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インタビュー・コラム

【News Letter】日本発の創薬をめざし、 さらなるオープン イノベーション推進へ

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NewsLetter_vol.22_h.pngこの投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.22のインタビュー記事を掲載しております。
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2022年7月、LINK-Jの事務局長に高橋俊一が就任しました。高橋は、前職では大阪に本社を置くバイエル薬品にてオープンイノベーションの推進に取り組んでいました。今回の対談は、高橋が元同僚である 同社執行役員・研究開発本部長の梶川麻里子氏をLINK-Jの大阪拠点であるライフサイエンスハブウエストにお招きし、二人のキャリア形成や同社で進められている「Inclusion & Diversity (I&D)」、オープンイノベーションがもたらす価値と現状の課題などについて語り合いました。

創薬に必然となった オープンイノベーション

――梶川さんは、まだ医師が製薬企業に勤めるのが珍しい時代の2005年からバイエル薬品で臨床開発に携わっているそうですね。どのような きっかけで入社されたのでしょうか?

梶川 知人医師がメディカルドクターとしてバイエル薬品に勤務していたことから、そのようなキャリアを知り、興味を持ちました。当時は内分泌科の専門医としてのキャリアを積み、指導医の資格も取得し、臨床を一通り経験したタイミング。次のステージへの岐路に立っていたため、ここで臨床の現場から別方向へ転換するのも良いかと考えました。入社すると、「医学専門家」の肩書きで臨床開発部門に配属され、経口抗凝固剤のイグザレルト(一般名:リバーロキサバン)の開発を最初に担当しました。

高橋 イグザレルトは現在バイエルの主力商品で、開発当時から有望視されていました。医学専門家は、臨床試験から承認申請、その後の当局とのコミュニケーションにおいて主導的な役割を担うのですが、社内の誰もが「イグザレルトといえば梶川さん」と知るほど、開発の中心的な役割を果たしていましたよね。

梶川 でも薬の開発のことは何も知らずに入社したので、最初のうちはチーム内で「居てもお荷物」という辛い日々が続いたんですよ。ただ、自分が臨床試験を担当した製品が世に出るのに立ち会いたい一心で、6年間続けました。当局への申請が2011年で、承認が2012年。審査期間中に当局と質疑応答を繰り返す中で、6年間携わってきた事象がパズルのピースのようにはまり一つの壮大な絵ができあがっていく感覚があり、その"腑に落ち感"や達成感がやみつきになり(笑)、臨床開発一筋に歩みました。

――高橋さんはどのようなキャリアを積んでこられたのですか?

高橋 私は元々、研究者として製薬企業に入社し、約15年間、主に新規創薬プロジェクトの探索や検証に携わりました。その間、二度の企業統合があり、2007年からバイエル薬品の所属となりました。その直後、研究所の閉鎖に伴い、循環器系新薬の臨床開発のプロジェクトマネジメントに異動。研究も楽しかったのですが、プロジェクトマネジメントの循環器領域マネジャーという仕事も自分に合っていたと思います。2012年にはメディカルアフェアーズ部門の構築に力を貸してほしいと乞われ、部長として異動しました。メディカルアフェアーズの仕事も大変でしたが、とても楽しかったですね。2014年には、今度はオープンイノベーションセンターの立ち上げを当時の社長と上司に依頼され、そのまま部署を率いることとなり、この4月まで8年間務めました。こう振り返ると、自分でキャリアを構築してきたというより、依頼を断らずにこなしてきたと言えるかもしれませんね。

梶川 バイエルのオープンイノベーション構想は、業界に先んじた動きでしたよね。

高橋 製薬企業ではまだ「オープンイノベーション」や「インキュベーショ ン」といった言葉が使われていなかった時代でした。梶川さんや私が参画 した部署横断的な経営戦略プロジェクトで創薬におけるオープンイノベー ションの必要性が議論され、グローバルがその動きを後押しする形でセン ター設立につながりました。

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高橋 俊一 氏(LINK-J事務局長)

――オープンイノベーションの必要性について、どのような議論があった のでしょう?

