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イベントレポート

第4回 日本橋ライフサイエンスシンポジウム「プロが語り尽くす医療データの活用」を開催(10/14)

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10月14日、東京・日本橋の日本橋ライフサイエンスハブにて、「第4回日本橋ライフサイエンスシンポジウム」が開催されました。今回のテーマは「プロが語り尽くす医療データの活用」。いまもっともホットな話題のひとつということもあって、企業関係者などを中心に、多くの参加者を集めました。シンポジウムでは、前半に専門家4名による講演が、後半にパネルディスカッションが行われました。

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司会:山本雄士氏(株式会社ミナケア)
講演:津川友介氏(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)
   藤本陽子氏(ファイザー株式会社)
   北川拓也氏(楽天株式会社)
   北野宏明氏(特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構)
   内田毅彦氏(株式会社JOMDD)※パネルディスカッションより参加

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最初に登場したのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で助教を務める津川友介氏。アメリカからオンライン中継での参加となった津川氏は、医療とAI(人工知能)をテーマに、AIについていまわかっていること、その能力と限界をテーマに講演を行いました。

講演のポイント
  • ヘルスケアの世界ではAIの学習に使えるような「質の高い」ビッグデータが不足している。
  • 現在のAIに医師に代わって患者を診療し、治療方針を決めるほどの力はない。
  • 一方で、AIは①医療の効率化、②患者の予後の予測(薬の効きやすい患者の同定)、③放射線診断・病理診断で大きな貢献が期待できる。

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津川 友介 氏 (University of California, Los Angeles)

現在のAIのベースには、機械学習(machine learning)と深層学習(deep learning)という2種類の学習方法が用いられています。その違いは「犬と猫の画像を判別するプログラムを考える場合、注目すべきポイント(両目の距離など)をあらかじめ教えておく必要があるのが機械学習で、そのポイントを自分の力で発見できるのが深層学習(津川氏)」。深層学習には優れている点が多い一方で、機械学習と比べてより多くのデータが必要です。

津川氏は「ヘルスケア領域におけるAI活用の障壁」は、そのAI学習に適した「良質なビッグデータの不足」にあると指摘。診療記録(カルテ)はデータが汚くてノイズが多いだけでなく、医師の主観/偏見/過誤などが混入する可能性があり、診療報酬明細(レセプト)はデータはきれいであるが、なぜその診断に至ったかが記録されていないなど、記載情報が不十分という弱点を挙げます。

さらに、現在のAIの課題として「因果推論モデルの不在」を取り上げました。因果推論とは、見かけ上の相関(疑似相関)と真の因果関係とを区別する手法です。津川氏は、因果推論モデルがない現在のAIには「医師に代わって患者を診療し、治療方針を決める力はないとされている」といいます。

現在のAIが真価を発揮できる領域は、①医療の効率化、②患者の予後の予測(薬の効きやすい患者の同定)、③放射線診断・病理診断の3つになると考察する津川氏。かつて複数の医師で1人の患者を診療することで「ビッグデータ」を集め、解析していた「回診」のように、「AIは人間との組み合わせで未来の医療レベルを向上させるだろう」と展望を示しました。

続いて登壇したのは、製薬会社でメディカル・アフェアーズ部門に勤務する藤本陽子氏。藤本氏は、製薬会社における「リアルワールドデータ」の活用について、これまで社内で実施してきた検討結果などをもとに、講演を行いました。

講演のポイント
  • リアルワールドデータとは、ランダム化比較試験以外の手法で得られた医療データである。
  • リアルワールドデータを解析することで、製薬会社が必要とする様々な情報を得ることができる。
  • 現状では、リアルワールドデータは十分に解析・活用できていない。

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藤本 陽子 氏(ファイザー株式会社)

リアルワールドデータは、ランダム化比較試験以外の手法で得られた医療データで、具体的には、診療報酬明細(レセプト)、健康診断、コホート研究、疾患登録(レジストリ)などを通じて収集されています。

藤本氏が所属するファイザー株式会社メディカル・アフェアーズ部門では、レセプトデータや健康診断結果の収集・解析を業務とする株式会社ミナケアと共同で、リアルワールドデータの解析に取り組んでいます。講演では、実際に藤本氏らが実施してきた様々な検討とその結果が紹介されました。

