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インタビュー・コラム

「ビデオゲーム×医療」でADHD医療に革新を:個々のニーズに応える新しいアプローチ Almaprism株式会社

メドテック(医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービスなど)領域で事業化を検討している、または事業化したばかりの研究者を支援する「メドテックイノベーター発掘プログラム」(プログラムの詳細はこちら)。現在は、ピッチコンテストを経て選出された6チームが、メンタリングなどのプログラムを受講しています。本稿では、6チームの代表者に、事業内容や起業の動機、挑戦したい未来像などについて聞きました。
今回は、「ビデオゲーム×医療」でADHD医療に革新を生み出すAlmaprism(アルマプリズム)株式会社を紹介いたします。

糟野 新一氏(右・最高経営責任者)
小野 富大氏(左・最高執行責任者)

エンターテイメントと精神医療はとても相性が良い

糟野 弊社は「ビデオゲーム×医療」をテーマに、新たなデジタル医療領域の研究開発に挑戦する「Almaprism株式会社」です。発達障害の一種である「注意欠如・多動症(ADHD)」を対象としたプログラム医療機器の開発に取り組んでいます。具体的には、我々が開発したビデオゲームを診療現場でお子さんにプレイしてもらうことで、そのプレイデータを収集・分析し、そのお子さんの問題解決における考え方のクセなどを解明することで、日常生活における配慮や治療の選択などを支援したいと考えています。

——ADHDとはどのような疾患なのでしょうか?

糟野 不注意や多動性などを特徴とする神経発達障害の一種です。有病率は「20人に1人」とされ、潜在的あるいは未診断も含めると、その数はさらに多いと推測されています。「親のしつけが悪いせいだ」とか「ただの甘えにすぎない」と誤解されることも多く、正しく診断されても、発達障害という診断名ゆえに周囲のスティグマ(社会的偏見)に苦しむ場合もあります。本人の特性も病態に強く関わるため、ただ薬を飲めば簡単に解決するというものでもなく、多くのADHDのお子さんたちや保護者の方々は、自分の特性と向き合い、社会の中で生きることの難しさを日々実感しています。

——非常にデリケートな疾患なのですね。

糟野 特に小児期は、落ち着きがない、勝手に動き回る、他人とうまく意思疎通ができない、苦手な問題に直面するとパニックになるなど、多岐にわたる困りごとが起きがちです。その程度にも濃淡があり、不登校など深刻な状況もあれば、本人はあまり自覚していない場合もあります。そのため、本人の特性を無理に矯正するのではなく、日々の困りごとを減らして負担を軽くしてあげることが治療の目標となります。

——なぜご自身で起業しようと思われたのでしょうか?

糟野 ゲームデザインの仕事をしていた頃から、エンターテイメントと精神医療は非常に相性が良いと考えていました。そんな折に、米国で開催されていたゲームの祭典の会場で、ビデオゲームの医療応用を熱心に議論する様子を目にする機会があり、大きな刺激を受けました。当時は、ADHDの症状改善に用いる治療用アプリが米国で初承認されるなど、ビデオゲーム×精神医療は非常にホットな世界でもありました。

ーーそれで「ビデオゲーム×医療」の世界に挑戦されたわけですね。

糟野 といってもすぐ起業したわけではなく、メドテックの世界はアカデミアとの協力関係が不可欠なので、まずは知り合いの会社で「ビデオゲーム×医療で論文を書く」というプロジェクトから着手しました。ちょうどその頃に小野さんと知り合いになったので、2人で起業しようと決断しました。同じ頃、京都大学医学部の先生との共著で「3Dシューティングゲームで人間の認知機能を測定する」という研究論文も発表しました。それで自分たちの技術に対する自信を深めたことで、いよいよ起業に踏み切りました。

ーー小野さんのご経歴についてもお聞かせください

小野 わたしは親の仕事の都合で小学生の頃に渡米して、社会人になるまで米国で過ごしました。大学では物理化学を専攻し、卒業後はアメリカの公立学校で物理学を教えていました。そこで「同じ内容の授業でも、見せ方や生徒たちの関心の有無によって、反応が全く異なるものになる」という場面に度々遭遇した経験から、人の特性はその人がどう考え成長するかに大きな影響を及ぼし、その特性には悪い面もあれば良い面もあること、だからこそ、人の特性を理解し、その良い面を活かせる方法を模索することが大切だと考えるようになりました。

ーー小野さんはいつから事業に合流されたのでしょうか?

