LINK-Jアカデミア発メドテックイノベーター発掘プログラム2025 Premium Networking Day参加企業に聞く
メドテック(医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービス等)領域での事業化を検討中もしくは事業化直後の研究者やチームを支援する「アカデミア発メドテックイノベーター発掘プログラム」。2025年12月13日のPremium Networking Dayでは、全15チームがピッチと質疑応答に臨み、6チームに優秀賞、1チームにオーディエンス賞が贈られました。受賞したチームの代表者に事業内容や今後の展望などをお聞きします。今回は、ANT5(アンツ)株式会社代表取締役社長で医師の鈴木倫保氏にお話を伺いました。

鈴木倫保氏 (ANT5株式会社 代表取締役社長)
「自分で医療機器を作るしかない」との思いが
――まず、先生ご自身のことを伺えますか。
鈴木 東北大学医学部を卒業後、国内外の大学を経て2000年から山口大学で脳神経外科学、次いで先進温度神経生物学の教授をやっていました。山口大に着任して5年くらい経った頃、「医療機器を自分で作るハメになる?」と考え始めました。脳のセンサは以前から脳圧センサ等がありますが、その効果や使い勝手が今一つです。また脳を救うためには、脳の温度(脳温)を上昇させないように冷却する事がありますが、肝心な脳温ではなく膀胱や直腸の温度で代用していたのが当時の状態でした。この状況から「自分でやるしかないかな~」という思いを強くしました。
――医師が医療機器を作るのはよくあることですか。
鈴木 ハサミなどの手術器具を医師が自ら工夫することはよくありますが、検査・診断機器などに関しては珍しいと思います。私は多くの工学部出身の人たちと出会えたのが幸運でした。学内で臨床ニーズと工学のシーズが簡単にマッチできたのです。例えば、「脳に測定機器を接触させずに、血流を測定できますか?」と尋ねると・・・「できます」「面白いですね」と返事が帰ってきました。技術的にはレーザースペックル法を用いれば可能で、手術室でも使用可能な機器も開発しました。一方、論文を書けたとしても、製品として上市させるには多くの知識・労力・資金が必要と理解しました。
――工学部の先生との接点は、どんなきっかけがありましたか。
鈴木 関門海峡を隔てた九州工業大学にファジー理論の大家がいらして、てんかん治療への応用も研究されていました。その研究室に出入りするうち、お互いにAMED の大型研究費を獲得することができました。そうすると、興味を持ってくれた静岡大学、熊本大学、奈良先端科学技術大学、京都大学などから研究者が集まってきて、チームができました。そのチームでまた研究費を申請し、採択されるとモノづくりや解析をする、という好循環を繰り返して今に至ります。データ解析、デバイス開発や臨床研究の専門家との出会いに、感謝感謝です。
――その意味では、ANT5は山口大学発ですが、他大学とのコラボレーションの成果でもあるわけですね。
鈴木 はいそうです。地方大学はコラボレーションが必須ですね。今はオンライン会議システムがたくさんありますので、距離が離れていてもコミュニケーションがとりやすくなりました。
重症脳損傷から浮かび上がる様々な課題
――事業として目指されていることを教えてください。
鈴木 脳神経外科医として診療する中で、脳卒中、脳神経外傷、てんかん重積、さらには院外心停止を含めた重症脳損傷の患者さんに多数遭遇しました。その悲惨な予後を見るたびに、何か救う手立てはないかと長い間悶々とした思いを抱き続けていました。患者さんを救命できなかったことはもちろん、救命できても寝たきりや、高次脳機能障害になるとご家族の負担も多く、二次的被害者となります。しかし、治療の課題は多く残されていました。医師が治療に活かす脳病態のデータが圧倒的に不足して、医師が「勘」や「経験則」で治療していたのが実情です。
その後、脳圧センサの多施設共同研究などの結果から、脳圧を指標として治療していたのでは手遅れになることがわかりました。その代わり、重症脳損傷直後から発生して脳圧亢進の原因となる二次損傷を、早期に診断して治療する事が現在は推奨されています。そのために、「脳波、脳温、脳血流、脳圧」などの複数センサをAll-in-Oneでデバイスに落とし込み、脳のマルチモーダル情報を取得するデバイスを開発しました。我々のセンサで新たな治療時間枠が生まれます(図1)。

図1
――二次損傷を早期に捉えた場合、介入方法についてはある程度、確立されているのでしょうか。
鈴木 まず病態を理解していく必要があります。繰返しになりますが、脳浮腫は脳損傷から48時間程度で悪化して脳圧を亢進させますが、脳圧を指標に治療することはtoo lateなので、脳浮腫の原因である二次損傷(脳虚血、低酸素脳症、てんかん発作、脱分極)を早期に検知し、治療をすることが最新のコンセプトです。例えば、脳血流が下がっていれば、それを上昇させる。あるいは、脳組織飽和度が低下して入れば血中酸素濃度を改善させる、あるいはてんかん等の代謝を亢進させる病態を治療して代謝を正常化するなどの対応を行います。脳の温度のコントロールも極めて大事です。脳温が40℃を超えてくると脳の蛋白が変性し始めて不可逆的な損傷が発生します。それを防止するために脳温の冷却も必要となります。
