この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.18のインタビュー記事の「ロング ver.」を掲載しております。
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研究と経営の両立に追われるライフサイエンス系スタートアップ企業にとって、グローバル戦略をいつどのように進めるべきかは悩ましい問題です。そこで今回は、LINK-Jサポーターでイギリスをはじめ各国スタートアップ企業のグローバル戦略に触れているコンサルタントの松永昌之さん、ならびに、オックスフォード大学との共同研究のため早期グローバル戦略に打って出たルカ・サイエンス(LINK-J会員)の松宮陽輔さんに、オンラインで話をうかがいました。
"ガラパゴスジャパン"の中で 技術を埋もれさせるか。
多様な環境の中で、チャンスを見出すか
――それぞれご経歴とお二人のご関係をお聞かせください。
松永 私はイギリスでPhDを取得後10年ほど日本で働いていましたが、2014年に再度渡英し、ケンブリッジのライフサイエンス系ベンチャーに入社しました。そこで5年間、スタートアップ企業のBD(Business Development)を内側から経験。2019年からはオックスフォード大学の技術移転オフィスから独立したOxentiaというコンサルタント会社で、シニアコンサルタントとして日英のスタートアップ企業のグローバル化支援などを行っています。自身でもスタートアップ支援のBiospire(LINK-J会員)という会社を日英で創業しています。本日は、事業のグローバル化を推進している立場の松宮さんの話を伺いたく、対談にお誘いしました。実は我々が知り合ったきっかけは、私がモデレーターを務めたLINK-Jのイベント「Oxford Evening」なんです。
松宮 対談にお招きいただき光栄です。私は教育熱心な両親の影響で、8歳のときにイギリスの小学校に留学して以来、ほとんどをイギリスで過ごしています。大学は基礎医学をケンブリッジ大学、臨床をロンドンのGKT病院で学び、卒業後の初期研修はオックスフォードで受けました。専門は産婦人科です。その後サバティカル研修で来日した際にルカ・サイエンスのCEO―当時は製薬会社勤務でしたが―と出会ったのがきっかけで、ルカ・サイエンスに入社し、現在は英国子会社の社長を務めています。
――ルカ・サイエンスの研究についてもご紹介いただけますか?
松宮 当社は、機能不全や傷害が発生した組織・臓器の生体エネルギーを回復する「ミトコンドリア製剤」の研究開発をしています。ミトコンドリアは細胞内でエネルギーをつくる、いわば電池であり、この電池を取り出し保存して必要な場所に供給することで、さまざまな疾患の治療薬として使おうという考えです。ミトコンドリアの単離に成功した企業は他にもありますが、治療薬のデータを出している企業は非常に少ない。当社ではすでに動物実験を行っており、たとえば心臓発作を起こしたマウスに人間から単離したミトコンドリアを与える実験では、対照群と比べ細胞の回復量が大幅に上がるというデータを得ています。
――ルカ・サイエンスというと、ミトコンドリア病の治療法を確立するために活動している「一般社団法人こいのぼり」から発生したベンチャーという認識でしたが、治療ターゲットは必ずしもミトコンドリア病だけではなく、もっと広いということですか?
松宮 そうです。ミトコンドリアの特性を他の治療に生かそうとしているのです。現在は心疾患、肺疾患、CAR-T(悪性リンパ腫を免疫で治す細胞療法)、産婦人科領域の4分野に絞り込んでいますが、ミトコンドリア製剤の適用範囲は極めて広いため、将来的には多様なパイプラインが展開できるでしょう。私のチーム、ルカ・サイエンスUKではミトコンドリア療法を用いた母子の子宮内胎児発育遅延(IUGR)の治療法確立をめざしています。母親由来の自家細胞から単離したミトコンドリアを胎盤に戻すのですが、そもそもミトコンドリアは母由来で父の遺伝子は入らないため科学的に非常に魅力的なんです。製薬会社は産科領域には触れたがらないのですが、この治療は一般的な医薬品開発とは異なり、ハードルが低く実現できるものと期待されています。
――「スタートアップ企業のグローバル戦略」に話を移します。ライフサイエンス系企業が早期グローバル化をめざすメリットと、グローバル化が遅れるデメリットをどうお考えですか?
