イベントレポート

トークセッション「新木場で考えるアート×サイエンス――イノベーションを生み続ける街へ」を開催しました(3/13)

三井不動産株式会社と一般社団法人LINK-Jは今春、三井リンクラボ新木場3のシンボルとして、彫刻家の名和晃平氏が手がけた彫刻作品《Cell Tree》を設置いたしました。サイエンス系の研究者や事業創出者たちの思考をアートが刺激し、イノベーションを育む環境の創出と強い産業の創造を促進することを期待するものです。

アジア、そして世界を代表するライフサイエンス分野の聖地となることを目指す新木場で、3月に行われたお披露目記念トークセッション「新木場で考えるアート×サイエンス――イノベーションを生み続ける街へ」の中から、ハイライトをご紹介します。

《Cell Tree》 2026, paint on aluminum, 5200×2433×2266 mm,photo: Nobutada Omote

名和晃平氏による《Cell Tree》は、研究者やスタートアップなど
ライフサイエンスの担い手たちを集積し、
コミュニティの構築と協業を図ってきた三井リンクラボ新木場3のシンボルとなる


アート×サイエンスによる、0→1を生む思考の共鳴に期待

山下和則 氏(三井不動産株式会社 常務執行役員イノベーション推進本部長)

三井不動産はプラットフォーマーとして、街づくりを通じて社会的・経済的価値を生み出すことを目指しています。ハード(建物)だけでなくソフトウェアを組み合わせた「未来型のイノベーションが生まれる場」を提供したいと考え、10年前にライフサイエンス分野の「LINK-J」を始動しました。当初はデベロッパーの参入に違和感を持たれましたが、今や会員数1,000を超え、年間1,200回以上のイベントを開催する巨大なエコシステムへと成長しました。この、参加者が相互交流し、シナジーを発揮し、イノベーションを生む街づくりと日本の産業創生というコミュニティの形成は、宇宙コミュニティ「cross U」、半導体コミュニティ「RISE-A」など新領域へも拡大しています。

私たちのラボ事業は、柏の葉のような「シーズ近接型」と、ここ新木場を中心とした「都心近接型」の二軸で展開しています。近年、研究施設は「コスト」ではなく、優秀な人材を確保し創造性を高めるための「投資」であるという考え方が浸透しました。私たちは、日本が強みを持つライフサイエンス分野を新木場に集積し、東京湾岸エリアをアジア、そして世界を代表する聖地に発展させるために全力を尽くしています。

とくに今回、名和晃平先⽣のアートを設置したのは、サイエンスとアートの親和性に着⽬したからです。両者は共に「0から1を⽣む」という思考フレームを持っています。完成した《Cell Tree》は、新たに設置したとは思えないほど環境に調和し、地⾯から⽣えたような⾃然な佇まいを⾒せています。名和先生の作品が街のアイコンとなり、ここで働く人々に新たな「0→1」の発想やコラボレーションが生まれることを期待しています。


100年後の未来を⾒据えた《Cell Tree》。つながり、成⻑し、⽣命の継承と変化を表現する普遍的な彫刻に 

名和晃平 氏(彫刻家/Sandwich Inc. 代表/京都芸術大学教授)

私は1975年に⽣まれ、京都市立芸術大学で彫刻を学び、現在はサンドイッチ⼯場跡地をリノベーションした京都のスタジオ「Sandwich」を拠点に国内外で活動しています。美術、建築、舞台芸術を主要な柱として、領域横断的なクリエイションを続けています。私の創作の中心には「セル(細胞・粒)」という概念があり、2000年ごろからは、モチーフを無数のセルで覆うことによって断片的なイメージの集合へと変換する彫刻作品「PixCell」を手掛けています。とりわけ、2002年に発表した《PixCell-Sheep》は、クローン⽺ドリーの誕⽣やヒトゲノム計画の進展といった時代背景の中で制作され、「情報によって⽣命が規定され、⼀体となって進化していくのではないか」という予感をあらわしています。

