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投稿日:2026.10.22 投稿者:長崎大学 出島特区東京事務所

精神科デイケアで24か月 患者の話を聴く「対話ロボット」を実証 ~新設計「目標や楽しみを考える話題」を8割が選択、対話で「元気が出た」状態に~

図1 研究の概要と得られた知見

概要
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(以下ATR)深層インタラクション総合研究所のグループは、長崎大学、大阪大学、奈良先端科学技術大学院大学、京都大学と共同で、精神科デイケアに通う患者が自分の考えを整理することを支援する「対話ロボット」を開発しました。そして社会医療法人 寿栄会 ありまこうげんホスピタル 精神科デイケア「桜の咲く丘」において、24か月にわたる実証研究を行いました。前半14か月は利用者・スタッフ・臨床家の意見を反映しながらシステムの改良を重ね、後半10か月は完成したシステムを評価しました(図1)。利用者は、従来の支援システムが主に扱ってきた「悩みや後悔に向き合う話題」か、現場の要望から新たに設計した「目標や楽しみを考える話題」かを選び、ロボットの問いかけに答えながら状況・気持ち・考えを言葉にしていきます。対話の前後には、参加者自身が「調子の良さ」「意識のはっきりさ」「気分の明るさ」を0~100点(0が最も悪い状態、100が最も良い状態)で答えました。分析の結果、1回の対話のあとで「調子の良さ」と「意識のはっきりさ」の自己評価が有意に向上することが確認されました(図2)。つまり、ロボットと話したあとは「元気が出た」状態になっているといえます。この変化はロボットと話す度に同じように生じており、参加回数を重ねても弱まりませんでした。対話後の感想も、6割以上が前向きな気づきや変化に関するものでした。また、選ばれた話題の8割以上は新たに設計した目標や楽しみを考える話題であり、悩みに向き合う対話を土台としつつ、目標や良い経験を語る対話も選べることの重要性を示しています。これらの知見は、人手が限られる精神科医療の現場で、患者に前向きな変化をもたらす支援技術を設計するための基礎的知見になることが期待されます。


*は有意差を示します。
図2 対話の前後で調子の良さと意識のはっきりさが高まることを示した結果

研究の背景と狙い
精神科デイケアは、精神疾患のある方が安定した生活を送り、社会に復帰していくことを支える通所型のリハビリテーション施設です。ここでは再発予防や対人関係の練習など多様なプログラムが行われますが、なかでも重要とされているのが、自分の状況・気持ち・考えなどを客観的に観察して整理する「セルフモニタリング」の力を育てることです。ただし自分の内側を一人で客観的に眺めることは難しく、考えを整理する手助けがあるほうが効果的だと報告されています。一方でデイケアの現場は人員や資源に限りがあり、一人ひとりに継続的な支援を届けることは困難です。
この課題に対し、対話システムによる支援の研究が進められてきました。なかでも社会的対話ロボットは、そこに実際に存在するという身体性と、人に自己開示を促す性質から有望視されています。ただしこれまでの評価は、健常な参加者を対象とした短期間の実験にほとんど限られており、実際に患者が通う医療現場で通用するのか、そこでどのような設計が必要になるのかは分かっていませんでした。そこで私たちは、精神科デイケアの現場でロボットを実際に運用し、そこで必要となる設計と、それが利用者にとって持つ意味を明らかにすることを目的としました。

研究の進め方
私たちは、机上で仕様を固めてから現場に適用するのではなく、現場の実践知に基づく設計(practice-informed design)という方針を採りました。デイケア利用者に実際にロボットと対話してもらい、その様子をデイケアスタッフ(作業療法士・看護師)と臨床家(精神科医・臨床心理士)が同席して観察します。対話の直後に利用者へ聞き取りを行い、続いて研究チーム・スタッフ・臨床家で合議してシステムを改良するという循環を14か月のうち、16日間にわたって実験を繰り返し、以下の5つの設計原則を確立しました。
(1)明確で単純な質問による発話交代の管理:ロボットの表情からは発話の終わりが読み取れないため、質問は短く構造を明確にする。
(2)利用者の合図を待つ傾聴姿勢:沈黙で発話終了を判定すると考え込んでいる最中に割り込んでしまうため、「以上です」という合図があるまで待ち続ける。
(3)助言役よりも評価をしない聞き役を優先:文脈を十分に理解できないシステムによる助言は、当事者にとって的外れになる危険が高いため、 利用者を評価したり方向づけたりせず、話を受け止める聞き役として振る舞う。
(4)利用者による話題選択と、多様な心理社会的ニーズへの対応:問題への対処だけでなく、希望や良い経験を語る対話も選べるようにする。
(5)臨床家主導の緊急停止と再開による安全な対話の継続:予期しない事態には臨床家がその場で介入し、本人の意思と状態が確認できたときには中断した箇所から対話を再開できるようにする。
これらは一見、対人支援一般の心得に見えるかもしれませんが、いずれも自律的に動くロボットを実際の臨床現場に置いて初めて見えた課題への答えです。開発初期のシステムは利用者の思考の癖を推定して助言する機能を備え、扱う話題も悩みに関するものに限られていました。現場での観察と関係者の助言を重ねるなかで助言機能を取り除き、話題を希望や良い経験へ広げたことが、最も大きな転換です。

