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イベントレポート

シンポジウム「マイクロバイオーム研究開発の最前線」を開催(1/25)

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1月25日,マイクロバイオーム(微生物叢)をテーマとしたシンポジウム「マイクロバイオーム研究の最前線~カリフォルニア大学サンディエゴ校ロブ・ナイト教授講演会~」が,日本橋ライフサイエンスハブ(東京・日本橋)で開催されました。今回のシンポジウムは,LINK-JとUCサンディエゴとの間で2017年より三年間にわたり、同校の著名な研究者を招いたイベントを行うことを決定しており、その第一弾となります。マイクロバイオーム研究の第一人者として世界的に著名なロブ・ナイト博士による初来日講演となった本イベントでは、日米のマイクロバイオームの専門家5名が登壇し,それぞれの研究課題について発表を行いました。

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[挨拶] 和賀三和子氏:カリフォルニア大学サンディエゴ校 国際アウトリーチディレクター
[座長] 黒川 顕氏:国立遺伝学研究所生命情報研究センター教授
[講演] ロブ・ナイト博士:カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部(小児科)・ジェイコブズ工学部(コンピュータ科学・工学科)教授兼マイクロバイオーム・イノベーション・センター創設ディレクター
サンドリン・ミラー=モンゴメリー博士:UCサンディエゴ マイクロバイオーム・イノベーション・センター エグゼクティブディレクター
松木隆広氏:ヤクルト本社中央研究所基盤研究所共生システム研究室室長
岩崎 渉氏:東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻准教授
森 宙史氏:国立遺伝学研究所生命情報研究センター助教

講演①「Our Dynamic Microbiomes and Gut Health」ロブ・ナイト博士

講演①のポイント
  • マイクロバイオーム(微生物叢)はヒトの健康と慢性疾患の発症に大きく影響している
  • ヒトの腸内マイクロバイオームをマウスに移植することで,ヒトの病態を引き継ぐことが示されている
  • ITとの融合などによって,マイクロバイオームが人々の健康増進に役立つ時代がくるだろう

マイクロバイオームは,ある環境における微生物の集合体を指す概念です。たとえばヒトの場合,口腔,大腸,皮膚,膣などで,それぞれマイクロバイオームが形成されています。ヒトの体内に存在する微生物の細胞の総数は約39兆個で,ヒトの全細胞(約30兆個)を上回りますが、遺伝子レベルでは、ヒトの遺伝子が2万だとすると、微生物は200万から2000万もあるため、ヒトの遺伝子は全体の1%にすぎません。微生物叢の研究がいかに重要かということを表しています。

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マイクロバイオームの研究はDNAのシーケンスデータを解析することですので、ビッグデータの問題でもあります。例えば、NIH(アメリカ国立衛生研究所)のHMP(Human Microbiome Project)では250人分のサンプルで、4.5兆塩基のデータを解析しました。糞便1さじ分は、DVD1トン分ものデータになります。

ナイト博士によると,マイクロバイオームと疾患との関連については,最近まで懐疑的な見方が占めていました。博士曰く「私たちの研究はずっと【クレイジーだ】と思われてきた」。しかしその後の研究で,ヒトのマイクロバイオームは肥満,炎症性腸疾患,動脈硬化,自閉症,パーキンソン病など様々な疾患と関連することがわかってきました。

分析手法として、マイクロバイオームの高スループット解析を可能にするQIIMEというコンピュータサイエンスのツールを使って健常者と疾患のある人のマイクロバイオームを視覚化し、微生物叢の変化を動的に調べることが行われています。現在では「腸内マイクロバイオームを解析すれば,その人が肥満かどうかを90%の精度で当てられる」と博士は言います。同じテストをヒトゲノムを対象とした遺伝子検査で実施した場合,その精度は57%に留まるとされます。

さらに,太ったヒトの腸内マイクロバイオームを健常のマウスに移植すると,マウスも同様に太り、痩せたヒトの腸内マイクロバイオームを太ったマウスに移植すると、痩せることが確認されています。ヒトからヒトへの移植で肥満を解決できるかどうかはまだ不明ですが,博士は「潜在的な可能性はあると思う」と考えます。同様に,多発性硬化症患者の腸内マイクロバイオームをマウスに移植すると,移植マウス群の多発性硬化症の発症率が有意に高まるという実験結果もあります。

こうした知見を踏まえて,ナイト博士らは腸内マイクロバイオームを任意の方向に修正・変更することを目指して研究を進めています。「糞便移植」はその方法のひとつです。たとえば,抗菌薬治療に伴う腸内細菌叢の交代によって生じる「クロストリジウム・ディフィシル腸炎」では,同菌が存在しない「健全なマイクロバイオーム」を腸炎の患者に糞便移植することで,最初の数日で臨床的症状は消失し,細菌叢が健全化することがわかりました。抗菌薬の治療有効率が30%に留まるのに対して,糞便移植の治療有効率は90%に上るといわれています。