小野 アメリカでの教師の仕事を退職したあと、教育系大学院に進学したのですが、ちょうど大学院を卒業した頃に、新型コロナの流行で大学院が閉鎖され、久しぶりに日本に帰国して、ベンチャー企業で仕事をはじめたところ、ちょうど隣の席で何かおもしろそうなことをしている人がいたのです。それが糟野さんでした。

最大の問題点は「最適な治療方針を見つける手段が少ない」

糟野 ADHDのお子さんの特性や困りごとの内容は多彩なので、ひとりひとりに最適な介入方法を考える必要があります。具体的には、まずは質問表を用いて保護者に聞き取りを行い、またお子さんにもテストを受けてもらい、その特性を把握した上で、投薬治療や認知行動療法などの介入手段を選択するというステップを踏みます。しかし実際は、治療の前段階のステップ「複数の選択肢の中から最適な介入手段を選択する」際に必要な体系的メソッドが不足しており、現状では専門家の経験則に支えられている部分が非常に大きいのです。我々はここが最大のクリニカルペインと考えています。

——子どもの特性を把握するのは、それほど難しいのでしょうか?

糟野 児童精神医学の専門医が、時間をかけて行動観察すれば、お子さんの適性と最適な介入方法もわかるのですが、実際は専門医の数も行動観察にかける時間も足りないのです。お子さんの特性や認知機能を測定する手法はいくつかありますが、いずれも医療者や患者側の負担が大きく、またテストの内容と現実の乖離が大きいため、その結果が本人の実情と必ずしもリンクしていないという報告もされています。これに対して、ビデオゲームという「お子さんも親も楽しみながら、1回の検査でそのお子さんの考え方を多角的に『見える化』できるテスト」を提供するのが当社の技術です。治療法ではなく、そのお子さんに対する最適な介入方法を知るための情報ツールを目指しています。

——具体的には、どういうスタイルになるのでしょうか?

糟野 いわゆる、一般的な家庭用ゲーム機で遊ぶイメージと同じです。コントローラーを持って医療機関でお子さんがビデオゲームで遊び、そのプレイデータから特性を把握します。

なぜ「おもしろいゲーム」である必要があるのか

糟野 これまでの「ビデオゲーム×医療」は、医学的エビデンスを出発点としてゲームの内容を決定するため、ゲーム本来の強みであるエンターテイメント性を活かしにくいという構造上の課題がありました。従来のメドテックの潮流(特に医療用ソフトウェアの開発)では、標準的な治療法や、生物学的・物理学的に有効性が期待できる技術をベースにアプリケーションを開発するのが本筋であり、我々もその手法自体に異論はありません。ただ、利用者が「おもしろい!」と熱中したときに見せる行動は、より現実に近いデータであり、それが後の治療継続率にもつながるため、非常に重要な要素なのです。そこで我々は、エビデンスの質を保ちつつ、ビデオゲームの強みであるエンターテイメント性を両立させることが、開発の肝になると考えています。

小野 現在の診断では、心理検査や各種テストが利用されますが、ADHDの小児だと、テストの内容次第では継続的に集中して取り組むことが難しい場合もあり、そのお子さんが実生活で必要としている能力が実際に測定できているのかわからないという課題があります。すると「お子さんの興味に配慮した設計でなくとも、検査として正しく設計されていれば十分に有用である」という、心理測定の分野における前提のひとつが崩壊してしまうし、それがこれまで客観的な指標がなかった要因のひとつだと考えています。個人的にも、わたしがこの領域に関心を持ったきっかけは「人の特性がその人の行動の傾向をどう左右するか」とか「興味をもてるかどうかで、行動のとり方や理解度が大きく変わる現象」なので、たとえば人の特性にあわせて個別化した介入を提案するとか、その結果その人にどういう影響が出るのか、とても興味があります。

糟野 そこで我々は、すでに完成された理論にビデオゲームという技術を足し合わせるのではなく、新しいメソッドを構築することからビデオゲームをつくる」という方法に挑戦しています。つまり、まだ確立されていない技術の仮説を実際にアプリケーションで再現し、実際に現場での探索的な試験を通して仮説検証をしていきます。これって実はビデオゲームの開発と近い制作プロセスなのです。

いまの我々は幅広い領域の専門家に見て頂く段階だと思う

糟野 今回の「メドテックイノベーター発掘プログラム」参加のきっかけは、日本最大級のヘルスケア特化型ピッチイベント「HVC KYOTO」に参加し、そこでジェトロ(日本貿易振興機構)賞を頂いたことでした。それを契機にジェトロや京都大学の方に「こういうプログラムがあるから参加しないか?」と提案されて参加しました。

——実際にプログラムに参加してみて、どうでしたか?

