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インタビュー・コラム

第7回 日本橋で育まれていたシェアの精神

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「くすりの街」日本橋には、昔から 現代に通じる先進的な ビジネスマインドが息づいていた

「くすりの街」日本橋には、100年以上も前から、コンプライアンス重視、情報共有・情報開示、組織力の発揮、社会への貢献、シェアの精神など、現代に通じる先進的なビジネスマインドが存在していました。そんなエピソードをシリーズでお届けします。

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ここ数年、モノやサービスを複数の他人が共有する「シェア」の概念が急速に広がっています。カーシェアやライドシェア、オフィスシェア、シェアハウス、などなど。従来なら考えられなかったものがシェアの対象になり、注目を集めているのです。

このように今どきの発想と捉えられがちなシェアですが、実は「くすりの街」日本橋本町では今から50年以上も前の昭和の半ばから、とあるシェアが実践されていました。

多くの事業所を救ったシェアラボ

日本橋本町でシェアが育まれた背景には、薬事法の規制がありました。昭和36年(1961年)に制定された「薬局等構造設備規則」で、医薬品一般販売業者は、試験検査に必要な設備および器具を備えることが許可条件になったのです。

しかし、当時の本町の医薬品卸販売業者の店舗・事業所はほとんどが木造2階建て。狭い間取りで、試験室を新たに設けるスペースはありません。

こうした実情は加味されていたのでしょう。規則の第2条には、救済措置ともとれるただし書きがありました。「自己の責任において試験検査を行う場合であって支障がないと認められる場合は、他の試験設備機関を利用することができる」と記されていたのです。

そこで本町薬品市場をたばねる東京薬貿協会は、事業所内に独自の試験室を設けることのできない会員のために、共同試験室を用意しました。協会の会館の地下室のうち約4坪を改装し、都の承認を得て昭和38年(1963年)から共同試験室の運用を開始したのです。開設当初から61もの事業所がこれを利用し、その後も利用は年々増加していきました。

共同試験室.png

昭和60年頃の共同試験室

シェアの用途も拡大

共同試験室は今風に言うなら、「シェアラボ」といったところでしょうか。必要とする企業が、必要なときだけ場所と設備・器具を使える。所有する代わりに、共有する。実に合理的なシェアリングエコノミーの考え方を、「くすりの街」日本橋本町は昭和の半ばに取り入れたわけです。個別の企業は設備投資に多大なコストを強いられることなく、シェアの恩恵にあずかることができました。

昭和58年(1983年)に会館の建て替え工事が行われると、共同試験室も拡張。新築されたビルの3階にそれまでの3倍の面積の新しい試験室がつくられ、600万円をかけて機器・備品も備え付けられました。新築の翌年には、利用登録企業が139を数えたといいます。新しい試験室では会員企業の自主試験に加え、管理薬剤師の実習講習会などにも利用され、シェアの用途も拡大されました。

空間を有効に活用する

ちなみにシェアラボを開設する以前に、会館は貸会議室での成功体験がありました。

戦後間もない昭和23年(1948年)に、会館には大中小三室の会議室が設けられました。もちろん協会の会合や会員の集会に用いることを目的につくられたのですが、そのころ本町付近には貸会議室がなかったため、他団体からの利用ニーズが高まり、さまざまな集会に貸し出されるようになったのです。

その結果、会議室はほとんど毎日のように利用され、昭和35年(1961年)には協会以外の利用件数が585件にも上ったという記録も残っています。協会員以外にもシェアすることで会議室の有効利用につなげたこの取り組みが、後のシェアラボの発想につながったのかもしれません。

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シェアすることの価値。それは、今でこそ当たり前に思えるものですが、昭和の時代からそのニーズに着目し、シェアを実践してきた事例は少ないのではないでしょうか。

現代にも通じる柔軟なビジネスマインドで時代を切り拓いてきた街、それが日本橋本町の姿なのです。

続く>> 第8回 日本橋再開発とライフサイエンス構想

参考文献
東京薬事協会百年史編纂委員会 編纂『公益社団法人 東京薬事協会 百年史』(1987年 東京薬事協会)
東京薬事協会百十年史編纂委員会 編纂『公益社団法人 東京薬事協会 百十年史』(1994年 東京薬事協会)
東京薬事協会薬事協120年史編纂委員会 編纂『公益社団法人 東京薬事協会 120年史』(2004年 東京薬事協会)

公益社団法人 東京薬事協会
1884年(明治17年)に東京薬種問屋組合として創設された薬業団体。
「薬業の向上発展に関する調査・研究」「地域社会に対する薬事事業」を主事業に、業種・業態・規模を越えた会員によって、都民に対する正しい薬の知識を啓発している。

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