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糞便移植というと極端な方法のように聞こえますが,ナイト博士は,「マイクロバイオームは食生活の改善でも変えられる」と言います。博士によると,健全なマイクロバイオームの維持には「多くの種類の野菜を食べることが重要」であり,「野菜がマイクロバイオームに及ぼす影響は(年齢や性別より)はるかに大きい」と言います。「年齢や性別は変えられないが,食生活を変えることはできる」と訴えました。

ナイト博士が考えるマイクロバイオーム活用の理想は,「マイクロバイオームの情報を活用した健康管理の実現」です。たとえば,便を流すとその日の腸内マイクロバイオームの状態を瞬時に解析して表示する「スマートトイレ」。さらに,現在の腸内マイクロバイオームの状況を評価して,現状を改善するには(または現状を維持するには)どうすればよいか教えてくれる「マイクロバイオームGPS」など。講演で博士は,様々な分野・領域の研究者や企業が協力してこの難題に取り組んでいることを明かし,今後の新たな展開に期待を示しました。

講演終了後には,ナイト博士と来場者の間で質疑応答が行われました。「私たちがヒトのマイクロバイオームを改善に理解するまでには,どれくらいかかるのだろうか」との質問に,博士は「完全な理解にはまだ時間が必要だろう」と答えました。その一方で,研究成果の応用については,「完全な理解」を待つことなく積極的に応用されるだろうとの予測を示しました。特にパーキンソン病,炎症性腸疾患,糖尿病など,いまだ満たされていない疾患については,マイクロバイオームの研究成果が,多くの患者の助けになるだろうとの展望を述べました。

講演②「Center for Microbiome Innovation: building synergies between academia expertise and industry applied knowledge」サンドリン・ミラー=モンゴメリー博士

講演②のポイント
  • マイクロバイオーム・イノベーション・センターの使命は「産学連携を通じて研究成果を開花させる」こと
  • 将来的にはマイクロバイオームの改善を通じて健康長寿を実現することができるだろう

マイクロバイオーム・イノベーション・センターは,カリフォルニア大学サンディエゴ校のデビッド・ブレナー氏(同校医学部長)、アルバート・ピサノ氏(同校工学部長)、ナイト博士他のビジョンに基づいて設立されました。ブレナー氏は,UCサンディエゴをマイクロバイオーム分野における世界トップクラスの拠点にすること,そしてピサノ氏はその成果を産学連携の中で開花させたいと考えました。その思想は,センターが掲げる「4つのI」と呼ばれるミッション,すなわち「Infrastructure(インフラ整備)」,「Innovation(イノベーション)」,「Instruction(教育)」,そして「Industrial Interaction(産学連携)」に反映されています。

ミラー=モンゴメリー博士がリーダーを務めるチームは,マイクロバイオーム・イノベーション・センターにおいて,産業界とアカデミアのパートナー関係の構築を担当しています。博士自身も,もとはアカデミア側ではなく,バイオテック企業やベンチャー企業などでキャリアを重ねてきた,いわば産業側の人でした。現在はその経験を活かして,産業側とアカデミアの橋渡し的役割を担っています。センター内には120人以上の研究者リーダーがおり,それぞれマイクロバイオームに関する研究に取り組み,競業しているといいます。博士は「私たちのチームの役割は,いわば産学を結ぶ【通訳】である」と表現し,こうしたチームが産学連携の効率を高める上で重要だと述べました。

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同センターにおけるマイクロバイオームの応用研究は、フードミクス、がん免疫や代謝性疾患、脳腸相関など、多種多様です。対象は,ヒトに限らず,植物、薬品、食品、コスメやエネルギー分野まで多岐にわたります。コホート研究では、HMP、EMP(Earth Microbiome Project)、AMG(American Gut Project)など5つについて紹介がありました。データ解析についても専門家が取り組み、QIIMEというオープンツールによる標準化の重要性、抗生剤の効果を可視化したツールなどが取り上げられました。これらのツールを使うことで、構成している組成物などを解析することができ、代謝産物との相関を調べることができます。

様々な成果を受けて,ミラー=モンゴメリー博士は「将来的にはマイクロバイオームの改善を通じて,健康長寿の実現が可能になるだろう」と考察します。とはいえ,現在はまだ「探索の段階」であり,同センターの研究成果が製品に結びついた例は,まだないと言います。博士は,法規制などの理由から,当初の応用領域としては「スキンケア用のコスメティック(化粧品)などは比較的早く実用化するのではないか」との見解を示しました。

