Menu

インタビュー・コラム

【News Letter vol.23】新たな再生医療プラットフォームを 柏の葉スマートシティから発信する

  • twitter
  • Facebook
  • LINE

NewsLetter_23_1.png この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.23のインタビュー記事を掲載しております。
☜PDFダウンロードはこちらから

2022年秋、がんをはじめとする重篤な疾患に関する再生医療等製品の事業化における課題解決のために、大学や研究機関、ベンチャー企業、製薬企業などにプロジェクト推進の場を提供する「再生医療プラットフォーム」の構築が、帝人株式会社、株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)、三井不動産株式会社、国立がん研究センターの4者によって、柏の葉スマートシティでスタートしました。今回は、国立がん研究センター先端医療センター長の土井俊彦氏と再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)会長の畠賢一郎氏に、再生医療の課題と今後についてお話をうかがいます。

FIRMの目標は多様な経験を持ち寄り、再生医療産業を作ること

――まずお二人にこれまでのご経歴と現在のお仕事についてお尋ねします。

土井 私はもともと肝臓内科医で、細胞傷害性リンパ球のCD8+T細胞などの機能を研究していました。その中にはPD-1やサイトカイン、細胞接着分子等もあり、当時の研究が最近になってようやくがんの治療に使われるようになってきています。一方、臨床では内視鏡を専門にしていて、がんの初期治療に用いられるESD(内視鏡的粘膜下剥離術)における止血鉗子を考案し、製品化した経験もあります。こうしたモノづくりへの関心が高じて薬というモノの臨床開発に関わるようになったのです。

2022年には、国立がん研究センターで先端医療開発センター(EPOC)と橋渡し研究推進センター(CPOT)のセンター長に就任し、現在、アカデミアの先生たちを中心とした固形癌をターゲットとする再生細胞医薬品の第Ⅰ相試験チームでお手伝いをしています。がんゲノム医療ががんを引き起こすドライバー遺伝子を持つ限られた患者さんを対象とするのに比べ、再生細胞治療をはじめとする再生医療等製品はタンパク質レベルをターゲットとするため、多くのがん患者さんたちに届けられる可能性があります。一人ひとりの患者さんに合ったものにカスタマイズ化できるメリットがあるのです。

0011.jpg

土井 俊彦 氏 (柏の葉ライフサイエンス協議会 会長)

 私は歯科医として、地元愛知県の渥美半島で、歯科医院を開業しようと思っていた人間です。ところが、名古屋大学大学院時代に教授から口腔粘膜細胞の培養というテーマを与えられ、ティッシュエンジニアリング領域に関心をもつようになりました。1999年に大学発ベンチャー企業を日本に1,000社作るという目標が政府のミレニアム・プロジェクトで掲げられ、ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)が創業されました。名古屋大学の人間としてお手伝いをしていた私は2004年にJ-TECに入社し、再生医療との付き合いが本格的にスタートします。創業当初は、再生医療の事業、研究・開発、申請・承認、製造・販売といった機能をすべて担う必要があったため、試行錯誤の連続でした。

そうした中で、再生医療に関心のある企業が集まって勉強会をしようという目的で、2011年に再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)という組織が立ち上げられ、私たちも参加することとなりました。最初は14社でしたが、現在会員は約200社です(2023年1月時点)。FIRMは、再生医療のサポーティング企業が集まる「サポーティングインダストリー委員会」、再生医療等製品の開発・製造を考える企業が主となる「再生医療等製品委員会」、そして再生医療安全性確保法の適切な活用を踏まえた合理的な再生医療等製品の受託開発・製造を担うCDMO(Contract Development and Manufacturing Organization)が集まる「特定細胞加工物等委員会」の3つの柱を中心に構成されています。

私は2019年よりFIRMの会長を拝命していますが、この3領域の企業が多様な経験を持ち寄り、活発な意見交換ができる場を提供していくことで、日本に「再生医療産業」を作り、ゆくゆくは「再生医療文化」を構築することに貢献したいと考えています。

0057.jpg

畠 賢一郎 氏(一般社団法人 再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)会長)

