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インタビュー

発想の出発点は「どうすれば患者さんに研究成果を一刻も早く届けることができるか」 末松氏が考える「AMEDの役割」

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「スペシャルインタビュー」第4回は、AMED(Japan Agency for Medical Research and Development:日本医療研究開発機構)初代理事長を務める末松誠氏にお話をうかがいました。2015年に誕生した同機構は、「医療の分野における基礎から実用化までの研究開発が切れ目なく行われ、その成果が円滑に実用化されるよう、大学や研究機関などが行う研究を支援し、研究開発やそのための環境の整備に取り組む(ウェブサイトより引用)」ことを目的に設立されました。初代理事長に就任するまでの経緯、AMED創設当初からのプロジェクトである、希少・未診断疾患の早期診断等の研究を推進するプログラム「IRUD(未診断疾患イニシアチブ)」の理念などについてお話を伺いました。

基礎研究の経験を経てAMED理事長へ

――先生のご専門領域(研究分野)について教えて下さい。

現在は基礎研究(代謝生化学)が専門ですが、もともとは臨床(消化器内科)です。臨床領域から基礎領域に転向するきっかけとなったのは、1991年のカリフォルニア大学サンディエゴ校への留学経験でした。同校では、医学部とも工学部とも異なる「応用生体医工学部」で微小循環に関する基礎研究をしていました。同校はバイオエンジニアリングの先駆け的存在であり、まさに最適の研究環境でした。

そこで、同校で病理学の教授を務める宮井克己先生(故人)と出会いました。先生は、帰国後は再び臨床の世界に戻るつもりだった私を自宅に招待すると、「末松君、基礎は良いぞ」というのです。曰く「真っ白なキャンバスに、自分の好きな絵を描くことができるぞ」と。「問題は、その絵を誰か買ってくれるのかということだ」。当時の私は、その言葉の前半部分に強い感銘を受けて、基礎研究を続ける決心をしました。

帰国後、慶應義塾大学医学部医化学教室の講師のポストに着きました。そこで初めて、先生の言葉の後半部分の意味を知りました。医化学教室では、研究費は全て自分で獲得しなければなりませんでした。内科学教室との環境の差に、最初の数年間は本当に落ち込みましたね。そこで、留学時代の課題は諦めて、方向性を見直すことにしました。研究費については、その後は科研費などの取得もあり、また複数の企業と受託研究契約を締結するなどして、徐々に解決していきました。

――理事長就任に至るまでの経緯についてお聞かせください。

理事長就任の要請が来た時は驚きました。就任すれば、研究から離れる必要があります。一方で、「誰かが引き受けなければいけない仕事だ」という重要性も理解していました。当時、大型のプロジェクトの採択が決まった直後だったこともあり、まさに「断腸の思い」で理事長就任を決断しました。要請を受諾して、理事長予定者として任命されてから発足日(2015年4月)までの半年間は、設立準備に費やしました。

就任して2カ月目に、HIROs(Heads of International Research Organizations)の会議に参加しました。HIROsは、世界のFunding Agency(資金配分機関:公募を通じて研究開発課題を募集し、優れた研究に対して資金を配分する機関。例:米国国立衛生研究所)の代表者が参加する組織です。当時の議長は、「国際ヒトゲノム計画」でリーダーを務めたフランシス・コリンズ長官。この会議に出席できたことは、私にとって僥倖でした。会議に参加したことで、「日本だけの課題」と思っていたことが、実は世界共通の課題であることも知りました。

――具体的にはどのような課題があったのでしょうか。

たとえば、公的資金を研究費として運用する以上、その原資を負担する納税者が納得できる用途でなければならない。しかし研究者は、研究の自由度は保証されてしかるべきだと考えます。Funding Agencyは、両方の立場を理解した上で、両立させる必要があります。とはいえ、その「最適解」はまだどこにもありませんし、誰も知りません。これは、現在でも世界中のFunding Agencyにおける共通の課題です。

