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インタビュー・コラム

産業立国・日本を再興する唯一の道が、産学連携

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早稲田大学副総長の笠原博徳先生は、研究推進担当として産学連携推進の総指揮をとり、「早稲田オープン・イノベーション・フォーラム」の開催や企業との連携窓口の開設などの施策を矢継ぎ早に実現させています。同大の戦略を伺うとともに、その背景となる先生ご自身の40年にわたる産学連携のご経験についても話を伺いました。

40年におよぶ産学連携の経験の中で、3度の世界一を達成

――まず笠原先生のご専門分野とこれまでの実績、産学連携についてお聞かせください。

笠原 私は情報理工学が専門で、長年にわたりスーパーコンピュータの開発に取り組んできました。若い頃は「日本のスパコンの父」と呼ばれる早稲田大学の三好甫先生をお手伝いし、「Numerical Wind Tunnel (NWT数値風洞)」とそれに続く「地球シミュレータ」という、2つのスーパーコンピュータの開発に携わりました。当時コンピュータの開発はアメリカが圧倒的にリードしていたのですが、私たちは世界一早いコンピュータを作ることを目標に掲げ、実際に2つとも当時の世界一の高性能を実証。特に2002年に完成した地球シミュレータはアメリカの5倍の速度を誇る画期的なコンピュータとなり、NYタイムスは、ソ連に人工衛星成功第一号を奪われた「スプートニク・ショック」になぞらえて、これを「コンピュートニク・ショック」と呼んでいました。スパコンの性能が科学・国防を左右すると言われていた時代ですから、アメリカの衝撃は大きかったのです。

このようなスーパーコンピュータの開発というのは、日本でも産官学を挙げて行われていましたから、私自身のコンピュータハードウェア・ソフトウェアに関する産学連携共同研究の経験は、かれこれ40年にもおよぶことになります。

2000年からは3カ年計画の国家プロジェクト「ミレニアムプロジェクトIT21」が始まり、開発テーマの一つに私が長年手がけてきた「アドバンスト並列化コンパイラ」の技術開発が選ばれ、そのプロジェクトリーダーとして産官学連携研究を率いました。この技術はソフトウェアに関するもので、簡単にいうと「一人で仕事をするより複数で仕事をした方が早いので、仕事を分担するために全体の仕事を分析・解析し、実行時間が最小となるように、割り振る役割を自動的に行うソフトウェアを作ろう」というものです。次世代スマートフォンや自動車、医療機器などに用いることを目的に、経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の予算がつき、「3年で海外のソフトウェアより2倍以上の高速計算を可能にせよ」というミッションが課されました。このプロジェクトは、日立、富士通、国立研究開発法人産業総合研究所と早稲田大学との連携で、無事成功を収めることができました。

2005年からは同じく経済産業省とNEDOによる次の3カ年計画が始まり、「アドバンスト並列化コンパイラ」を生かすハードウェアの設計を、日立、ルネサスと早稲田大学の共同研究で行いました。昔のコンピュータはハードウェアが先にありきでしたが、我々の開発ではソフトウェアを先に設計し、それを支援するソフト・ハードコデザイン方式で「マルチコアチップ」を開発したところ、これも優れた技術が確立でき、半導体最高峰国際会議(ISSCC)のプロセッサ部門でIBMやインテルと並んで、3年連続発表の快挙を達成しました。

処理速度はもちろんのこと、ハードウェアとソフトウェアの協調によって周波数や電圧・電源の遮断制御をし、コンピュータの消費電力を従来の4分の1にまで低減したことが評価されました。産学が連携したからこそ、「マルチコアチップ」と「アドバンスト並列化コンパイラ」という世界初・世界一の技術が生まれたと言えます。

ちなみにこの技術を開発したことで、私は昨年IEEE Computer Society学会の会長職に推され、選出されました。この学会は186カ国・84000人の会員がいる学術組織で、設立以来70年間、アメリカ・カナダ以外の国から会長を輩出していなかったのですが、米国の皆さんより日本人の私を会長にという声が上がった理由は、「世界で一番高い技術をもつ人が学会長になるべき」というものでした。性能が数字に明確に現れる"技術"という分野においては、"世界一"こそが説得力に直結するのだと感じた出来事でした。

――それだけの革新的な技術であれば、すぐにも商用化が進んだのでしょうね?

