【要旨】
当社(以下、「TRC」)は、この度確立したオリジナルの条件で、質量分析計*1によるメッセンジャーRNA*2(以下、「mRNA」)の塩基配列*3解析サービスを開始しました。
mRNAは新型コロナウイルスワクチンをはじめ、様々な医薬品への応用が進んでいます。mRNAを用いた医薬品の品質を保証するためには、mRNAが設計通りの塩基配列であることを確認する必要があります。しかし、現在の一般的な分析方法では、化学修飾された塩基の情報が前処理の過程で失われてしまいます。
これに対してTRCでは、分子量が100万以上であるmRNAを酵素によって断片化し、質量分析計で測定することにより、化学修飾された塩基を含むmRNAの塩基配列を解析する技術を確立しました 。本技術を用いたサービスは、mRNAを用いた医薬品の品質保証に役立ちます。
【背景】
新型コロナウイルスワクチンなどのmRNA医薬品では、薬として投与するmRNAに対する免疫反応の抑制やmRNAの安定性を高めるために、一部の塩基が化学修飾されています。一般的に用いられている次世代シークエンスやサンガーシークエンス*4では、前処理の過程で化学修飾された塩基の情報が失われてしまい、設計通りに組み込まれているか確認できません。そこでTRCでは、塩基の種類ごとに質量が異なることを利用し、質量分析計を用いて化学修飾された塩基を含むmRNAの塩基配列を解析する手法を確立しました。
【分析手法及び適用事例】
加齢黄斑変性症治療薬ペガプタニブなど現在実用化されている核酸医薬の多くは分子量が数千~数万台前半の分子である一方で、mRNAは分子量が数万以上の巨大分子です。mRNAの分子量*5が約1万以下であれば、質量分析計で塩基配列を確認できますが、新型コロナウイルスワクチンのmRNAの分子量は100万以上で、そのままでは測定できません。そこで、酵素を使用して適切な大きさに断片化し、質量分析計で測定します。得られた質量データは、コンピュータ上でmRNAを仮想的に断片化した質量データと照合して確認します(図1)。
新型コロナウイルスワクチンにも活用されているウリジンを例に本解析法を説明します。mRNA中のウリジンをN1-メチルシュードウリジン(化学修飾された塩基)に置換したmRNAを調製し、化学修飾された塩基が設計通りに組み込まれているかを確認するためのモデル実験を行いました。試料を断片化後、質量分析計で測定・解析することで、設計通りにN1-メチルシュードウリジンが組み込まれていることを確認できました(図2)。
![](https://images.microcms-assets.io/assets/3b3ccd510373412e9d699702451a6d90/315677c1a56b4cd49e5981b8f97ac98a/pr_0926-01.png)
図1 質量分析計によるmRNAの塩基配列解析の流れ(模式図)
![](https://images.microcms-assets.io/assets/3b3ccd510373412e9d699702451a6d90/55fa2b41496d41d0bc4c4ff54fdb5821/pr_0926-02.png)
図2 mRNA 断片のマス(MS)スペクトル。N1-メチルシュードウリジンの存在を示すピーク(赤矢印)を検出(赤矢印のピークの間隔がN1-メチルシュードウリジンの質量に相当)。
【今後の展開】
mRNAを用いた新規医薬品の塩基配列を質量分析計で確認し、品質保証のニーズにお応えすることにより、安心・安全な医薬品の供給に貢献します。これにより、健康の増進や生活の質の向上に寄与します。
今後も「高度な技術で社会に貢献する」という基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の分析サービスをいち早く提供し、お客様の材料開発や課題解決を支援いたします。
【用語の説明】
*1) 質量分析計(Mass spectrometer ;MS):物質の質量を正確に測定する装置。試料をイオン化し、これらのイオンを電場や磁場を使って分離・検出することで、各成分の質量を測定できる。得られるマススペクトルは、横軸に質量(厳密には質量電荷比 m/z。イオンの質量を統一原子質量単位で割り,さらにイオンの電荷数で割って得られる無次元量)、縦軸に検出強度としてプロットされる。 試料分子の構造に関係する情報が多く含まれるため、既知物質の同定や新規物質の構造決定に用いられる。
*2) mRNA(Messenger ribonucleic acid):メッセンジャーRNA(伝令リボ核酸)。塩基がつながった分子。細胞の中でタンパク質を合成するための情報が塩基の並び方として記録された設計図の役割を果たす分子。人工的に合成されたmRNAを利用したワクチン(mRNAワクチン)やmRNA医薬品の開発が進んでいる。
*3) 塩基配列:塩基はmRNAを構成している化合物。アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)の4種類。塩基配列は塩基がどのような順で並んでいるかを示すもの。
*4) 次世代シークエンス(Next-generation sequencing ;NGS)やサンガーシーケンス:どちらもDNAの配列を読み取る技術。NGSでは同時に多種類のDNAの配列を読み取れるが、サンガーシークエンスでは一度に1種類のDNAの配列しか読み取ることができない。mRNAの配列を読む場合、いずれの技術でも前処理の過程でmRNAをDNAに逆転写する必要があり、その際に化学修飾された塩基の情報が失われる。
*5) 分子量:特定の分子を構成する全ての原子の相対的な質量の合計。例えば、水(H2O)の分子量は約18である。一方、質量は物質の量を示す物理量。例えば、1リットルの水の質量は約1キログラムである。