2026年10月19日
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市、理事長:中村祐輔) 難病・免疫ゲノム研究プロジェクトの清谷一馬プロジェクトリーダーらの研究グループは、公益財団法人がん研究会(東京都江東区)らとの共同研究により、膵臓がんや大腸がんなどでみられるKRAS G12V変異から生じるネオアンチゲンを標的とする二重特異性抗体を開発しました。この抗体は、T細胞をがん細胞へ誘導し、T細胞にがん細胞を攻撃させます。一部の膵がん・大腸がん患者の治療への応用につながる可能性を示しました。
これまでの研究について
ネオアンチゲンは、がん細胞の遺伝子変異から生じ、HLA分子によって細胞表面に提示される、がん特異的な目印です。多くのネオアンチゲンは患者ごとに異なりますが、KRAS G12Vのように複数の患者に共通する遺伝子変異から生じるものもあります。このような「共通ネオアンチゲン(sharedネオアンチゲン)」を標的にすれば、同じ治療薬を複数の患者に使える可能性があります。一方、HLA型は人によって異なるため、同じKRAS G12V変異を持っていても、HLA型によって同じ治療薬を使えない場合があります。そこで本研究では、KRAS G12V由来の共通ネオアンチゲンを標的に、複数のHLA型に対応する二重特異性抗体の開発を目指しました。
研究成果のポイント
- HLA-A*11:01に提示されるKRAS G12Vネオアンチゲンと、T細胞上のCD3分子の両方に結合する二重特異性抗体を作製しました。
- この抗体は、T細胞をがん細胞に誘導し、攻撃させる働きがあり、マウスの移植腫瘍モデルで腫瘍の増大を抑制しました。
- この抗体は、HLA-A*11:01だけでなく、HLA-A*03:01に提示されるKRAS G12Vネオアンチゲンも認識し、1つの抗体で2種類のHLA型に対応できる可能性を示しました。

図 本研究の概要
本研究成果の意義
本研究により、KRAS G12Vという共通の変異を標的としながら、異なるHLA型を持つ患者にも同じ抗体が応用できる可能性を示しました。KRAS G12V変異とHLA型の頻度から、膵臓がんの約5%、大腸がんの約2%が治療対象となる可能性があります。今後、さらに多くのHLA型に対応する抗体を開発することで、治療対象となる患者を広げられる可能性があります。
本研究成果は、2026年10月19日に国際科学誌「Journal for ImmunoTherapy of Cancer」に発表されます。
ウェブサイト:https://doi.org/10.1136/jitc-2026-016411
用語解説
ネオアンチゲン
がん細胞で起こる遺伝子変異(遺伝子の傷)により生じ、正常細胞には存在しない新たながん特異的な抗原です。HLA分子によって細胞表面に提示され、T細胞ががん細胞を見分ける目印となります。
KRAS
細胞の増殖などを調節するKRASタンパク質をつくる遺伝子で、多くのがんで変異がみられます。G12Vは、KRASタンパク質の12番目のアミノ酸がグリシンからバリンに置き換わる変異です。この変異によってKRASタンパク質が常に働き続ける状態となり(活性化変異)、細胞が増殖し続ける原因となります。
HLA(ヒト白血球抗原)
細胞内のタンパク質の断片(ペプチド)を細胞表面に提示し、T細胞に認識させる分子です。数千種類の型があり、個人によって異なります。どのペプチドを提示できるかはHLAの型ごとに異なります。
T細胞
免疫の中核を担う白血球の一種で、がん細胞面に提示された抗原を認識して攻撃します。CD3 はその表面にある分子で、T細胞を活性化させるスイッチの役割を果たします。
二重特異性抗体
2つの異なる標的に同時に結合できるよう設計された人工抗体です。本研究では、一方がHLA分子に提示されたKRAS G12Vネオアンチゲンに、もう一方がT細胞のCD3に結合し、がん細胞とT細胞を結びつけることでT細胞にがん細胞を攻撃させます。
論文情報
論文タイトル
Engineering T cell-engaging bispecific antibodies targeting KRAS G12V neoantigen across HLA-A*11:01 and HLA-A*03:01
著者
武暁セイ1, Clara Effenberger2, 松下洋輔3, 田中宏樹4, 石井佑1, 李秀栄5, 松本早紀2, 長山聡1,6,7, 中村祐輔1, 清谷一馬1
1国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 難病・免疫ゲノム研究センター 難病・免疫ゲノム研究プロジェクト
2公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 免疫ゲノム医療開発プロジェクト (研究当時)
3国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬デザイン研究センター 生体機能分子制御プロジェクト
4国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 難病・免疫ゲノム研究センター 難治性疾患研究プロジェクト
5国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 AI健康・医薬研究センター インシリコデザインプロジェクト
6宇治徳洲会病院 外科
7公益財団法人がん研究会有明病院 消化器外科
掲載雑誌
Journal for ImmunoTherapy of Cancer
DOI: 10.1136/jitc-2026-016411
研究助成
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE)「KRAS変異を標的とする抗体ライブラリの創出と治療応用」 (JP25ama221251)および日本学術振興会科学研究費助成事業(19H03522、23H02778)の支援を受けて実施されました。
医薬基盤・健康・栄養研究所について
2015年4月1日に医薬基盤研究所と国立健康・栄養研究所が統合し、設立されました。本研究所は、メディカルからヘルスサイエンスまでの幅広い研究を特⾧としており、我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため、研究開発の最大限の成果を確保することを目的とした国立研究開発法人として位置づけられています。
ウェブサイト: 医薬基盤・健康・栄養研究所
がん研究会について
がん研究会は1908年に日本初のがん専門機関として発足して以来、100年以上にわたり日本のがん研究・がん医療において主導的な役割を果たしてきました。基礎的ながん研究を推進する「がん研究所」や、新薬開発やがんゲノム医療研究を推進する「がん化学療法センター」「がんプレシジョン医療研究センター」、さらに新しい医療の創造をする「がん研有明病院」を擁し、一体となってがんの克服を目指しています。
ウェブサイト: 公益財団法人がん研究会

お問い合わせ先
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBN)