国家プロジェクトの成果として早期の実用化を目指しましたし、当然すぐにも実用化されるはずだと考えていましたが、残念ながら産業界の動きは鈍かったのです。共同研究をしていたメーカーは、その当時、ちょうど経営面で事業の選択と集中を迫られており、結局スパコンに採用されることも、スマホなどの汎用プロセッサとして使われることも叶いませんでした。

商用化を目指して、早大発ベンチャーを立ち上げる

――すると、その後「マルチコアチップ」と「アドバンスト並列化コンパイラ」はどうなったのでしょう?

笠原 状況を見かねた当時の早稲田大学総長白井克彦名誉教授が、技術の商用化・社会実装化を目指すため、早大発ベンチャーの設立に動いてくれました。白井元総長、私、そして日本ベンチャー学会会長でもある早稲田大学商学部の松田修一名誉教授が設立メンバーになり、初代社長に小野測器の元社長であり、東京農工大学の副学長でもあった小野隆彦さんをお迎えし、2013年に「オスカーテクノロジー」という会社が設立されました。

出資に関しては、最初に大学と早稲田大学系ベンチャーキャピタル(VC)のウエルインベストメントが出資をし、その後、産業革新機構やデンソーなどが加わりました。早稲田大学は現在もオスカーテクノロジーの株を保有しており、将来、会社が成功したときにリターンを得る考えです。

オスカーテクノロジーは、自動車のエンジンコントローラーに並列化コンパイラを適用すべくデンソーと共同実験を行っていますが、実用化まではまだ時間がかかるでしょう。最終製品化となると、特に安全性の確保に慎重にならざるを得ません。自動車の場合、機能安全規格ISO26262を満たすため、プログラムにバグがないことを示す説明文書の作成が必要なのですが、ここに時間とコストがかかってしまっているのも課題です。

会社として利益を出さなくてはならないため、成果を上げるまで時間がかかるB to Bのみならず、最近はB to Cでの展開も始めました。例えばSaaS(Software as a Service)としてネットワークベースで必要な機能だけをサービスとして提供したり、MATLAB/simulinkの逐次プログラムをマルチコアプロセッサ用に自動並列化するソフトウェアを10月初めから一般発売したり、といった取り組みです。まずは世界中で認知を高めるべく、シリコンバレー発のSNSである、LinkedIn等でも製品を紹介しています。

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協力できることこそが、日本の最大の強み

――ここまでは先生ご自身の研究とベンチャー立ち上げのお話を伺いましたが、ここからは早稲田大学の産学連携責任者のお立場からのお話を伺いたいと思います。どのようなきっかけで産学連携の責任者になられたのでしょう?また産学連携に大学側として期待することは何でしょう?

笠原 昨年(2018年)11月 、田中愛治先生が大学総長に新任される際に意見交換したことがきっかけで、私が副総長として産学連携の部分をお手伝いさせていただくことになりました。田中総長も私も、世界的視野から産業立国日本を見たときの危機感を共有しており、日本再生に当たって早稲田大学がやるべき使命の一つが産学連携だという点で、考えが一致しています。

昨今日本の技術競争力の低下は著しく、AI、ディープラーニング、電池、自動運転など近未来社会にインパクトを与える重要な技術は中国にリードされています。日本が再び勝つために残された唯一の道が、産学連携なのです。先ほどまでの話とも関連しますが、なぜマルチコアチップ並列化コンパイラという世界一の技術が生まれたかというと、早稲田大学と産業界が競合他社同士も一緒になって目標に向けて一致団結できたからに他なりません。協力できることこそが、日本の最大の強み。だから産学連携なのです。

産学連携でイノベーションを創出し、社会に貢献する。貢献への評価が対価という形で産業界に入り、大学にはその対価の一部が研究費として入る。研究費が潤沢になれば、日本でもアメリカと同様、博士課程の学生を雇用することができます。優秀な学生を雇い、その学生が研究成果を上げ、また研究費が入ってくる。そのエコシステムを早稲田大学の中で確立し、オリジナリティの高い理工系博士課程の学生を大幅に増やすのが目標です。産学連携の研究に参画した学生は、企業ニーズを把握する力と問題解決力が養われますから、企業に行ったとしても即戦力として活躍できるでしょう。人材育成の面でも産学連携には期待が持てます。

組織改正、フォーラム開催、窓口開設などで、オープンイノベーションを一気に加速

――笠原先生が昨年11月に副総長に就任され、産学連携推進を担当されるようになってからこれまで、具体的にはどのような取り組みを行ってきたのでしょうか?

