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インタビュー・コラム

途上国での眼科診療から生まれた「スマートアイカメラ」が世界の眼科診療に変化を起こす OUI Inc.

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日本を含む先進国には眼科の専門医も多く、治療へのアクセスも比較的容易といえます。ところが、世界を視野に入れてみるとその様相は一変します。眼科の専門医が少なかったり、診断に必要な機器が整備されていなかったりといった理由で、治療法が確立されているはずの「白内障」などによって視力を失う人が数多くいます。

OUI Inc.(ウイインク)は、アジア・アントレプレナーシップ・アワード(AEA)2022の候補となったスタートアップ24社の中から見事優勝を飾り、同時にIP Bridge賞、一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)が協賛するライフサイエンス賞を受賞しました。OUI Inc.は、スマートフォンに後付けすることで眼科診療が可能になるデバイス「スマートアイカメラ(SEC)」を開発している慶応義塾大学医学部発のスタートアップ企業。今回は、代表取締役で現役の眼科医でもある清水映輔氏にインタビューを行い、開発されたデバイスの機能やOUI Inc.の掲げるビジョン、今後のビジネス展開について伺いました。

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OUI Inc. 代表取締役 清水映輔氏

眼科医として医療機器のない途上国での診療がきっかけとなり、プロダクトを開発

――OUI Inc.を設立した経緯についてお聞かせください。

私は現在も、現役の眼科医として診察を続けながら、OUI Inc.のビジネスと兼業しています。OUI Inc.を立ち上げたのは、眼科医として勤務し始めて3年目で、「仲間と何かしよう」「ビジネスの場をつくろう」と同期の仲間と一緒に起業をしました。

「スマートアイカメラ」を開発しようと思い立ったのは会社設立後のことでした。2017年10月に、所属しているNPO法人ファイトフォービジョンの活動の一環で、白内障手術を行うボランティアとして訪れたベトナムでの経験がきっかけです。ベトナムをはじめ東南アジアでは眼科診療のための大型医療機器がないところが多く、スマートフォンに搭載されているライトやカメラを使って診察をしているのを目にしました。

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眼科での診察には、「細隙灯(さいげきとう)顕微鏡」という、患者さんの目に光を当てて診断する専用機器を使います。日本の眼科では一般的に使われているものですが、細隙灯顕微鏡のない現地ではスマートフォンのライトとカメラ機能を使って、なんとか眼科診療を行っている......。スマートフォンで細隙灯顕微鏡と同じ光を作ることは難しいんです。それなら、スマートフォンに装着して診療を補助できるデバイスがあればと思いました。

――そこからスマートアイカメラの開発がスタートしたんですね。

スマートフォンにはライト機能もズームができるカメラもありますし、光のつくり方に工夫ができれば眼科の診断に使えるものができるのではと考えました。日本に帰ってから研究・開発を始め、約1年半で形にしていきました。

外部の電源や光源を必要としないデバイスで、環境に左右されずに診察が可能

――スマートアイカメラの構造や強みについて教えてください。どんなところにこだわって開発されたのでしょうか。

スマートフォンに装着して、ライト部分から出る光を細隙灯顕微鏡と同じ細さ(0.1~0.3ミリメートル)にして目に当てることができるのが、スマートアイカメラの診察機器としての最大のポイントになります。

また、こだわったのはスマホの光とカメラ機能を活用できるところです。類似製品には外部光源を使うものが多く、つまりペンライトのようなものを外付けした製品です。その場合、ライトの電池を交換する必要がある上に、先のことを考えると海外で医療機器として登録申請をする際に「電気製品」になってしまうため、現地での導入ハードルが上がってしまう懸念もありました。スマートアイカメラはあくまでもスマートフォンのライトとカメラをそのまま使えて、電池などの必要ない機器にしたかったんです。

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スマートアイカメラ(SEC)はスマートフォンに後付けで装着し、簡単に診察が可能に

スマートフォンのカメラで撮影できるということは、そのデータを世界中どこにでも送信できます。そのため、眼科医がそこにいなくても撮影したデータから診断をすることも可能で、眼科医が不足している地域でも診療に役立てることができます。

――海外、とくに開発途上国における眼科診療の現状を改めて教えてください。

世界では年間およそ4400万人が失明していますが、その原因の半分以上が白内障です。先進国と比較をすると、例えば日本では緑内障や糖尿病網膜症、加齢黄斑変性などが失明原因の上位ですが、ベトナムでは白内障が全体の70%以上を占めます。白内障は治療が可能で、先進国のように診断ができればすぐに治療へアクセスできますが、途上国ではまず診断が可能な眼科の医師が不足していること、そして十分な設備がいきわたっていないために、目にまつわる病気の発見ができないのが現状です。

まずは病気を見つけるための「診断」の段階で、スマートアイカメラの活用が非常に有効だと考えています。先にお話ししたように、外部光源や電源も必要としないデバイスなので、持ち歩きも簡単ですし、現地の医療現場でも取り入れていただきやすい形になっています。