たとえば、販売後に製品の安全性を検証する「製品販売後調査(PMS)」。これも分類上はリアルワールドデータです。しかし藤本氏は、施設登録や患者登録などに選択バイアスが加わるPMSは、実臨床を正確に反映しているのだろうかとの疑問を抱き、ミナケアと共同で自社製品の副作用発現率の再検討を実施。結果を論文化しました。藤本氏は「こうした積み重ねが今後の参考になる」といいます。

規制の問題もあります。たとえば、製薬業界のルールでは、承認用法・用量を逸脱している事例を含むリアルワールドデータは、情報提供活動への使用が制限されます。藤本氏はこうした例を挙げて、「データの価値が十分に活用されていない」と問題提起をしました。

休憩をはさんで3人目の登壇者となった北川拓也氏は、これまでの講演とは少し方向性を変えて、「データが持つ価値」とは何か、データを通じでどのような事実がわかり、それがどんな結果を生むのか――といった話題について講演しました。

講演のポイント
  • 新しいデータ観測の発明が大きな科学革命を起こしてきた。
  • データが生み出す新たな予測は、時に大統領選挙の結果すら左右しかねない。
  • 医療データは新しい治療法や予防法の発見を経て「幸福の実現」に貢献する。

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北川 拓也 氏(楽天株式会社)

「新しいデータ観測の発明が、大きな科学革命を起こしてきた」と指摘する北川氏。顕微鏡の登場によって細菌学などの新しい学問が開拓されたように、ビッグデータの登場は「なぜ人は物を買うのか」といった、人間の行動原理の解明にもつながるだろうと期待を示します。

北川氏はその1例として「同性婚を受容する人の割合と、実際に同性愛者であることをカミングアウトした人の割合」をプロットし、そこから「地域を問わず5~6%の同性愛者が存在する」との予測を提示した、統計学者ネイト・シルバー氏の研究を挙げました。北川氏は「わずか数%の差で勝敗が変わってしまうアメリカ大統領選挙では、立候補者は(有権者の5%以上に上る)同性愛者を否定することは難しいということを意味する」というネイト・シルバー氏の研究内容を紹介し、その意義を高く評価しました。

医療データも例外ではありません。北川氏は、「人と人とのつながりは、禁煙や運動以上に健康を左右する因子」であることを発見した石川善樹氏の研究を紹介。石川氏は、急性心筋梗塞で入院した高齢者の転帰(6カ月以内の死亡)を検討し、患者をサポートする人が2人以上いる群と1人もいない群では、死亡率に大きな差(69% vs. 26%)があることを突き止めるなど、医療データの可視化に取り組んでいます。

北川氏は、医療データは「社会をより良い方向に変えていくことに使われるだろう」と指摘。新たな治療法/より有効な予防法の発見、さらにより1歩進んだ「幸福」の実現に医療データが活用される未来に期待し、その実現に協力していきたいと意気込みを示しました。

最後の登壇者は、システム・バイオロジーの先駆者であり、「ノーベル・チューリング・チャレンジ」の提唱者として知られる北野宏明氏。北野氏は、科学の発見のプロセスにおける「人間の認知の限界」と、AIが科学の発見にもたらす可能性について講演を行いました。

講演のポイント
  • 科学の発見のプロセスは偶然とアクシデントと「科学者の直感」頼りの側面が大きかった。
  • AIは「人間が認知できる範囲」を超えた科学的事実を発見する可能性がある。アルファ碁は、囲碁においてその可能性を示した。

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北野 宏明 氏(特定非営利活動法人システムバイオロジー研究機構)

科学における「発見のプロセス」は、過去も現代も「セレンディピティ(偶然の発見)」や、「科学者の直感」によるものとされています。北野氏は「このプロセスの変化が、次の科学の革命になる」と指摘。その原動力としてのAIの可能性に期待しています。

北野氏がAIに期待する理由のひとつは、「認知の限界」です。「そのひとつは、人間が言語を使って思考しコミュニケーションを行うことに起因する。つまり、極めて高次元で非線形の動的現象を認知しコミュニケーションをとる手段としての言語の限界に突き当たる。(北野氏)」。