朝日(博士キャリアセンター センター長 / ナノ・ライフ創新研究機構 副機構長) 笠原先生のリードで、この1年弱の間に早稲田大学のオープンイノベーション戦略は一気に加速しました。

笠原 早稲田大学は文部科学省が実施する「オープンイノベーション機構の整備事業」の支援対象大学に選ばれましたので、副総長就任と同時にオープンイノベーション戦略研究機構長という立場にも就きました。そこで最初に行ったのは、機構組織の見直しです。国家プロジェクトなどを担う「研究戦略部門」、企業との産学連携を促進する「オープンイノベーション事業部門」、ベンチャー育成支援を目的とした「インキュベーション部門」、知財管理を行う「産学連携推進部門」を一つの「リサーチイノベーションセンター」という組織下に配し、それぞれが協力を取りやすい体制に変更しました。

特に、産学連携では知財創出及び管理を行う「産学連携推進部門」を整備することが重要だと考えました。特許取得の手続きや企業に対する研究費の見積作成、不実施補償を含めた契約交渉などをこの部門が一括して行うことで、研究者は研究に専念できるようになるわけです。私自身、特許取得のために大変な労力を使った経験がありますから、そういう苦労はショートカットしてあげたい。専門の知財コーディネーターが入ることで、研究成果に見合う適正な対価が支払われるようになることも望めます。

その次に行ったのは、早稲田の技術シーズを産業界に知ってもらうための企画です。これは、今年(2019年)3月5日に「早稲田オープン・イノベーション・フォーラム」という形で実現しました。各研究室の技術シーズをブース展示とデモンストレーションで紹介し、産学連携のマッチングの場になるよう仕掛けたのですが、どの内容も充実しており、講演会は立ち見が出るほど。参加者・来場者の双方から大好評でしたので、来年からは規模を拡大して、よりマッチングの機会を広げたいと考えています。これから3月10日は早稲田イノベーションの日と決め、来年2020年は今年完成した早稲田アリーナにて実施予定です。

ベンチャー企業や大手企業にもブース出展してもらい、シリコンバレーをはじめ世界からも研究者や学生を集めます。また理工系だけでなく、スポーツ系や文系も含む全学を対象としたオープン・イノベーション・フォーラムにしていきたいと考えています。今後は政府トップや産業界のリーダー、さらにはインキュベーターなどにも来場いただき、産学連携の促進やベンチャー創生につながるものになることを期待しています。

オープンイノベーションのエコシステムとは多数の歯車が噛み合っているようなもので、一つの歯車だけを動かそうとしても、全体はなかなか動きません。フォーラムは噛み合ったいくつもの歯車を同時に動かす機会だと捉えて、今後も年に1回開催していく計画です。

そしてこの10月からは、「早稲田研究推進ワンストップ窓口」を開設する予定です。企業側が共同研究を大学に求める際の相談窓口として機能させるほか、ベンチャー支援を行いたいOBに大学発ベンチャーの紹介をするなど、マッチングのための常設窓口という位置付けです。

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OBの支援も仰ぎ、早大内エコシステムの確立を目指す

――大学発べンチャーのスタートアップの状況はいかがですか?

