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インタビュー・コラム

【News Letter vol.19】アカデミアのシーズを創薬につなげ、患者さんに届けるために

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この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.19のインタビュー記事の「ロング ver.」を掲載しております。
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今号のインタビューは、アントレプレナー、VCそれぞれの立場からアカデミアのシーズをもとに創薬をめざす、2人のLINK-Jサポーターに話を伺いました。旧知の仲であるサンバイオの森敬太さんとレミジェス・ベンチャーズの稲葉太郎さんは、立場は違えど創薬に向き合うベクトルが共通しており、お互いに尊敬し合う間柄だといいます。

日本のアカデミアは革新的なサイエンスの宝庫

――ご経歴ならびにそれぞれが経営する会社の概略、お二方のご関係をお聞かせください。

 キリンビールで研究開発を行い、その後米国ベンチャー企業で製品開発に携わった後、2001年に共同経営者の川西徹とともに米国でサンバイオを設立しました。サンバイオは約100年来、不可能とされてきた脳の再生に取り組む会社です。再生細胞薬は新しい治療カテゴリであり、慢性期外傷性脳損傷や慢性期脳梗塞などに加え、将来的には認知症やアルツハイマー病などへの適応も視野に入れています。2014年の法改正で再生医療等製品の早期承認制度ができたのを機に本社を日本に移転し、2015年に上場しました。現状、最優先で進めている再生細胞薬SB623慢性期外傷性脳損傷は治験のフェーズ2を完了し、日本での申請準備を進めています。

稲葉 三井物産で14年間VC事業に従事した後、2014年に独立し、創薬分野に特化したVC、レミジェス・ベンチャーズを創業しました。グローバルにシリーズAラウンドのリード投資家として機能するほか、VC自らベンチャー企業を立ち上げ、初期的な経営を行い、そこに継続投資する事業モデルで創薬を推進しているのが特徴です。これまで、北米や欧州等でリード投資家として機能する日本発のVCはあまりありませんでしたが、当社はそこに取り組んでいます。また創業から7年間で日本のアカデミアの研究をシードとするベンチャーを6社創設しました。たとえば京都府立医科大学の五條先生等が発見された、体細胞ミトコンドリア置換技術に基づく細胞治療薬を開発する米Imel BioTherapeutics社や、京都大学の大日向先生等が発見した、腸管を介した迷走神経刺激を誘導する経口精神疾患治療薬を開発する米Digestome Therapeutics社があります。日本のアカデミアでは非常にユニークで革新的なサイエンスが生まれています。私たちはそのようなサイエンスを発掘し、会社設立や知財確立の段階から関わることで実用化をめざしています。森さんと最初にお会いしたのは、20年くらい前の米国西海岸でしたね。裸一貫で起業された、そのアントレプレナー精神に大変感銘を受け、それ以来のお付き合いです。

 投資関係にはありませんが、稲葉さんは私が最も尊敬するVCの一人で、機会があるごとに相談をさせていただいています。

――VCが自らベンチャーを創設するモデルは、新しいですね。

稲葉 あまり知られていないかもしれませんが、米国東西海岸の一部の先進的なVCでは主流になりつつあるモデルです。アカデミアでの発見が起業や実用化につながりにくい日本の現状を打破できるのはこのモデルだと考え、取り組んでいます。

――お二方とも日本のアカデミア発の基礎研究の中から、既存の医薬品とはまったく違う新しいコンセプトの治療技術を発掘されています。数多くある研究の中から、どのような基準で選んでいるのでしょう?

 サンバイオの場合は創業をめざした当初から、新しいカテゴリの創出を念頭に置いていました。当時のライフサイエンス分野を見渡して、ジェノミクス、プロテオミクス、バイオインフォマティックスなどを検討しましたが、最終的に辿り着いたのが再生医療です。日本が世界をリードする技術を有していたこと、実現した際の医療への貢献度合が大きい、という二つの理由からでした。再生医療をフィールドに決めると、1カ月かけて日本全国を回り、再生医療研究で著名な先生方にお会いしました。その中に、いまLINK-Jの理事長も務めている慶應義塾大学の岡野栄之教授がいらっしゃったのです。岡野先生の研究は、「脳は再生しない」という従来の常識を覆す研究。そこに可能性を感じ、創薬シーズの導入をお願いした次第です。

