10月23日、日本橋三井ホール(東京都中央区)にて「第4回再生医療産学官連携シンポジウム」が開催されました。4回目となる今回のテーマは「薬機法および再生医療等安全確保法の施行から5年を迎え:現状の課題認識とさらなる推進に向けた取り組み」。壇上にはアカデミア・医療法人・再生医療関連企業・規制当局など様々な領域の関係者が登壇し、講演やパネルディスカッションなどに熱弁を振るいました。
【開会挨拶】
開会にあたり、澤芳樹氏(JSRM理事/LINK-J副理事長)が開催挨拶に立ちました。澤氏によると、「海外における再生医療・細胞医療はCAR-T細胞療法が中心であるが、日本ではそれ以外にも多種多様な技術や製品の研究開発が行われており、関係者の注目度は高い」。澤氏は、日本再生医療学会が目指す再生医療の将来像とは「日本発のシーズを世界に届けること」と指摘。そして、再生医療等製品が従来の医薬品と肩を並べる地位を確立すること、すなわち「再生医療の普遍化」が学会の最終目標であると訴えた上で、来場者には「最後までご参加頂きたい」と呼びかけました。
【来賓挨拶】
続いて甘利明氏(衆議院議員)が来賓挨拶に登壇しました。甘利氏は、4回目を数える再生医療産学官連携シンポジウムは、「参加者が、再生医療のあらまほしき(理想的な)姿を思い描き、そこに至るまでの思いを共有する場」であると指摘。その上で、世界の最先端を走り続けてきた日本の再生医療が今後もそうあるためにも、本シンポジウムを通じて「問題意識を共有して、実行に向けた推進力としてほしい」と話しました。その上で「政治が産・学・官に次ぐ4番目のツールとして皆様の後ろ盾になりたいと思う」と決意を示しました。
【基調講演】
座長:梅澤明弘氏(JSRM理事)
演者:佐藤大作氏(PMDA組織運営マネジメント役/審議役)
佐藤大作氏は、「医薬品医療機器法の下での再生医療等製品規制の進展」について講演を行いました。日本の再生医療における大きな変革点は「薬事法の改正(現薬機法)」と「再生医療等安全性確保法の施行」の2点にあったと振り返ります。旧薬事法の改正と「条件及び期限付承認制度」の導入を契機に、これまで4品目程度だった再生医療等製品の治験実施数は、現在では百を超えるまでに増加。さらに再生医療等安全性確保法の制定によって、玉石混淆であった再生医療業界の交通整理が進み、現在では第三種(体細胞の加工など)だけでなく、第二種(体性幹細胞など)の申請数も順調に伸長しています。条件及び期限付承認制度について、海外の有名医学誌に「有効性評価が曖昧なまま承認してしまう悪制度だ」と批判されたことに対して、佐藤氏は「正しく理解されるよう海外には今後も情報発信をしていきたい」と述べると同時に、同制度の信頼性は「承認後も継続して製品の有効性及び安全性の評価を適切に実施できるか否かにある」と指摘し、関係者の真摯な協力を求めました。さらに再生医療等製品の品質管理についても、関係者には常に改善・改良を続ける姿勢が求められていると訴え、本シンポジウムなどを通じた関係者間の活発な議論に期待を示しました。
【講演1】最新研究
座長:清水達也氏(JSRM理事)
佐藤正人氏(JSRM理事)
演者:梅澤明弘氏(JSRM理事 / 国立成育医療研究センター)
寶金清博氏(北海道大学保健科学大学院 )
中條光章氏(アンジェス株式会社)
