第四回となる今回は、ICTやAI技術の進歩によって、新たなサービスや価値が生み出されることでもたらされる未来の医療へのインパクトついて、鎌田富久氏にお伺いしました。
AIとICTで未来の医療・ヘルスケアはどう変わるのか
あらゆる分野でイノベーションの原動力となっているAI(人工知能)とICT(情報通信技術)、医療やヘルスケアの分野をどう変革して行くのか。その動向と未来の姿について考えてみる。
日本の高度な医療は世界的にも競争力がある。AIの応用先としても医療分野は有望だ。日本には、大量のCTやMRI、エコーやX線などの医療画像がある。CT装置、MRI装置ともに、日本は世界で最も多く保有する国の1つである(人口あたりの保有台数)。装置の進化で、医療画像は年々高精細になっており、撮影枚数も増えている。一方、それらを読影する放射線診断専門医の不足は深刻化しており、負担が増えるばかりだ。医療画像と診断した疾患のデータ(アノテーション)をAIに学習させて、診断支援することが期待されている。いよいよ実用化段階に入ってきた。医師の負荷を軽減することができる。
AIは、様々な検査データと疾患の相関関係も明らかにする。大量の症例データを学習することにより、考えられる病気の可能性を示唆することができる。血液などの体液からゲノム変異を網羅的に解析して、がんの早期診断を可能にするリキッドバイオプシーなども有望だ。最新の研究成果や論文データも学習対象にすれば、リアルタイムに世界の最先端の知見を取り込める。人間の医師の場合、経験上あまり扱ったことのないめずらしい病気には気づかないこともあるかもしれない。AIによって医師の見落としを防ぎ、若手医師の育成にも使える。AI医療先進国となり、世界をリードするブレイクスルーを期待したい。
研究開発投資が大きく、開発に10年以上の長い時間がかかるのが創薬の分野だ。AIは、医薬品開発の様々なプロセスにも応用されつつある。目的の機能をもつ化合物の探索や新薬の設計、リスクの予測など、開発期間が短縮されて成功の確率が高まれば、結果コストも下げられる。AIによって、薬が効く患者をマッチングするという応用もある。あらかじめターゲットとなる患者を絞り込むことによって、治験を効率化できるかもしれない。医薬品も他の産業と同じように、多品種少量の製品開発、ユーザ(患者さん)にパーソナライズしたサービス(個別化医療)を提供するという話になる。データ解析とマッチングによる最適化でユーザの満足度を上げるという時流に乗った展開である。
新型コロナウイルス感染症対策の一環として、オンライン診療の活用が拡大された。疾患に限定なく、初診からオンラインで受診できる。薬局での服薬指導もオンラインで可能となった。新型コロナウイルス感染症かもしれない患者も、一般の患者も病院に行くのを躊躇してしまうが、オンラインで診療可能なら重症化を防げる。現在は、特例的な措置だが、これを契機に問題点を洗い出し、実用化が一気に進むことを期待したい。病院への往復時間と待ち時間がなくなる。高齢者の在宅医療や地方の過疎地の医師不足、医療機関がない無医地区の問題など、遠隔診療も必要に迫られている。5Gの時代がはじまり、医療施設をつないで高度な医療を遠隔で提供することも可能になりそうだ。
ICTの進化で、これからは患者がつながる時代となる。少し先の未来では、家庭で手軽に検査や医療サービスが受けられるようになるだろう。血液や尿、唾液などの検査を家庭でも簡単にできる機器が開発されて、それらの検査データをネットでクラウドに送り、AIで解析することによって、精度の高い診断サービスを受けられる。ゲノム検査なども組み合わせれば、個人に最適化した医療サービスも可能になる。そもそも病気にならないように、生活習慣、食事や睡眠、運動のデータも組み合わせれば、「未病ケア」を推進できる。先制医療、予防医療へとつながる話だ。病院に行くのは、よほどの重症という時代になるかもしれない。
患者がつながることにより、全体的に医療リソースの最適化を進め、大幅な医療費の削減へとつなげたい。このようなAIとICTをフル活用した未来の医療の実現には、課題はいろいろある。診断の責任、安全性の担保、個人情報の取り扱いの注意、保険認定、規制緩和、社会的理解などが考えられる。日本の国民医療費は40兆円を超えており、さらに高齢化で増加傾向にある。この課題の深刻さを考えれば、医療費削減につながるイノベーションには一歩も二歩も踏み出すべきであろう。既存の枠組みにとらわれないスタートアップのチャレンジが期待される。次回、そんな医療分野の課題に挑むスタートアップに登場していただきたい。
東京大学大学院 理学系研究科情報科学 博士課程修了。理学博士。東京大学在学中の1984年にソフトウェアのベンチャー企業ACCESS社を設立。組込み向けTCP/IP通信ソフトや、世界初の携帯電話向けウェブブラウザなどを開発。携帯電話向けのコンパクトなHTML仕様「Compact HTML」をW3C(World Wide Web Consortium)に提案するなど、モバイルインターネットの技術革新を牽引した。2001年に東証マザーズに上場し、グローバルに事業を展開。2011年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボット、AI、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げ中。著書「テクノロジー・スタートアップが未来を創る-テック起業家をめざせ」(東京大学出版会)にて、起業マインドを説く。