産学連携では,同センターには2種類の企業スポンサーシップ制度が用意されています。現在のスポンサー企業は,化学、製薬、人工知能、テクノロジー、栄養補助食品などの分野にまたがっています。中堅から大企業を対象としたスポンサーシップでは,全会員が参加する会議を毎年2回開催しています。ミラー=モンゴメリー博士は,お互いに顔を合わせることが重要で、こうした場面から新たな協力が生まれることもあると述べ,日本企業にも参画してほしいと呼びかけました。

講演③「A key genetic factor for human milk oligosaccharides utilization affects infant gut microbiota development」松木隆広氏

講演③のポイント
  • ビフィズス菌の母乳オリゴ糖の利用性は菌株ごとに異なる。母乳オリゴ糖を利用できる菌が定着すると、腸内の酢酸濃度が上昇してpHが低下し、大腸菌群が生育しにくい環境となる。(松木隆広氏)

最初に登壇した松木隆広氏は,生後1カ月齢までの乳幼児における腸内フローラの形成過程と腸内環境について研究報告を行いました。松木氏らの研究グループは,便サンプル検査から,乳児の腸内フローラはブドウ球菌群、大腸菌群、ビフィズス菌群のいずれかが優勢であること、徐々にビフィズス菌群優勢なフローラに不可逆的に移行していくことを突き止めました。さらに,ビフィズス菌とその栄養源であるヒトミルクオリゴ糖の関係を調べ,「ビフィズス菌の中にはオリゴ糖を効率的に利用することができる菌とできない菌が存在すること」「オリゴ糖の利用性はビフィズス菌の菌株ごとに異なること」,その原因となるビフィズス菌の遺伝子を解明しました。また、オリゴ糖を利用できるビフィズス菌が定着した結果、乳児の腸内環境の変化することを示しました。講演で松木氏は,オリゴ糖利用率は菌種でなく菌株ごとに異なることを指摘し,プロバイオティクスの活用では,ビフィズス菌の特性を考慮する必要があるとの研究成果を発表しました。

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講演④「Generalist species drive microbial dispersion and evolution」岩崎 渉氏

講演④のポイント
  • 微生物は様々な環境の間を移動している。その拡散と進化は「ジェネラリスト」が主導していると考えられる(岩崎渉氏)

次に登壇した岩崎渉氏は,土壌や海洋など自然界に存在するマイクロバイオームに関する研究の成果を報告しました。岩崎氏らは,メタゲノミクス(環境から採取されたゲノムを単離せず網羅的に分析する手法)を用いて,様々な環境間を移動する「微生物の旅」を追究しています。その研究の結果,微生物の生存戦略には,複数環境に生息する「ジェネラリスト」と単一環境に生息する「スペシャリスト」があり,前者はプロテオバクテリア門で多く,後者はバクテロイデス門で多いことを突き止めました。講演で岩崎氏は,これまでの研究から「微生物の分散と進化はジェネラリストが主導し,その中の一部がスペシャリストに転じる」という「ジェネラリスト主導モデル」を紹介しました。

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講演⑤「Developing tools and database for microbial community analysis」森 宙史氏

講演⑤のポイント
  • マイクロバイオームのコミュニティ解析ツールVITCOMIC2は,既存ツールと比べて速度・精度とも向上している(森宙史氏)

続いて森宙史氏が登壇し,「マイクロバイオームのコミュニティ解析のデータベースおよびツールの開発」について講演が行われました。森宙史らは,数百万に上る16S rRNA遺伝子配列を分析し,微生物群集全体の分類学的組成を計算できる解析ツール「VITCOMIC」を8年前に開発しており,現在はその改良版にあたる「VITCOMIC2」を開発・公表しています。さらに,ゲノム情報を核として遺伝子・系統・環境などの様々な微生物学の情報を統合したデータベース「MicrobeDB.jp」も開発しました。講演で森氏は,「VITCOMIC2」のワークフロー,海外で使われている解析ツールとの比較およびその特徴などについて解説を行いました。

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シンポジウム終了後は、引き続き懇親会が行われました。懇親会には、ロブ・ナイト博士やサンドリン・ミラー=モンゴメリー博士を始めとした登壇者も参加し、来場者からの質問や意見交換に積極的に答えるなど、盛況のうちに終了しました。

ロブ・ナイト氏からは、その後、下記コメントをいただきました。

今回のシンポジウムはUC San Diegoのマイクロバイオーム研究と、日本のアカデミアと産業界の研究者の両方と繋がる素晴らしい機会を与えてくれました。既に関係していた企業の人たちと直接会う機会でもあり、新しい出会いを生みだすきっかけにもなりました。LINK-Jは素晴らしい主催者であり、この度の来日は非常に有意義で楽しいものとなりました。

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