講演1の最初に登壇した梅澤明弘氏(国立成育医療研究センター)は、小児難治性疾患「先天性尿素サイクル異常症」に対するES細胞(胚性幹細胞)医療の概要を紹介しました。先天性尿素サイクル異常症とは、肝臓のアンモニア代謝能の欠損によって血中アンモニア濃度が上昇する疾患です。重症例は肝移植以外に根本的治療はなく、急性期は哺乳も食事もできません。そこで梅澤氏ら研究チームは、アンモニアの代謝機能を有するヒトES細胞由来細胞を患児の肝臓に注入移植をする細胞医療を考案し、当局と協議の上で臨床試験を開始しました。梅澤氏は、同治療に採用したES細胞の利点について「神経細胞・網膜色素上皮細胞・肝細胞など様々な細胞に分化する」、「無限に増殖する」という特性を挙げて、「再生医療等製品の原料として考えるとES細胞は非常に有利である」と高く評価します。梅澤氏は「もっとも大切なことは、赤ちゃんが元気になってごはんを口にできるようになることだ」として、先天性難病医療にかける意気込みを示しました。
続いて登壇した寳金清博氏(北海道大学保健科学大学院)は、細胞医療製品が、「ダーウィンの海(実用化から商業化に至るまでの道のりの困難さを例えた言葉)」を乗り越えて商業化に成功することの困難さについて講演しました。寳金氏は脳梗塞医療の専門家であり、これまでにも脳保護薬など様々な新薬の治験に参加してきました。現在は脳梗塞患者を対象とした「骨髄由来細胞を用いた中枢神経再生治療」に挑戦中です。寳金氏によると脳疾患に対する細胞療法自体は国内外で複数の開発計画が進行しており、中には二重盲検試験で結果を出している製品もあるといいます。しかし「製品としては優秀であっても、それだけで『ダーウィンの海』を渡り切れるとは限らない」と指摘。製品の価格、利便性、患者ニーズなど様々な要因で「途中でおぼれ死ぬリスク」は常に存在します。その上で、十分な実力を備えた再生医療等製品が「ダーウィンの海」に挑戦する時は、市販後調査・運用ガイドラインの策定などで関連学会が積極的に支援することも大切だと訴えました。
講演1の最後に登壇した中條光章氏(アンジェス株式会社)は、今年9月から「慢性動脈閉塞症における潰瘍の改善」を効能・効果・性能として販売を開始したHGF(ヒト肝細胞増殖因子)遺伝子治療用製品「コラテジェン筋注用」の開発経緯と今後の課題を解説しました。日本初の遺伝子治療用製品として注目を集める同製品ですが、開発は決して順風満帆ではありませんでした。中條氏は「申請データの不足から承認申請を取り下げたこともあった」と振り返ります。今回の製造販売承認は条件及び期限付承認のため、投与全例を対象とした使用成績比較調査が義務付けられています。中條氏は、厳密な患者設定のもとで実施される治験とは異なるリアルワールドの使用成績比較調査で結果を出すことの難しさに言及。その一方で「国内初の遺伝子治療製品となったことは非常に誇らしい」と述べ、これから日本に遺伝子治療が定着し、より多くの患者が遺伝子治療の恩恵を享受できる社会を実現するためにも、まず自分たちが頑張らなければならないとの決意を明らかにしました。
【講演2】身近な医療としての第三種再生医療等治療
座長:大島勇人氏(JSRM理事)
佐藤陽治氏(JSRM理事)
演者:竹内康人氏(厚生労働省医政局 研究開発振興課 再生医療等 研究推進室長補佐)
相川佳之氏(湘南美容外科グループ統括院長)
岡田 潔氏(JSRM理事)
講演2の最初に登壇した竹内康人(厚生労働省医政局)氏は、国内で実施されている再生医療の施行状況について報告しました。国内の再生医療はリスクによって第一種から第三種に区分され、そのうち第三種は最もリスクの低い再生医療が該当します。「再生医療等安全性確保法」の施行を契機に国内の再生医療の実施件数は急速に伸びており、直近5年間で届出された再生医療計画は合計4千件近くに上ります。竹内氏によると、うち約9割を第三種が占めていて、さらにそのうちの9割は「消化器疾患(歯科領域含む)」と「悪性新生物」と「皮膚・皮下組織の疾患」が占めていました。竹内氏は現在の再生医療の課題として「相同利用(再生医療の実施部位と同じ機能の細胞を他の組織から採取・投与すること。第三種に区分されるのは相同利用のみ)に対する認識の不十分」と「自由診療として実施される再生医療の患者データ登録」の2点を指摘。今後は、省令通知の徹底及びレジストリ構築の支援などを通じて、課題解決に取り組みたいとの考えを示しました。
