株式会社メトセラは、従来の組織置換再生医療とは異なるアプローチとして、損傷した組織を取り囲む微小環境を改善することにより組織の機能を回復させ、慢性心不全患者の心機能回復に挑戦するバイオテック企業です。創業者は、同社の根幹技術である線維芽細胞(VCF:VCAM-1-positive Cardiac Fibroblast)の発見者である岩宮貴紘氏と、ビジネスやファイナンスの世界に精通する野上健一氏。サイエンスとビジネスの専門家がタッグを組んで生まれた株式会社メトセラは、サイエンスの成果が事業の方向性を決定する「サイエンス・ドリブン」を重視しながら、再生医療を用いた治療法の確立に挑戦しています。今回は岩宮氏と野上氏のお二人に、メトセラ誕生の経緯、技術的特徴、企業文化などについて話を聞きました。
株式会社メトセラ 代表取締役 Co-Founder, Co-CEO
「自身の手で患者さんのもとに届ける」カプラン博士に共感
――株式会社メトセラについて教えてください。
岩宮:株式会社メトセラは、私(岩宮貴紘)と野上健一の2名で設立した会社です。私が東京女子医科大学の博士課程在籍中に発見した線維芽細胞(VCF:VCAM-1-positive Cardiac Fibroblast)を用いた治療薬の研究開発に取り組んでいます。現在は、VCFを用いた心不全向け再生医療等製品(第Ⅰ相試験)と、株式会社日本再生医療(昨年4月にメトセラが完全子会社化し、合併)から引き継いだ小児先天性心疾患向け再生医療等製品(第Ⅲ相試験)の開発が進行中です。
――なぜ自分たちで事業化に挑戦しようと考えたのですか?
岩宮:線維芽細胞を用いた心不全向け再生医療等製品の事業化については、発見当初は自分自身で行う予定はなく、研究を行って良い論文が出れば将来誰かが事業化してくれるだろうと楽観的に考えていました。しかし次第に「ただ研究を続けても、患者の命は救えないのではないか」と疑問を抱き始めました。ちょうどその頃、ライス大学(米国)で「間葉系幹細胞の父」と称されるアーノルド・カプラン(Arnold Caplan)博士の講義を聞く機会がありました。彼は科学者として自らの研究を行うだけでなく、起業を通じて発明を製品化し、プロダクトを通じて患者の命を救うことに挑戦していました。その事実に衝撃を受けた私は、自分も起業して患者の命を救うプロダクトを作ろうと考え、起業の準備を始めました。
野上:私は大学生の頃から起業に関心をもっていました。大学卒業後は、三井住友銀行やモルガン・スタンレー証券で、企業買収や資金調達などを担当し、メトセラ起業以前にもプロボノ(専門家が対価なしで行うボランティア活動)として会社設立を手伝った経験があります。岩宮とは、もともと別のベンチャーの立ち上げを通じて知り合い、すでに気心の知れた仲でした。メトセラ起業の2年前から特許戦略や知財申請などを2人で話し合い、それぞれ別の場所で起業準備を進めながら、2016年3月に株式会社メトセラを設立しました。
リンパ管網の新生を促進することで心臓の浮腫を改善する
――線維芽細胞技術の現在の開発状況を教えてください。
岩宮:慢性虚血性心不全を対象とした、線維芽細胞(自家細胞)を用いた再生医療等製品の開発が進行中です。現在は筑波大学附属病院で医師主導第Ⅰ相試験を実施しています。研究開発では、心臓のリンパ管網研究に詳しい研究グループとの共同研究にも取り組んでいます。さらに東京女子医科大学内にもラボがあって、同大とのコラボレーションも進行しています。
野上:私たちの製品の特徴は、専用のカテーテルを用いて心臓に直接細胞を注入する点にあります。カテーテルを使うので開胸手術と比べて侵襲性が低く、必要となる細胞の数も少ないという利点があります。治療自体は、不整脈治療に用いる心臓カテーテルアブレーションとほとんど同じであり、専門医にとってはなじみにある手法です。術中に3Dマッピングシステムを併用することで、狙うべき場所に細胞の正確な注入が可能です。
――必要な細胞が少ないのは大きな利点ですが、なぜ可能なのですか?
岩宮:私たちの再生医療は、「壊死した組織を新しい細胞で置き換える」という従来の再生医療とは異なり、損傷した組織を取り囲む微小環境を改善することで、組織の機能性を回復させる作用機序であるため、必要な細胞の数が少なくてすむのです。
現在弊社で開発中のVCFをベースとした心不全治療薬は、動物実験で心筋梗塞等の心筋傷害によって破壊されたリンパ管網の新生を促進することを明らかにしています。このユニークなメカニズムによって、リンパ管網の破壊によってもたらされる心筋浮腫を排出し、心臓の収縮力を回復できるととともに、線維化領域の改善をもたらすことが可能だと考えています。さらに本細胞からは心筋細胞の分裂を促すタンパク質が産生されることも明らかにしており、損傷部位の治癒も期待できます。実際に動物実験においては、損傷部位(梗塞巣)の面積を低減させる効果があることも分かりました。
――非常にユニークな技術ですが、開発で苦労した点はありますか?
