(左)Catalys Pacific マネージングディレクター 高橋 健 氏、(右)Catalys Pacific パートナー 島崎 竜太郎 氏
IgA腎症を予定適応症に中外製薬が承認申請中のスパルセンタン。この薬を日本の患者さんに届けるためにレナリスファーマ(以下、レナリス)が設立され、米国で開発された本剤の実用化に向けた開発を進めてきました。ドラッグラグやドラッグロスが社会問題になる中、海外で有望とされる薬をいかに国内に導入するかについて、1つの方向性を示す事例です。
今回は、レナリスで最高開発責任者を務めた島崎 竜太郎氏と、レナリスを設立したCatalys Pacificのマネージングディレクター 高橋 健氏にお話を伺いました。
「日本に入ってこない薬」をどこがやるのか
――レナリスを立ち上げた経緯をお伺いします。
島崎 世界的に有効性が評価されていながら日本に届いていない・届かなくなるかもしれない薬は、腎臓領域に限らず、数多くあります。Catalys Pacificは、そのような薬を日本の患者さんに届けるために、いくつかの会社を設立して開発を進めています。
スパルセンタンは、まさに「日本に入ってこないかもしれない薬」でした。臨床試験の成績が国際的な腎臓学会で発表され、日本のキーオピニオンリーダー(KOL)の先生方の間でもその有望性が認識されていたにも関わらず、第Ⅲ相国際共同試験に日本は参加していなかったことから、国内で開発に乗り出す製薬企業がいない状況だったのです。
高橋 欧米では、創薬ベンチャーが化合物のPOCまで、もしくは資金調達をして承認まで進め、場合によっては商業化もする時代になっています。海外ベンチャーは各国に拠点がないので、日本で製品化を進める際にもパートナーを探すのが一般的です。
一方で、日本の製薬企業はまずは自社パイプラインの研究開発にリソースを振り向けるため、海外で生まれた他社の薬剤を日本向けに一つひとつ導入するには限界があります。その結果、海外では開発が進んでいるにもかかわらず、日本で開発の担い手が見つからないケースが生じてしまうのです。
スパルセンタンについても、開発元であるTravere Therapeutics社とは第Ⅱ相試験で良好な結果が得られた頃から、「この薬を日本でどう開発していくか」について対話を重ねてきました。同社にとっては、既存の日本企業へ導出することも含めて複数の選択肢がある中で、最終的に、この薬の開発と患者さんへの提供に専念するために設立されたレナリスをパートナーとして選んでいただきました。
薬の可能性を信じ、承認へのシナリオを描く
――会社を設立したときのビジネス的な仮説はどのようなものでしたか。
島崎 IgA腎症は、日本も欧米もほぼ同じ治療体系で、医療ニーズが高い疾患です。この疾患を適応とする薬がない中で、日本の製薬企業も海外の新薬をウォッチしていますし、先生方もスパルセンタンは当然、日本に入ってくると理解されていたと思います。
当時、欧米では仮承認で、更なる堅牢なエビデンスを待つという考え方もあったでしょうが、我々は「経口薬でこれほどタンパク尿が下がるのは革新的。本承認を取得できるデータは確実に得られ、マーケット的にも素晴らしいものになるだろう」と判断しました。加えて、日本で承認取得に至るまでの開発プロセスについても、PMDAとの対話を含めた実現性の高いシナリオを描くことができていました。
1剤に集中して質を保ち、かつ効率的に
――レナリスはスパルセンタン1剤集中型の会社として設立されたのですか。
島崎 はい。基本はスパルセンタンを開発および販売のために作った会社です。2025年11月に中外製薬の完全子会社となり、その後吸収合併されました。
――カンパニークリエーションで必要な要素は何でしょうか。
島崎 少数精鋭で、それぞれが開発のオペレーションや医師とのネットワーク構築、資金調達などプロフェッショナリティを有し、高いチームワークで進めること。そのチームが朝から晩までこの薬剤に集中し、短期間で効率的、チャレンジングなスケジュールを立てられたことが大きかったと考えています。
高橋 開発と販売では必要な人材が異なるので、それぞれのステージに応じた人を採用し、体制を整えていくことが重要です。まさに開発は島崎を中心に少数精鋭で、有能な外部のベンダー、CROも含めてワンチームでやっていきました。
米国でも、バイオベンチャーはシングルアセットの会社が多く存在します。高い質を担保しながら最速で治験を進められる、効率的な仕組みです。それが、今回のレナリスでも示されたと思っています。
レナリスファーマが成功した要因
――開発戦略に確信があったとのお話でした。
島崎 外国人のデータをいかに活用するか、サイエンスをベースに検討して、それを素直に絵にすることが大事です。「日本人に外国人データを外挿するためのリーズナブルな開発計画」を医療現場を知るKOLと一緒に考えていきました。
――サイエンス側のアプローチと規制側のアプローチが交わるところというか……
島崎 PMDA相談をするにしても、その方針については高橋およびB.T.スリングスビー(代表取締役)と3人で即決できます。それを繰り返す。開発計画に根拠と現実味があり、一緒に交渉してくれる先生がたくさんいて、PMDAも十分に理解し、適切な助言をしてくれる。驚くような戦略ではなく、外国人データ利用の原理原則に基づいて粘り強く交渉していくことが、最もリーズナブルな戦略だったということです。
KOLとの連携を構築する方法
――KOLなど、社外の専門家とどうすればうまく連携できますか?
