この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.10のインタビュー記事を掲載しております。
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再生医療を取り巻く環境は、この数年で大きく変化してきました。従来の製薬企業や医療機器企業はもちろん、これまで医療とは無縁だった業界の企業も積極的に市場に参入しており、「ビジネスチャンスとしての再生医療に対する期待」は膨らむばかりです。
政府もまた再生医療を日本の成長戦略のひとつに位置づけ、「条件及び期限付承認制度」の導入など各種規制の整備を通じてその実用化を推進してきました。しかし環境面での整備が進む一方で、いまだ再生医療は「産業化」には成功したとはいえない状況にあるのも事実です。今回は、一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム(FIRM:Forum for Innovative Regenerative Medicine)の加納浩之氏と、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構(FBRI:Foundation for Biomedical Research and Innovation at Kobe)の平松隆司氏のお二人より「再生医療の現状と課題」について話を聞きました。
急成長を遂げた再生医療業界 新法が業界の発展に大きく寄与
―― まずはこれまでのご経歴を教えて下さい。
加納 大学・大学院とも薬学部で微生物学を学びました。卒業後は製薬企業に就職し、以後28年間にわたって主に新薬の研究開発に従事してきました。製薬協や経団連等の活動に携わった後、2018年の4月にFIRMに出向し、現在に至ります。
平松 私の場合、大学は工学部だったのですが、大学院では農学部に進んで遺伝子工学を学びました。卒業後は製薬企業に就職した後、博士研究員としてカリフォルニア大学バークレー校で抗体遺伝子の再構成メカニズムに関する研究に従事。帰国後は研究所に在籍し、2013年に現職に移籍しました。
―― 再生医療との関わりはいつ頃からですか。
平松 大日本住友製薬の研究員時代に再生医療プロジェクトに 参加したのが、再生医療への本格的な関与の始まりです。もっとも、その前にも山中伸弥先生と胚性幹細胞に関する共同研究も 実施しています。私がバークレー校に在籍していた頃、ちょうど山中先生もサンフランシスコ校に在籍していたので、彼とは当時から交流がありました。
加納 私は、製薬企業時代、低分子化合物の研究開発が主だったのですが、再生医療に近い発想の研究もありました。たとえば20年前に行っていた「骨芽細胞の分化促進による骨折の治療」は、今なら 低分子化合物以外のアプローチも可能だと思います。ただ実際に再生医療と関わったのは、FIRM出向後になります。
――再生医療を取り巻く環境は、近年大きく変化しています。現状 についてお聞かせ下さい。
加納 再生医療イノベーションフォーラムの設立当時(2011年)、 会員企業数はたったの14社でした。設立から8年が経過した現在では、会員企業数は250社を超え、なおも増加中です。参加企業の内訳を見ると、機器の製造や製品の物流および材料の調達などを 業務とする企業が6割弱、製薬企業が約2割、そして化学メーカー など異業種からの参入が残り2割を占めています。
平松 私が所属している神戸医療産業都市(及び同推進機構)は、 もともと、阪神・淡路大震災(1995年)で甚大な被害を受けた兵庫 県神戸市の復興事業として「国内初のバイオクラスターの構築」を目指して誕生した組織です。現在では350を超える企業及び団体が参加しているのですが、そのうち再生医療や創薬に関連する企業は全体の4分の1を占めるほどになっています。
――両団体とも非常に多くの企業が参加していますね。再生医療 産業はそれだけ「産業としての裾野が広い」のでしょうか。
加納 その通りです。だからこそ、これほど多くの企業の参加を得ることができたのだと思います。再生医療の場合、上流の基礎研究から 下流の製品物流まで全てを単独で行うのは、いわゆるメガファーマでもない限り不可能です。現在、再生医療に挑戦している多くの企業 は、開発受託機関や製造受託機関など外部の企業や団体と連携しながら製品開発に取り組んでいます。
――「 条件及び期限付承認制度」など、再生医療を取り巻く規制の 環境もかなり整備されました。どのように評価していますか?
