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インタビュー・コラム

社会とつながり、ともに新たな価値を創出する~京都大学が考える産学連携とは

京都大学副理事(社会連携・イノベーション推進担当) 成長戦略本部 本部長 室田浩司氏

京都大学は、大学が生み出す「知」を社会につなぎ、ともに新たな価値を創出するために、大学発ベンチャーの育成や共同研究、共同事業など、さまざまな施策を行っています。そのインターフェイスとなるのが同大学の成長戦略本部です。その本部長を務め、またLINK-Jの運営諮問委員でもある室田浩司氏に産学連携に関する考えをお伺いしました。

大学で「技術移転の前」を知る

――まずは先生のご経歴について教えて下さい。

室田 2009年から数年間、京都大学で特定教授を務めていました。その前にも、非常勤講師としてマネジメント、アントレプレナー、ソーシャルフィナンス領域のレクチャーをしていまして、2013年に医学研究科の特任教授(医学URA室長)になりました。

もともとベンチャーキャピタルにいて、ライフサイエンス分野への投資も一部行っていました。スタートアップの設立後や技術移転後を見てきましたが、大学に転籍して実際に関わるようになって初めて、技術移転の「前工程」を理解しました。これほど長い期間をかけ、多くの人の知恵と努力と汗があるのかと、とても興味深かったですね。わかっているつもりでしたが、カルチャーショックもあり、刺激もあり、自分の認識の違いを肝に銘じました。

――その後、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)に移られました。

室田 京都大学が100%出資するベンチャーキャピタル子会社の社長です。2016年春の就任から4年間でようやく上昇基調となり、これからキャピタルゲインで潤うと期待していたところ、再び大学に戻ってくるようにと、2020年に産官学連携本部長に任命されました。

なぜ産学連携が必要なのか

――産学連携の意味についてどのようにお考えでしょうか。

室田 大学の役割として、教育、研究、産学連携と整理されてきましたが、産学連携が独立しているのではなく、教育も研究も、社会と混じり合わなければいけないと思っていますし、そう考える中堅・若手の研究者も増えています。よく、基礎研究、応用研究、商業化と分けますが、実際には応用に入ってから基礎研究のテーマが見つかることもあります。

教育も同じで、知識を伝えるだけなら今やオンラインで可能です。アントレプレナーとして新しいことに取り組む、自発的に何かをしようというモチベーションを生み出すことも、教育のあるべき姿だと思っています。また、学問的な研究に、実世界との対話を通して正しい方向づけをすることが求められています。

――昨年産官学連携本部から成長戦略本部に改組されましたが、組織改正の狙いは何ですか。

室田 成長戦略本部は、社会とのインターフェイスに関わる機能を担っています。具体的には、大学発スタートアップの創出支援、民間企業との共同研究、同窓会のサポート、基金事業、知的財産のライセンス、4つある大学子会社のマネジメントなどです。これらを通じて企業とのパートナーシップを構築する上で、機能に横串を刺し、相乗効果を出すことがコンセプトです。

企業と大学に「カルチャーの差」

――民間企業から大学に移ると、意思決定を含め、かなりカルチャーが異なりますよね。

室田 おっしゃる通りで、大学では意思決定のプロセスや責任の所在が見えづらいことがあります。その分野の最先端を行く研究者とコミュニケーションをする中で、言葉の行き違いが思わぬ障壁になることもありました。当初は、頭の中にクエスチョンマークが数多く浮かびましたが、何年にもわたる経験を経てようやくわかってきました。まず、良し悪しは別として、民間企業と大学の意思決定プロセスの差異を認識しておく必要があります。一般的に、全学の主要会議体や教授会で全員の同意がなければ大学としての実質的な合意形成ができませんが、民間企業では上層部や取締役会が決定すれば、組織として進めていくものです。

――大学でそのような仕組みとなっている理由についてはどうお考えですか。

室田 考えれば考えるほど難しい問題で、それは「学問の自治」まで行き着きます。大学は医学、工学、建築など、それぞれ専門性を持つ教授が集まり、研究者の自由な発想で取り組む「学問の自治・自由」が前提です。ある分野に精通する教授がいると、大学の意思決定においてもその人の意見を尊重すべきところがあります。学問の自治を守るためには必要な手続きであり、米国や欧州でも同様です。

大学でいかにスタートアップを生み出していくか

――大学と民間企業の給与水準が異なる中、民間で活躍している人を呼び込むのは難しいと思いますが……。

室田 大学執行部の中でも議論になり、日々悩んでいるところです。特に30歳代、40歳代の働き盛り、稼ぎ盛りの企業人が、国立大学に移るのは難しい決断でしょう。一方で、国立大学は国からの運営費交付金を基盤に運営しており、そこから高額報酬を出せるのか、それを国民が是とするのか、いろいろな議論があると思います。大学が社会から受ける期待とプレッシャーに鑑み、そこ(報酬体系)を変えていかないと、ブレイクスルーは生まれないのではないかと問題意識を持っています。

――京都大学では、大学教員がスタートアップの代表を兼ねることについて規制があると聞いています。

室田 京都大学では、教員、研究者がスタートアップの取締役やアドバイザーを兼任したり、株を保有したりすることは可能です。ただ、経営の全責任を負う代表取締役を兼任することには、現時点では慎重になっています。