――血液マーカーのようなもので兆候をとらえられるのでしょうか。
鈴木 ありますが、現在使用可能なマーカーは組織構成成分が多く、それらが血中に漏れてくる時はすでに組織が崩壊しています。すなわち、脳が壊れることは検知できても、どんな病態が発生して、どのような治療をすべきかを教えてはくれません。
――二次損傷の兆候を捉えて早期に介入すれば、予後は改善しますか。
鈴木 それを定量的に検討した多施設共同研究(RCT)の結果はないので、明確な回答はできません。しかし、過去のRCTの二次解析、あるいは小さな集団で酸素代謝を改善すると予後が良かった、あるいは非痙攣性てんかん重積(痙攣がないので、表面上全く診断できない)は予後を悪化させるというデータはあります。我々のセンサで、是非臨床研究を行いたいと希望しており、本年2月に豪州のいくつかの病院を訪問して、臨床研究の可能性を協議してまいりました。
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デバイスを脳に直接置き、脳活動を計測
――開発されている「頭蓋内マルチモーダルセンサ」について教えてください。
鈴木 スマートフォンなどに搭載されているフレキシブルプリント基板上に複数のセンサ(脳波、脳温、脳血流、脳酸素飽和度、脳圧)を配置し、網羅的に脳活動を計測するものです。現在は3チャンネルです。これを手術時に脳表に置きます。手術の機会がない場合は、頭蓋骨に10mm程度の穿頭を行い脳表に留置します(図2)。

図2
――脳の活動をピンポイントで計測するのですね。
鈴木 ピンポイントがいいのか、広い範囲を測った方がいいのか、両方の議論があります。「大脳半球」と言われると難しいですが、ある程度広い範囲を測る場合には、デバイスを長くして各チャンネルの間隙を伸ばせば可能です。重要なのは、脳の壊れてしまったところではなく、救いたい部分の脳表に留置することがポイントです。
――競合品で非侵襲のものもあるそうですね。
鈴木 非侵襲の医療機器で完成されたものは残念ながらありません。近赤外光で脳組織酸素飽和度を測定する機器は既に使用されていますが、脳に光が届くまでに頭皮や頭蓋骨により光の散乱や吸収が起こるため、脳のデータを取得するために複雑な演算が必要です。そのため、時として大きな誤差が生まれます。我々のセンサは直接脳表で測定しているので、複雑な演算は不必要です。以前に脳の温度や脳圧を耳で測定するというコンセプトがありましたが成功しませんでした。その他に、近赤外光や頸動脈脈波から脳圧を推測する機器開発が行われていますが、診断能力は「脳圧が危険なレベルか安全か」のトリアージの段階で、臨床応用はまだまだ時間がかかりそうです。
わたしたちの機器は、侵襲的ではあっても、脳のマルチモーダルな実測値が「同一部位から、同時に、長期間」取得できることが大きなメリットです。すなわち、患者さんの傷んだ脳の「デジタルツイン」が手に入るということが貴重です。将来、非侵襲機器に移行するにしても、非侵襲機器のアルゴリズムの補正は必須です。すなわち我々のセンサによる「脳情報の実測値」「デジタルツイン」が無いと非侵襲測定機器は完成しません。
――「データを取るためのセンサ」というコンセプトは最初からあったのですか。
鈴木 当初から想定していたのではなく、「目の前にいる患者さんを救うためには脳の状態を知らなければならない。そのためにセンサを作ろう」という考えでした。
実際にやってみると、様々なデータが得られるのです。変わりにくいとされる脳の温度も、てんかん発作が起きるとあっという間に変わります。脱分極の発生時もそうですが、脳になんらかの「事件」が起きると、脳温、皮質脳波、脳電位、NIRS(脳血液量、酸素飽和度)、脳圧の挙動が一斉に変化します。この動態変化そのものがまさに「データの塊」で、様々なビジネスにもつながると考えます。 損傷脳から得られたマルチモーダルデータは、治療やその効果の予測を可能にしますし、さらには遠隔医療にも応用できます。これまで医師の「勘」や「経験則」でおこなってきた重症脳損傷治療に客観的指標を導入し、高精度の個別化医療を提供可能となります。さらに、そのデータを多くの医療者が共有できます(図3)。
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図3 てんかん発作時のセンサデータ
AC: 皮質脳波、DC: 脳電位、Brain temp: 脳温、NIRS:近赤外光スペクトロスコピー)
自社で薬事承認を取得する意気込みで
――センサの特許はいつ取得されたのですか?