続いて登壇した相川佳之氏(湘南美容外科グループ)は「美容医療における再生医療」の現状を解説しました。同グループが今日までに提供してきた第三種再生医療は1千件以上。その大半は豊胸術としわ治療です。例えば豊胸術の場合は、腹部・大腿部などから採取した脂肪組織から脂肪組織由来幹細胞を分離抽出し、別に採取した脂肪組織と一緒に胸部に注入する、すなわち相同利用での治療が実施されています。相川氏によると、この方法は脂肪組織のみを移植する従来の手法よりも細胞生着率が高い反面、大量の脂肪細胞を採取するため患者の負担が大きいという欠点もあります。そこで相川氏らは、患者負担を減らして小柄痩身の女性でも利用できるよう、新たに培養脂肪幹細胞を用いた脂肪組織再生治療(第二種)による豊胸術を計画。現在はその準備を進めています。相川氏は、美容医療における再生医療の課題として「非常に高額なコスト」と「治療効果の不安定性」の2点を指摘。この2点の課題を解決しなければ、さらなる普及は難しいとの見解を示しました。
講演2の最後に登壇した岡田潔氏(JSRM理事)は「再生医療ナショナルコンソーシアム」について講演しました。再生医療研究の効率化を目指して設立された同コンソーシアムは、①臨床研究の促進、②人材の育成、③データベースの構築、④産学連携、⑤社学連携の5点を中心に活動を展開しています。例えば「臨床研究の促進」では、臨床研究プロトコルに対する助言、計画書の作成支援、企業とのマッチングなどを展開。「人材育成」では、再生医療認定医、臨床培養士、上級臨床培養士の認定制度などを構築し、一方で認定再生医療等委員会の委員を対象とした研修会なども開催しています。「データベース」についても「臨床研究から市販後調査までに得られたデータの統合と利活用」を目的としたNRMD(再生医療等データ登録システム)を構築・運用しており、さらに第三種再生医療にもNRMDが活用できるように検討を進めています。岡田氏は「こうした活動を通じて世界の期待に応える再生医療を日本から発信したい」との期待を示しました。
【パネルディスカッション】患者まで安全に届ける再生医療~品質管理の重要性~
座長:畠賢一郎氏(FIRM会長/JSRM理事/LINK-J運営諮問委員)
森尾友宏氏(JSRM理事)
指定発言:佐藤陽治(JSRM理事/)
パネリスト:
佐藤大作氏(PMDA組織運営マネジメント役/審議役)
原 泰史氏(一橋大学大学院 経済学研究科 特任講師)
小見和也氏(株式会社エスアールエル 研究開発 本部長)
勝田和一郎氏(シンクサイト株式会社 代表取締役)
嶽北和宏氏(大阪大学大学院 医学系研究科 重症下肢虚血治療学 共同研究講座 特任准教授)
パネルディスカッションに先立ち、佐藤陽治氏(国立医薬品食品衛生研究所)より「再生医療の安全性と品質管理」の具体的な課題が例示されました。品質管理の重要性は全ての産業に共通する課題ですが、再生医療の特徴として「品質管理の国際的原則は『リスクベースアプローチ』である」と指摘します。「リスクベースアプローチ」とはリスクゼロの管理を目指す従来の方法論と異なり、リスクは必ず存在するとの考え方のもとで、分析・評価を通じてリスクの最小化を目指し、最後に残存するリスクと予想されるベネフィットとの均衡から最適解を考える方法論です。佐藤陽治氏は、再生医療等製品の品質管理に先例主義は通用しないとの考えを示し、そのひとつに「新しい細胞培養設備で製造した細胞加工物の同等性・同質性をどのように担保するか?」などの課題を例示。さらに、原料である他家細胞の安定供給、機材、測定機器、試薬の国内開発の可能性などの課題を挙げた上で、議論をディスカッションに引き継ぎました。