高橋 医薬品業界ではテクノロジーのパラダイムシフトが起こり、タンパク質製剤や抗体医薬などの革新的な新薬が登場していました。しかし大手 は従来型の研究に固執してしまいがちで、多様なモダリティには対応しにくい。組織としての柔軟性に欠けていたとも言えます。また経済面でも研 究開発費の高騰が問題となっていました。そこで、新しいアイデアや技術 を自社以外から積極的に導入するオープンイノベーションに着目しました。 これは必然であったとも言えます。

梶川 バイエルがやるべきは、真にベストな良い薬を世界に提供するこ と。そのためなら必ずしも自社オリジンにこだわる必要はないのです。ベンチャーの買収という選択肢もありますが、それではベンチャーの強みである自由なカルチャーやスピード感が失われる可能性があります。両者の強 みを活かすためには、対等なパートナーとしてお互いを尊重するオープン イノベーションが望ましいと考えています。 

高橋 アカデミアやベンチャー企業との共同研究プロジェクトを創出する ことが最終的な目的ではあったのですが、アプローチの方法は従来とはか なり異なっていたと思います。オンライン上での公募型研究募集、企業やアカデミア――具体的には理化学研究所の産学連携子会社である理研鼎 業や京都大学――との包括的提携、スタートアップ向けインキュベーター (CoLaborator Kobe)の設置は、製薬企業、特に外資系製薬企業では 非常に珍しいものでした。また、ネットワークを広げることにはかなり注力し、ベンチャーピッチイベントや創薬関連のシンポジウムの開催などを実施しました。これらの活動が多くの共同研究につながったと思います。

ベンチャーは世界市場に
立つ自らの姿を想定し、レディネスを高めよ

――カルチャーというワードが出たところで、バイエルの社風について伺います。バイエルは社員の勤続年数が長く、梶川さんに代表されるように女性も第一線で活躍している。高橋さんのように、新しいポジションに就くごとにやりがいを感じている方もいる。社内に「Inclusion&Diversity(I&D)」の考え方が浸透し、個々の能力が発揮できる環境が整っているように見受けられます。

梶川 バイエルのカルチャーで私が素晴らしいと思うのは、会社の目的(purpose)であるScienceforabetterlifeを信じフェアネスを大切にしている点です。サイエンスやデータをもとに議論し、そこで出した結論を重視しています。「Inclusion&Diversity(I&D)」に関しては、まだまだ課題もありますが、研修など様々な活動を通して考え方を社内に浸透させています。たとえば女性マネジャー職が男性と比べて少ないとき、数合わせのため女性に下駄を履かせるようなことはフェアネスの観点から行いません。しかし、出産・子育てなどの個々の状況に配慮したキャリア形成支援として、それらのライフイベントと重なって昇進機会を一度逃した女性には、長いスパンでライフサイクルのタイミングに応じたキャリアプランを見直すといった配慮が必要です。あるいは、積極的にポジションを取りに行くのが苦手な人に対して「あなたならできると思うから、応募してみては?」と背中を押す配慮も行います。そのような、個々に合わせたアプローチによって、昇進する女性をサポートすることが上司には求められています。

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梶川 麻里子 氏(バイエル薬品株式会社 執行役員 研究開発本部長)

高橋 私自身、メディカルアフェアーズへの異動は、実はあまり気が進まなかったのですが、いざやってみると新しいポジションも天職かと思うほど面白かったという経験があります。本人が自分では気づいていない能力・適性を上司が見抜き、気づきを与える。そんなカルチャーがありました。多様性ということでは、開発部門内にオープンイノベーションセンターという異質のチームを内包したことで、部門全体にポジティブな影響を与えていたと思います。臨床開発を行っている他のチームとセンターとでは、仕事の時間軸も顧客も社外パートナーもまったく違う。だからこそ発想の偏りを防いだり、新しい視点を示唆する役割を果たしていたのではないかと。

梶川 そうですね。バックグラウンドが違う人が議論に入ると、「こういうアプローチはできないんですか?」など、開発チーム内では絶対に出ない質問が来ます。そういう質問が"自分たちの常識"を突き詰めて考えるきっかけになり、新たな挑戦につながることが本当にあります。チームダイバーシティですね。

――ご自身に合ったカルチャーの中でさまざまな経験をされてきた高橋 さんがバイエルからLINK-Jに参画されたのは、どのような理由があってのことなのでしょう?

