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投稿日:2024年06月26日 投稿者:株式会社東レリサーチセンター

NanoESI-MS/MSによる不安定化合物の安定性を数値化する新技術の受託サービス開始 ~サステナブルな社会構築に向けた製品開発の材料選定を効率化~

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ニュースルーム | 東レリサーチセンター (toray-research.co.jp)

【要旨】

 株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目1番1号、社長:吉川正信、以下、「TRC」)は、ナノエレクトロスプレーイオン化法搭載質量分析計 (Nanoelectrospray Ionization Mass Spectrometry: nanoESI-MS)※1を用いて、不安定化合物の安定性を短時間で高精度に数値化する技術を開発し、受託サービスを開始しました。
 製品開発における材料選定は、製品の機能性と耐久性に直接影響を与える重要なプロセスです。例えば、太陽電池の増感剤やバイオセンサーのイオノフォアのように、熱や酸素、各種イオンなどの外部環境因子によって構造が変化しやすい化合物を使用する場合、その安定性は特に重要になります。また、電子デバイスの配線等に使用される銀ナノ粒子インクは、合成時にアミン-銀錯体によって安定して分散される一方で、焼結時にはこの錯体が分解し、銀粒子が形成される必要があります。このような材料では、性能評価だけでなく、安定性の評価も同じくらい重要であり、これによって製品の信頼性と寿命が保証されるのです。
 現在、 有機金属錯体などの不安定化合物に対しては、計算化学を用いた予測手法が開発されているものの、実際の値から外れた場合もあるため、簡便な実測手法が求められています 。この課題に対しTRCでは、分子を壊さずにイオン化する nanoESI法と、イオン化された分子の構造を詳しく調べるMS/MS測定※2を併用した(以下、nanoESI-MS/MS)安定性評価法を開発しました。本技術により、数多くの化合物の安定性を効率的に把握できることから、材料選択の際の一つの指針とすることで、試作の時間やコストを大幅に削減することができます。さらに、製品開発スピードを加速させ、技術革新と産業発展に役立つことが期待されます。
 TRCは、このような材料特性に関わる情報を提供することで、サステナブルな社会の実現へ材料開発支援の面から貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、より一層の技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も最先端分析技術の開発に邁進して参ります。

【技術解説および応用事例】

 エレクトロスプレーイオン化法(Electrospray Ionization: ESI)は質量分析におけるソフトなイオン化法の1つであり、分子の構造を維持でき、分子量に関する情報も得られるので、幅広く汎用的に用いられています。また、nanoESIは、従来のESIよりも微小なノズルを使って、溶液を非加熱かつ低電圧でイオン化するため、イオン化時のダメージを最小限に抑えることができる優れたイオン化手法です(図1)。本手法と質量分析計と組み合わせることで (nanoESI-MS) 、従来では難しかった不安定な化合物の構造解析ができるようになりました。この特長に着目し、TRCでは国内受託分析会社として初めてnanoESI-MSを導入し、メッキ液、触媒、電子材料などの工業材料を対象とした構造解析の受託分析サービスを提供しています。
 さらに、質量分析の手法の一つであるMS/MS測定では、分子がぶつかる力(衝突エネルギー (Collision Energy: CE)※3)を連続的に変化させることで、分子の構造を反映して壊れ方が異なる複数のフラグメント(開裂イオン)を観測することができます。今回開発した安定性評価法は、前述のnanoESI-MS/MSに加え、独自に開発した解析手法を適用することで、分子イオンの解離状態を数値化することができる新規分析技術であり、不安定な分子の安定性やイオン同士がどのように作用するかを調べることが可能になりました。
 汗を使って運動の負荷レベルを測定するためのバイオセンサーに対する適用事例を示します。このセンサーは、汗中のアンモニウムイオン(NH4+)の量を測定することで、体がどれだけ運動しているかを知ることができます。NH4+を正確に検出するために、イオノフォアがプローブとして用いられます。イオノフォアはNH4+に対して高い選択性を有するので、NH4+を区別して検出することができます。ここでは、nanoESI-MS/MSを用い、NH4+に対する選択性がほぼ同等のイオノフォア(AとB) がNH4+と結合する強さと、結合した状態の安定性を調べました。
 図2に、異なるイオノフォアにおけるイオン安定性の比較として、 MS/MS測定時のCE換算値(E, 横軸)および対象結合イオンの存在比(Ratio, 縦軸)のプロットを示します。エネルギーを加えるとNH4+がイオノフォアから離れやすくなることがわかりました。また、離れやすさの指標として、存在比が0.5になるエネルギーE0.5を比較した結果、AよりもBのE0.5が大きく、Bの方が安定していると示唆されました 。さらに、汗の中にある他のイオン(カリウムイオン(K+)とナトリウムイオン(Na+))との結合の安定性も調べた結果、Bタイプのイオノフォアがこれらのイオンとも、より安定した結合を作ることがわかりました。

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図1 ESIとnanoESIの比較

図2  異なるイオノフォア(ION)におけるイオン安定性の比較

【今後の展開】

 NanoESI-MS/MSを用いた安定性評価法の開発により、これまで困難だった不安定化合物の安定性の定量的評価が実現しました。この方法は、試作を行わずに安定性の高い材料を迅速に識別することを可能とします。さらに、材料選択に限らず、トラブルシューティングにも応用が期待されています。TRCは、製品開発における材料選択の最適化、品質不良の原因分析等により、開発の加速化に貢献し、サステナブルな社会構築に向けた材料開発を支援して参ります。

【用語説明】

※1 ナノエレクトロスプレーイオン化法 (Nanoelectrospray Ionization: nanoESI)
NanoESIは微小なノズルからサンプル溶液を噴出し、低電圧を印加してスプレー・イオン化させ、非常にソフトな手法です。微量な試料量でも高い感度を持ち、分子の構造を維持できる特徴があります。

※2 MS/MS測定 (Tandem Mass Spectrometry)
MS/MSは、複数の質量分析器を使用して特定化合物の構造解析を行う手法です。最初の質量分析器で選択したイオンを特定のエネルギーで衝突させ、生成した開裂イオンを再度質量分析器で測定します。

※3 衝突エネルギー (Collision Energy: CE)
CEはMS/MSの重要なパラメータで、開裂イオンの生成を促すためにイオン同士が衝突する際のエネルギーを示します。CEの制御によって特定分子の解離パターンや構造を明確に捉えることが可能です。

お問い合わせ先

【本サービスのお問い合わせ先】 本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。 有機分析化学研究部   担当:李 茜 TEL:077-510-9113 E-mail:xi.li.s2[a]trc.toray *: [a]は@に置き換えてください。
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