松永 ライフサイエンス分野は技術革新のスピードが非常に早いため、日本のマーケットだけを見ていると「ガラパゴスジャパン」になってしまう危惧もあります。世界の潮流を肌感覚でつかむためにも、早い段階で多様性を持つ環境の中で事業を進めることが望ましい。また、早期に異なる視点を入れると、ピボッティング(ビジネス戦略の方向転換)の可能性も見えてきます。日本の大学発ベンチャーが伸び悩んでいるのを見ていると、自社の出発点となった新技術に固執し、ピボッティングできないケースが多い。だから多様な視点が重要なのです。もう一つ、ライフサイエンス研究を事業化する際、臨床試験は避けて通れない関門ですが、欧米でなら日本よりも早く着手できる上、臨床試験のプロセスやスケジュールもルール化されており、承認までの期間が短縮できます。
松宮 ルカ・サイエンスがイギリスに打って出た理由の一つも、やはりFirst in Humanの臨床試験に早く進めたいという目的がありました。胎盤研究で豊富な経験があり、しかも、臨床試験システムも整っているオックスフォード大学と共同研究を行えば、よりスムーズに研究が進められるという判断です。
――スタッフもオックスフォード大から雇用しているのですか?
松宮 そうです。ミトコンドリアを必要な細胞に供給する方法を長年研究しているポスドクを派遣してもらい、研究費を大学に納めています。優秀な人材の確保という意味でも、グローバルのメリットがありました。大学とも良好な関係を保っています。
松永 大学とスタートアップとの間で人材の行き来ができると、研究者本人も含めた三者間でwin-winの関係が築けますね。アーリーステージでは研究職のスタッフ層を厚くする必要がありますが、研究が進めば、ビジネス側の人材や生産に資金を回す必要が出てくる。そうした場面で、研究職スタッフに元より一段上のポジションで大学に戻ってもらう仕組みがあると理想的です。
グローバルな投資環境が整う今こそ、スタートアップのCEOは
マインドセットを変えるべき
――スタートアップがグローバル化をめざすタイミングとしてはいつが最適なのでしょう? ルカ・サイエンスは、かなりアーリーな段階でオックスフォード大学と共同研究を提携しましたが。
松宮 当社の場合は、シリーズAのタイミングで英国子会社を設立したことになります。人の縁に恵まれ、そのチャンスを生かした結果だといえるでしょう。実は私は当初、ミトコンドリアに関する研究データやIUGR治療の可能性について半信半疑だったので、オックスフォード大学の恩師に相談をしました。すると産婦人科の教授陣が非常に興味を示してくださり、それがきっかけで共同研究にまで発展したのです。このようなことは非常に稀です。オックスフォードの教授のところには、日々さまざまな製薬会社から創薬シーズについての相談が持ち込まれます。でもその9割に出される判定は、NO。科学的ではない、将来性がないなどで否定されます。ところが、そんなシビアな教授陣が「YES。君、この研究はおもしろいから絶対に進めなさい」と背中を押してくださった。教授陣も可能性を認める研究だったからグローバル化を早く進められた、という側面はあります。
松永 私は事業計画を書く段階では遅くて、『DAYマイナス100』くらいのタイミングでグローバルビジネスを視野に入れるべきだと考えます。というのも、イギリスのスタートアップ企業は自国市場だけでは規模が小さいため、まずはアメリカ市場を見据え、POCもアメリカで取得するケースが多いのです。このように他国の競合スタートアップはかなり早い段階で国境なく活動しています。こうした利点を日本のスタートアップにも多く知っていただく機会を創出したいと考えています。
松宮 確かに、私もグローバル化を目指しているならできるだけ早めに動いた方がいいと思います。臨床試験の手続きが日本より早いとはいえ、やはり書類準備や国の審査には時間かかります。また口座をつくるのに3カ月以上かかるなど、ビジネス面でスピーディに動かないこともありました。
松永 松宮さんのように現地の人脈を活用できる方は例外として、日本発のスタートアップが海外にサテライトを置こうとすると、かなりの勇気と度胸、それに投資が必要になります。その場合、現地事情に詳しいコンサルタントからBDやグローバルマーケティングのサポート、投資家の紹介などを受けながら進めると、ハードルが低くなるのではないでしょうか。
―日本のスタートアップが持つ技術力は、海外からはどのように評価されているのでしょう?