このように、私は以前からテクノロジーやサイエンスに強い興味関⼼を抱き、創作の基点としてきました。このたび《Cell Tree》を設置した三井リンクラボ新⽊場3は、サイエンスの探求だけでなく、様々なつながりを通じて新しいものを⽣みだしていく場だとうかがっています。そこで実際に何度か現地を訪れるうち、「セルが空中に集まりながら⽊のように⾃⽴する」という本作のイメージが頭の中に浮かんできました。周りの⽊々ともなじむ空間性を実現しながら、⽣命の継承と変化が表現される普遍的な彫刻にしたいと思ったのです。⽊は地⾯を介して互いにコミュニケーションをとり、土中の菌類と共生し、環境変化に敏感に呼応するなど、さまざまなレイヤーにまたがるネットワークを築いています。これを、アートとサイエンスをはじめとした異なる領域同⼠がつながり合って成⻑するイメージ、ひいては⽣命の広がりや世界との交信へと重ねて、彫刻化したいと思いました。シルエットはすごくシンプルで可愛らしいので、まだアートに馴染みのない⼦どもたちの記憶にも残ってほしい、という想いもあります。

本作では、時を超えて成立する構造強度を持たせつつ、いかに地面に⾃然に⽴っているよう⾒せられるか、という点も重要となりました。内部にはスチールによる構造がしっかりと入っているのですが、表面はアルミニウムをシームレスに鋳造して研磨・塗装することで、柔らかい佇まいをつくりだしています。サイエンスは100年単位の未来を考えて研究開発すべきもの。100年後にこの彫刻が立つ世界はどのようなものなのか、想像しながら観ていただければ嬉しいです。

《Cell Tree》のファーストスケッチでは、セルが葉や実のように集まり、
一本の木となって⾃⽴する姿が鉛筆で描かれている。

《Cell Tree》 2026, paint on aluminum, 5200×2433×2266 mm,photo: Nobutada Omote



アートとサイエンスの交差点、アート思考がイノベーションを導き、倫理や真善美にもつながる

岸田和真 氏(株式会社Dioseve 代表取締役社長)

当社Dioseve(ディオシーヴ)はiPS細胞を⽤いた不妊治療の研究開発を⾏っています。細胞をコンセプトにした《Cell Tree》には親近感が湧き、細胞同⼠が交信するイメージを持ちました。私たちサイエンス系のスタートアップ企業は⼈と⼈とのコミュニケーションがとても⼤事なものです。三井リンクラボのコミュニティでは他の企業と助け合うこともあり、とても良い環境にあると感じています。 

私は金融業界からこの世界に入りましたが、事業の大きな転換点は、研究者の「卵巣の細胞が作れるかもしれない」という一言に対する直感でした。論理的なアプローチだけで終えていたら、この事業はなかったでしょう。直感的に面白いと感じ、他がやっていない着想に至るプロセスは、まさにアート思考と似ています。試行錯誤の末に辿り着く答えが意外にもシンプルであるという点も、アートの発想に近いと感じます。また、テクノロジーが進化する中で、「その技術をどう正しく使うか」という倫理や美意識、真善美などが極めて重要になります。ライフサイエンスの分野にアート思考は極めて有用だと感じています。


アート×サイエンスによる街づくりの成功事例はリンツの「アルス・エレクトロニカ」、新木場の未来

長谷川一英 氏(E&K Associates 代表)

私は製薬会社で創薬の研究をするサイエンティスト出身で、今はアート思考でイノベーションを起こす啓蒙活動をしています。ライフサイエンスとアートの両方を見てきたことと、三井不動産でアート思考の研修をさせていただいたご縁で相談を受け、名和さんを紹介させていただきました。《Cell Tree》は三井リンクラボ新木場3のコンセプトにピッタリですし、枝が上に向かいつつときどき下に反転していて、ダイナミズムが出ています。

海外のアート×サイエンスによる街づくりの成功例に、オーストリアのリンツがあります。かつて鉄鋼の街として衰退の危機にあったリンツでは、1979年に「芸術・先端技術・社会」を掲げた「アルス・エレクトロニカ」が創設しました。今や世界中からアーティストや科学者が集まり、企業も「技術をどう社会に浸透させるか」を議論するために訪れる場所となっています。日本企業がわざわざリンツへ行かずとも、ここ新木場に来れば社会実装に向けた深い議論ができる。そんな「ライフサイエンスの聖地」としての機能を備えていければと考えています。


「新木場で考えるアート×サイエンス――イノベーションを生み続ける街へ」
トークセッション

【登壇者】
名和晃平 氏(彫刻家/Sandwich Inc. 代表/京都芸術大学教授)
岸田和真 氏(株式会社Dioseve 代表取締役社長)
山下和則 氏(三井不動産株式会社 常務執行役員イノベーション推進本部長)
長谷川一英 氏(E&K Associates 代表/ファシリテーター)

