LINK-Jアカデミア発メドテックイノベーター発掘プログラム2025
Premium Networking Day参加企業に聞く⑥
メドテック(医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービス等)領域での事業化を検討中もしくは事業化直後の研究者を支援する「アカデミア発メドテックイノベーター発掘プログラム」。2025年12月13日のPremium Networking Dayでは、全15チームがピッチと質疑応答に臨み、6チームに優秀賞、1チームにオーディエンス賞が贈られました。受賞したチームの代表者に事業内容や今後の展望などをお聞きします。
今回は、慶応義塾大学推薦の津村遼介氏(産業技術総合研究所セルフケア実装研究センター主任研究員)です。
津村遼介氏
「技術オリエンテッド」から「ニーズオリエンテッド」へ
――まずは自己紹介をお願いします。
津村 バックグラウンドは機械工学で、中でもロボットに関わる研究に大学院時代から従事してきました。2019年に博士号を取得し、その後、アメリカでのポスドクを経て2021年から現在の産業技術総合研究所で医療機器の研究開発に取り組んでいます。
メインテーマはロボット技術の活用による治療や診断の支援ですが、研究者として新たなフィールドにチャレンジしたいという思いから、萌芽的なテーマとして「脊髄損傷による排尿障害」を選び、今回のイノベーター発掘プログラムにも参加しました。
――排尿障害を選んだきっかけは何ですか。
津村 2023年に東京大学バイオデザインのフェローシッププログラムで、ニーズ発掘を主眼とした育成プログラムに参加しました。臨床現場の多くのニーズから見いだしたのが、「脊髄損傷による排尿障害」です。もともとロボットや機械が好きで、それらを治療法に応用しようとする「技術オリエンテッド」な研究開発をしていたのですが、このプログラムを通して「ニーズオリエンテッド」な研究開発を始めたというのが経緯です。
――プログラムの中で、ニーズの候補は他にもあったのですか。
津村 200~300の課題から、実現可能性を考慮して4つほどが残りました。その中で、他の研究者が取り組まないだろうと思ったのが、脊髄損傷患者さんの排尿障害でした。
脊髄損傷は整形外科、排尿障害は泌尿器科の領域ですが、泌尿器科で排尿障害を専門とされている医師は少ない。また、先生方が新しいデバイスをつくる文化もないようです。まさに谷間のフィールドで、我々がやるべきではないかと話し合って決めました。2024年初めのことです。
尿を出したくても、出せない
――脊髄損傷による排尿障害はどのようにして起こるのですか。
津村 尿意を我慢するときにグーッと力を入れる筋肉があると思います。外尿道括約筋と言いますが、脊髄損傷の患者さんは脳から下半身への神経伝達がうまくいかず、本人の意思に関係なく、その筋肉が常に締まっています。尿を出し外に出したくても、出口でブロックされている状態です。
――どのように治療されているのですか。
津村 現状の排尿管理は、「間欠的清潔自己導尿」(CIC)と呼ばれる方法です。今回我々が対象とする男性患者さんで説明しますと、カテーテルをご自身で陰茎の中に入れ、ちょうどドーナツの穴にチューブを通すようにして膀胱まで届かせます。それを「ホース」のように使って尿を外に出すというわけです。
ただし、この方法には課題があります。1つは運用上の課題で、脊髄損傷の患者さんは手が震えるなどして細かい作業ができないことがあり、カテーテルを自ら陰茎に入れることが難しかったり、入れ方を間違えて尿道を傷つけてしまったりします。
2つ目は、適切に1日5回、6回と繰り返し行うのは煩わしいため、そのうち実施頻度が低下してくると、尿路に雑菌が残って感染の恐れがあることです。尿路感染症は一定の割合で重症化し、敗血症や腎不全に発展するリスクがあります。「たかが排尿」ではありますが、脊髄損傷の患者さんにとっては日常の排尿管理の適否が長期入院や、命にも関わる可能性があるのです。
――CICができない方はどうしているのですか。
津村 カテーテルを留置して、尿を「垂れ流し」にします。ただそれも、尿がカテーテルに長期間触れ続けることになり、菌の温床となって尿路感染症のリスクとなります。カテーテルによる排尿管理の合併症は、泌尿器科領域で非常に大きいテーマだと言われています。
「カテーテルを使わない排尿管理」を目指す
津村 そこで我々は、カテーテルを使わない排尿管理をコンセプトに、「感染症を減らす」、「患者さんの負担にならずに簡便に使える」という2つを満たすデバイスを開発しています。
――どのようなものでしょうか。