――スタートアップの研究を大学で行うことはどうでしょうか。

室田 プロダクト開発の受託研究は慎重に行っています。ただし、スタートアップがプロダクトを開発するとして、その本質的な機能に関する基礎・応用研究を行うことはあります。その場合は共同研究の形をとり、知財は大学側に帰属することを明確にしています。企業側にとっても、エビデンスを生み出せるというメリットがあります。

「トレンドにとらわれない」京都大学のフィロソフィー

――京都大学の特色を教えてください。

室田 「自重自敬(じちょうじけい)」の精神です。自分で考え、自分で学び、自分で実践する。そういう自分を誇れる人間になれ、と。それはいろいろなところで生きています。世の中のトレンドを無視するわけではありませんが、「あまのじゃく」な考えがあるからこそ、多様性が生まれます。そして、大学における多様性が、日本の中での多様性にもつながると思っています。研究をしていると、世のトレンドや資金を獲得しやすい分野を意識するのですが、それ以外のところを考えるフィロソフィーが一番の特色です。

――今、フォーカスしている領域は何ですか?

室田 4つあります。1つはライフサイエンス。その中で、エイジングを含む免疫、細胞治療を含む幹細胞・万能細胞、あるいはそれをベースにした発生学的研究。2つ目がエネルギー、新エネルギー、核融合、次世代太陽光発電、燃料電池。3つ目が新素材、環境にやさしいバイオコンパーチブルマテリアル、特にカーボンをキャプチャし、利活用するような新素材。そして4つ目が量子関連技術です。

いずれも自然科学ですが、人文社会科学も大切で、より知見を強化しなければ、と思っています。哲学的な考察や人社的な知見が伴わないと、自然科学の研究成果の社会実装が難しい場面がありますから。

例えば、AI活用の倫理、老化制御の在り方、個人と社会の調和といった枠組みを整理しておくことで、研究のモメンタムが異なります。特に、ヒトを対象とした研究に関する倫理的な議論には、人社系の学識・良識ある研究者が加わった方が良いでしょう。

また、ビジネスで言えば、自社と顧客、自社と競合企業といったような対立概念ではなく、東洋的な、他者を包含するような大きな自我があるかもしれない。互いの利害調整に終わるのではなく、「皆が1つの大きなパートナーである」という考え方に立脚した東洋哲学的な経営理論が必要ではないでしょうか。

大学発スタートアップの海外展開――その目的と課題

――先生は、KSAC(関西スタートアップアカデミア・コアリション)プログラムの代表者を務めておられますね。

室田 他の大学とともに、大学発スタートアップを盛り上げる仕事です。海外展開の際、大学でも自治体でも、個々の存在は小さい。海外の投資家からすれば、「そんなにバラバラに来るのではなく、まとめてくれよ」となります。相手に個々の大学をアピールする前に、日本あるいは関西を売り込まなければなりません。

――大学発スタートアップの海外展開には、どのような施策がありますか。

室田 方向性は2つ。1つは、海外のスタートアップの活力を導入するインバウンド。もう1つはアウトバウンドです。それには複数の方法があり、事業の特性に応じて選択することになります。最初から現地で法人をつくる方法もあれば、日本で基盤をつくってステップアップする方法もある。それらの同時進行もあるでしょう。パートナーと合弁会社を立ち上げてもよい。

海外展開の総論はともかく、各論部分では技術流出を含めた諸課題があり、それをいかに解決するかというフェーズになっています。アクションを起こしたからこそ、次の課題が出てくるわけで、その継続が重要なのです。何もしなければ課題も認識できません。失敗も多くありますが、少なくとも課題の壁をいくつも経験したということは、胸を張って言えます。

――京都大学は米サンディエゴとニューヨーク、それにシンガポールに拠点がありますね。この3カ所をどのように選定されたのでしょうか。

室田 まず、地域として北米は大事で、その次はグローバルサウスが重要だと考えています。後者で法的に透明性があり安定しているのはシンガポールだと判断しました。投資家も資金も集積していますので、そこにオフィスを開いて担当者を置き、現地のスタートアップ、投資家などの情報を得ています。ASEANやインドの情報も入ってきますし、移動の利便性もあります。

北米については、東と西に置いています。ニューヨークは、東部のアカデミアとの連携目的もありますが、それ以前に、大学の同窓生が多く、自然発生的に設置できたという経緯があります。西海岸でまず候補に挙がるのはシリコンバレーですが、あまりにも規模が大きいことなどを考慮し、ライフサイエンスに強いUCサンディエゴともコミュニケーションをとっています。

LINK-Jに期待すること

――今後、LINK-Jにどのような役割を期待されますか。

室田 2つ挙げたいと思います。1つは海外の研究者、スタートアップのインバウンドの受け皿として、一部を担ってほしいということ。オフィスやラボに海外勢が加われば、日本のスタートアップにも刺激になるでしょう。
もう1つは、関西にあるライフサイエンスのスタートアップにもさらに目を向け、共に盛り上げてもらいたいということ。バイオインキュベーション施設のような受け皿を強化していただけると、「関西担当」としてはありがたいですね。

室田浩司 氏
京都大学副理事(社会連携・イノベーション推進担当) 成長戦略本部 本部長

1961年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業。ベンチャーキャピタルなどに勤務。2013年、京都大学大学院医学研究科特任教授(医学URA室長)。2016年、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)社長。2020年に同大学産官学連携本部長。
 

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