パネルディスカッションでは佐藤陽治氏に加えて5名のパネリストから再生医療・細胞医療の安全性確保と品質管理におけるポイントについてそれぞれ独自の視点から意見が披露されました。そして最後に5名が1人ずつ「再生医療を患者さんに安全に届けるためのキーワード」を挙げて、本シンポジウムの総括となりました。最初に指名された嶽北和宏氏(大阪大学大学院)が考えるキーワードは「改良・改善」。嶽北氏は、本質的に高コスト体制の再生医療等製品の世界では、発売後も常に生産コストの合理化と製品の同等性・同質性の維持を考える必要があるとの見解を例示。再生医療の世界では常に新たな改良・改善を目指す姿勢が重要だと訴えました。次に指名された勝田和一郎氏(シンクサイト株式会社)が考えるキーワードは「機械化」。勝田氏は、現在の再生医療はまだ黎明期であり、細胞医療製品の品質についても技術者の手技・習熟度に左右される部分が大きいと指摘。これに対して、人工知能・機械学習など異なる研究分野の進歩が重なることで、いずれは低分子化合物と同等のレベルでの品質確保が可能になるだろうとの展望を示しました。小見和也氏(株式会社エスアールエル)が考えるキーワードは「誠実と挑戦」。小見氏曰く、新しい医学・医療を発展させる原動力はいつの時代にあっても「誠実さを伴う挑戦であり、これを忘れてはならない」。その上で、ウイルス検査技術の発達によって輸血用血液における肝炎ウイルス陽性率が激減していった歴史を例に挙げて「誠実と挑戦」の重要性を強調しました。
原泰史氏(一橋大学大学院)が考えるキーワードは「エコシステム」。原氏は、優れた技術さえあれば諸外国とも戦うことができると考えられがちだが、実際には優秀な技術を支える人材、人材を育成する資金、資金調達を支援するシステムや法制度、そして彼らを結びつける「エコシステム」の存在が不可欠だと訴えました。佐藤大作氏(医薬品医療機器総合機構)が考えるキーワードは「管理戦略」。佐藤氏は「よく日本人は管理戦略を考えるのが苦手だといわれるが、再生医療が産業に成長する過程において管理戦略は不可欠である」と指摘。その上で再生医療の世界における課題の多さは、すなわち挑戦する余地が大きいということでもあり「ぜひ様々な戦略を立案してほしい」と呼びかけました。パネリスト最後の発言となった佐藤陽治氏(国立医薬品食品衛生研究所)は、キーワードとして再び「リスクベースアプローチ」を挙げました。佐藤氏は「リスクベースアプローチ」で重要となるリスク・ベネフィットの検討では、開発者の独断専行でリスクの許容範囲を決定してはならないと指摘し、産・学・官に患者を加えた産・学・官・患の四者の議論を通じて検討していく必要があるだろうとの見解を示しました。
【閉会挨拶】
閉会にあたっては、畠賢一郎氏(再生医療イノベーションフォーラム/日本再生医療学会/LINK-J)が登壇しました。畠氏は、今後の再生医療において重要となるのは「定義と対話」、すなわち対話にあたってその議題の根本部分である「問題の定義」を共有する必要があると指摘。今後は産・学・官の関係者間の対話はもちろん、同じ産業界でも医薬品・医療機器など異なる業界人間の対話も不可欠になるとの見方を示しました。その上で、本シンポジウムなどの「対話の機会」を通じて、ひとつひとつの課題の解決に邁進したいとの決意を示しました。
【情報交換会】
シンポジウム終了後、LINK-J主催による情報交換会が開催されました。会場には、シンポジウムの登壇者と一般参加者が多数参集。まず、LINK-J副理事長を務める澤氏が開会と乾杯の音頭をとりました。続いて、衆議院議員の古川俊治氏、冨岡勉氏、古屋範子氏の三名からご挨拶と祝辞をいただきました。さらに、LINK-Jの運営諮問委員も務める畠 賢一郎氏(FIRM会長)が中締めの挨拶をし、活気がありつつも和やかな雰囲気での意見交換会となりました。