津村 外尿道括約筋の近くにある前立腺の中に複数の微小な磁性体金属を埋め込みます。そして体外、つまりお腹の上あたりに磁石を置いて磁力を与えて前立腺を引っ張り上げる。すると、前立腺とともに外尿道括約筋も引っ張られるので尿道も開く、というメカニズムです。磁性体のサイズは1mm×1~2cm程度です。
――原理は非常にシンプルですが、実際のデバイス製作や操作はどうなのでしょうか。
津村 まだ不確定な部分がありますが、安定的かつ安全に治療できるようにするには困難がありそうです。とにかく尿道が開けばいいと大量に磁石を入れた場合、引っ張り力が強過ぎで組織に負担がかかるのではないかなど、安全性と有効性のバランスを見て、埋め込む磁石の個数や配置、材料の選定などを詰める必要があります。チームには、産総研で磁力を専門とする研究者が加わっています。
ヒト試験には泌尿器科医の協力が必要
――開発はどこまで進んでいますか。
津村 AMEDの大学発医療系スタートアップ支援プログラム(慶應義塾大学拠点)の資金をもとに、前立腺の硬さや形状を模擬したものを使って実験とシミュレーションを行っているところです。当面のゴールは動物実験でPOCを取ることで、このコンセプトがうまくいくかどうかを、前立腺を有する大型動物であるイヌの実験で押さえる。現在はそんなフェーズにいます。いずれは、ヒトで本当に機能するのかを検証しなければならないと考えています。
――ヒト試験に進む時期はいつ頃になりますか。
津村 現時点では明確なマイルストーンを描けていないのが正直なところです。AMEDなどの公的資金で研究を続け、治験を行いたいと思います。VCからの資金調達のめどがついた段階で事業化するのが理想ですが、アメリカのVCからは「少数例でもいいから、ヒトでうまくいくかどうかを押さえてもらわないと、出資はしづらい」といったご意見もいただいています。
――ヒト試験に進むには何が必要ですか。
津村 このプロジェクトをドライブしてくださる泌尿器科医ですね。現在はアドバイザーとして、排尿障害に知見のある筑波大学や東京大学の先生方に相談しながら進めていますが、我々エンジニア主導でプロダクトを開発しています。治験を主導していただいたり、上市に向けて事業化したりしていただける泌尿器科医を探しています。
なお、私は2026年度、中央官庁に出向しており、プロダクトの開発は小休止といったところですが、医療機器業界をリードされている方と網羅的にお話ができるネットワーク形成の期間と捉え、来年度以降の開発に役立てたいです。
ピッチコンテストは「学会発表と違う景色」
――今回、イノベーター発掘プログラムに参加していかがでしたか。
津村 東京大学バイオデザインでピッチの練習をする機会はありましたが、コンペ形式でのピッチコンテストに出たのは初めてでした。初参加で初優勝のような感じで、「まさかこれほどの評価をいただけるとは」と驚きました。
――他のチームのプレゼンはどうでしょう。
津村 開発フェーズはそれぞれだと思いますが、事業化を目指して熱意を持って医療機器を研究・開発している同世代がこれほどいるのだと、肌感覚で知ることができました。
私も研究者の端くれなので、懇親会は個々の技術に対して非常に面白いなと思いながら色々と話を伺っていました。これまでは学会のようにアカデミアに寄った研究発表の経験しかなく、実用化に近いところのピッチコンテストは、今までと見える景色が違い、大変面白かったです。
――審査員との質疑応答もありました。
津村 想定内ではありますが、「そこを聞かれたら答えられないな」というクリティカルな質問をいただき、「これから頑張ります」程度の回答しかできなかったというのが正直なところです。
事後のメンタリングでは、賛否両論をいただきました。「誰も作ったことがないデバイスで、法整備も不十分なものをゼロから進めることはチャレンジングで、時間もかかる」といったように、成功者から忌憚のないご意見をいただきました。
――最後に、読者にひと言お願いします。
津村 医療機器は命に関わるものですが、保険償還価格の引き下げと原材料価格・人件費の上昇の板挟みになっているようで、特に日本の医療機器業界の未来は明るくないのでは、と感じることがあります。とはいえ、悲観するだけではなく、何とかしようと思いがある人が1人でも多く現れるといいと思いますし、そういった方を社会はencourageすべきでしょう。

津村遼介 (産業技術総合研究所セルフケア実装研究センター主任研究員)
2014年、早稲田大学創造理工学部総合機械工学科卒業。2019年、早稲田大学 創造理工学研究科総合機械工学専攻博士課程修了。その後、米Worcester Polytechnic Instituteを経て2021年より国立研究開発法人産業技術総合研究所。2023年から電気通信大学大学院情報理工学研究科 機械知能システム学専攻客員准教授も務める。


