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インタビュー・コラム

「サイロ・エフェクト」を排しイノベーションへ 松本洋一郎氏(LINK-J特別諮問委員)が考える「医工連携」後編

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ライフサイエンス研究の先達に話を聞く「スペシャルインタビュー」。第1回目の今回は、「超音波による腎結石破砕技術の開発」など、東京大学で早期から「医工連携」に取り組んできた松本洋一郎氏(LINK-J運営諮問委員会・特別諮問委員)にお話を前・後編でご紹介します。前編では、アーヘン工科大学(西ドイツ)留学、東京大学での「医工連携」の歩み、サイロ・エフェクト(縦割り組織における部分最適化)とイノベーションなどについてご紹介しました。後編では、日本の弱点である治験体制の整備や、大学の枠組みを超えた「連峰型」モデルの重要性。また、ライフサイエンス業界における課題や、今後のLINK-Jに対する期待についてお話いただきました。☞前編を読む

――政府の医療イノベーション推進室では、どのような討論が行われていたのですか?

私が推進室の室長に就任した期間は、2012年1月から2013年2月までの約1年間でしたが、その間に様々な議論が行われました。日本のアカデミアが発見した様々なシーズが国内で実用化に結実しない現状。日本の優れた研究者が国内の研究環境に失望して海外に移籍してしまう現実。製薬会社に「アカデミアから発表されるチャンピオンデータは再現性に乏しい」と指摘され、非常にショックを受けたこともありました。

治験体制の弱さは、当時から日本の弱点でした。これに対し、米国にはNIH(米国国立衛生研究所)があり、彼らは独自に治験コーディネート機能を持ち、臨床研究に対して多額の投資をしています。私たちはこの現状に危機感を感じており「日本にもNIHに相当する組織が必要だ」と訴えてきました。

その後、医療イノベーション推進室が解散となり、「内閣官房健康・医療戦略室(室長:和泉洋人氏)」へと移管されました。私は参与として同戦略室に参画し、兼ねてから問題意識を持っていた「合理的かつ安心して参加できる治験のシステムの構築」を提言しました。

――2015年に新たにAMED(日本医療研究開発機構)が設立されたことで、こうした状況は変化しましたか?

ファンディング機能の集約や研究機関の整備などは、大きく進展しました。その一方で、治験環境の整備などは、まだ十分ではないと思います。実は「医療イノベーション推進室」時代にも、複数の大学病院で共同運営する治験施設はできないか?という議論がされていました。もっとも、その後の推進室の解散によって実現には至らず、残念な思いをしました。

この問題に対する解決策の1つは「病院間を結ぶ治験ネットワークの構築」ですが、それにはある程度の投資が必要です。そのために、「霞ヶ関の谷」に代表されるサイロ・エフェクト(縦割り組織における部分最適化)を乗り越えなければなりません。「ここは私の領域だ」と縄張りを主張していたのでは、前に進めません。壁を乗り越えて合理的なシステムを構築するには、当事者の意識改革が重要です。

この状況は大学も同じです。大学間の人材の流動性は非常に低く、運営費交付金は削減されるばかり。大学間の競争が重視され、研究者には「いかに研究費を引き込むか」という意識が求められる。そんな現状を見た若手の研究者たちは、将来に失望して大学を去っていく。結果として修士課程の学生は博士課程に進学せず、博士号の取得者は減少し、日本の学術競争力は低下していく。これは深刻な問題です。

――近年、「日本からの研究論文の引用数の減少」は問題視されていますね。

私たちは、国立・私立などの形態を超えた大学コンソーシアム「RU11」を2009年に組織しました。設立の目的は、大学同士が立場を超えて共同することで、今後の学術政策を議論する場所を作ること。特定の大学がひとり勝ち・ひとり占めをするような「単独峰型」を脱却して、大学同士が連携する「連峰型」に変わらなければ、世界とは戦えません。

さらに視野を広げると、たとえば最近のノーベル賞などでは「その研究がどれだけ社会に貢献したか」という視点が重視されています。自分の研究を社会に還元するにはどうするべきか?立場の異なる人たちと議論することで、新たな気づきも生まれます。今後は、基礎・基盤領域の研究者も「研究成果を社会に還元する」という発想を持ってほしいですね。

――現在の国内ライフサイエンス業界にはどうような課題を感じていますか?

現在の課題として「ベンチャー企業をどう育成していくか」という問題があります。新しい起業が次々と起きて、仮に失敗してもその経験が評価されて次の機会に活用できるような社会構造が必要。それがなければ、「将来に投資をする」という意識も起きません。各国政府の将来に対する投資の伸び率とGDP(国内総生産)の伸び率は1:1で相関するという研究報告もあります。将来への投資なくして、国の成長はないのです。

――LINK-Jに対してどのような役割を期待していますか?

様々な立場の人々が集まり、自由な立場で議論ができる場所ができれば、そこを中心に新しいイノベーションが生まれる可能性が生じてきます。こうした場所は、なぜか官主導で設立しても、うまく機能しない。それぞれが自分の出自である組織の見解を主張し合うだけの場になりがちだからです。それではサイロ・エフェクトを乗り越えることはできません。その点でも、LINK-Jは互いの壁を乗り越えた議論・交流の場になり得ると思います。

また、LINK-Jには「社長の供給源」としての役割も期待しています。起業には、研究者と経営者という2人の専門家が必要です。研究者は大学や研究機関で育成できますが、経営の専門家となると、そうはいかない。その点、LINK-Jには起業経験者など経営に関する専門家も参加しており、それぞれパートナーを求めています。日本橋を舞台に、研究とビジネスのマッチングが実現していけば、とても素晴らしいことになると期待しています。

mastumoto.png 松本洋一郎 氏
東京大学工学部を卒業後、東京大学大学院で博士課程を修了。東京大学講師、助教授、教授を経て工学部長に就任。評議員、副学長、理事など要職を歴任(現在は名誉教授)。助教授になりたての頃、アーヘン工科大学(ドイツ)に客員研究員として留学。また、内閣官房医療イノベーション推進室長を務めた。現在は理化学研究所理事、国立がん研究センター理事を務める。専門領域は機械工学、流体工学、計算力学、分子動力学、医療支援工学など。

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