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投稿日:2024年10月17日 投稿者:国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所

"生きた"細胞の生体膜をナノ材料にコーティング 創薬・治療に向けた生体膜編集・生体膜ナノ粒子構築の新戦略を提案

概要

京都大学大学院工学研究科 佐々木 善浩 教授、水田 涼介 助教、京都大学大学院薬学研究科と医薬基盤・健康・栄養研究所の連携プロジェクトに所属する 金尾 英佑 助教、石濱 泰 教授、同大学大学院医学研究科 秋吉 一成 特任教授らの研究グループは、生きた細胞にナノ粒子を貫通させることで、ナノ粒子の表面に生細胞由来の生体膜を効率的にコーティングすることに成功しました。

人工的なナノ材料は、自然界には存在しない独自の光学特性や磁気特性を持ち、診断・治療への応用が期待されています。しかし、体内に導入した際の拒絶反応や副作用が課題であり、安全に目的の細胞や器官へナノ材料を運ぶ方法の確立が急務となっています。一方、私たちの身体には、エクソソーム[注1]などの生体ナノ粒子が存在し、細胞間のコミュニケーションツールとして機能しています。生体ナノ粒子は生体膜に包まれた構造を持ち、優れた生体適合性や免疫回避能力[注2]を発揮します。本研究では、この生体ナノ粒子に着想を得て、生きた細胞由来の生体膜と人工ナノ材料をナノレベルでハイブリッド化する新しいモノづくりのアプローチを実現しました。今回の成果は、ドラッグデリバリーシステム(DDS)[注3] やセラノスティクス [注4]の新たな基盤技術として広く応用されることが期待されます。

本研究成果は、2024年10月8日に米国の国際学術誌「Nano Letters」にオンライン掲載されました。

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本研究で開発した生体膜コーティング法のイメージ図. 生細胞の濃縮層を、シリカナノ粒子が貫通することで、生体膜がコーティングされている

1.背景

人工的なナノ材料は、自然界にはない独自の光学特性や磁気特性を持つため、創薬や診断・治療への応用が大いに期待されています。しかし、これらのナノ材料を体内に導入する際、免疫系による拒絶反応や副作用が生じることが大きな課題となっており、これを克服する方法の確立が急務です。一方、私たちの身体にはエクソソームのような生体ナノ粒子が存在し、これらは細胞間の情報伝達を担っています。生体ナノ粒子は生体膜に包まれており、免疫回避能力や特定の細胞を標的とする能力に優れています。この特性を人工ナノ材料に付与できれば、新たな医療技術の開発につながると考えられます。

2.研究手法・成果

このような背景から、ナノ材料に細胞由来の生体膜をコーティングする「生体膜コーティング法」が注目されています。しかし、従来のコーティング法では細胞を破壊して膜成分を抽出するため、膜の構造が損なわれ、コーティング効率が低いという課題がありました。そこで、私たちはナノ材料を"生きた"細胞の濃縮層に遠心力で直接通過させるというシンプルなアプローチを用いて、生体膜の特性を損なうことなくナノ材料に付与することに成功しました。この手法は従来の細胞を壊す方法とは異なり、生体膜の構造と機能を維持したままコーティングできる点が特徴です。さらに本研究では、コーティングされたナノ粒子に含まれるタンパク質が元の生細胞由来であることを、ナノフロー液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法(nanoLC/MS/MS)を用いたプロテオーム解析[注5]によって確認しました。実験の結果、コーティングされたナノ粒子は特定の細胞への標的能力を獲得し、免疫系による排除を回避できることが確認されました。特に、マクロファージ由来の生体膜でコーティングされたナノ材料は、マクロファージによる貪食を回避し、標的細胞であるHeLa細胞への取り込みが促進されるという成果が得られました。

