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イベントレポート

シンポジウム「ゲノムの可能性~新産業創造への挑戦~」を開催(6/4)

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6月4日、日本橋三井ホール(東京・日本橋)にてLINK-Jシンポジウム「ゲノムの可能性~新産業創造への挑戦~」を開催いたしました。ゲノム解析技術の加速度的なコスト低減、革新的なゲノム編集技術の登場など、「ゲノム」を取り巻く環境は常に変化しています。シンポジウムでは、アカデミア、医療者、産業関係者、ベンチャー起業家が集まり「ゲノムがもたらす新産業創出の可能性」について議論を行いました。

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開会に先立ち、岡野栄之 LINK-J理事長(慶應義塾大学医学部生理学教室 教授)より開催挨拶を行いました。また、共催者である日本医療研究開発機構(AMED)の泉洋子 統括役より挨拶を頂き、シンポジウムのテーマである「新産業創出」について「本日の機会が新産業創出に向けた新たなトレンドにつながるよう、大いに期待している」と今後の展開に強い期待を示されました。

基調講演「genomeの最新事情」
「オミックス情報を用いたライフプラン」林﨑良英 先生(国立研究開発法人 理化学研究所)

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林﨑先生は「ゲノムがもたらす未来の医療」としての「保険・医療・ヘルスケアの統合化」について講演しました。ゲノム解析技術の発達と解析コストの低減によって、世界の医療技術レベル全体が急展開を迎えています。たとえば、米国では保険と医療を統合したIHDS(Integrated Healthcare Delivery System:統合ヘルスケア提供システム)が誕生しており、すでに数千万人の市民が同システムに登録しています。林﨑先生は、同システムを通じて収集される「臨床情報と健康情報に関連づけされたゲノム情報」には、基礎研究から疫学調査まで様々な利用価値があると指摘。ゲノム産業の拡大は、ゲノム解析サービス/情報保管サービス/インフラ提供など周辺産業の成長にもつながると訴えました。その上で、ゲノムを含むオミックス情報によってライフプラン全体をカバーするヘルスケアシステムの存在は、将来の医療産業の中で重要な位置を占めるだろうとの予測を披露しました。

「ゲノム編集の原理と産業分野での利用可能性」山本卓 先生(広島大学大学院理学研究科 数理分子生命理学専攻分子遺伝学研究室)

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「ゲノム編集」とは、人工酵素を用いて効率的かつ正確な遺伝子改変を可能にする最新技術です。ゲノム編集技術の登場によって特定の部位に狙い通りの変異が起こせるようになり、すでに「芽に毒素が生じないジャガイモ」「収穫後も黒ずまないマッシュルーム」なども誕生しています。山本先生の研究グループも、第2世代ゲノム編集技術を改良した「Platinum TALEN」システムを独自に開発。「微細藻類バイオ燃料の向上」や「養殖マグロの事故死の防止」などの産業応用に挑戦しています。もっとも、世界的には日本のゲノム編集技術開発は海外勢に一歩先を越されており、出願人国籍別数出願数は世界の中では第7位、アジアでも中国・韓国に次ぐ第3位に甘んじています。山本先生は「ゲノム編集は医学から農業まであらゆるライフサイエンスに関連する研究に利用可能である」と指摘。今後も日本ゲノム編集学会などを通じて産学連携を推進したいと述べ、関係者の参画を広く呼びかけました。

「次世代シークエンス遺伝子パネル検査を基点とした本邦がんゲノム医療」河野隆志 先生(国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所)

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国立がん研究センターは、シスメックス株式会社との共同研究で「がん遺伝子パネル検査」の開発に取り組んでいます。パネル検査とは、数万に上る遺伝子の中から選択した複数(数十から数百)の遺伝子を網羅的に解析する技術です。抗がん剤の第Ⅰ相試験のマッチングに同パネル検査を利用したところ、対照群と比べて無増悪生存期間の延長が確認されました。今年4月からは先進医療という形での実施が承認され、その有用性が臨床で検討されることになりました。河野先生は「パネル検査が保険診療で実施可能になれば、より多くのゲノム情報が集積できる」と指摘。さらに「高額な薬価で話題となった免疫チェックポイントは、遺伝子変異が多いほど有効性が高くなるといわれている」ことから、遺伝子パネル検査の活用によって、より適切な患者の選択につなげることも可能だろうと期待します。また民族性の視点から、将来的にはアジア全体での展開につなげたいと展望を述べました。