稲葉 最初の取掛かりは、アップル創業者ジョブス氏がいうところの「コネクティング ザ ドッツ」のような感じです。先生方やバイオテック企業の方と話していると、本当に不思議なのですが、突然すべてが繋がってきたり、長年の謎が解けることがあり、そんなとき「このアイデアと技術で創業できないか」と考えます。次にそのアイデアや技術に基づく強い知財ポートフォリオ構築の蓋然性と、基礎的な技術的について確認します。先に進めそうなシード技術については大学等とオプションライセンス契約等を締結した上で、私たちの組織でデータ再現性を確認し、開発プランを作成します。これらをクリアしたところで初めて案件化します。最近、社内組織として作ったRDiscoveryというインキュベーターが、初期段階の治療コンセプトを新薬開発のルートに乗せる役割を果たしています。私たちのアイデア、リソースと運用するファンドの資金で会社を立ち上げ、共同投資家と共にエグジットまで持っていくモデルで、VC主導起業モデルとして追求していきたいと考えています。

 VCがインキュベーターを運営するとは、画期的ですね。

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森 敬太 氏(サンバイオ株式会社 代表取締役社長)

――サンバイオは、なぜ日本ではなく米国で起業したのですか? 他国での起業はチャレンジングな試みにも見えますが。

 最もスムーズかつスピーディに製品化するには、米国のインフラを活用して開発するのがベストだと考えたからです。当時、米国では類似の治験がすでに3例行われており、当局が新しい治療法に慣れていると考えました。また製品開発や製造など事業化に向けたバイオ人材の数でも、20年前は米国に軍配が上がりました。米国での起業は、むしろ身近に感じていました。というのも1年間、米国のインフォマティックス関連のベンチャー企業で仕事をした時期に、多くの起業事例を見ていたからです。留学時の恩師の伝手を頼って研究者を紹介してもらったり、飛び込み電話営業を行ったりしながら、"わらしべ長者"のごとく、出会った人は一人ひとり支援者になっていただきました。我々のバックボーンにあるのが極めて有望な技術であり、その発見者である岡野先生に創業科学者として参画いただいたことが、大きな力になりました。

――稲葉さんは日米で事業環境の違いをどう見ていますか?

稲葉 米国はシリアルアントレプレナーの数も多く、ベンチャーを自身で立ち上げようというアカデミアの先生も多くいらっしゃいます。経験値も積み上がっていますし、人材も資金も潤沢だといえます。一方日本はサイエンスのシーズは革新的ですが、資金の提供量は限られ、シリアルアントレプレナーも少数です。経験の蓄積が不足しているので、研究者が創業しても苦労されるケースも見られます。しかし今ではシリアルアントレプレナーも増え、日本の起業環境・事業環境は確実に進化してきており、今後が楽しみです。

「患者さんのために」というゴールがあるから、情熱が続く

――エグジットの考え方について伺います。サンバイオの場合既に上場していますが、ライセンスアウトではなく自社で製造販売までめざしているのはなぜですか? 一方、レミジェス・ベンチャーズでは、どのようなエグジットを想定しているのでしょうか? 

 サンバイオは「製薬企業になる」と宣言しています。我々が手がけているのは、細胞を医薬品にするという未知のカテゴリ。そのため患者さんに普及させるところまで自分たちで関わりたいという思いが強いのです。製薬企業との協働は考えられますが、私たちも最後まで関わることが前提です。

稲葉 VCの立場からすると、投資期間内に何らかの形でエグジットをすることは必須であり、案件ごとに最適なエグジットをめざしています。市場が比較的大きな製品の開発領域については、ヒトPoC(コンセプト検証)を確保した段階で大手製薬企業等に売却します。希少疾患を対象とする製品で早期承認まで持って行けそうな場合は、PoC取得後に製品の販売まで行う場合もあります。場合によってはIPOもめざします。バイオは回収まで時間がかかると言われますが、当社の戦略としては57年で回収が見込める案件にフォーカスしています。

 しかしレミジェス・ベンチャーズは、なぜ一番苦労が多く、計画通りに進捗するとも限らないアーリーステージにこだわっているのですか?