再生医療等製品の開発では、レーシングカーより大量生産の乗用車を目指すべき

――わが国の再生医療の現状と課題について、どのようにお考えになっていますか。

 2013年11月の薬事法改正に伴い、「再生医療等製品」という新たなカテゴリーが作られ、それに伴う条件及び期限付製造販売承認制度も導入されました。このことは、わが国の再生医療の発展に大きな流れを作り、現在17品目が再生医療等製品の承認を受けています(2023年2月現在)。日本はこれまで「細胞を用いた組織再生」の開発が盛んでしたが、近年は、CAR-T細胞療法に代表される遺伝子治療や細胞治療の開発が海外で積極的に開発され、再生医療の多様性が明らかになってきました。逆にみれば、多くの人たちが再生医療に「夢の医療」という期待感を抱きながらも、その目指すゴール、用いる原料など、取り組む人たちによって表現の仕方が異なり、概念が明確化されないまま研究開発が進んできたと言うこともできます。現在、治療に結びつくシーズが生まれてきている中で、それをどう社会実装していくかが問われていると思います。

土井 私は2つの課題があると思います。1つは、臨床試験をできる環境の整った病院が日本にはほとんどないこと。2つめは、再生医療等製品が従来の医薬品や医療機器とはまったく概念が違うものだということです。企業から病院に完成品が届き、使用する医薬品や医療機器に比べ、再生医療等製品は、例えば原料の細胞採取は病院で行い、それを企業に渡して加工した後に再び病院に戻され、患者さんに用いられます。すると原料の採取から院内の輸送に至る工程の中では、細胞の品質保証は病院側の人間が行わなければならない。その概念がこれまでの日本の病院にはなく、そういった臨床試験の経験も皆無でした。海外でCAR-T細胞療法の開発がいち早く進んだのは、そのような臨床研究のシステムが整っていたからです。海外では、実験室レベルから始まる様々な工程において、その品質を保証する規格化されたプラットフォームを研究者とCDMOが共に作り上げてきました。

一方、日本のアカデミアの研究者は、自身の研究室でのやり方で進めようとするあまりCDMO側との意思疎通があまり図られていませんでした。論文投稿時に高評価を得るために、研究者は最高の材料、最高の条件の下で結果を出そうとします。しかし、その条件をCDMOが忠実に再現して大量生産につなげることは難しいのです。これを私はレーシングカーと大量生産の乗用車の比喩でよく説明します。レーシングカーは最高の性能を持ちますが、大量生産できません。一般公道を走るだけなら、大量生産の乗用車で十分です。多くの患者さんに再生医療等製品を届けるという意味で、研究者は大量生産の乗用車を目指すべきなのです。

 まさにその通りですね。私たちは、それぞれの再生医療等製品を社会実装できる合理的な手法を確立することを「製品の作り込み」と表現しています。その中で大切なのは、アカデミアの先生方とCDMOとの「合意形成」です。研究開発から事業化までの障壁を「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」と呼びますが、製品化から事業化までに横たわる「ダーウィンの海」を越えることで、初めて多くの患者さんに再生医療の恩恵が届きます。製品の作り込みは、この最終目標から逆算してステップを踏んでいくバックキャスティングの考え方で行わなければなりません。こうした考え方をCDMOは医療機関の先生方と、単なるユーザーとサプライヤーの関係ではなく、胸襟を開いて議論できる場を作るべきであり、またそうした人材を育成する努力を怠ってはならないでしょう。

0046.jpg

創薬開発・事業化の加速を促す新たなプラットフォーム構築を目指す

――柏の葉を拠点とした「再生医療プラットフォーム」が2022年秋に立ち上がりました。発案者の一人である土井先生にその背景を紹介いただければと思います。

土井 シカゴ大学は院内に大きなオープンラボを設置しています。近隣施設の研究者の製造プロセスを受託する創薬プラットフォームが機能し、いくつもの臨床試験が行われ、新たな製品が生まれています。ここでは、Douglas Bishop博士が作られたSOP(標準作業手順書)をすべての製造プロセスで遵守するというルールがあり、どのプロジェクトも同じ品質が保証されています。一方、日本で再生細胞医薬品の開発をしたいというアカデミアの先生はたくさんいらっしゃる。ではそれを行うとなると、申し訳ないけれど国立がん研究センター(NCC)でできることには限界がある。

というのも、NCC東病院でも過去に製造プロセスを作った経験はありましたが、限られた予算の中では、実際に細胞を提供できる患者さんは年間数十人程度しか見込めませんでした。ただSOPを作るノウハウは既にNCCもある程度持っていて、カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)の規制対応などでは、CDMOのデータを基に製薬企業やPMDAにも受け入れられてきました。通常このようなSOPはアカデミアや製薬企業が用意するのですが、CDMOなど製造サイドの方が加わったことで創薬プロセスが加速したと感じています。

