国立成育医療研究センター(所在地:東京都世田谷区大蔵、理事長:五十嵐隆)が行っている子どもの心の診療ネットワーク事業は、新型コロナウイルス感染症流行下の子どもの心の実態調査を行いました。
まず、「神経性食欲不振(神経性やせ症)(1)」についてコロナ流行前の2019年度と、コロナ禍の2020、2021、2022年度の4年度分の調査結果を比較しました。
その結果、2020、2021年度に増加していた神経性やせ症の初診外来患者数(図1)は、2022年度ではやや減少したものの、コロナ前の約1.4倍と依然として高い水準でした。また、新入院患者数(図2)は、2022年度も高止まりであることが明らかとなりました。
家庭や教育機関では、子どもの食欲や体重の減少に気を配り、深刻な状況になる前に医療機関の受診につなげることが必要です。
つぎに、「希死念慮(死にたいと強く思っている状態)」について、コロナ流行前の2019年度と、コロナ禍の2020、2021、2022年度の4年度分の調査結果を比較したところ、初診外来患者数(図3)は毎年増加傾向にあり、2022年度は2019年度と比べて約1.6倍に増加していました。一方、新入院患者数(図4)は、2021年度に一旦は減少に転じていますが、2022年度は再び増加し2019年と比較して約1.9倍となっていました。
また、「自殺企図(死ぬつもりで、実際に自殺を図ること)」について、2019度と2022年度を比較すると、初診外来患者数(図3)、新規入院患者数(図4)ともに約1.7倍となっていました。
(1)神経性やせ症とは、摂食障害の一つです。極端に食事制限をしたり、過剰な食事後に吐き出したり、過剰な運動を行うなどして、正常体重より明らかに低い状態になる疾患です。病気が進行すると、日常生活に支障をきたすこともあります。アメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)では、①正常の下限を下回る低体重、②肥満恐怖あるいは体重増加を妨げる行動の持続、③自己評価に体重や体型が不相応な影響を受け、低体重の深刻さが認識できないなどの特徴が挙げられています。
【プレスリリースのポイント】
~神経性やせ症について~
- コロナ禍で、食事を食べられなくなる神経性やせ症が増加し、2020、2021年度に引き続き2022年度も初診外来患者数、新入院患者数ともに、調査を開始した2019年度よりも高い水準で高止まりしたままでした(図1、図2)。
- 神経性やせ症の患者のための病床数は、2020、2021年度に引き続き不足しています。女性の神経性やせ症の病床充足率(現時点で摂食障害で入院している患者数/摂食障害の入院治療のために利用できる病床数×100)は、依然100%以上の病院が多く、中には250%を超える病院もありました。子どもの神経性やせ症を治療できる医療機関が少ないこともあり、特定の病院に入院患者が集中していることが推測されます。
~希死念慮、自殺企図について~
- コロナ禍で、希死念慮、自殺企図が増加しています。
- 女性の希死念慮では、2019年度から2022年度で初診外来患者が約7倍(98人→166人)、新入院患者数が約1.8倍(84人→148人)。また女性の自殺企図では、2019年度から2022年度で初診外来患者数が約2倍(44人→86人)、新入院患者数が約1.6倍(65人→104人)となりました。特に女性の増加が顕著となっています。
- 自殺者数、自殺企図、希死念慮の患者数が増加していることから、さらに多くの子ども達が潜在的に何らかリスクを抱えていると考えられ、子ども達へのメンタルヘルスに関する対策および支援が早急に必要と考えられます。
~全体について~
国立成育医療研究センターが行った別の調査(新型コロナウイルス感染症による親子の生活と健康への影響に関する実態調査報告書[1])では、2022年度に中等度以上の抑うつ症状がある子どもは約13%となっており、高ストレス状態が続いていると考えらえます。
発表者のコメント
~神経性やせ症について~
- コロナ禍の長期化で、神経性やせ症の患者数が高止まりしている状況で、入院病床数を確保することが必要です。また、子どもの摂食障害を診察できる医療機関の拡充も求められています。
- 神経性やせ症は、本人が病気を否認して医療機関での受診が遅れがちです。子どもの食欲や体重の減少に家族や教育機関が気を配り、深刻な状態になる前に、小児科、内科などのかかりつけ医を受診することが必要です。
~希死念慮・自殺企図について~
- 子どもは、体も心も成長段階であり、大人と同じ体格になっていたとしても心は未発達であるとされています。子ども達は自分の心の状態や問題について把握し、言語化することが難しいため、周囲にいる大人(家族や教育機関など)や友達が、日々の様子(食欲不振、不眠、集中力の低下、感情の起伏の変化、やる気の低下、成績の低下など)の変化から、声かけや状況を聞く、悩みや気持ちに寄り添うことが大切になります。
- 身近な人から「死にたい」と言われたときには、驚いたり、慌てて止めようとしたり、命の尊さを説いたりするのではなく、まずはゆっくりと時間をとって、その子どもの話に耳を傾けることが大切です。子どもをサポートする専門家にも仲間になってもらいたいと伝え、相談機関、医療機関などへつなげていくことが必要です。
- 自殺者が増えていることから、ハイリスクの子ども達へのアプローチも重要ですが、その背景には希死念慮や自殺企図を抱く子ども達の増加があり、精神保健的なポピュレーションアプローチを忘れてはならないと考えています。
~全体について~
- 新型コロナウイルスによる行動制限は緩和されましたが、コロナ禍の長期化による子どもたちの生活環境(親の就労問題、貧困、DVや虐待など)の変化やメンタルヘルスへの影響は、すぐには元に戻らないと考えられます。さらに個人差があることも考慮すると、今後も周囲の大人が子どもたちの心に耳を傾け、身体の変化に気づき、子どもたちの生活を注視していくことが重要です。家庭・学校・行政・医療機関・福祉機関などが連携して、子どもたちのメンタルヘルスの向上に向けたさらなる支援を早急に考える必要があると思われます。