AI創薬の最前線②
創薬研究を加速するAIによる有機化学反応の成功性・堅牢性予測
― ハイスループット実験とベイズ深層学習を融合したカルボン酸-アミンカップリング反応の解析
「論文通りなのに反応しない」を予測できるか
有機合成では、既知の反応であっても、新しい基質になると期待通りに進行しないことは珍しくない。特に多数の化合物を短期間で合成する創薬化学研究では、実験前に「この反応は成功するか」を予測できれば大きなメリットとなる。さらに、多少の環境変化があっても再現性よく進行する「反応の堅牢性」まで予測できれば、合成ルートの選択やスケールアップにも有用である。
今回紹介する論文では、ChemLex社が開発した自動化HTEプラットフォームを用いて11,669件のカルボン酸-アミンカップリング反応を156時間で実施し、得られた大規模データとベイズ深層学習を組み合わせている。単に反応の成否を予測するだけでなく、AIによる予測の「不確実性」に着目し、次に行うべき実験の選択から反応の再現性・堅牢性の評価まで踏み込んだ点が本研究の特徴である。

創薬化学の「リアルな化学空間」をHTEで再現
対象となったのは、創薬化学で頻用されるカルボン酸-アミン縮合反応である。著者らは製薬企業のメディシナルケミストによる利用を想定し、特許由来の反応データベースPistachioを参照して、実際の創薬研究で用いられる化学空間を反映するよう市販のカルボン酸とアミンを選択した。構造カテゴリーによる分類とMaxMin法を組み合わせ、多様性を維持しながら実験可能な基質群へと絞り込んでいる(図を参照)。なお、本研究の評価対象は反応工程であり、生成物の分離・精製工程における成功性や堅牢性は含まれていない。
最終的に8,095の目的生成物に対する11,669反応を取得したが、反応しにくいと予想された組み合わせでも60~70%を超える収率を示す例が見つかった。経験豊富なケミストであっても、未知の基質に対する反応性を経験則だけで判断することの難しさを示す興味深い結果である。

AIは「この予測を信用できるか」まで判断する
得られたHTEデータから構築したベイズニューラルネットワーク(BNN)は、ランダム分割したデータにおいて89.48%の精度で反応成功性を予測した。しかし、本研究でより注目したいのは予測精度そのものではない。BNNを利用することで、「その予測をどの程度信用できるか」という不確実性も評価できる点である。実際、不確実性が高い上位30%の反応に、全予測エラーの70%以上が集中していた。つまりAIは、「成功しそう」という予測だけでなく、「この予測には自信がない」という情報も提示できる。
「AIが知らない」と「反応がばらつく」を区別する
さらに、不確実性を二つに分けて考える点が本研究のユニークなところである。エピステミック不確実性は学習データの不足、すなわち「AIがその化学空間を十分に知らない」ことを表す。一方、アレアトリック不確実性は実験データに内在するばらつきであり、反応の条件依存性や再現性の低さを反映する可能性がある。
エピステミック不確実性は学習データの不足、すなわち「AIがその化学空間を十分に知らない」ことを表す。一方、アレアトリック不確実性は実験データに内在するばらつきであり、反応の条件依存性や再現性の低さを反映する可能性がある。
前者をActive Learningに利用すれば、AIがまだ十分に学習していない反応を優先的に実験できる。実際、この方法では約1/5のデータで同程度の分類性能に到達した。合成可能な組み合わせを片っ端から試すのではなく、「次にどの反応を試せば最も情報が得られるか」をAIが提案するという考え方は、実験数の多い創薬化学との相性がよい。

「反応するか」から「再現できるか」へ
一方、アレアトリック不確実性の高い反応では、反復実験における収率のばらつきが大きく、低い反応では高い再現性が確認された。さらに、文献から収集した創薬探索段階のmgスケール17,332反応とプロセス開発段階のkgスケール84反応を比較すると、後者ではアレアトリック不確実性が有意に低かった。ボルテゾミブの製造例でも、探索段階の反応(0.264)よりプロセス段階で採用された反応(0.209)の方が低値を示した。アレアトリック不確実性が、再現性や堅牢性に優れ、スケールアップに適した反応を選ぶための指標となる可能性を示している。
創薬に関わるケミストの「次の一手」を支援するAI
現時点ではカルボン酸-アミンカップリングという一つの反応形式に限られるが、同様の枠組みが他の汎用反応へ展開されれば、ケミストの経験や直感とAIによるデータ駆動型の判断を組み合わせた、新しい合成研究の形につながるかもしれない。創薬化学におけるAI活用の次の方向性を感じさせる研究である。
*本稿は原著論文をもとに内容を要約・再構成したものです。正確な研究内容や詳細については、原著論文をご確認ください。
図の出典
当社作成(AIツール使用)
論文情報 (Open access)
Zhong H, Liu Y, Sun H, Liu Y, Zhang R, Li B, Yang Y, Huang Y, Yang F, Mak FS, Foo K, Lin S, Yu T, Wang P, Wang X. Towards global reaction feasibility and robustness prediction with high throughput data and bayesian deep learning. Nat Commun. 2025 May 15;16(1):4522. doi: 10.1038/s41467-025-59812-0. PMID: 40374636; PMCID: PMC12081921.
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