笠原 早稲田大学は、アントレプレナー人材を育成する文部科学省の「EDGEプログラム」や「EDGE-NEXTプログラム」に、私立大学で唯一採択され、このプログラムを通じて近年、若い有望な企業が多く誕生しています。例えば次世代型全自動歯ブラシを開発したロボティックスのGenicsや、細胞1個単位でゲノム解析を可能にしたbitBiomeなどがその代表。スタートアップの次のステップとして、バリューアップや株式上場でも成功事例を積み重ね、学内にノウハウを蓄積していきたいですね。

朝日 日本最初のユニコーンカンパニーとなったメルカリやAI将棋で知られるHEROZも早稲田大学出身者が立ち上げたベンチャーです。こうした、すでに成功しているベンチャー経営者OBの力を借りながら次のベンチャー育成ができないか、支援体制を考えているところです。シリコンバレーでは、成功した起業家がスタンフォード大学の後輩のためにVC支援を行っています。あのようなエコシステムを早稲田大学内でも構築したいのです。

笠原 これらの取り組みを通じて実現したいのが、シリコンバレーならぬ「早稲田オープン・イノベーション・バレー構想」です。早稲田キャンパス周辺は谷地=バレーになっており、現在グリーン・コンピューティングシステム研究開発センター、スマートエネジーシステム・イノベーションセンター、インキュベーションセンターなどが点在しています。その中核となる産学連携拠点として、2020年4月にはリサーチイノベーションセンターが完成する予定です。100億円もの投資を全額自主財源で行っているところに、私たちの不退転の覚悟が現れています。

LINK-Jには、ファンド系とのマッチングを期待

――我々LINK-Jとしては生命科学分野や医療分野での産学連携が気になるところですが、先生の目からご覧になって、ライフサイエンス産業のオープンイノベーションはどのように映っていらっしゃいますか?

笠原 ライフサイエンス分野の技術革新の裏では、実は私が研究してきた並列化コンパイラ技術が役立っておりまして、非常に興味を持って医療の進歩を見ています。ゲノム解析が加速度をつけて進んでいるのも、スパコンを超える計算が可能になったからなのです。その他、特に医療機器関連では、情報系の技術によって患者さんにとっても医師にとってもより良い治療環境が次々と実現しています。

例えば、従来は難しいとされていたカプセル内視鏡カメラでの大腸撮影について、リアルタイムでカメラ内自動画像解析を行い、腫瘍等が認められる箇所の画像だけをワイヤレスで体外に送信する方法が可能になりつつあります。放射線照射でがん病巣だけを狙う、「夢の治療法」と呼ばれる重粒子線がん治療では、従来1回の照射に50分かかっていた計算が9秒まで短縮され、1日あたりに治療できる患者人数を大幅に増やすことができました。この他、手術支援ロボットや超音波の遠隔診断でも、早稲田と医療機器メーカーとの連携で新しい医療技術が生まれています。今後も製品開発において、企業だけではできない課題解決を大学が手伝う場面は増えていくことでしょう。

――イノベーションを生み出すアカデミア。それを社会実装する産業界。その両者をつなぐのが私たちLINK-Jの役割だと私どもは思っています。最後にLINK-Jへの期待をひとことお願いします。

笠原 LINK-Jに期待しているのは、ビジネス界と大学とのマッチングですね。技術を使う企業だけではなく、技術とそれが社会に与える恩恵に興味を持つ銀行、証券、ベンチャーファンドとのマッチングに大いに期待をしています。先日、LINK-Jのイベントに参加したときは、実際にファンド系との人脈づくりが進み、一緒にビジネスチャンスを作ろうという動きにつながっています。

朝日 LINK-Jのイベントで、若手起業家に講演の場を与えてもらえたのにも感謝しています。本人たちのモチベーションアップにもつながりますし、広報活動にもなり、それがきっかけでVC支援のチャンスも広がります。今後ともよろしくお願いします。

――ありがとうございます。

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笠原博徳氏(中央)、朝日透氏(右)、樋原伸彦氏(左)

kasahara.png笠原 博徳 氏 早稲田大学副総長(研究推進・情報化推進担当)教授 工学博士 IEEE Computer Society President 2018
1985年 早稲田大学大学院理工学研究科 電気工学専攻 博士課修了。カリフォルニア大学バークレー客員研究員。86年 早稲田大学理工学部専任講師。88年助教授。89-90年イリノイ大学スーパーコンピューティング研究開発センター客員研究員。17年IEEE Fellow、日本工学アカデミー、日本学術会議連携会員。経済産業省・NEDO"並列化コンパイラ"、"情報家電用マルチコア"等の国家プロジェクトリーダー、IEEEコンピュータソサイエティ理事、戦略計画委員長、文部科学省情報科学技術委員会等、国内外学会、省庁等245以上の委員歴任。

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