本記事の詳細につきましては、8月1日開催の「ライフサイエンス セミナー&ポスターセッション」にてご紹介いたします。ぜひご参加ください。お申込みおよびセミナーの詳細は、こちらのリンクよりご確認いただけます。https://www.toray-research.co.jp/news/article.html?contentId=lvv0xsm2
【要旨】
当社(以下、「TRC」)と安田女子大学(所在地:広島県広島市安佐南区安東六丁目13番1号、学長:箱田雅之)の研究チームは、核酸医薬品の一種であるsiRNA*1の構成成分(アンチセンス鎖及びセンス鎖)が細胞内で異なった分布を示すことを、高空間分解能組成イメージング(SEM*2/NanoSIMS*3)により、世界で初めて50 nm(50 nm;50 nmは2千万分の1 m)の空間分解能で可視化しました。細胞内でsiRNAが解離し、アンチセンス鎖は細胞質内の特定部位に局在し、それに対してセンス鎖は均一に分布していることが明らかとなり、それぞれ異なる挙動を示す可能性が示唆されました。
siRNA医薬品は、投与された患者の細胞の中で疾患の原因となる細胞内メッセンジャーRNA(mRNA)を直接分解するという画期的な作用メカニズムによって、従来の医薬品では治療が難しかった遺伝性疾患などの難病の克服が期待されている有望な先端的医薬品です。siRNAの細胞内挙動を分子レベルで解析できるSEM/NanoSIMSは、先端的医薬品の作用メカニズム解明だけでなく、開発指針を導き出す強力なツールになることが期待されます。
なお、本研究成果は、7月1日~3日に開催される日本核酸医薬学会第10回年会で発表いたします。
【背景】
siRNA医薬品は、細胞内で標的mRNAの分解を誘導することで薬効を発揮する革新的な医薬品であり、2018年以降世界で7品目が承認されています。siRNAは2本鎖RNAで構成され、アンチセンス鎖及びセンス鎖が水素結合で結合していますが、両鎖を個別に識別・検出することは困難でした。2本のRNA鎖は役割が異なるため、それらを別々に解析することなしにはsiRNAの細胞内挙動の真の解明はできません。
従来は、2本のRNA鎖を異なる蛍光色素で標識することで、両鎖の分布状態の相違を調べることが試みられていましたが、解像度の限界や薬効への影響が問題でした。
このような課題を解決すべく、TRCはSEM/NanoSIMSを用いて今回、2本のRNA鎖それぞれの分布を50 nmの空間分解能で解析する技術を世界で初めて開発しました。
【研究の概要】
研究チームは、細胞内に存在しない2つの元素を用いて、アンチセンス鎖とセンス鎖をそれぞれ異なる元素で標識しました。さらに50 nmの空間分解能を有するSEM/NanoSIMSの特徴を活かして、それぞれの細胞内での分布状態を個別に可視化することに成功しました(図1)

図 1 NanoSIMS用に作製した標識siRNA分子の模式図
A、C、U、Gは、RNA鎖を構成する塩基を示す。
代表的な細胞のイメージング像を図2に示します。培養細胞のSEM像(左側の(A))では細胞核、膜構造や小器官が観察されます。中央の(B)と右側の(C)は、(A)と同じ細胞のアンチセンス鎖、センス鎖の分布像です。(B)よりアンチセンス鎖が特定部位に局在し、 (C)よりセンス鎖が細胞内で概ね均一に分布する様子が明確に示されました。これは、一つの分子として投与されたsiRNAが細胞内で解離し、mRNAに結合するアンチセンス鎖が特定の部位に集積することで薬効を発揮している可能性を示唆しています。
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図2 培養細胞に導入したsiRNAの細胞内分布像。(A)培養細胞のSEM観察像、(B)同細胞内におけるアンチセンス鎖の分布(NanoSIMSイメージング)、(C)同細胞内におけるセンス鎖の分布(NanoSIMSイメージング)
【今後の展望】
TRCは、NanoSIMSの高い空間分解能を活かし、次世代医薬品の細胞内挙動を分子レベルで解析することで、革新的な医薬品開発に貢献してまいります。今後も、医薬品や医療材料の物性分析に取り組み、最新の分析技術を医薬品開発の現場で使っていただけるよう、技術開発を推進してまいります。
【用語説明】
siRNA *1
small interference RNA(短鎖干渉RNA)の略で、20数塩基対からなる2本鎖RNA。siRNAを構成する2本の1本鎖RNA鎖は、各々アンチセンス鎖及びセンス鎖と呼ばれ、対になって結合している。アンチセンス鎖は、細胞内で標的となるメッセンジャーRNAと結合し切断させる。
SEM *2
Scanning Electron Microscopeの略。電子レンズを使って非常に細く収束させた電子線を、試料表面に照射させながら走査することで、試料表面から放出させる二次電子あるいは反射電子を検出することで像を得る電子顕微鏡。
NanoSIMS *3
固体試料表面にイオンビーム(一次イオン)を照射した際に、試料表面から発生する二次イオンを検出することで、試料内に含まれる元素を高感度に検出することが可能な、質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry: SIMS)の一種。NanoSIMSは一次イオンのビーム径を50 nmまで細く収束することで、単一細胞内の微量な元素の分布を詳細に観察することが可能。
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