平松 「条件及び期限付承認制度」については、再生医療等製品に対する開発の加速化に貢献したと思います。さらに革新的製品の早期実現を目指した「先駆け審査指定制度」の導入によって、企業と規制当局との距離感も縮まりました。結果として両制度は日本の 再生医療の開発を大きく加速したと評価しています。
加納 これまでに「先駆け審査指定制度」を通じて対象となった11 製品のうち、2品目は海外企業の申請によるものです。すなわち外資企業の間でも、同制度を活用して「まず日本で承認申請と販売に 挑戦しよう」という流れが生まれているのです。その意味では今後 も同制度を上手に活用することが大切になるでしょう。
加納 浩之 氏(一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム)
再生医療における課題は「規制」 まずはアジアで規制の調和を
――再生医療における現在の課題は何だとお考えですか。
加納 現状の問題点のひとつは「規制」です。たとえば「安全性の確保」は体制整備が進みましたが「有効性の証明」に対する制度は 十分ではありません。条件及び期限付承認後に市販後調査を活用するとしても、収集するデータの種類やその方法など課題は山積みです。まさに産学官が連携して、有用な方法を模索していく必要が あります。
平松 規制については「国際化」の問題もありますね。これは再生医療に限りませんが、国内市場だけを見据えた戦略ではどうしても 成長に限界があります。国内で承認を取得した再生医療等製品 については、他国でもスムーズに製造販売承認を取得できるのが 望ましい形であり、そのためには「再生医療を取り巻く規制のハーモナイゼーション」が不可欠になると考えています。
加納 その点は非常に重要ですね。私たちはアジア地域の再生 医療関連団体及び規制当局が参加する「アジア再生医療団体連 携会議」を通じて「規制のハーモナイゼーション」を目指しており、 将来的に「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(誰もが適切な費用 で適切な医療サービスを享受できる社会)」の実現につながると 思います。
――現在の再生医療等製品はどうしても高額になる傾向があり ます。価格の問題はどうでしょうか?
平松 現在の再生医療等製品はまだ「ハンドメイド」の側面が大きく、どうしても高コスト構造になってしまいます。低価格化に向けては、低分子化合物のような大量生産モデルを構築することも考え られますが、効率的な細胞の製造を行うことでも低価格は実現可能 かもしれません。
加納 コストダウンの問題については、取り扱う細胞が自家細胞か 他家細胞かという点も関連しますね。他家細胞であれば大量培養できる可能性も生じますし、いかにしてコストダウンできるかを議論することも可能です。
平松 そうですね。他家細胞については権利の帰属の問題があり ますが、現在は、iPS細胞やES細胞については国の機関等から産業利用可能な細胞を譲り受けて大量製造を行っていますので、細胞を製造する企業が権利を得られます。ただ、他家細胞の効率的な利用という手法には倫理の問題も絡みますので、問題の解決はまだ これからでしょう。
加納 「商業利用を前提とした細胞バンクの整備」も解決策のひとつとして考えられますが、民間企業やアカデミアの力だけでは構築で きるものではないため、行政機関とも連携しながら環境を整備する ことが重要になりますね。
平松 隆司 氏(公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構)
次の課題は「再生医療の産業化」 オールジャパン体制で実現目指す
――今後の展望とLINK-Jに対する期待をお聞かせ下さい。
加納 私たちの使命は「再生医療の産業化」です。これまでにも いくつか再生医療等製品は誕生していますが、そのほとんどは現時点では赤字事業のようです。これでは「産業化」に成功したと はいえません。今年6月に発表した「FIRM V ISION 2 025」では 『革新的な治療の普及のために再生医療の産業化を実現する』ことを目指しており、『再生医療に適した制度の実現』を優先課題の1つとして掲げています。今後もこの課題の解決に取り組んでいきたいと思います。
平松 海外の大学研究者や企業関係者からは、「日本にはバイオ 分野でのイノベーションが期待できるホットスポットが存在しない」 と指摘する声をよく耳にします。これは当事者としてはとても悲しい。そこで今後は「バイオ産業の若手起業家の育成と新産業の 創出」にも挑戦し、ゆくゆくは神戸市をボストンやサンフランシスコにも比肩する「バイオメディカルのホットスポット」にしたいと考え ています。
加納 LINK-Jには国内外の企業関係者や大学研究者など多様な プレイヤーとの「出会いの場」があります。それぞれの組織の垣根を超えてより大きな枠組みで一緒にできることはたくさんありますし、そのためには今後も協力関係にありたいですね。
平松 特に「再生医療の産業化」については私たちも三者一体で 挑戦できることがあるはずです。バイオクラスターは日本各地にありますが、いまは小さな確執を乗り超えて「オールジャパン体制」で連携することで世界に挑戦していきたいですね。
名古屋市立大学大学院修士課程修了。卒業後は山之内製薬(現 アステラス製薬)に入社し、骨・軟骨代謝研究および腎疾患治療薬の国内 外臨床開発などに従事、骨粗鬆症治療薬や高リン血症治療薬の上市に携わる。近年は渉外部門で業界活動に従事する。2018年にアステラス製薬より、一般社団法人再生医療 イノベーションフォーラムに出向。現在は同法人の事務局長を務める。
大阪大学工学部卒、東京大学農学部大学院博士課程修了。卒業後はミドリ十字(当時)に入社。その後、カリフォルニア大学バークレー校の坂野仁教授のもとで抗体遺伝子の再構成メカニズムの研究に従事する。帰国後は住友化学生命工学研究所(後に改組されて住友製薬(当時)所属となる)に入所。iPS細胞を用いた再生医療の研究などに従事する。 2013年に先端医療振興財団(現在の神戸医療産業都市推進機構)に移籍し、現在に至る。