そこで、これと同様のやり方でシカゴ大学のようなプラットフォームを日本で作れないものかと三井不動産の方に相談したところ、柏の葉に建設中の新たな研究棟(三井リンクラボ柏の葉1)にCDMOを誘致してベッドサイドでノウハウを共有しながら開発を進めたらどうかということになりました。海外展開も視野に入れたCDMOにも参加を仰ぐことで、研究・開発から事業化まで一貫してプロジェクトを推進できる新しい「再生医療プラットフォーム」の構想に発展したのです。

 柏の葉は、内閣府が指定したGreater Tokyo Biocommunity (GTB)の拠点の一つであり、再生医療プラットフォームはナショナルコンソーシアム的な特徴ももっています。ともすればコンソーシアム的な取り組みは集まること自体が目的になりやすいのですが、柏の葉では目的志向型のプラットフォームを目指してもらいたい。ここで再生細胞医薬品の開発・事業化という1つの成功事例が生まれるなら、それは全国の他の拠点でも応用・展開できる医療研究開発モデル、社会実装モデルになることは間違いありません。また、海外展開できる日本発の再生医療等製品を作ることは今後の大きな課題です。そのゴールをアカデミアの先生方とCDMOが共有できる場になってほしいものです。

0061.jpg

柏の葉スマートシティから全国へ、再生医療をムーブメントに

――最後に今後の再生医療の発展に向けた抱負についておうかがいします。

 日本の再生医療環境は必ずしも楽観視できる状態ではありません。資金面、人材面の問題をはじめ、アカデミアの先生方のニーズに対応できるくらい潤沢にソリューションがあるのかなど、課題は山積しています。わが国の再生医療の発展において最初に着手すべきは、日本の勝ち筋や戦略を何らかの形で合意形成することだと思います。たとえば立場によって様々なイメージで語られている再生医療というものをどう整理しカテゴライズしていくか、アカデミアの先生方と企業との間で合意形成ができているか、海外とはどう渡り合っていくのか、といった点を一つ一つ整理することが必要になるでしょう。その上でとにかく成功事例を生み出し、人材を育成する。海外展開については、海外からのインバウンドの患者さんをどう集めるか、海外への導出方法、出ていく先は欧米なのかアジアなのかなど、テーマはいくつもありますが、まずは同じ土俵で議論をスタートさせることが大切です。

土井 日本のがん医療は、「均てん化」から「集約化」へと考え方を変える時期にきていると思います。例えば海外ではその治療ができる拠点病院が地域に1つと限定されているため、必然的に患者さんはその施設に集まってきて、資金が動き、開発も進みます。日本のがん医療の均てん化政策は、日本で再生医療の技術プラットフォームを広げていく上では障害になっていましたが、今回の再生医療プラットフォームの試みはそれを越えていくものだと位置づけています。いち早く再生細胞医薬品を患者さんに届けるというゴールは、研究者もCDMOも同じです。いろんな立場の人たちや企業が柏の葉スマートシティに集まり、FIRMや国とも連携しながら、研究開発から事業化までを一気に加速させる。そこで得られたノウハウを全国に広げることで、新たな拠点を作る。この柏の葉から日本に再生医療のムーブメントを起こしていければと思っています。

doi.png土井 俊彦 氏 柏の葉ライフサイエンス協議会 会長
国立研究開発法人 国立がん研究センター 先端医療開発センター(EPOC) センター長 / 橋渡し研究推進センター(CPOT)センター長

1989年岡山大学医学部卒業、1994年岡山大学大学院医学研究科第一内科修了。1994年国立病院四国がんセンター内科。2002年国立がんセンター東病院内視鏡部。2004年同院内視鏡部消化器内視鏡室医長/病棟部病棟医長。2009年7月から2014年5月同院治験管理室室長併任。2012年から消化管内科長を経て2013年早期・探索臨床研究センター先端医療科長/消化管内科長併任。2014年から2022年まで副院長(研究担当)を兼務。2015年から先端医療科科長、先端医療開発センター新薬臨床開発分野長。2022年4月より先端医療開発センター長兼橋渡し研究推進センター長就任。医学博士。日本内科学会認定医・指導医、日本消化器病学会認定指導医。

hata.png畠 賢一郎 氏 一般社団法人 再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)会長

1991年広島大学歯学部卒業、歯科医師免許取得後、1995年名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了、同年名古屋大学医学部附属病院歯科口腔外科医員、2002年名古屋大学医学部附属病院遺伝子・再生医療センター助教授を経て、2004年ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)入社、取締役研究開発部長、2017年富士フイルム再生医療事業部長兼RD統括本部再生医療研究所長、J-TEC代表取締役社長執行役員。2019年より再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)会長に就任。再生医療領域における産学連携を積極的に推進する役割を担っている。

pagetop