稲葉 レイターステージは他のVCも手掛けるでしょう。しかし立ち上げのところは、当社が企業化しなければ有効な治療に繋がるサイエンスが日の目を見られない案件もあり、当社ならではの存在価値が発揮できると思うからです。

 素晴らしいお考えですね。しかもVCがベンチャーを創設するレミジェスのモデルなら、スケールも効く。これから世の中がぐっと変わりそうですね。サンバイオの場合は上場まで14年。やはり想定以上に時間がかかっています。この間、ずっとサポートくださっている株主の存在はありがたいものです。新薬を患者さんに届けることでその支援に応えたいと思っています。

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稲葉 太郎 氏(レミジェス・ベンチャーズ株式会社 代表取締役)

――ここまでお二人のお話を伺い、創薬シーズを実用化につなげるのに必要なのは、技術に惚れ込み患者さんのために何としても薬を届けたいと願う「パッション」なのではないかと思えてきました。その情熱の輪が、エコシステムにつながるのではないかと。

稲葉 本当にパッションだと思います。たまに「これは自分のミッションだ」と思う瞬間があります。すると大きなエネルギーが湧き、周囲を巻き込んで前に進むことができます。原点の一つに、NPO『こいのぼり』(現:一般社団法人)という組織があります。希少疾患であるミトコンドリア病の患者さんのための活動を行う『こいのぼり』には、患者さんや親御さん方、この難病の治療薬を開発したいというアカデミアや医療機関の先生方、さらにはアントレプレナーやVCの人間が集まり周囲を巻き込んでいく大きな波が生まれました。中心にあったのはメンバーのパッションでした。このNPOとの共同研究によって生まれた発明については、米国の弁護士事務所が一肌脱いでくれて、世界で勝てる知財ポートフォリオ構築のために知財弁護士が無償で働いてくれました。活動の成果に基づいて2社のベンチャー企業が生まれ、現在複数の治療薬が開発されています。純粋な情熱が周りを巻き込んで、大きなプロジェクトになっていく様子を体感しました。

 バイオに携わっていて幸せだと思うのは、創薬が実現した暁に患者さんに喜んでもらえるところですね。素晴らしいゴールが待っている。だから困難が立ちはだかっても、パッションが持続します。また、2014年の法改正によって再生医療が成長産業に位置付けられたことには国の熱意を感じます。再生医療のグローバルリーダーを目指している当社としましては、日本が世界の中で最も早く製品認可を取得できるこの制度を活用して、一刻も早く治療薬を患者さんに届けるべく尽力しなければいけないと、改めて思います。

――最後に、バイオ分野の今後の展望ならびにLINK-Jへの期待をお聞かせください。

 今般、新型コロナウイルスに対して史上初めてmRNAワクチンが用いられ、効果を上げています。バイオの力で人類が救われつつある状況に、今後の大いなる可能性を見出しているところです。日本ではこの20年間に50社以上のバイオベンチャーが上場し、ここからが実りの時期になります。LINK-Jには、今後上市される日本の画期的な新薬を力強く世界中に発信していただきたいと思います。

稲葉 まずは、承認が間近に迫るサンバイオのSB623の一刻も早い商業化が世界を変えると信じています。私たちレミジェス・ベンチャーズも アンメット・メディカル・ニーズを満たす創薬に今後も尽力します。LINK-Jは場の提供にとどまらず、エコシステムをうまく機能させている点が画期的だと思います。日本のバイオ関係者の誰とでもつながれるこのような場を、さらに発展させていってほしいです。

mori_prof.jpg森 敬太 LINK-Jサポーター/サンバイオ株式会社 代表取締役社長

1993年、東京大学大学院卒業。麒麟麦酒株式会社にて、生産管理および研究開発に従事。米国サンフランシスコ・ベイエリアのインフォマティクス関連企業の新製品開発責任者を経て、2001年にSanBio, Inc.を設立。2013年にサンバイオ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。

inaba_prof.jpg稲葉 太郎 LINK-Jサポーター/Remiges Ventures, Inc. Managing Partner / レミジェス・ベンチャーズ株式会社 代表取締役

1991年、三井物産株式会社入社。クロスボーダー型ベンチャーキャピタルモデルを構築し推進。Mitsui & Co. Venture Partners(米国)のPresident & CEO等を経て、2014年に独立、クロスボーダー型創薬ベンチャーキャピタル Remiges Ventures(拠点:シアトル・東京)を創業。現在投資先企業10社の社外取締役を務めている。一般社団法人こいのぼり理事。
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