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インタビュー・コラム

MIYAMAN's column vol.26 ここが不思議だ、我が国のバイオベンチャー市場(9)

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ここが不思議だ、我が国のバイオ・ベンチャー市場(9)
あたかも無かったようにみえる東証の官僚主義

 今年の我が国のバイオ・ベンチャーの新規上場数は4社、あるいは5社に迫る勢いを示している。上手くいけば過去20年間最多の上場件数となる。米国のインフレによる政策金利の高止まり、その一方、11月5日の大統領選挙に向けた米国債の多発、更には地政学的リスク(つまり戦争)も加わって、株式市場や為替は極めて変動的な状況を続けている。この状況では株式市場の暴落や急激な円安など"何が起こっても不思議ではない"のだ。ベンチャーの上場はこうした市場の変動に最も敏感に左右される。そのため冒頭の楽観的な予測は必ずしも実現できるとは、今は保証できない。

 10年近く研究開発やマーケティングに散々苦労してやっと東京証券取引所の上場審査で承認を得たバイオ・ベンチャーでも、市場の急激な落ち込みによって上場を見送る場合も多々ある。まさに上場のタイミングによっては、10年間の努力も水泡に帰するのだ。柔軟に上場のタイミングを図り、資金調達額を最大化する必要がある。私のベンチャー・キャピタルが投資した企業でも、残念ながら上場審査後に上場を取りやめたケースがある。私が知る限り、少なくとも複数のバイオ・ベンチャーがこうした苦い経験をしている。

 東証のホームページには新規上場会社情報というサイトがあり、上場承認された企業の一覧が並んでいる。これは我が国の新規上場の状況を把握するために最も重要な情報源である。しかし、驚いたことに、この一覧表には上場審査後に上場を見送った企業の名前はない。上場を取り止めたことを東証に通知した瞬間にその企業の情報はこのリストから蒸発してしまう。これは我が国の官僚主義の悪しき伝統である無誤謬性の墨守が色濃く反映されたものだ。リストを見る限り、全て上場に成功したかのように見えるのだ。まさに、臭いものに蓋をして、東証の上場審査を通った企業は100%新規上場に成功したという神話を維持しようと、無駄な努力を重ねている。

 しかし、残念ながら人間は失敗からしか学べない。失敗の情報こそが次の成功のために極めて重要な手掛かりを与えてくれるのだ。そのため少なくとも、上場審査通過後に新規上場を取り下げた企業の情報も公開すべきであると考えている。当時の経済環境と合わせて見れば、失敗の原因の究明やもっとも妥当な上場のタイミングを測る要素を浮き彫りにできるだろう。これこそが、変動が大きく増幅する不安定な経済状況の中で新規上場を勝ち抜くために不可欠だ。また、中長期的にバイオ・ベンチャーの新規上場計画を立てるためにも、重要な指針となる。東証も保身より、情報公開を正直にする時が来たのだ。

miyata.png 宮田 満 氏
東京大学理学系大学院植物学修士課程修了後、1979年に 日本経済新聞社入社。日経メディカル編集部を経て、日経バ イオテク創刊に携わる。1985年に日経バイオテク編集長 に就任し、2015年に株式会社宮田総研を設立、新Mmの憂 鬱などメディア活動を開始。2017年、株式会社ヘルスケアイ ノベーションを設立、2020年6月よりバイオ・先端医療関 連のベンチャー企業に投資を開始した。厚生労働省厚生科 学審議会、文部科学省科学技術・学術審議会、生物系特定 産業技術研究支援センターなど、様々な公的活動に従事。

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