけです。逆に顧客満足度を上げることができなければ、両者の間に存在する理研鼎業の位置付けは薄れると言えます。

さらに、意識の共有という点では、研究者と企業がビジョンを共有しながら、将来の科学技術と日本の(そして世界の)産業と科学について議論ができる場所の構築にも挑戦しています。それが「共創プラットフォームの形成」です。そこでは、様々な情報発信及び議論の場を会員制(有料)で提供していきます。もっとも、研究者が重要だと考えても、市場性やコスト面から企業側が事業化に消極的な研究テーマもたくさん出てくるでしょう。そこは起業で解決していく。それが「ベンチャー設立支援・育成業務」です。理研鼎業はこれら4点の機能を1カ所に集約して、かつ理化学研究所の100%子会社として対外的にはワン・ストップ・サービスで提供していきます。

――大学と企業との産学連携の歴史を見ると、これら4点の機能はそれぞれ異なる組織が担当することが多いですね。

小寺 国立大学など、産学連携に積極的に取り組んできた機関ではその制度整備の経緯から、この4つの機能が分かれていることが多い。その点、理化学研究所は産学連携の分社化において後発であることが幸いして、4点の機能を1カ所に集約することができたといえます。これは非常に挑戦的な事業であり、だからこそ成功させる必要があるのです。欧州や米国にはそれぞれの地域性に即した産学連携があって、内容も構造も異なります。だから私たちは日本型の産学連携のあり方を模索して、最終的には成功させたい。それも、できれば3年以内には目標達成したいと考えています。

――では最後にLINK-Jに対する期待感・課題感などをお聞かせ下さい。

小寺 国立大学や国立研究開発法人とは異なり、経済界・産業界から誕生した産学連携組織として、期待をもって注視しています。さきほど「理研鼎業は第三者的立ち位置で......」と話しましたが、それでも母体が理化学研究所である以上、どうしても研究者サイドに偏重する傾向は避けられないでしょう。これに対して、LINK-Jは「経済界・産業界側」という立ち位置からの産学連携の積極的推進、オープンイノベーションタイプの創業支援など、理研鼎業にはできない役割を担うことができると期待しています。

課題感としては、現状ではまだライフサイエンス領域の中でも医学的領域に重点が置かれ、逆に工学的領域の参画が小さいと感じます。ライフサイエンスの世界では、研究開発に必要な道具や材料の開発・製造を担当する工学系の研究者も数多く存在しています。もっと彼らを引き込んでほしい。その意味でLINK-Jと理研鼎業は、苦手な領域で相互に補完し合う関係になれると期待しています。

cotera.png小寺 秀俊 氏 理化学研究所 理事
1982年に京都大学大学院工学研究科機械工学を卒業。卒業後は松下電器産業株式会社中央研究所に11年間にわたって勤務。1993年に退職して京都大学工学部助教授に就任。その後、京都大学大学院工学研究科教授、総⻑室副理事、産官学連携本部本部⻑、理事・副学⻑を歴任。2015年には理化学研究所理事長特別補佐に就任している。現在は京都大学名誉教授、理化学研究所理事を務める。著書に「塾長秘伝 有限要素法の学び方!―設計現場に必要なCAEの基礎知識(日刊工業新聞社)」などがある。

Facebook で Share !
Twitter で Share !
pagetop