評価の実施と結果
後半10か月・10日間の実験日では、完成したシステムを評価しました。参加者は5つの話題から1つを選んでロボットと対話し、その前後に「調子の良さ」「意識のはっきりさ」「気分の明るさ」を0~100点(0が最も悪い状態、100が最も良い状態)で自己申告します。用意したのは、前向きな話題として「これからの1年で挑戦したい目標」「この1年の楽しかった思い出」の2つ、悩みに向き合う話題として「後悔があって再挑戦したいこと」「この1年でついてないなと思った状況」「この1年でしんどいなと思った状況」の3つです。

1対話ごとの心理状態の変化:49回の対話を分析した結果、対話の前後で調子の良さ(平均+4.9点、p = .019)と意識のはっきりさ(平均+7.3点、p = .005)が有意に高まっていました。気分の明るさ(平均+2.9点、p = .089)は高まる傾向がみられたものの、有意な水準には届きませんでした。ロボットとの対話後は「調子の良さ」や「意識のはっきりさ」に関する自己評価の向上が見られ、デイケアでは対話のあとにも作業や運動などのプログラムが続くため、その日の活動に前向きに取り組みやすい状態に整えられることが期待できます。一方、参加した回数の多さは変化の大きさに影響しておらず、何度も参加した人に限って分析し直しても結果は同じものでした。デイケアの利用者は通所が不規則になりがちであるため、回数を重ねなくても来所日に一度話せば効果が期待できるという性質は、現場にとって実用上の意味を持ちます。

前向きな話題の選好:49回の対話のうち40回で前向きな話題が選ばれ、統計的に有意な偏りが確認されました(p < .001)。最も多く選ばれたのは「これからの1年で挑戦したい目標」、次いで「この1年の楽しかった思い出」です。この傾向は一部の参加者に偏ったものではなく、参加者全体に共通していました。悩みや否定的な考えを整理することはセルフモニタリング支援の土台であり、その重要性は変わりません。そのうえで、精神科デイケアの現場では、自分の目標や良い経験を見つめる対話も同じくらい必要とされている可能性を示す結果です。

回答の6割以上を占めた前向きな気づき:対話の最後にロボットが尋ねる「何か気づいたことや、気持ちの変化はありましたか」への49件の回答を2名の評定者が独立に分類したところ、63.3%が「前向きな気づきや変化」に該当し、他のどの分類よりも有意に多く現れました。「気持ちを話せて気分がすっきりした」「過去を振り返って新しいことを考えられた」「人と話すときのように緊張せずに話せる」といった声が寄せられています。

安定した自律動作:49回の対話のうち40回(81.6%)は、操作者の介入なしにロボットが自律的に対話を完遂しました。残る9回も、発話の終わりを検出する補助を行ったのみで、緊急停止が必要になった場面は一度もありませんでした。
 

今後の展開
本研究は、実験室での検証と実際の臨床現場とのあいだにある隔たりを埋め、患者の話を聴いて考えの整理を支援する対話ロボットが精神科医療の現場で役立つ可能性を示しました。今後は、過去の対話履歴に基づいて質問を個別化する機能や、利用者の状態に応じて応答する機能の導入が考えられます。これにより、その場限りのセルフモニタリングから、対話を重ねるなかで自分の心理的な変化を見つめ続ける支援へと発展させられる可能性があります。また、身体を持つロボットの特長を活かし、支援的な対話のなかで触れ合いを伴う支援を行うことも展望しています。

【掲載論文】
題名:A Social Robot for Self-Monitoring Support in Psychiatric Daycare: A 24-Month Iterative Development and Practical Evaluation
(精神科デイケアにおけるセルフモニタリング支援のための社会的対話ロボット:24か月にわたる反復的開発と実践的評価)
著者:Takuto Akiyoshi, Hidenobu Sumioka, Hirokazu Kumazaki, Junya Nakanishi, Hirokazu Kato, and Masahiro Shiomi
秋吉 拓斗(ATR)、住岡 英信(ATR)、熊崎 博一(長崎大学)、中西 惇也(大阪大学)、加藤 博一(奈良先端科学技術大学院大学)、塩見 昌裕(ATR/京都大学)
掲載誌:ACM Transactions on Human-Robot Interaction
掲載日:2026年10月22日(日本時間)オンライン版公開
DOI:https://doi.org/10.1145/3857348

