長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の入江浩一郎教授らの研究グループは、歯周病患者由来の唾液中口腔細菌叢(※1)が、唾液中IgAをはじめとする粘膜免疫応答に影響を与える可能性を、無菌マウスを用いた研究により世界で初めて明らかにしました。本研究成果は、国際学術誌 Journal of Clinical Periodontology に掲載されました。論文では、歯周病患者または歯周組織が健康な人の唾液由来細菌叢を無菌マウス(※2)に移植し、唾液、血液、糞便、リンパ節、顎下腺におけるIgA関連免疫応答を解析しています。
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【ポイント】
・歯周病は口の中だけの病気ではなく、全身の健康状態との関連が注目されています。しかし、歯周病に伴う口腔細菌叢の変化が、唾液腺や全身の免疫応答にどのような影響を及ぼすかは十分に分かっていませんでした。
・本研究では、無菌マウスに歯周病患者由来または健康者由来の唾液中細菌叢を移植し、口腔細菌叢がIgA関連免疫応答に与える影響を検討しました。
・その結果、歯周病患者由来の唾液中細菌叢を移植したマウスでは、唾液、血液、糞便におけるIgA濃度の変化、糞便中リポカリン2(※3)の増加、免疫細胞分布の変化、顎下腺におけるIgA関連所見の変化が認められました。
・本研究は、口腔細菌叢が唾液腺を含む粘膜免疫や全身の免疫状態に影響を及ぼす可能性を示す基礎的知見であり、将来的には歯周病と全身健康をつなぐメカニズムの解明につながることが期待されます。
【概要】
唾液には、口腔内を清潔に保つ働きだけでなく、細菌やウイルスなどから体を守る免疫機能があります。その中でも分泌型IgA(※4)は、粘膜面で病原体の付着や侵入を防ぐ重要な免疫因子です。
本研究では、歯周病患者および歯周組織が健康な人から採取した唾液中細菌叢を、細菌を持たない無菌マウスに移植しました。その後、唾液、血液、糞便中のIgA濃度を測定し、さらにリンパ節や血液中の免疫細胞、顎下腺組織のIgA関連所見、遺伝子発現を解析しました。
その結果、歯周病患者由来の唾液中細菌叢を移植したマウスでは、IgA関連免疫応答が複数の部位で変化することが分かりました。特に、唾液、血液、糞便におけるIgA濃度の変化に加え、顎下腺ではIgA免疫反応性やCD138(※5)陽性細胞シグナルの増加が認められました。また、顎下腺のRNA-seq解析では、IgAや粘膜防御に関連する遺伝子群にまとまった発現変化が観察されました。
これらの結果は、歯周病に伴う口腔細菌叢の変化が、唾液腺や全身の免疫応答に影響を及ぼす可能性を示しています。
【研究の背景】
歯周病は、歯を支える組織に炎症を起こす代表的な口腔疾患です。近年、歯周病は口腔内にとどまらず、糖尿病、動脈硬化、認知機能低下など、さまざまな全身疾患との関連が注目されています。しかし、歯周病に伴って変化した口腔細菌叢が、どのように全身の免疫状態に影響するのかについては、まだ十分に明らかになっていません。
一方、唾液中に多く含まれる分泌型IgAは、粘膜面における感染防御の中心的な役割を担っています。IgAは、細菌やウイルスが粘膜に付着することを防ぐだけでなく、口腔内細菌叢との相互作用を通じて、粘膜の恒常性維持にも関与すると考えられています。
【研究の成果】
本研究では、歯周病患者由来または健康者由来の唾液中細菌叢を無菌マウスに移植し、6週間後に免疫学的解析を行いました。
歯周病患者由来の唾液中細菌叢を移植したマウスでは、唾液、血液、糞便においてIgA濃度の変化が認められました。また、糞便中リポカリン2の増加が認められ、腸管を含む免疫状態の変化が示唆されました。
さらに、頸部リンパ節および末梢血を解析したところ、歯周病患者由来細菌叢を移植した群では、CD11b陽性細胞、CD11c陽性細胞、Gr-1陽性細胞など、自然免疫に関わる細胞集団の変化が認められました。
顎下腺の組織解析では、歯周病患者由来細菌叢を移植した群で、IgA免疫反応性およびCD138陽性細胞シグナルの増加が観察されました。また、RNA-seq解析では、IgAや粘膜防御に関連する遺伝子群に協調的な変化が認められました 。
これらの結果から、歯周病に伴う口腔細菌叢の変化は、唾液腺を含む粘膜免疫応答や、全身の免疫関連指標に影響を及ぼす可能性が示されました。
【今後の展開】
本研究は、口腔細菌叢が唾液腺や全身のIgA関連免疫応答に影響を及ぼす可能性を示した概念実証研究です。また、今回観察されたIgAの増加は、単純に「体に良い反応」とは限りません。歯周病に伴う細菌叢の変化に対する防御応答である可能性がある一方で、慢性的な免疫刺激を反映している可能性もあります。今後、口腔細菌叢、唾液IgA、全身炎症、生活習慣病などを統合的に解析することで、口腔と全身の健康をつなぐ新たな予防医学的指標の開発につながることが期待されます。
【用語解説】
※1 口腔細菌叢
口腔内に存在する多様な細菌の集まり。健康な状態では口腔環境の維持に関わるが、バランスが崩れると歯周病やう蝕などの疾患に関与する。
※2 無菌マウス
体内に細菌を持たない特殊な環境で飼育されたマウス。特定の細菌叢を移植することで、その細菌叢が宿主に与える影響を検討できる。
※3 リポカリン2
炎症や免疫応答に関連して増加するタンパク質の一つ。腸管などの免疫状態を反映する指標として用いられる。
※4 分泌型IgA
唾液、涙、腸管分泌液などの粘膜面に多く存在する抗体。細菌やウイルスが粘膜に付着・侵入することを防ぎ、粘膜免疫の第一線で働く。
※5 CD138
形質細胞などに発現する分子として知られるマーカー。本研究では、顎下腺におけるIgA関連免疫所見を評価する指標の一つとして解析した。
【論文情報】
掲載誌:Journal of Clinical Periodontology
タイトル:Salivary Microbiota From a Periodontitis Donor Is Associated With Altered IgA-Related Immune Features in Germ-Free Mice
著者:K. Irie, T. Azuma, R. Minoshima, Y. Mochida, R. Yamada, K. Nanashima, S. Fuchida, N. Kubota, K. Tsukinoki, Y. Sato, T. Tomofuji, T. Yamamoto
掲載年:2026年5月23日
DOI:10.1111/jcpe.70146
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長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
医療科学専攻 口腔保健学分野
教授 入江 浩一郎
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