鈴木 日本では5年ほど前に、EU の一部と米国では2025年から2026年にかけて知財化されました。
――資金調達について教えてください。
鈴木 2020年にANT5を設立してから、科研費/AMED/NEDO等のパブリックファンドだけで運営してきました。今はVC様、CVC様、事業者様と交渉しています。
PMDAの開発前相談では、必ずしも臨床試験は必要ないとされましたので、開発資金は非臨床試験に1億円強ほど、申請・ロジ・マーケティングなどの費用と併せて3億円程度と見積もっています。
――実際の販売戦略についてはどうお考えでしょうか
鈴木 少なくともグローバルマーケティングは、自社ではできません。その時には M&A でしょうが、大企業が関わるスタートアップのステージが変わってきている印象です。比較的早期から協業するよりも、「確度が高くなったらもう一度話を聞きましょう」と変わってきたようです。まずは非臨床POCの取得が大事だと思っています。豪州のTGAのように、日本のPMDAデータを利用できる国もあることや、日本企業は高度管理医療機器(クラスIV)を取り扱わないことが多いという点でも、 海外の企業を選択肢に含めたM&A が適切と考えています。
――社員としては何名くらい居られますか
鈴木 チームメンバーとしては複数おりますが、社員という意味では私1人です。アドバイザーとしてVCの方に大変お世話になっております。奈良先端科学技術大学、京都大学、山口大学の准教授などアカデミアの協力者も多数おりますが、今後PMDAの申請等を目指すにあたり、体制も整えたいと考えています。
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「目利き」が集まる イノベーター発掘プログラム
――メドテックイノベーター発掘プログラムに参加されていかがでしたか。
鈴木 バラエティのあるアイデア、特に若い方の斬新な、現場に即したアイデアが勉強になりました。自分の年齢のことは忘れ、彼らのよいところを全部吸収して、いろいろなことをやってみたいと思っています。
――その後のメンタリングはいかがでしたか?
鈴木 辛口なコメントを多数いただき勉強になりました。プレゼンテーション資料の作り方や、レギュレーションを勉強することや、薬事承認後の保険償還価格適用区分についても戦略を練っておくなどといったアドバイスを受けました。
――今後の抱負をお聞かせください。
鈴木 「今」の患者さんを救うために、何とかしてこの機器をできるだけ早期に上市する事が一番の希望です。「未来」の患者さんのためには、上市後臨床で得られる「宝の山」のデータを、様々なビジネス分野にしっかり送り届けたいと考えております。
鈴木倫保(ANT5株式会社代表取締役社長)東北大学医学部卒業後、医員として脳虚血に関する研究を行う。1987年から1989年まで米国UC Irvine(カルフォルニア大学アーバイン校)で神経損傷と再生を研究。帰国後、東北大学医学部、岩手医科大学を経て2000年に山口大学大学院医学系研究科脳神経外科学教授および2020年に山口大学医学部先進温度神経生物学教授(特命)。
2020年4月に山口大学大学院医学研究科名誉教授となる。同年10月にANT5株式会社を設立。


