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インタビュー・コラム

「人工知能×眼検査」でどこにいても診療を受けられる世界を目指す 東北大・松本氏

メドテック(医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービスなど)領域で事業化を検討している、または事業化したばかりの研究者を支援する「メドテックイノベーター発掘プログラム」(プログラムの詳細はこちら)。現在は、ピッチコンテストを経て選出された6チームが、メンタリングなどのプログラムを受講しています。本稿では、6チームの代表者に、事業内容や起業の動機、挑戦したい未来像などについて聞きました。
今回紹介するのは、松本拓朗先生(東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学医学部眼科学教室)です。

松本拓朗先生(東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学医学部眼科学教室)

高齢者の多くが適切な眼科医療を利用できていないという現実

松本 我々は、簡単な操作で眼の障害の検出および診断が可能な「自動細隙灯顕微鏡」の開発に挑戦しています。細隙灯顕微鏡は、眼科診療に欠かせない道具ですが、その操作や診断を自動化することで、眼科以外の医療者にも使いやすい装置を目指しています。まだ起業はしていませんが、年内には最初の試作品を世に送り出す予定です。

——「自動細隙灯顕微鏡」について詳しく教えてください。

松本 従来の細隙灯顕微鏡検査は、眼科医がマニュアル操作でピントを合わせて実施していますが、我々の装置はピント操作から異常検出まで自動で行います。具体的には、レンズとコンピュータを搭載した卓上サイズの検査機器で、被験者がレンズをのぞくことで、角膜・前房・水晶体・硝子体などの状態を確認し、異常があれば自動で検知します。将来的には人工知能も搭載し、緑内障などの疾患の診断も自動で行います。

——なぜ「眼科の自動診断技術」に着目されたのですか?

松本 その背景には、眼障害を抱える高齢者の多くが、適切な眼科医療につながっていないという現実があります。もともと高齢者の大半は、緑内障など何らかの眼障害を抱えており、眼障害は転倒や将来の認知症などのリスクを高めることもわかっています。しかし、高齢者本人にとっても、ご家族や介護する者にとっても通院に伴う負担は大きく、実際は多くの高齢者が受療できていません。同じ高齢者医療でも、内科領域は訪問診療やオンライン診療が普及していますが、眼科領域ではほぼ普及していません。

——なぜ眼科領域では訪問診療が普及しないのでしょうか?

松本 眼科診療では、細隙灯顕微鏡による検査が不可欠だからです。しかし、従来の細隙灯顕微鏡は大きく、かつ眼科医がマニュアルで操作する必要がありました。オンライン診療も同様で、問診でほぼ完結する内科と異なり、眼科は細隙灯顕微鏡がなければ診療できないので、患者さんには顕微鏡がある場所に来てもらう必要がありました。

大学発の医療技術の社会実装を担える人材になろうと思った

——開発中の自動診断装置は、どのような検査に対応していますか?

松本 現時点では、既存の細隙灯顕微鏡検査で検査できる範囲内容~すなわち、角膜や虹彩や瞳孔や水晶体などの異常や、それに伴う白内障や緑内障の眼疾患のリスク~を判定します。本来は、眼底検査や眼圧検査にも対応した機器にしたいのですが、そうなると薬事承認のハードルが跳ね上がるため、まずは非実装の機器で薬事承認を目指します。もっとも、需要が明確になれば、いずれは眼圧検査なども実装させたいですね。

——この医療機器が生まれた経緯を教えてください

松本 元々この機器は、わたしがゼロから開発したわけではなく、科学技術振興機構の産学連携プログラム「COI-NEXT(共創の場形成支援プログラム)」に東北大学眼科学分野も参加しており、そこから誕生した技術のひとつです。わたしがこの開発計画に参加したのは、今後の自身のキャリア形成を考えたときに「大学にはものづくりが得意な研究者は沢山いるが、社会実装を担当する人はまだ少ない」ことに気づき、わたしがその存在になろう!と考えたのがきっかけです。わたしは現役の眼科医であり、医療現場にいるため、医療現場を知らない人より迅速な社会実装に貢献できると考えました。

宇佐見 晃(東北大学スタートアップ事業化センター) 東北大学は、事業化の意志を持つ研究者や学生を対象に、社会的インパクトのある研究成果の事業化を支援するスタートアップ支援プログラム「東北大学ビジネス・インキュベ-ション・プログラム(BIP)」を提供しており、松本先生も昨年度に採択されています。過去には松本先生と同じ眼科学教室の中澤徹主任教授も、同プログラムに採択されていますね。

松本 ほかにも、今年は宮城県が主催するピッチコンテストで「宮城県知事賞」を受賞しており、そのときに獲得した賞金や支援金などを使って開発をしています。

——開発において特に苦労したことはありましたか?