セッション1「テクノロジー 基礎~応用~社会」

「希少遺伝性疾患に対するゲノム解析の臨床応用」小﨑健次郎 先生(慶應義塾大学医学部 臨床遺伝学センター)

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小﨑先生は日本医療研究開発が主導する「未診断疾患イニシアチブ」を通じて未診断疾患に対する網羅的ゲノム解析を行い、新規疾患と原因遺伝子の同定を研究しています。「難病の半数以上は遺伝性疾患」であり、全ゲノム解析およびエクソーム解析は難病診断の端緒を掴む方法として有効だと主張されました。その上で「ゲノム解析は三次解釈(臨床的解釈)が最も難しい」ことから、今後はアカデミアと企業との連携、および専門家の人材育成が不可欠だと訴えました。

「百歳のゲノム」新井康通 先生(慶應義塾大学医学部 百寿総合研究センター)

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新井先生は、特に百寿者のコホート研究を通じて「健康長寿のメカニズム解明」に挑戦しています。これまでの解析では「認知機能の低下速度が遅い」「寿命に対する遺伝的寄与率が高い」などの結果が得られており、最近では四百名を超える百寿者のホールゲノムから、複数の長寿遺伝子候補を同定しました。現在はゲノム解析の結果を含む網羅的解析が進行しており、新たな知見の発見が期待されています。

「ゲノム医療と機械学習-成功例・失敗例から学ぶ」松本俊二 氏(富士通株式会社 第二ヘルスケアソリューション事業本部)

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松本氏は「血液サンプルから腫瘍再発の兆候と部位を検知」「オミックス情報による疾患/非疾患の鑑別」などの課題の実施を経て、機械学習の有用性を検討しました。その結果、高い適合率(前者で9割以上/後者で8割弱)と意外な弱点(患者に対して健常者のデータが不足)が示されました。さらに「医療保険を利用して収集された情報をIT企業が利用することは可能なのか」など今後の課題を挙げました。

「個人が主体的に予防に向かい研究参加できる「ゲノムPF」の挑戦」澤井典子 氏(株式会社ディー・エヌ・エー ヘルスケア事業本部)

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澤井氏は「個人参加型ゲノムプラットフォーム」の可能性について語りました。ディー・エヌ・エー社では、「個人向けゲノム解析サービス(MYCODE)」を通じて顧客に疾患リスクの提供を行うと同時に、収集した多くの情報を本人同意のもとで医学研究に利活用しています。「未病分野の研究では参加者が長期継続的かつ主体的に参画できる制度が必要だ」と指摘。誰もが参加できるゲノムプラットフォームの構築を目指したいと訴えました。

パネルディスカッション「ゲノム医療の現状と課題」モデレーター:岡野栄之 理事長 / 河野隆志 先生

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ディスカッションに先立ち、岡野理事長が慶應義塾大学医学部教授として、ゲノム編集研究の現状について解説を行いました。新しいゲノム編集技術の登場などもあって、FDA(米国食品医薬品局)に対する遺伝子治療の申請数は急速に伸長。昨年はついに細胞治療の申請数を超えました。岡野理事長らの研究グループも、マーモセット(サルの一種)を用いた検討で、従来の技術では困難とされていた非分裂細胞(神経細胞)のゲノム編集に成功しており、こうした新しい技術の発展を通じて生まれる新たなサイエンスと産業化の可能性に期待を示しました。