島崎 まず注力するのは、その疾患でリーダーシップを取っている先生方に、開発しようと思っている薬の素晴らしさを理解してもらう。そこから人脈を広げていくのですが、その際に必要なのは、研究開発者としての魅力。僕自身としては、ドラッグラグ・ロスを解消したいというビジョン、製薬業界のこと、最新の新薬開発の動向、PMDA交渉、審査といった知識、経験を共有するようにしています。そうする中で、「この人とだったらいい議論ができるな」、「この会社だったら結果が期待できるな」と思ってもらえるときが来るのではないでしょうか。
そのときに、製薬企業の成り立ちや課題、米国で普通に行われているベンチャーキャピタルのカンパニークリエーションの取り組みを紹介し、「それに則って今回、いい薬を開発するために会社を作りました。先生、一緒にやりませんか」とお話ししていきます。そして、患者さんに薬を届けたいという思いに共感していただき、「一緒にやりましょう」と言っていただけたときが一番嬉しい。その瞬間に、このプロジェクトはもう半分以上成功したようなものだと感じています。
――Exitのオプションを考え始めたのはいつからですか。
島崎 本当に“Day1”から、「この薬を患者さんに届けるためのベストな選択肢は何か」しか考えていませんでした。そのための進め方や必要な資金、開発計画も、逆算で出てくると思っていたので、結果的に、今回は製薬企業に全てお渡しするという選択をしました。それが患者さんも投資家も、我々も一番ハッピーな形だと考えています。
「特別なことはしていない」。再現の鍵は人材と仲間づくり
――今回のモデルは他のスタートアップでも再現可能ですか。再現するための要素は何でしょうか。
島崎 人材さえ揃えば、再現可能だと思います。ドラッグロスやドラッグラグの原因となっている薬を見極め、合理的な開発計画を立てて日本の患者さんに届けるという点で、やっていること自体は決して複雑ではありません。大事なのは人材とネットワーク、そして「どこまで粘り強くやれるか」。KOLに関しては先ほど述べた通りで、行っているのはごく普通のことです。良い薬であれば、その価値を丁寧に伝え、患者さんのために一緒に取り組もうという仲間を増やしていくことが重要だと思います。
――日本橋に拠点を構えたことで、事業上どのような利点がありましたか。
高橋 周辺に製薬企業がたくさんありますので、いろいろな話がこの界隈で成り立ちます。エコシステムの本質は人と人とのつながりで、それは地域を限定していませんが、リモート面談ではコラボレーションが生まれないと実感しており、拠点があることは大事です。「つながり」の根本には、対面でコミュニケーションしながら、考えを深めたり情報交換をしたりすることがあると思います。LINK-Jには、エコシステムの本質を、日本橋を中心に深めていただきたいと期待しています。
当たり前のことを、スピード感を持ってやり抜く
――LINK-J会員でスタートアップに興味のある方にメッセージをお願いします。
島崎 日本は国民皆保険という素晴らしい制度がありますが、一方で自由薬価ではないため、海外で評価されていても日本に入ってこない薬が少なくありません。世界には、まだ日本の患者さんに届いていない有望な治療薬が数多くあります。私たちは、それらを1つでも多く患者さんに届けたいと考えています。
ベンチャーの良さは、集中してシンプルに開発計画を進められるところです。特別なノウハウがあるわけではありません。大切なのは、原理原則を守りながら、スピード感を持って地道に前へ進むこと。これからも、そうした姿勢で1つでも多くの薬の実用化に挑戦していきたいと思います。
高橋 人もモノも資金も、いまやエコシステムはグローバルに存在しています。必要なリソースは世界中にあり、それをどう活用するかが重要だと思います。
一方で、ベンチャーでは個人が大きな裁量を持てる反面、自ら動かなければ何も始まりません。プロダクトを前に進めるための最適な道筋を見定め、時には修正しながら、意欲を持って走り続けることが求められます。
外のものを日本へ、日本のものを世界へ届けるために、誰と組むべきか、どう進めれば患者さんにより早く届けられるかを考え続け、実行し続ける。その姿勢さえあれば成果は出ると思っています。そういう人たちが増えれば増えるほど、日本のライフサイエンス業界はもっと強くなるでしょう。
(左)高橋 健 氏、(中央)島崎 竜太郎 氏、(右)LINK-J 事務局長 林 幾雄

島崎 竜太郎 (Catalys Pacific パートナー)
東京理科大学薬学部薬学科を卒業し、薬剤師免許取得。協和キリン(旧・協和発酵キリン)で腎R&Dユニットのグローバルヘッドを務め、ダルベポエチンアルファ(製品名・ネスプ)、エボカルセト(同・オルケディア)、ペグフィルグラスチム(同・ジーラスタ)、ブロスマブ(同・クリースビータ)など主力製品の開発、規制当局への申請を主導した。2022年よりCatalys Pacificに参画。レナリスファーマでは最高開発責任者を務めた。

高橋 健 (Catalys Pacific マネージングディレクター)
早稲田大学政治経済学部を卒業し、米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得。メリルリンチ証券で調査アナリストおよびポートフォリオ・マネージャー、モルガン・スタンレー証券では投資銀行業務に従事し、ヘルスケア領域でM&A、IPOを含む多くの資金調達案件に関わった。2019年にCatalys Pacificを共同創業。


