特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)(事務局:東京都千代田区、代表理事:黒川清)と東京大学SPRING GXは、気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)の開催を前に、気候変動と健康、持続可能な医療システム、気候変動政策に関する意見を集めるため、日本の医師を対象に自記式質問紙票によるオンライン調査を実施しました。調査は2023年11月21日から27日にかけて実施され、日本全国で診療に携わっている1,100人の医師から回答を得ました。
<主な調査結果>
- 医師の多くは、気候変動に関する知識を十分に有さず(半分以上正解は36.1%)、「プラネタリーヘルス」という言葉は、浸透していない(18.2%)
- 医師の多くは、気候変動が日本人の健康に与える影響を実感しており、自身の患者への健康への影響も実感している
- 78.1%の医師が、気候変動が人々の健康に影響を及ぼしていると感じている
- 51.5%の医師が、気候変動が自身の診療分野の患者の健康に影響を及ぼしていると感じている
- 約70%の医師が、気候変動による現時点での健康への影響を認識し、今後10年間で気候変動が以下の健康問題に大きな悪影響を及ぼすと考えている
- 異常気象(洪水、台風、地滑り、山火事など)による外傷(83.3%)
- 熱関連疾患(79.5%)
- 節足動物媒介感染症(75.8%)
- 気候変動が健康に与える影響に関して医師が教育を受ける機会は限定的である
- 医学部在学中に気候変動と健康に関する講義を受講したことがある(6.5%)
- 気候変動と健康に関する専門的な研修を受けたことがある(11.6%)
- 約70%の医師は、より環境負荷が低く、持続可能性を考慮した製品、設備等の選択肢がある場合には、選択したいと考えている
- 半数以上の医師は、医師は、患者や自身の所属する医療施設に対して啓発を行うべきであると考えている
- 患者に対して、気候変動と健康について啓発を行うべき(56.7%)
- 勤務する施設が持続可能な医療への転換のための啓発を施設に対して行うべき(57.5%)
- 半数以上の医師は、気候変動と健康に関するより多くの行動を起こすことを妨げる主な障壁として、情報や資源不足(54.4%)、知識不足(52.7%)、時間不足(51.7%)を挙げている
なお、本調査結果などを踏まえて、本プロジェクトを担当している菅原丈二副事務局長は以下のようにコメントしています。
"日本政府は、2019年のG20大阪サミットにおいて、世界で初めての財務大臣・保健大臣の合同会議を実現しました。この異なる縦割りの組織の連携を可能にしたリーダーシップは、グローバルヘルス、そしてユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)に対して大きなインパクトを与えました。本年、G7広島サミットのホスト国である日本政府は、気候変動と健康に関連した成果文書を保健大臣会合や環境大臣会合においてとりまとめています。公的な皆保険制度が、本来の目的とは異なる取組を実施する際には、そのルールにおいて、新たな取り組みを可能にすることが、保健医療従事者や医療施設の行動を変える上では極めて重要になります。今回実施された調査から多くの医師(78.1%)が「気候変動が人々の健康に影響を及ぼしている」と理解していることがわかりました。また、今後10年間で気候変動が健康へのネガティブなインパクトを与えることについても考えていることがわかりました。今回のCOP28で歴史上初めての健康の日(Health Day)が12月3日に開催され、保健大臣会によって「COP28 気候・健康宣言」が採択されることは、こういった国内の状況に変化を与えるきっかけになると考えられます。また、COP26ヘルスプログラムで掲げられた「気候変動に強靭で持続可能かつ気候変動に対して中立な保健医療システムの構築」に向けた取り組みを進めるうえでG20もその重要性を確認している「気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(ATACH: Alliance for Transformative Action on Climate and Health)」などの国際的な枠組みへの日本政府の参加は、国内の医療・介護・福祉分野などがグリーントランスフォーメーション(GX)を加速させ、地球環境への負荷が少なく、人々の健康と地球にやさしい変革を遂げるきっかけとなることが期待されます。"
また、本調査に対して、一般社団法人みどりのドクターズ(事務局:滋賀県湖南市、代表理事:佐々木隆史 ※本調査には直接関わっておりません)の佐々木隆史代表理事から下記のようなコメントいただいています。
"気候変動により極端な気象がおきており、極端な寒さによる血圧・脳心血管疾患やメンタルヘルス悪化も現場では大きな問題になっています。次世代への健康格差や健康の社会的決定要因としても大きな問題ですので、現場の医師の6割が何か行いたいと思っているのは、とっても頼りになります。環境にも健康にもいいというコベネフィットを、個別性にあわせて、伝えて市民の行動を変えることが出来るのは、臨床医の大きな力です。"
提言
今後10年間で熱関連疾患、節足動物が媒介する感染症、異常気象による身体的危害や傷害による健康への悪影響が増加すると多くの医師が予測する中、環境の変化とそれが健康に及ぼす影響を緩和し、適応するために、医師が果たせる役割を認識することは極めて重要です。本質的な役割を果たすために、医療従事者は十分な知識を持ち、患者や一般市民を教育する責任を果たすことが求められています。
医学生の教育に関しては、2022年の医学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂で、「気候変動と医療」などの必修項目が追加されました。これにより、将来の医師の知識が増加し、医師が患者に気候リスクや気候の共同利益について教育する際により積極的な役割を果たす可能性があります。また、現在臨床に携わっている医師には気候変動と健康に関して知識をつけ、行動するための機会が不足していることが示唆されました。この知識ギャップを埋めるために、医師の生涯学習の一部にこのトピックを取り扱うことが必要となるでしょう。
また、保健医療システムによる環境負荷に関して、医療システムは温室効果ガス(GHG)の主要な排出源の一つです。人々の健康に対して責任を担う医療従事者にとって、気候変動が人々の将来の健康に及ぼす負の影響を緩和することは、責務であります。GHG排出を削減する能力と意欲を大幅に高めることが必要です。
気候変動による健康リスクに関する教育や認識向上活動を行ったり、気候変動政策の提唱を行ったりする団体に所属する医師の割合はわずか(3.5%)ですが、様々な学会等で気候変動と健康が取り上げられる機会は増えています。専門職団体は、医師に有益なリソースを提供し、他の医師とともに医療システムにおいて、より環境的に持続可能な実践への変更を積極的に奨励し、2050年までに温室効果ガス排出量をネットゼロにするというパリ協定の目標達成へのコミットメントを強化するよう政策立案者に働きかける機会を提供することが期待されます。
医師は日々患者の相談を受けており、社会からの認識と信頼を得ています。この信頼は、医師に大きな個人的・政治的な影響力を与えています。医師は患者への健康的なライフスタイルの提案と社会への健康的な公共政策を提唱するために、社会的影響力を行使する可能性をもっと認識することが期待されます。
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日本医療政策機構とは
2004年に設立された非営利、独立、超党派の民間の医療政策シンクタンク。市民主体の医療政策を実現すべく、中立的なシンクタンクとして、幅広いステークホルダーを結集し、社会に政策の選択肢を提供しています。特定の政党、団体の立場にとらわれず、独立性を堅持し、フェアで健やかな社会を実現するために、将来を見据えた幅広い観点から、新しいアイデアや価値観を提供しています。日本国内だけでなく、世界に向けても有効な医療政策の選択肢を提示し、地球規模の健康・医療課題を解決すべく、活動しています。