アーティストとライフサイエンスプレーヤー、デベロッパー、それぞれの立場から、
アートの役割やサイエンスの可能性や目指す街づくりなどについて思いを語った。
右から2番目が名和晃平氏。左から長谷川一英氏(E&K Associates代表)、
岸田和真氏(Dioseve代表取締役社長)、
右が山下和則氏(三井不動産常務執行役員イノベーション推進本部長)

名和晃平氏:これからの時代、AIをはじめとした情報技術によって、環境や社会がデータ化・統合されていく動きはますます活発になると思います。そうした中で宇宙や⽣命にとっての良い未来を描くには、《Cell Tree》における「細胞のつながり」のような有機的かつ抽象的な思考を持ってサイエンスや社会のあり⽅を横断的に眺め、想像力を喚起することが重要だと考えています。三井リンクラボ新⽊場でも、サイエンティストとアーティストが交流や共同研究を通じて互いの視点を交換し、新しい発⾒や発想につながることが期待されていると思います。では、そうしたコラボレーションのためには、どのような交流やきっかけが必要なのか。具体的な技術の相談だけではなく、その前提となる思想的な部分から、アートとサイエンスの未来を切り拓くような会話や対話を育んでいければいいなと思います。 

山下和則氏:私たちはプラットフォーマーとしてムーブメントを日本に起こしたい。例えばサイエンスとアートという異なるものの組み合わせでお互いを創発する。それが今後の街の機能であり、街の個性を決めるもの、街づくりの義務だと思っています。ゼロイチや、サイエンスとアートなど違うものの組み合わせで新しいものが生まれ、イノベーションにつながる。新木場が目指すものの象徴が《Cell Tree》なのです。大事なのは日常的な偶発性、セレンディピティです。歩き、出会い、雑談し、何かのアイデアを得る。DNAのらせん構造はイギリスのケンブリッジ大学のワトソンとクリックが発見しましたが、喫茶店で聞こえてきた会話がきっかけになったそうです。新木場からもそんな未来をつくるイノベーションが生まれることを期待しています。

長谷川一英氏:サイエンスもアートも0→1によって新しいものを生み出していきますが、サイエンスは自分のフォーカスしていること以外は捨てていく方向に目が向きがち。でもアートは、名和さんから哲学的という話がありましたが、混沌とした社会を混沌としたまま見ようとする。視線の方向性がちょっと違うんですよね。だからこそアーティストとサイエンティストが出会うことが非常に面白いと思っています。

岸田和真氏:私たちは3年前、三井リンクラボ新木場2の竣工と同時に入居しました。都心近接型で採用にも有利ですし、成長とともにオフィスを柔軟に拡張できるのもメリットです。他社との交流も盛んで、情報交換の機会も多くあります。これをアートの要素が後押ししてくれると思っています。アメリカではバイオスタートアップへの投資が進んでいますが、日本にも素晴らしい技術が眠っています。投資家が「日本で一緒にやろう」と思える環境、技術を社会へ繋げるためのエコシステムとして、三井リンクラボ新木場が重要な役割を果たすことを期待しています。

名和晃平氏:《Cell Tree》は、生命が芽吹き、つながり、成⻑していくイメージを持った作品です。こうしたアートが街に⼊ることで、空間が変わり、そこに紐づくイメージが変わり、人々の場所に対する記憶や感覚が豊かになっていく。⽇常の中に不意に現れるアートが、人々に「もっと⾃由でいいんだ」という気づきを促し、生命や⽂化、世代のあいだのつながりをひらくきっかけになると信じています。一見、アートとサイエンスはまったく異なりますが、⾮常に長期的かつ広範なスケールで未来のビジョンを描き、ものを⽣み出していくという点では通じ合う部分も大きいと思います。近代都市は利便性や効率性を求めて拡大し、アートはそれに対する反動・反骨をひとつのエネルギーとしてきました。都市とアートが健全な緊張関係をなすことで、そこに暮らす人々の精神や⽂化は豊かになっていくのだと思います。AIをはじめとしたテクノロジーが進化を続け、人々を翻弄している今こそ、アーティストやサイエンティストはポジティブな未来の在り⽅を毅然と提案し続けていくべきです。 

山下和則氏:私たちの街づくりの根底には、より良い社会の創造があります。私たちは場と機会を提供するプラットフォームの立場から日本の産業強化に取り組み、新木場をその拠点として発展させていきます。将来の世代に引き継ぐべき豊かな社会。それをリードする場所として、新木場から新しい未来の日本を、皆さんと共に創出していきたいと考えています。

Photos by Yuta Fuchikami(トークセッション)
Text by Kumi Matsushita

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