松本 すべてが手探りの状態なので、すべてにおいて苦労しています(笑)。そのうち、薬事関連はある程度道筋がついてきたので、目下の課題は「医療現場でより使いやすい機器にすること」ですね。医療機器の世界は、ただ医療機器としての要求性能を満たしていれば売れるというものではありません。デバイスとしての機能とは別に、オンラインの通信速度やインターフェイスの操作感覚など、ユーザー視点の使いやすさも重要な要素です。そこで現在はデザイナーにも参画してもらい、開発を進めています。

優勝者の篠倉さんとは久しぶりの「意外な再会」だった

——「メドテックイノベーター発掘プログラム」参加の感想を教えてください。

松本 とても勉強になりました。参加のきっかけは、宇佐見晃さんからの紹介でした。応募締め切りギリギリの参加だったので、座学は全て動画での視聴でしたが、網羅的な内容で参考になりました。動画はいつでも見返せるので、事業化の最中にふと過去の動画を見返すことで「なるほど、この話はこのことだったのか!」と、現在の自分の状況と紐づけることで、最初はわからなかった気づきがあるのも、おもしろいですね。

——ピッチコンテストに対する感想もお聞かせください。

松本 印象深いのは、今回のピッチで優勝された篠倉啓純さん(大阪大学推薦)のプレゼンですね。実はまだ篠倉さんが、各大学の医療現場を訪問して医療ニーズの掘り起こしをしていた頃、東北大学眼科でお会いしていたのです。篠倉さんから久しぶりに声をかけられたときは、まさに意外な場所での意外な再会で、とても驚きました。篠倉さんの場合は、脱サラして現在の事業開発に挑戦されているわけで、事業開発にかける彼の覚悟を知って「この人が相手なら、負けても仕方がない」と納得しました(笑)。

左:宇佐見晃氏 右:松本拓朗先生

まずはプロトタイプを用いて特養や老健で概念実証に挑戦

松本 まずはプロトタイプを用いて、特養(特別養護老人ホーム)や老健(介護老人保健施設)の協力のもとで、概念実証を進めながら、年内には試作機の完成を目指しています。その時点では、まだ「人工知能による診断機能」は実装せずに、機器を通じて収集したデータを眼科医が確認し、診断レポートを作成するという形をとります。

——現在はどのような事業化スケジュールになっていますか?

松本 まずは宮城県仙台市を中心に、東北大学の診療ネットワークを活用しながらこの装置の概念実証を進めます。そこで好感触が得られたら、次は全国に拡大し、同時に米国進出も検討します。実は「イノベーター発掘プログラム」でも、内田毅彦さん(サナメディ株式会社)に「米国のホームドクターにも展開できる可能性が高い」と提案されており、わたしも「医療機器の成功の可否は、米国展開が鍵になる」と考えていました。とはいえ、現時点ではまだ完成品もないので、まずはその開発が最優先ですね。

——松本さんは、事業開発と別に博士課程の研究もあるから、大変ですね。

松本 個人的な希望としては、進行中の「自動診断装置の事業化」を通じて医療データを収集して、そのデータをもとに博士課程の研究に挑戦したいと考えています。もっとも、両者の時間軸が合わない部分もあるので、そこはむずかしいところです。わたしとしては、将来も事業の開発と眼科医の仕事を並行して続けたいと思っています。

——では最後に「今後の抱負」をお聞かせください。

松本 今日に至るまで、多くの方々の力を借りて進めて来ることができました。皆様の御期待に応えられるよう、今後も全力を尽くして事業を成功させたいですね。

松本 拓朗 東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学医学部眼科学教室
松本さんは、東北大学病院眼科や宮城県沿岸部の病院で、眼科医としての診療や手術経験を重ねる一方で、同時に東北大学大学院で、遠隔診療や人工知能デバイスの開発にも挑戦してきました。その経験から「高齢者ひとりでは眼科に通院できない」「付き添う家族の負担も大きい」「病院まで送迎してくれるスタッフがいない」などの理由で、施設や在宅で過ごす多くの高齢者が、適切な眼科医療につながることができない現実を知り、その経験が現在の事業開発の出発点となりました。
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