糟野 我々のようにエンターテイメントと医療のボーダーラインで事業をしている以上は、それぞれの専門分野の専門家の方々にきちんと評価してもらう必要があると考えていました。いまの我々は、幅広い領域の方々に見て頂く必要があるステージだろうと。だからこそ、今回のプログラムでメドテック領域の専門家の皆様に、純粋な医療機器としての価値判断をしてもらえたのは、ありがたい経験だと思っています。

小野 我々の目指す「エンターテインメントの分野のノウハウを医療に応用する」というアプローチは、現在のメドテック領域における一般的な進め方ではありませんが、プログラム医療機器として承認取得を目指す以上、医療機器開発やメドテックにおける一般的な進め方もきちんと学ぶ必要がありました。また業界の動きも貴重な情報であり、それらを学ぶことができた貴重な機会だったと思います。

糟野 我々としては、実際に事業を成功させることで、我々のアプローチも正解のひとつであるという証明にも挑戦したいと考えています。一方で「元任天堂のゲーム開発者」という経歴ばかり注目されてしまい、技術自体は未成熟にもかかわらず、分不相応に評価されたという側面もあると思います。ときに耳に痛いご意見も、臨床現場の先生や、いま困っているお子さんたちや保護者の方々に我々のプロダクトを届けるために真摯に受け止めなければならない、貴重なフィードバックだと理解しています。

社会におけるビデオゲームの新しい価値をつくりたい

糟野 現在開発中のビデオゲームは、まずはプログラム医療機器としての承認取得を目指しますが、その次は「誰でも気軽に利用できるコンシューマーアプリとしての展開」を目指します。本来、生活必需品とはいえないエンターテイメントであるビデオゲームが、発達障害に伴う困りごとを改善するものとして気軽に手に取ってもらえるものになって、今までなら「ゲームばかりしていないで勉強しなさい!」といっていた大人たちが「今日はもうゲームしたの?」とお子さんに問いかけるようになるとおもしろい」と思ったのです。

ゲームクリエイターとしては、たとえば子どもの頃に発達障害と診断された人が「そういえば、子どもの頃に病院からもらったゲームでお母さんと一緒に遊ぶのは楽しかったな」という思い出ができるような世界になれば、まさにクリエイター冥利に尽きると思っています。もちろん事業として成功することも大切ですが、その方が、たくさん売れるとかネットで瞬間的に話題になるとかよりも、ずっとうれしいでしょうね。
 

糟野 新一  CEO・ゲームデザイナー
京都府出身。京都大学総合人間学部卒業。在学中にグラフィックデザインを独学で学ぶ。大学卒業後は任天堂株式会社に入社。企画制作部のゲームデザイナーとして「Nintendo Labo」をはじめ数々のゲームの企画開発に携わる。その後ベンチャー企業で京都大学と学術研究を行い、ゲームを使用した学術研究プロジェクトにて開発を指揮。2022年4月にAlmaprism合同会社を設立し、医療用ゲームのプロトタイプの開発に従事。2025年2月、Almaprism株式会社のCEOに着任。
小野 富大 COO・データサイエンティスト
東京都出身。親の仕事の都合のため小学校1年生の頃からアメリカで育つ。バージニア州立大学で物理化学を専攻し、卒業後は公立のハイスクールで物理学の教師として勤務し、生徒に楽しみながら学んでもらえるような体験型学習の手法を作成。その後、ハーバード教育学大学院で教育心理および行動分析について学ぶ。修士課程修了後はベンチャー企業に入社し、京都大学と共同でビデオゲーム内の行動と認知機能の関連性を研究する。現在はAlmaprism株式会社のCOOおよびリサーチ・ディレクターとして研究開発を指揮。
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