希少難病の情報共有を実施

――2つの相対するものを両立させるのは非常に難しいものがありますね。

その1例に「データ共有」問題があります。本来、研究者はデータの公開には消極的です。一方で、データを共有することにより研究開発が進むことがあります。HIROsは、「GloPID-R(感染症のアウトブレイクに対する国際連携イニシアチブ。参加メンバーは各国政府および政府系・非政府系の研究支援機関)」を2013年に設立したのですが、2016年にGloPID-Rのメンバーが、世界中で猛威を振るっていたジカ熱に関するデータ共有を呼びかけました。AMEDもその呼びかけに協力しました。それによって、ジカ熱の治療法はもとより、(妊娠中のジカウイルス感染によって生じる)小頭症の問題など、周辺領域の研究も加速するからです。事実、これ以降のジカ熱のデータ共有は大きく進展しました。

――この国際連携イニシアチブが成功した理由は何でしょうか。

成功要因のひとつは、研究対象が「ジカ熱」、すなわち感染症だったことがあります。もし、これが他の疾患領域であれば、研究者同士のライバル意識が強いため、成功しなかったかもしれません。また、感染症の研究者にとっての第一の敵は、他の研究者ではなく「病原体」であるため、協力が得られやすかったのかもしれません。

――「IRUD(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases:未診断疾患イニシアチブ)」では、データ共有を進めているそうですね。

希少・未診断疾患であればデータ共有にあたって研究者の協力が得られると考え、AMED設立年度から「希少・未診断疾患の情報共有」に取り組んできました。IRUDでは、国内でおよそ420の医療機関がネットワークを構築して、診断困難な患者さんに関する情報を収集します。収集された情報は、全国の拠点病院に設置された「IRUD診断委員会」で検討され、場合によっては遺伝子検査を実施します。その結果、今日までに約2,500家系が登録され、ケースマッチング(同じ臨床症状を有する患者のゲノム情報を比較して確定診断に利用する)実施例も15~16例に上ります。

希少難病のほとんどは、未だ有効な治療方法が見つかっていません。でもせめて診断だけはつけてあげたい。あるいは、ご両親のゲノム情報と比較することで、疾患の原因がご両親の遺伝ではないことを証明できるかもしれない。それは、子どもに対する両親の罪悪感を取り除くことにもつながります。まだ疾患を治療できるレベルではありませんが、これも医療の重要な側面だと思います。長年にわたって診断名不明だった患者さんが、IRUDに登録して約半年で確定診断することができたという話を聞くと、「この仕事をして良かった」と思います。

――いまだ治療法のない疾患の問題は深刻ですね。

認知症などもそうですね。AMEDでも、認知症に対する研究助成には重点を置いています。さらに地球規模で考えると、薬剤耐性菌による感染症も、将来の脅威になると考えられています。このままでは、2050年の全世界の「感染症による死亡者数」は、「がんによる死亡者数」を追い抜くという報告もあります。こうした状況に対して、新しい抗菌薬や抗ウイルス薬の開発は重要な課題です。

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医療分野における環境整備への取り組み

――新薬の研究開発はどの製薬会社も苦しんでいるようです。

新薬開発における研究開発費は増大し続けており、会社の収益を圧迫し、現在の製薬会社のビジネスモデルは、2030年には崩壊するという予測もあると聞いています。AMEDでは、次世代型医療イノベーション基盤の創成および新たな医薬品/医療機器/再生医療等製品/医療技術の実現を目指して、「CiCLE(Cyclic Innovation for Clinical Empowerment:医療研究開発革新基盤創成事業)」という事業を開始しました。

――CiCLEについて詳しく教えて下さい。

CiCLEは、医療分野の研究開発および医療分野の環境整備を対象とした事業です。研究開発/環境整備に関する提案を募集し、それを実行可能な機関に事業委託するという形で、イノベーションや実用化などの取り組みを支援します。提供される資金は、1課題につき原則1億~100億円。この資金は無利子で提供され、返済期間は事業終了後から15年以内、得られた特許は委託先に帰属するなどの内容となっています。さらに、課題を受託した代表機関とAMEDで最初に達成目標を設定し、目標達成の場合は提供した資金の全額の返済を求めますが、未達の場合には一部の返済が免除されます。つまり、目標未達で委託費が回収できないことも考えられるので、AMEDの責任でしっかり事業が進むよう専門家による指導・助言等も行う予定です。

