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インタビュー・コラム

サポーターコラム #2 『医療・特許・イノベーション』

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現在ホットな話題や今更中々聞けないコト・・・など、ライフサイエンスに関わるあらゆる話題についてLINK-Jサポーターの意見を聞いてみたい!ということでスタートした「サポーターコラム」。
第二回は、第一回に引き続き「知財」についてです。ライフサイエンスや医療分野での知財に関するテーマについて、LINK-Jサポーターの辻丸光一郎先生にお伺いしました。

医療・特許・イノベーション

第1回のサポータコラムは「再生医療(細胞医薬品)に関わる知財と研究開発」と題し、低分子医薬と比較した再生医療(細胞医薬品)の知財の在り方に関し、コメントないし意見があった。そのコラムの最後に「本コラムに続くコラムでは知財の専門家からコメントをいただければ幸甚です。」とあり、私にバトンが回ってきた次第である。私がどれほどの知財の専門家であるかは別として、30年間近くライフサイエンス・医療関係の知財に関わってきた人間として、つらつら思うこと(妄想を含む)を書くことにする。

まず、低分子医薬(いわゆる「お薬」)と再生医療(細胞医薬品)は、全く別物と言っても良いと思う。低分子医薬は、「お薬」を患者さんに投与(経口ないし静脈注射等)すればそれでよく、「お薬」である低分子化合物そのものが知財である。一方、図1に示すように、再生医療は、患者に投与するための細胞医薬品を製造することから始まる。そして、図1の複数の工程毎に知財が発生し、その問題点を前回のコラムでは、指摘されていた。

図1

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一方、正直言って、図1のような工程を見ると、「お薬」というより「治療方法」そのものということができると思う。細胞採取と患者への移植は医者が実施し、それらの間の工程を製薬企業が実施するから「細胞医薬品」というのだろう。治療方法は、原則、医者が実施する医療行為である。前回のコラムで指摘された問題点の回答にはならないが、以下、医療、特許、イノベーションの話をしたい。

実は、医療と特許は相性が悪い。簡単に言えば、医は「仁術」であり、誰にも独占させてはいけないものであり、患者さんのためにオープンにすべきものである、という思想が根底にある。一方で、「特許」は独占権であり、特許権者若しくはライセンシー以外は使用できずクローズなものであり、オープンな医療行為と真っ向から対立する。図2に示すように、医師が行う医療行為(手術方法、治療方法、診断方法)に特許を与えるのは、主要国では米国のみであり、日本も欧州も特許を付与しない制度になっている。

図2 

図2.png出典:特許庁「ライフサイエンス分野の審査基準等について」平成30年6月

日本では、昭和50年の特許法改正までは、医薬品にも特許を付与していなかった。理由は、医薬品を含む化学物質の分野では、欧米に比べ日本の技術が遅れており、特許を認めれば、欧米の製薬会社の特許ばかりになって、日本の医療制度に影響を与えるから、というものであった。しかし、昭和50年の特許法改正により医薬品の特許も認められたが、その際に、医師や薬剤師の調剤行為に医薬品の特許権が及ばないように手当がされた(特許法69条3項)。このように、医師の医療行為には特許権が及ばないように、手当されるものである。

十数年前、遺伝子治療や再生医療等の進展に対応するために、日本でも、医療行為に特許を認める方向の動きがあったが、結局、認められなかった。そのため、日本特許庁は、患者から摂取したものを再度患者に投与する場合(人工透析等)は、医療行為として特許を認めていなかったが、その後の再生医療等の進展に合わせてガイドラインを改訂し、患者から採取した細胞をiPS細胞に分化誘導して細胞医薬品に加工した場合は、特許を認めるようにした。しかし、日本では、医療行為を直接特許化できないから、再生医療の本質部分が守られていないという指摘もある。

米国では、特許制度の制定初期から医療行為は特許の対象であり、1840年代のエーテルの麻酔方法を巡る特許紛争は有名である。図2に示すように、現在、米国特許法では、医療行為に特許を認めるが、医師の行為に特許権が及ばないようになっている(いわば、「あんこ」の無い饅頭)。しかし、バイオテクノロジーを用いた医療行為(遺伝子治療等)は特許権の効力が及ぶという制度をとっている(実は、「美味しいあんこ」が入っていた)。そんな医療行為に特許を認める米国であるが、数年前、最高裁で、遺伝子診断に用いる遺伝子特許が無効とされた(BRCA1 またはBRCA2 と呼ばれる遺伝子の病的な変異によって起こるといわれている乳がんの事例である)。訴えたのは市民団体であり、市民は、遺伝子特許を無効にすることで、診断という医療行為に対しオープンを求めたのである。

以上、日本と米国を見てきたが、ヨーロッパ等の他の国でも同様に、医療行為に特許権の効力を及ぼすべきではないという「オープン」と、ビジネス的観点から医療行為にも特許を認めるべきという「クローズ」が、対立する関係にあるが、日本と同様に医師の医療行為に特許を与えない制度になっている。医師の医療行為に特許を与える米国は、特殊と言える(ただし、第二医薬用途の扱いに関し、米国では医療行為に特許を認めざるを得ないという事情もある)。

ところで、医療行為に特許は認められない話を、ある大学の医学部の先生にしたら、「医者は特許で差別されている、不平等だ。」と憤慨された経験があり、これには正直驚いた。これまで、全く考えていなかった視点だからだ。医者は、自分の仕事について特許を受ける権利をはく奪されているというわけだ。確かに、よく考えたら、救命胴衣のように人命救助に必要な物は特許の対象となっているのに、同じく人命に関わる発明であっても、医療行為というだけで特許にならないのは、なんとなく釈然としない。

ITは、ヒトが作り出す技術であり完全人工である。だから、特許があっても新しい技術を開発すれば回避可能である。一方、医療はヒトという自然物に対する行為であり、生命現象を利用するため、特許があると、回避するのが難しい。この点も、医療行為に特許を認めない理由になるのかもしれない。

最後にイノベーションの話をしたい。オープンイノベーションが活発な分野としてまず思い浮かぶのは、ITの分野である。例えば、グーグルのように、機械学習のフレームワークを無償で使えるようにしている会社は複数ある。先に述べたように、医療行為には特許がないから、医療行為に関する技術は誰もが自由に使える技術である。しかし、現状で、医療でオープンイノベーションが機能しているのだろうか。筆者はよくわからない。特許が無いからオープンイノベーションになるといった単純なことではないだろう。

以上、とりとめのない話を書いたが、医療のイノベーションのことをよくわかっている方の意見が聞きたい。

辻丸 光一郎 氏  辻丸国際特許事務所 / LINK-Jサポーター

工学博士。広島大学生物生産学部生物生産学科卒業。卒業後は太陽日酸株式会社で基礎研究員を務める。ヒトゲノム計画を知ると「知財の専門家」である弁理士を目指し、特許事務所に入所して経験と実績を積む。1999年に弁理士資格を取得し、2005年に辻丸国際特許事務所を開設した。科学全般に対応するが、特に・医療・医薬品・バイオ・AI・IoT等の先端分野を専門にする。

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