岩宮:心不全治療薬の原料となる特定の線維芽細胞集団(VCF)を効率的に分取する手法の開発にも苦労しましたが、投与デバイスとなるカテーテルの開発にもかなり苦労しました。細胞は生き残るためにかたまりをつくる性質があるため、通常の針を用いると針先が詰まるのです。共同開発者である日本ライフライン株式会社の優れた設計技術と繰り返しの試作や、筑波大学病院の先生方のフィードバックのおかげで、ようやく「細胞が詰まらない針」の開発に成功しました。おかげで細胞の投与自体は1時間もかからないようになり、治験担当医からも高い評価を頂いています。
――現在の開発対象は慢性心不全ですが、急性期医療にも挑戦しますか?
野上:急性心不全の治療にはすでに様々な選択肢があること、さらに現在の再生医療のコストを考えると、急性期の時点から再生医療を用いるのは、まだ現実的ではないと考えています。さらに再生医療の真の価値は、短期間な治療効果よりも、年単位の長期的な予後の改善にあることも、急性心不全でなく慢性心不全を開発対象とする理由だといえます。
製品開発のコアとなる技術は「まずは自分たちで挑戦する」
――株式会社日本再生医療を完全子会社化されたことについてお聞かせください。
野上:再生医療の分野で先行する同社と組むことで、メトセラにも大きなベネフィットが期待できると考えました。多くの日本のバイオテックは「選択と集中」の考え方から、研究開発や製造といった機能を外注化することで会社のサイズを小さくし、パイプラインを絞り込むことで、少ない資金でも事業を継続できる方向性を模索してきました。
私たちは、社内に研究開発や製造などの機能を持つことが、新規のパイプライン開発を可能にするだけでなく、新たな学びにつながると考えています。日本再生医療の開発品は、私たちと同じ心臓領域であり、その開発ステージは第Ⅲ相に到達していました。臨床開発における彼らの経験は、後を追う私たちメトセラにとって貴重な財産となる筈です。
――開発においてコアとなる技術は自分たちでやる!ということですね。
野上:その通りです。研究開発チームがあって作用機序を見ることで彼らが新しい発想、新しい発見につながる。製造工程にしても細胞の日々の変化や、新しい培養方法のひらめきなど色々な要素が次の製造につながる。そこに心を砕いて向き合うことが必要だと考えています。もちろん、私たちだけで全ての工程を担う必要はないと思います。たとえば製造についても、最後は医薬品製造受託機関に委託することになるでしょう。一方でまだ早期試験の段階であれば、小回りのきく自社の小規模施設で製造することにメリットを見いだしやすくなります。現在の再生医療業界では、私たちメトセラのように自家細胞でビジネス化を目指す会社は、限られています。自家細胞治療のパイオニアとして業界を切り拓いていくためにも、ある程度は自社内にリソースを持つことが必要だと考えています。
――日本再生医療から引き継いだパイプラインを教えてください。
野上:日本再生医療からは、心臓内幹細胞(CSC:Cardiac Stem Cell)を用いた再生医療等製品の開発パイプラインを引き継ぎました。現在は、外科的修復術後の単心室小児症患者さんを対象に、心機能改善を検証する第Ⅲ相試験が進行中です。単心室症は、出生約5千人から1万人に1人の割合で発生する先天性希少疾患です。心機能が弱いために臓器障害などを起こしやすく、術後の長期予後も良くありません。私たちとしては、同製品の臨床開発を通じて、患者さんの併存症予防とクオリティ・オブ・ライフの向上を目指します。
サイエンス・ドリブンで「新たな発見が事業を牽引する」
――適応疾患や事業方針などは、起業当時から決まっていたのですか?