3.波及効果、今後の予定

この技術は、ナノ材料の医療応用における課題を克服するための新たな戦略であり、創薬・治療分野において革新的なバイオナノテクノロジーの基盤となることが期待されます。また、さまざまな種類の細胞膜を利用することで、より多様な機能を持つナノ材料の開発も可能です。今後は、この技術をさらに発展させ、ドラッグデリバリーシステムやセラノスティクスへの応用を進めていく予定です。

4.研究プロジェクトについて

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金 (課題番号:JP23K13774、 JP22H02199、 JP22H00585、 JP21K14652、 JP21H04954、 JP21K18324、 JP20H05740、 JP16H03842、 JP16H06313) の助成を受けて行われました。

<用語解説>

注1 エクソソーム: 細胞から分泌される膜構造を持つ小さな粒子です。直径30~150ナノメートルほどのサイズで、タンパク質やRNAなどを内部に含み、細胞間の情報伝達に関わります。

注2 免疫回避能力: 体内の免疫システムからの攻撃を避ける能力です。これにより、ナノ材料や薬剤が免疫細胞に排除されず、目的の部位まで効果的に到達できます。

注3 ドラッグデリバリーシステム(DDS): 薬物を体内で効果的に届けるための技術や方法の総称です。従来の投薬では、薬剤が体内のすべての組織に広がってしまうため、目的の患部に十分な効果を発揮できなかったり、副作用が強く出てしまったりすることがあります。DDSでは、薬剤を特定の臓器や細胞に集中的に届けることで、治療効果を高め、副作用を軽減することが可能です。

注4 セラノスティクス: 治療(セラピー)と診断(ダイアグノスティクス)を組み合わせた医療分野です。ナノテクノロジーを利用して、病気の診断と治療を同時に行うことで、より効果的で個別化された医療を実現します。

注5 プロテオーム解析: 細胞や組織に存在するすべてのタンパク質(プロテオーム)を網羅的に調べる手法です。タンパク質の種類や量、機能の変化を解析することで、細胞の状態や生物の機能を詳しく理解できます。

<研究者のコメント>

本研究は、医学、薬学、工学の異なる分野の連携により実現された新発想の技術です。私たちの手法の最大の特徴は圧倒的な「自由度の高さ」にあり、バイオナノ材料の「ユニバーサルデザイン」を可能にします。原料となる生細胞と人工ナノ材料の組み合わせを変えることで、まるでおもちゃのブロックのように多様なバイオナノ材料の創出ができるようになりました。この技術により、まさに組み立てを楽しむかのように、新しい材料を自在に設計・開発することができます。今後は、この組み合わせから生まれるセレンディピティを活かしながら、生体膜操作、創薬モダリティ構築、テーラーメード治療など、さまざまなバイオ技術へと研究を展開していく予定です。(水田・金尾・佐々木)

<論文タイトルと著者>

タイトル: A Direct Approach for Living Biomembrane Printing onto Nanoparticle

(生きた生体膜をナノ粒子に被覆する直接的な方法)

著  者: 水田 涼介†,金尾 英佑†‡,右京 慶吾,鍬田 修佑,澤田 晋一,石濱 泰,秋吉 一成,佐々木 善浩‡

(†共同筆頭著者 ‡責任著者)

掲 載 誌: Nano Letters DOI:10.1021/acs.nanolett.4c03293

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お問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ先> 金尾 英佑(かなお えいすけ) 京都大学薬学研究科・助教 TEL:075-753-4565 FAX:075-753-4601 E-mail:kanao.eisuke.7s[at]kyoto-u.ac.jp 佐々木 善浩(ささき よしひろ) 京都大学工学研究科・教授 TEL:075-383-2823 FAX:075-383-2590 E-mail:sasaki.yoshihiro.8s[at]kyoto-u.ac.jp <報道に関するお問い合わせ先> 京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室 TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094 E-mail:comms[at]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 戦略企画部広報チーム TEL:072-641-9832 E-mail:pr[at]nibiohn.go.jp ※[at]を@に置き換えてください
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