――開発当初から、海外での展開を考えていたわけですね。国内での活用の可能性についてはいかがですか。

やはり出発点が海外での経験だったこともあり、海外での活用にフォーカスしたものになっているとは思います。ただ、私たちは日本発の企業ですから、「実際に日本の医療現場で使われているのか?」というのもよく聞かれるポイントです。国内では「眼科以外の医師」に利用いただいているケースが全体の半分くらいあります。

具体的な導入事例としては、人口が少なく医療体制が整いにくい離島やへき地などでの導入が挙げられます。北海道の宗谷地方に猿払村(さるふつむら)という人口2700人ほどの村がありますが、ここには医師が一人しかいらっしゃらないんです。その先生は眼科の専門ではないため、眼科の専門医にかかるためには稚内の病院まで車で数時間という環境です。この先生にスマートアイカメラを導入いただき、目に症状のある患者さんがいた場合には前眼部の映像を撮影して眼科の医師に転送し、診てもらうという形をとっていただいています。

同じように、海外でも専門外の医師がスマートアイカメラを使って患者の目を撮影し、離れたところにいる眼科医の診断をあおぐ......というような遠隔診療の体制づくりに大いに寄与できると考えています。

――海外への展開について、クリアすべき課題はどのようなところにありますか。

お話したような診療体制は、へき地にいる医師にとって保険点数を得られ、診断をする眼科医も診療報酬を得られる、患者も重大な病気でない場合は遠隔地の大きな病院まで行く必要がなく、三者にとってプラスになる形です。海外でもその形が作れると見込んでいますが、新たに機器の導入をしてもらうのは難しいのが現状です。

日本のODAをはじめ、世界の様々な国から援助として高価な医療機器が途上国へ贈られていますが、使い方がわからない、壊してしまうのが怖いなどの理由から、使われていないことも多いそうです。贈って終わりではなく、この便利な機械をどうすれば診療に使えるか、今ある診療の形にうまくフィットさせられるかを一緒に考えることが、途上国の医療の進歩には不可欠です。

あとは法律関連の点でしょうか。国によって医療にまつわる法律は内容が異なりますし、特に前眼部の撮影データが個人情報にあたるのか、それを撮影すること自体は医療行為にあたるのか・・・など、前例のないクエスチョンも多いため、一つひとつ整理していく必要もあります。

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「世界の失明を半分以下に」――。掲げたビジョンの先にもさらなる目標が

――「世界の失明を半分以下にして、目から人々の健康を守る」というビジョンの実現に向けて、どのような道筋を見据えていますか。

実現したいのは、今よりも簡単に世界中の誰もが眼科診療を受けられること。本来なら治せる目の病気によって失明してしまう人を減らすことです。さらにその先に目指しているのは、目に表れる様々な症状からわかる他の病気をも見つけ、私たちのデバイスが人々の健康に寄与していける世界です。へき地診療をしている医師や往診をする医師など、眼科へのアクセスが難しい人も治療へとつなげられたらと思っていますし、海外でも同じように、眼科医がその場にいなくても目の診察を受けられる仕組みを作っていきたいです。

今回、AEA2022に参加したのは、OUI Inc.という会社の名をより多くの人に届けたいと考えたからです。プロダクトやリリースといった結果を出すことと同じくらい、ピッチイベントで優秀な成績をおさめることも企業の成長証明になりますし、認知向上にもつながります。それから、ともにエントリーされていた他のスタートアップの経営者や主催、協賛企業の方とのつながりをつくれたことも大きなプラスになると感じています。例えばへき地診療においては、自治体との連携も必要になりますが、OUI Inc.だけでは力不足な点も大企業とタッグを組むことで可能になることもあるでしょうし、そこはとっても頼りにしています。

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OUI Inc.はAEA2022で優勝とライフサイエンス賞、IP Bridge賞を同時受賞した

スマートアイカメラが目指す究極の形は、全ての家庭に当たり前にスマートアイカメラがあるような世界。かつては病院にしかなかった血圧計も、今は銭湯や家庭に置いてあることが増えました。誰もが簡単に使えるデバイスとして、体重や血圧を測るように気軽に自分の「目」を見る。そこから自分の健康に対して関心を持ってもらうー-。スマートアイカメラにはその可能性があると信じています。

OUI_05.jpg清水映輔氏 OUI Inc. 代表取締役CEO Co-founder (MD,PhD)

慶應義塾大学医学部卒。日本語と英語のバイリンガル。眼科専門医・医学博士。専門はドライアイ・眼アレルギー。2016年にOUI Inc.を創業。国際医療支援活動の際に発展途上地域における眼科診療の問題点を発見し、その解決策としてSmart Eye Cameraを開発・実用化。他にも動物モデルを使用した基礎研究も行う。慶應義塾大学医学部眼科学教室 特任講師。
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