【研究体制と各研究者の役割】
本研究は、ATRを中心として、長崎大学、大阪大学、奈良先端科学技術大学院大学および京都大学の研究者が連携して実施しました。対話ロボットの開発と実装、精神科デイケアにおける実証研究、研究成果の分析・評価を分担しながら、24か月にわたる共同研究を進めました。
秋吉 拓斗(ATR 深層インタラクション総合研究所):対話ロボットシステムの設計・開発を主導するとともに、実証実験の実施、データ分析および論文執筆を担当。
住岡 英信(ATR 深層インタラクション総合研究所):対話ロボットの研究開発、システム設計および評価研究を担当し、実環境での運用に向けた技術的検討に貢献。
熊崎 博一(長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科):精神科医として臨床研究を主導し、精神科デイケア現場における研究デザインの立案、臨床的観点からの評価および実証研究の推進を担当。
中西 惇也(大阪大学 大学院基礎工学研究科):ヒューマンロボットインタラクション分野の知見を活かし、研究設計および対話システムの評価に参画。
加藤 博一(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科):ヒューマンインタフェース研究の立場から、研究設計および技術評価に参画。
塩見 昌裕(ATR 深層インタラクション総合研究所/京都大学大学院 工学研究科):社会的対話ロボット研究の統括および研究全体の監修を行い、対話ロボットの設計方針と研究推進を主導。

【研究支援】
本研究は、JST ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2011)、および JSPS科研費(JP25KJ1826、JP25H01175、JP25H01161、JP24K21327)の研究プロジェクトの一環として実施されました。

【実施施設および倫理審査】
本研究は、社会医療法人 寿栄会 ありまこうげんホスピタル 精神科デイケア「桜の咲く丘」の協力のもとで実施され、同院の倫理審査委員会の承認を受けています(承認番号 2019-5)。参加は完全に任意であり、毎回の対話の前に研究の目的と内容を説明したうえで、同意を得ています。


【実験手順の詳細について】
本研究は2022年後半に開始され、24か月にわたって計26日間の実験日を設けて実施されました。前半の開発期(14か月のうち16日間)には39名が延べ110回、後半の評価期(10か月のうち10日間)には20名が延べ49回の対話を行っています。両方の期間に参加した方が15名おり、実人数は44名(男性26名、女性18名、平均44.3歳)です。参加者はいずれも症状が一定の安定を得た慢性期・社会復帰準備期にある方々で、うつ病、統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症等の診断を受けた方が含まれます。
対話には卓上型コミュニケーションロボット「Sota」(ヴイストン株式会社)を用い、音声認識の精度を保つためネックバンド型のヘッドセットマイクを併用しました。対話の進行は、あらかじめ設計されたシナリオに従ってシステムが自律的に管理します。ただし臨床上の安全を確保するため、別室の操作者が対話の緊急停止と再開を指示でき、発話の終わりをシステムが認識できなかった場合には判定を補えるようにしました。操作者がロボットの発話内容を決めたり、ロボットに代わって応答したりすることはありません。対話中は、デイケアスタッフと臨床家が常時モニタリングを行っています。
本研究は、実際のデイケアの日常のなかで行った探索的な研究であり、対照群を設けた効果検証(ランダム化比較試験)ではありません。参加の有無も回数も利用者の意思に委ねる必要があり、頻度を研究者側で統制することはできませんでした。したがって、観察された心理状態の変化を対話そのものによる治療的な効果と結論づけることはできず、並行して行われる他のプログラムの影響を切り分けることもできていません。効果の厳密な検証には、対照群を置いた研究があらためて必要です。

お問い合わせ先


【本件に関するお問い合わせ先】
■株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2 (けいはんな学研都市)
企画・総務部 企画部門 企画チーム
Email:pr[*]atr.jp ([*]を@に変えて使用してください)

■長崎大学
〒852-8523 長崎県長崎市坂本1丁目12-4
生命医科学域・研究所事務部 総務課(企画担当)
Email:gakujutu_kikaku[*]nagasaki-u.ac.jp ([*]を@に変えて使用してください)

■大阪大学
〒560-8531 大阪府豊中市待兼山町1-3
基礎工学研究科 庶務係
Email:ki-syomu[*]office.osaka-u.ac.jp ([*]を@に変えて使用してください)

■奈良先端科学技術大学院大学
〒630-0192 奈良県生駒市高山町8916番地の5
企画総務課 渉外企画係
Email:s-kikaku[*]ad.naist.jp ([*]を@に変えて使用してください)

■京都大学
〒606-8501京都府京都市左京区吉田本町
広報室 国際広報班
Email:comms[*]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp ([*]を@に変えて使用してください)
 

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