北野氏が、分かりやすい事例として挙げるのは「アルファ碁」。初めて人間のプロ棋士に勝利した同プログラムは、「既存の棋譜を学習して強くなる」従来のプログラムとは異なり、人間には思いつかないような棋譜を大量に生み出し、その棋譜を学習することで自身を強化します。北野氏は、囲碁も科学も「人間の認知の範囲で思いつく知識には限度がある」と指摘。AIにはその限界を超える可能性があると訴えます。

AIの能力でノーベル賞級の発見を目指すプロジェクト「ノーベル・チューリング・チャレンジ」など、様々なグランドチャレンジを提唱する北野氏。最後には「AI driven Science to Overcome the Limitations.」と述べ、AIが牽引する新たな科学の形を示しました。

4名による講演終了後は日本橋ライフサイエンス委員会の委員である内田毅彦氏を加え、パネルディスカッションが行われました。ディスカッションは、司会の山本雄士氏が「臨床判断に利用できるAIは実現可能なのか?」、「ビッグデータでどこまで解析できるのか?」などの問題を提起し、パネリストがそれに答える形で進行しました。

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  • 医療データに関しては、実験による検証が困難という課題を抱えています。しかし同時に「日常診療そのものが、実験的な性格も兼ね備えている」ともいえます。もちろん、医師は皆教育を受けた人たちであり、実験的といってもノイズレベルかもしれないが、それでも日々の「トライ&エラー」を集積していくことで、新たに見えてくるものがあるのではないか。私はそこに期待をしています(山本氏)。

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山本 雄士 氏(株式会社ミナケア)

  • ビッグデータ/リアルワールドデータの解析から得られた結果はエビデンスの1つであり、それが常に真実とは限りません。一方で、日常診療における1例1例が全て実臨床データであることを考えると、きちんと収集・蓄積・解析されていくことがあるべき姿であり、それを目指していきたい(藤本氏)。

  • 今後、リアルワールドデータの解析手法がさらに進化すれば、より結果の信頼性は向上し、いずれランダム化比較試験でなくてはダメという評価の仕方も変わってくるかもしれません。いずれにせよ、ランダム化比較試験にはその限界があり、リアルワールドデータ解析にも限界があり、「どこまでどのようなリスクを容認するのか」という問題が実は大事だと考えています。ある程度のリスクは許容してでも新しい技術がもたらす利益を優先する欧米と、何よりまず安全性を優性する日本という国民性の問題も含めて、さらなる議論が求められるでしょう(内田氏)。

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内田 毅彦 氏 (株式会社日本医療機器開発機構)

  • 今はまだ発見されていない「価値」は、世の中に数多く存在していると思います。成功を収めた経営者や社会起業家をみると、彼らにはそれがきちんと見えていた。今後はビッグデータを活用して、まだ世間に知られていない価値をどんどん発見していきたい(北川氏)。

  • データの収集にはコストが必要です。かけたコストに見合う分解能が得られるのか?データ不足の問題は、バランスの問題に帰結します。また何でも機械学習/深層学習ではなく、目的による使い分けも重要です。たとえば、「モデルベースのシミュレーション」のように、メカニズムからデータの妥当性を検証する、逆にデータからメカニズムを再検証するという双方向の検討は、機械学習にはできません。(北野氏)。

  • 我々が利用できる医療データは、レセプトと電子カルテが主です。しかし個人情報保護もあって、利用可能な情報は限定されています。そこで現在のスタートアップは、その規制の外側でデータを収集しています。その中から革新性が生まれれば業界を外側から崩せるし、AIももっと活躍できるようになるかもしれません。またビッグデータの議論では、サンプルサイズすなわち「行数」が注目されがちですが、「行数」が増えてもバイアスは除外できません。一方で、「列数」すなわちデータに含まれる変数の数を増やせば、より正しい因果推論が可能になります。ビッグデータというときにはデータの行数の話をしているのか、列数の話をしているのかをきちんと見分ける必要があります(津川氏)。

ディスカッション終了後は、引き続き第2部として懇親会が行われました。懇親会には、第1部に登場したパネリストも参加し、来場者からの熱心な質問や意見交換に笑顔で応じる場面がみられました。

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