松永 Oxentiaで各国のスタートアップを見ているのですが、日本の技術力は総じてかなり高いレベルにあると断言できます。ただ残念なのはプレゼンが苦手なこと。何時間でも詳しく技術を語れるのに、2〜3分にまとめることができず、自社の魅力が海外の投資家に正しく理解されていないことは、もったいないことだと思っています。
松宮 オックスフォードでも、特に日本の基礎研究を高く評価しています。松永さんがおっしゃる「プレゼンが響かない」というのも同感で、言葉の壁というより文化の違いなのかと感じます。
松永 外資系メガファーマなども日本の高い基礎技術力に着目し、近年は東京支社にオープンイノベーション担当を置き、スタートアップにコンタクトする動きがみられます。しかし、スタートアップ側は大手に飲み込まれることを警戒し、協力関係に消極的な場合もあります。大手の力を生かすことで、自社の基礎技術の早期事業化をめざす方向もあるはずなのに...。EPAやTTPなど政府間交渉も進められ、近い将来にはグローバルな投資環境も整います。だからこそ、このタイミングでスタートアップのCEOには「マインドセットを変えるべき。視野を広く」と強く訴えたいですね。
松宮 製薬会社など周囲からの注目度という点でも、オックスフォード大学との共同研究となると、俄然注目度が上がります。グローバル戦略の中には、提携先戦略も含まれそうですね。
――お二方とも、イギリスに拠点を置かれています。世界最大市場アメリカに負けないイギリス市場の魅力をお聞かせください。
松永 資金調達する際の感覚ですが、日本で5000万円の出資を取りに行くのと同じ努力・時間で、英国・欧州なら2〜3億円、アメリカなら20億円取れた事例もあると言われています。ここだけ見るとアメリカは魅力的なのですが、ROI(Return on Investment)も気にしなければなりません。投資家が資金回収する期間のことで、日本は5〜10年ですが、アメリカは2年以下。このため返済できずに消えゆくスタートアップも出てきます。その点イギリス・ヨーロッパは3〜5年くらいで、適度な期間があります。当地では引き続き人間関係を重視する文化も残っているため、日本企業が最初に出る市場としては相性が良いのかもしれません。まずイギリスに進出し、次いで中東やアフリカに市場を広げる戦略も考えられます。
松宮 どの市場も一長一短ですから、「自社とカルチャーが合う」ことが重要ではないでしょうか。ただイギリスは現在コロナワクチン開発の影響もあり、国家としてライフサイエンス分野に資金を大量につぎ込んでいますし、アメリカ市場よりはライバルが少ない。ですから、今イギリス進出は狙い目かもしれません。
松永 日本のMost Active Life Science EcosystemであるLINK- Jが英国にサテライトを開設したら、イギリス進出を希望するスタートアップがきっと増えますね(笑)。ぜひ検討をお願いします。
国内外の新規ビジネスを発掘・インキュベートし、最適なマーケットに国際展開することを行う企業BIOSPIREを2010年に英国と日本で同時に立ち上げる。グローバル大手ライフサイエンス、化学系企業等、更には英ベンチャー企業に複数年在籍している経験と人脈を活かし、主に国外におけるユニークな技術を持つ企業の日本戦略を立案・実行している。また英Oxford大学のコンサル企業Oxentiaの日本戦略コンサルタントも兼任し、日本のスタートアップ企業のグローバルアクセラレーションに関する仕掛けづくりも数多く手掛けている。
8歳よりイギリスに留学。中学・高校は全寮制のイートン校を卒業。大学は基礎医学をケンブリッジ大学、臨床学をロンドンのGKT病院で学ぶ。卒業後はオックスフォードで初期研修を修了後、産婦人科専門医として専任。2018年〜2020年、サバティカル研修で来日し、東京大学医学部で助教ならびに慶應義塾大学医学部非常講師として講義を受け持つ。2020年、ルカ・サイエンス株式会社に入社。2021年、ルカ・サイエンスUKの社長に就任。オックスフォード大学との共同研究チームでIUGRの治療法の開発に注力。
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