野上:全然そんなことはなくて、様々な紆余曲折がありました。何しろ起業をきめた時にはin vitroのデータしかなく、動物試験の経験もなし。ビジネスモデルも未定で、創薬ビジネスなのか、試薬ビジネスなのか、自家細胞でいくか、他家細胞でいくかも未定でした。起業後も岩宮と2人で議論を重ねながら、最後は「世界で最も困っている人たちがいる領域に治療薬を届ける仕事こそ、挑戦するべきだ」との結論に達して、心不全領域に狙いを定めました。
岩宮:起業時に確定していたのは、線維芽細胞を用いること、カテーテルで投与することの2点のみ。むしろ最初から目標を決めずに、データを検証しながらモダリティを決定してきました。たとえば、当初は胎児の心臓でしか治療効果のある線維芽細胞(VCF)を発見できなかったため、他家細胞移植を目指しましたが、これは様々な問題から実現が非常に困難であることが分かりました。しかし、後に成人の心臓で胎児細胞によく似た線維芽細胞を創り出す技術Fibroblast Rejuvenating Factor: FRFの開発に成功したことで、新たに自家細胞移植の可能性が生まれ、これが現在のメトセラの方向性を決定しました。
野上:バイオテックの世界では、当初想定した開発路線と実際のデータが一致しないことが多々あります。しかしながら、それがとんでもない発見だったりします。FRFの発見によって、自家細胞移植の道が開けたのも、その一例といえます。最初は仮説に基づいて開発を進めるが、当初の仮説と異なるデータが生まれたら、素早く方向性を切りかえる。サイエンス・ドリブンによる事業展開にこそ、私たちメトセラの価値があると考えています。
――それを実際に達成してきたのですから、すごいことですよね。
野上:私たちは「仮説を否定しない」という考え方を大切にしています。仮説を否定することは、簡単なんですね。根拠がないとか、拡張性に乏しいとか、安定性が低いとか、否定する理由なら幾らでも思い浮かぶ。でも仮説なのだから十分な根拠がないのは当たり前。十分な根拠がないから否定するのではなく、まずはその仮説が真実かどうかを検証する。私も岩宮も、十分な根拠がない仮説を検証する作業が楽しくて、その習慣が自然と身についていました。そんな2人が起業した会社だから、メトセラは面白い挑戦ができるのだと思います。今後もサイエンスとビジネスの両面で、常にサイエンス・ドリブンを探求できる会社でありたいですね。
研究者にとっても魅力的なバイオテックでありたい
――ここまで順調に成長してきましたが、目下の課題は何ですか?
岩宮:スタッフが30名を超える規模になり、新たにコーポレートガバナンスという概念が重要になってきました。コーポレートガバナンスと自由なサイエンスは、ある意味で相反する考え方です。したがって、サイエンスの自由度を担保しながら、会社としてコーポレートガバナンスをどうやって強化するか?という課題に、日々頭を悩ませています。
野上:スタッフの確保も課題ですね。研究者の中には、ずっと大学で研究を続けたいという人たちが少なくありません。優れた才能を持つ研究者の獲得は、私たちメトセラのレベルアップには必要不可欠です。最近は、兼業を認めるクロスアポイントメント制度によって、大学に残るか企業で働くかの二者択一ではなくなり、産学連携のあり方も変化してきました。さらに私たちとしては、たとえば自分たちで論文を書きあげ、国際的学会で発表するといった活動を通じて、今後もメトセラの知名度と魅力を上げていきたいと考えています。
――どうすればバイオテック志望の研究者を増やせるでしょうか?
野上:バイオテックなら面白い研究ができるとか、新しいものを作れるといった価値観を作ることが大切だと考えています。たとえば、テック業界やIT業界では、就職競争を戦うよりも、起業や、スタートアップでの活躍がカッコイイという価値観が強まってきていると思います。そうした変化の流れの中で、最後の牙城として取り残されているのがライフサイエンス業界。そこで私たちとしては、バイオテックに行けば研究者として成長できる機会があるとか、もっと挑戦的な仕事ができるといった価値観を作りたいと思っています。
――最後に読者の皆様にメッセージをお願い致します。
岩宮:新しい仲間を常に募集しているので、メトセラの科学に興味もあるみなさんから、ぜひご連絡をいただけたら嬉しいです。また、今後はビジネス面でもサイエンス面でも海外展開にも挑戦していくので、たとえば「日本のバイオテックを海外で活躍させる」という仕事に興味がある方とも、ぜひ一緒に仕事をさせて頂きたいと思います。
東京女子医科大学医学研究科博士課程修了。同大学先端生命医科学研究所では心臓再生医療に関する研究を担当し、心臓線維芽細胞の研究に注力する。慶應義塾大学先端生命科学研究所の再生医療チームではチームリーダーを務めた。現在は株式会社メトセラの共同代表として、主に研究開発計画の立案・遂行などを統括する。
筑波大学第三学群国際総合学類卒業。卒業後は三井住友銀行、モルガン・スタンレー証券の投資銀行本部にて企業買収や企業の資金調達などの業務に従事する。ベンチャー企業の経営全般に関わった経験もある。現在は株式会社メトセラの共同代表として、開発戦略の立案、ビジネスモデル、ファイナンスなどの事業遂行を統括する。