高橋 センター長として8年が経ち、組織にそろそろ新しい風が必要だと考えたこと。また自分個人としては、オープンイノベーションに違った角度から取り組んでみたいという気持ちが強くなったこと。この2つが理由です。同職で経験を積むうちに一企業内ではなく、ライフサイエンス業界全体を俯瞰しながら関われる立場に身を置きたく、LINK-Jへの転身を決めました。

――日本のライフサイエンスが世界で戦うためには何が必要なのでしょう?

高橋 日本には、世界と戦えるだけのサイエンスがあります。しかし海外のVCなどから、「日本人と一緒にビジネスを立ち上げるのは難しい」という定型イメージを持たれていることが問題です。新しい技術を発信するためには支援者の輪を広げる必要がありますが、そこができていない。日本人の弱点は、言うべきことを必要なときに言わないことでしょう。「スピークアップ(=声にして発言する)」の重要性をもっと認識すべきです。

梶川 高橋さんは、いつも言いたいことを自信たっぷりに発言されていま したものね(笑)。

高橋 敢えて空気を読まずにね(笑)。

梶川 高橋さんは、発言をする前に実はそのトピックを相当深く勉強されているから、説得力がありましたよ。日本の弱さの話に戻りますが、スピークアップの前に、そもそも語りたい事は何か、どれだけクリアな絵が描けているのかも重要だと思います。「自分たちの技術を世に役立てたい」というときの「世」は、どの程度の広さなのか。日本市場なのか世界市場なのかで、スケールアップの工程もスピード感もまったく異なります。バイエルのパートナーになって成功している海外ベンチャーは、最初から世界市場に立つ自らの姿を想定し、マインドセットやレディネスを高めた上で参入してきますし、機会に対して貪欲です。日本のベンチャーはその点に課題があると感じます。

高橋 確かにアメリカで成功しているベンチャーを見ても、設立からわずか5年で世界のトップクラスに駆け上がる力を持っています。あの力強さを見習う必要がありますね。

梶川 私も日本人として日本から画期的な新薬が創出されることを切に願っています。そこで期待しているのがLINK-Jの存在です。ポテンシャルの高い技術を持つベンチャーが経験値もないまま単体で世に出るのはハードルが高いですが、メンターとなる人やコミュニティのサポートがあれば機会は断然取りやすくなる。だからこそ、日本のライフサイエンス業界の集合知の形成をめざすLINK-Jの活動は大変貴重です。関西圏はライフサイエンスに強みを持つ大学があり、人材が豊富ですし、大阪に本社を置くバイエルとしてはLINK-J大阪拠点の設立を歓迎しております。

高橋 ありがとうございます。私も梶川さんと同様、日本の研究を創薬につなげたいという想いを抱いており、そのためにLINK-Jでできることを考えていきます。LINK-J事務局長に就任してからというもの各方面から想像以上の期待のお言葉をいただき、身の引き締まる思いです。研究者、医師、大手製薬企業、ベンチャー企業、VCと多様な立場の方々が集まり活発に議論ができる場としてますますの発展をめざし、イノベーションを世に出すサポート役を果たしていく所存です。大阪にも拠点ができたことで関西圏の方々はより参加しやすくなったことと思います。これまで以上に関西圏の交流・連携を促進し、さらには東西連携も仕掛け、日本全体のエコシステム発展に寄与してまいります。

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takahashi.png高橋 俊一 氏(LINK-J事務局長)

1993年三井製薬工業株式会社に創薬研究室研究員として入社。2007年統合によりバイエル 薬品株式会社入社。開発本部プロジェクトマネジメント 循環器領域プロジェクトリーダー、同循環 器領域マネジャー、メディカルアフェアーズ本部 メディカルアフェアーズプライマリーケア 部長。 2013年より同社初となるオープンイノベーションセンターの立ち上げを牽引し、2014年の 開設時にセンター長に就任。2022年7月より現職。

kajikawa.png梶川 麻里子 氏(バイエル薬品株式会社 執行役員 研究開発本部長)

臨床医を経て、2005年にバイエル薬品株式会社入社。臨床開発担当者として、同社の戦略製品 イグザレルトの開発をはじめ多くの製品開発に携わる。2018年、研究開発本部長および執行 役員に就任。


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