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インタビュー・コラム

第11回「くすりの街」東京日本橋本町と大阪道修町の関わり

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日本橋本町が関東を代表する「くすりの街」だとすれば、関西の代表は大阪道修町(どしょうまち)。その東西の「くすりの街」が、ライフサイエンス領域におけるさまざまな取り組みについて連携・協力する「大阪道修町-東京日本橋連携プロジェクト」が、20197月からLINK-J(一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン)主催で始まりました。2020年には「LINK-J WEST」が誕生し、関西でのLINK-Jの活動を本格的に始動しています。こうした東西の連携は今に始まったことではありません。じつは昔から、「くすりの街」ならではの、さまざまな関わりがありました。

江戸時代から「くすりの街」として栄えた道修町

大阪道修町には、日本橋本町と同じように、江戸時代から薬に関する商いを行う薬種商が集まっていました。道修町に残っている一番古い文書は明暦4年(1658年)のもので、にせ薬の取り締まりに関して33軒の薬種屋の署名捺印が見られます。

享保7年(1722年)には、徳川八代将軍吉宗によって、道修町の薬種商124軒が薬種屋仲間として幕府の公認を受け、諸国から送られてくる和薬種の真偽良否を検査する「和薬改会所(わやくあらためかいしょ)」も設けられました。これ以降、道修町は、薬種取引の中心となる「くすりの街」として知られることになります。ちなみに、「和薬改会所」は江戸にも設けられ、その運営を日本橋本町の薬種問屋組合が任されています(「1回 日本橋本町はなぜ『くすりの街』になったのか<江戸時代編>」参照)。

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伏見屋市兵衛(現・小野薬品)店図(慶応3年)

明治時代には輸入された西洋薬が主流となりますが、薬種商たちは共同の薬品試験所の設置や製薬事業にも着手し、その多くが薬種問屋から製薬企業へと発展していきました。今も道修町には多くの製薬会社の本支店が軒を連ねています。

交流を深め、連携しながら成長してきた道修町と日本橋本町

道修町は、同じく東の「くすりの街」である東京日本橋本町と、昔からさまざまな交流や協力を行ってきました。

江戸時代、中国やその周辺で生産される「唐薬種」は長崎経由で輸入され、それを道修町の「薬種中買仲間」が検査、買い付け、販売まで行っていました。そのため、日本橋本町の薬種問屋は、唐薬種を道修町から購入し、関東で販売していました。

こうしたつながりは、明治時代以降、さらに深まっていきます。明治13年(1880年)には、東京薬種問屋睦商が大阪道修町と連携し、薬物の衡量規定を定めました。明治19年(1886年)には、薬種問屋組合が横浜薬種取引商仲間および大阪薬種卸仲買商組合と協力し、不法外商との取引紛争解決に尽力。さらに、明治35年(1902年)には、東京薬種貿易商同業組合と大阪薬種仲買商組合が協働して、薬品営業並薬品取扱規則改正法案に反対し、請願運動を行っています。

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大阪府道修町 薬種問屋(大正時代)

大正12年(1923年)に関東大震災が発生した折には、薬種貿易商同業組合、大阪薬種卸仲買商組合および大阪薬業者有志の協力によって、緊急医薬品146種を組合に分売し、日本橋本町市場の業務再開を図るといった支援も行われました。歴史を振り返ると、東西の「くすりの街」は互いに連携し、助け合いながら成長してきたともいえます。

東西のLINK-Jが新たなイノベーションの源に

こうした東西連携の歴史に新たな1ページを刻んでいるのが、20197月にスタートしたLINK-J主催の「大阪道修町-東京日本橋連携プロジェクト」です。大阪などの関西エリアと東京日本橋との「連携」を目的に、大阪をはじめ関西で活躍するライフサイエンス領域関連の企業・研究機関と、東京エリアで活動する企業・研究機関とのオープンイノベーションの促進と新産業創造を目指しています。そのために、相互の持つ資源やネットワークを活かして、情報や意見の交換を行い、ライフサイエンス領域におけるさまざまな取り組みについて緊密に連携、協力してきました。

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ここで行われているのは、アクティブに活動している複数の団体とLINK-J、三井不動産が組んで企画した「連携イベント」。東京と大阪で同時中継を行いながら双方向で行うのが特徴です。20199月に初めて開催したデジタルヘルスセミナーは、東西とも満席となる盛況ぶりで(「第1回デジタルヘルスセミナー ~デジタルメディスンの新たな展開~を開催」)、その後もライフサイエンスのさらなる発展を目指して、回を重ねてきました。

そして20209月、LINK-Jは、「LINK-J WEST」としてさまざまな団体と協業しながら関西地域で本格的に活動を開始しました。今後も、大阪道修町・東京日本橋連携プロジェクトとして大阪と東京のイベントを双方向でつなぎ、コミュニケーションを進めていきます。

東西両エリアのライフサイエンス系企業やベンチャー企業のコラボレーションが生み出すイノベーションに、期待が膨らみます。

参考文献

  1. 東京薬事協会百年史編纂委員会 編纂『公益社団法人 東京薬事協会 百年史』(1987年 東京薬事協会)
  2. くすりの道修町資料館 資料パネル
  3. 大阪府写真帖 再版 大阪府 編(国立国会図書館所蔵)
  4. 大阪商工銘家集『日本古典籍データセット』(国文研等所蔵)提供:人文学オープンデータ共同利用センター

公益社団法人 東京薬事協会
1884年(明治17年)に東京薬種問屋組合として創設された薬業団体。
「薬業の向上発展に関する調査・研究」「地域社会に対する薬事事業」を主事業に、業種・業態・規模を越えた会員によって、都民に対する正しい薬の知識を啓発している。

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