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パネリストからは、現在の体制では今後さらに拡大する検査需要に対応できないとの指摘が上がり、特に解析結果の解釈を担う「バリアントサイエンティスト(ヒトゲノム解析の専門家)」の育成が必要だとの声が上がりました。また「ゲノム情報を日本の財産として継続的に蓄積・活用する枠組み」の必要性を訴える意見も出ました。会場からは「国内にも優れたゲノム編集技術がありながら、それを臨床応用しようという勢いが感じられない」と残念がる声も。岡野理事長も、国内の関連学会が積極的に合同企画を行うことで「もっと議論していかなければならない」と述べました。さらに、ゲノム情報の医療活用/産業応用の足枷になっている種々の規制や法律については、かつて関係者に対する働きかけを通じて再生医療新法が誕生した経緯を紹介し「泣き寝入りをせず、きちんと意見を発信していくことも大切だ」と呼びかけました。

セッション2「ベンチャー」

「ゲノムAPIスタートアップAWAKENSの挑戦と最新米国ゲノミクス事情」高野誠大 氏(AWAKENS, Inc.)

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高野氏によると、すでに米国では2千万人以上の市民が自分のゲノム情報にアクセスできる環境が整備されています。ゲノム情報の二次利用も自由で、ヘルスケア業界では「ゲノム情報で最適化されたサービス」を提供する会社も登場しています。高野氏は「米国ではゲノム情報の権利は本人に帰属する」との考えが普及しており、結果として様々な二次利用が生まれていると解説しました。

「パーソナルゲノムサービスの現状と今後」高橋祥子 氏(株式会社ジーンクエスト)

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大学在学中に個人向けゲノム解析サービスを起業した高橋氏は、現在のゲノム市場について「まだ市場自体が玉石混交」の状態だと指摘しました。さらに将来のゲノム市場における新たなリスクとして「遺伝子差別の助長」や「疑似科学ビジネスの横行」などを例示。「ゲノムビジネス市場は確実に拡大し、また確実に混乱する」との予測を示し、「正しい恩恵が得られるサービスを構築する必要がある」と訴えました。

「マイクロバイオームによるパーソナルヘルスケアサービスの展望」沢井悠 氏(株式会社サイキンソー)

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「マイクロバイオーム」とは、身体内に存在する細菌叢(集合体)を指す概念です。沢井氏は、糞便サンプルから腸管の細菌叢をメタゲノム解析する事業を4年前に設立。これまでに何千件もの腸内細菌叢解析を実施しており、蓄積されたデータは製薬会社や食品会社などの研究支援や販促支援などにも活用されています。最近では自治体との共同で高齢者の腸内細菌叢調査も始めており、今後の展開が期待されます。

パネルディスカッション「ベンチャーが切り拓くゲノムの可能性」モデレーター:鎌田富久 氏(Tomy K代表/ACCESS共同創業者)

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個人向けゲノム解析サービスの日米格差について、パネリストから「国民性の違い」が上がりました。米国は「自分の起源(ルーツ)を知りたい」との動機で利用する人が多いこと、さらに食品、コスメ、フィットネスなどの分野で大手資本が出資しており、市場としても参入しやすく有望な領域との見方が強いとの指摘がされました。その一方で、日本のゲノム解析サービス利用者の中心は、現時点で「健康に対する意識の高い人たち」に留まることから、今後さらに新しいユーザー層を開拓するアプローチとして、たとえば「個人化されたダイエット情報の提供」などが例示されました。さらに話題はヘルスケアを離れて、教育、人事管理、結婚紹介など様々な場面における「ゲノム情報に基づく個人化の可能性」にも及びました。あるパネリストは「事業開始当初は「個人がゲノム情報を知るのは危険だ」という意見が多かった。これから先は自分のゲノム情報を知って当然という状況になるのではないか」との予測を示しました。

懇親会

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シンポジウム終了後は、引き続き懇親会が開催されました。懇親会には登壇者やパネリストをはじめとした産官学の関係者が参加し、和やかな雰囲気の中で「ゲノムの産業利用」をテーマとしたディスカッションが行われました。

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