さらに第3回公募では、新たにViCLE(Venture Innovation for Clinical Empowerment:ヴィークル)を開始します。スタートアップ型のベンチャー企業による医薬品、医療機器、再生医療等製品の実用化に向けた研究開発および環境整備を支援する、新しい枠組みです。事業委託費は1課題につき最大で3億円なので、一般型よりも少額なのですが、必要となる担保は一般型よりも低め(事業委託費の1割)に設定しています。こうした支援事業を通じて、少しでも日本の研究開発を加速させる「追い風」になりたいと考えています。

AIとデータ管理は最大の課題

――そのほかの取り組みについてもご紹介下さい。

その他にも、「倫理審査委員会報告事業(「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に基づき設置される倫理審査委員会の活動を確認するために、運営規則、委員名簿、会議記録などを登録し、幅広く公表するためのシステム構築事業)」にも取り組んでいます。研究機関や医療施設が自分たちの倫理委員会の活動内容を公開するわけですから、貴重なデータの共有事業になると期待しています。

――先生から見た「これから取り組むべき課題」について教えて下さい。

データ共有は、AMEDにおける重要課題のひとつです。たとえば、現在は「医療ICT(情報技術)と診療画像データの統合」の可能性も検討しています。複数のデータベースで管理されている診療画像のデータを統合し、さらに診断情報とも結合できれば、ある1人の患者さんの診断・治療・予後までを切れ目なく関連付けることも可能になります。

病理画像データは、「AI(人工知能)による診断補助技術」とも関係します。現在、臨床現場では「臨床病理医の不足」が問題になっており、AIによる病理診断の補助ができるのではないかと期待しています。しかし、そのAIの学習に用いる「教師データ」をどのように収集するのか。教師データの品質はどのように担保するのか。さらに、AIによる医療技術ができた場合、日々進化するAIを、現行の薬事規制で審査・承認できるのか。私の一期目の任期は5年間で、今年4月から4年目を迎えるわけですが、人工知能とデータ管理の問題は、4年目以降における最大の課題のひとつとなる予定です。

さらに、「リバース・トランスレーショナル・リサーチ(基礎研究の成果を臨床応用に結びつける従来の手法とは逆に、臨床現場における多種多様な情報を集積・解析し、新しい基礎研究としてフィードバックする手法)」にも注目しています。特に細胞治療などの新たな治療法を評価するには、患者さんのデータの収集・分析が不可欠です。実際に事業を実施するには、患者さん一人ひとりに対する情報提供とデータ取得に対する同意が必要になるため、決して簡単ではありません。しかし、こうした分野でも研究開発を進めたいと考えています。

――これから、AMEDをどのような機関にしていきたいとお考えですか。

どうすれば異なる研究者間の協力が得られるかを考え、ファクトデータに基づいて政策・立案を進めたいと考えます。希少疾患領域を対象とした「IRUD」は幸いなことにある程度の成功を収めましたが、この成功を足掛かりとして、さらに新規の治療法の開発や診断精度の向上等を進め、他の疾患領域も同じようなデータシェアリングの概念を展開していきたいと考えています。

AMEDは、各省間でバラバラに管理されていた研究予算を一元化し、重点的・戦略的に配分する機関として誕生しましたが、私はよく「AMEDは単なるFunding Agencyではありません」と説明しています。ではAMEDの役割とは何か。AMEDのミッションはただひとつ、「研究開発の成果を一刻も早く患者さんに届けること」それだけです。私たちは、このミッションを加速する研究を推奨し、支援します。そしてこのミッションを達成したいということが、いまも私がここで理事長という仕事を続けている、大きなモチベーションでもあるのです。

sm_prof.png 末松誠氏 氏 日本医療研究開発機構理事長(AMED)理事長
慶應義塾大学医学部を卒業後、内科学教室、中央臨床検査部に進む。1991年にカルフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部に留学。帰国後は慶應義塾大学医学部医化学教室に進む。2001年に同教授に就任。2007年には慶應義塾大学医学部長に就任する。その間、文部科学省リーディングプロジェクト「細胞・生体機能シミュレーションプロジェクト」拠点代表者、日本学術振興会グローバルCOEプログラム「In vivo ヒト代謝システム生物学拠点」リーダーなどを務める。2015年より現職。

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