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イベントレポート

LINK-J大阪道修町・東京日本橋連携シンポジウム 「人間拡張技術が成し得るHuman Innovation」を開催(4/3)

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デジタル技術やロボット工学を駆使して、人間の持つ能力をさらに拡大・拡張する「人間拡張技術」。人工知能や深層学習の登場によって、脳波の解析技術も飛躍的に進歩を遂げており、身体機能の補完からメタバース(仮想空間)と現実世界との融合まで、いまや人間拡張技術の様々な可能性が明らかになってきました。ではこれからの人間拡張技術は、わたしたちにどんな未来を見せてくれるのでしょうか?

2023年4月3日に東京・大阪の2拠点同時開催で実施された本イベントでは、人間拡張技術に関する日本のトップ研究者が一堂に集まり、現在の研究開発と将来展望を議論しました。当日は約500名の方にご参加いただきました。その内容の一部を紹介します。

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挨拶 澤 芳樹(LINK-J副理事長/大阪大学大学院医学系研究科 特任教授/大阪警察病院 院長)

基調講演① 人間拡張技術で拓くインターバース・サービス市場

持丸正明氏(国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間拡張研究センター・研究センター長)

持丸氏がトップを務める産総研の研究センターは、総勢100名を超えるスタッフが人間拡張技術の産業化に挑戦。介護・健康・労働における応用可能性を追究しています。持丸氏の持論は「人間拡張技術は一時的な能力の拡張だけではなく、継続的な使用で心身を同時に増強する」。事実、全国介護保険レセプトデータの解析でも、要介護2(部分的に介助を要する状態)高齢者の歩行能力は、何も補助器具を使わないと徐々に悪化するのに対して、歩行器具利用者の多くは長期にわたり能力を維持ないし改善することが判明しています。持丸氏は「これも1つの人間拡張」と指摘。千葉県柏市で、利用者の力に応じて適度にアシストを変えるロボット歩行器の運用試験を開始するなど、さらなる実証実験を進めています。

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さらに持丸氏は、メタバース(仮想空間)とユニバース(実空間)をつなぐ「インターバース」の可能性も言及。たとえば、産総研が開発した「専用スーツを介した遠隔リハビリ」は、離れた場所にいる理学療法士がマネキンの動きを介助すると、スーツを介して利用者にも温熱感覚・振動感覚が反映される仕組み。VRゴーグルを装着すれば、眼前に理学療法士が投影されて、あたかも隣に寄り添いながら一緒にリハビリに協力してくれる錯覚をおぼえます。持丸氏は、コロナ禍以前はオンライン会議など全く浸透していなかったのに対して、コロナ禍を経て社会が一気に変化したと指摘。今後も睡眠・休養・医療など多様な世界におけるインターバース・サービスの開発に挑戦していきたいとの意気込みを述べました。

基調講演② アバターと未来社会

石黒浩氏(大阪大学基礎工学研究科教授/ATR石黒浩特別研究所客員所長)

日本を代表するロボット工学者であり、長年にわたり自律型ロボットおよび遠隔操作ロボットの研究開発に挑戦してきた石黒氏が、目下挑戦中の課題が「アバター共生社会の実現」。アバターとは、利用者の分身となるロボットないし仮想空間上のキャラクターです。たとえば、高齢者や障碍者など身体的に制約があっても、アバターであれば自由自在に移動することも可能。実際に、ヒトの脳表面に装着した電極でガンマ波(人間の高次精神活動と関連する脳波)を測定して動作に反映する「ブレイン・マシン・インターフェース」は、現在かなりの精度まで実現できており、大阪大学の平田雅之特任教授らは、ロボットアームのリアルタイム制御にも成功しています。石黒氏は「今後数年で社会は大きく変わる」と、さらなる技術の発展に期待を寄せます。

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アバター共生社会の実現に向けては、まずは実際に実装されて有用性を証明することが重要だと考える石黒氏は、すでに医療をはじめ様々な領域で実証実験に取り組んでいます。たとえば、自閉症や精神障害のある小児のために院内に会話ロボットを設置することで、コミュニケーション能力の向上を検証。結果は非常に良好で、それまで無口だった緘黙症の小児が、ロボットを前に話を始めたときには「いちばん感動した」と振り返ります。ロボットだけでなく、仮想空間上のアバター技術の社会実装にも着手しており、昨年8月には大阪警察病院の案内システムに採用されました。未来の社会実装に向けて様々な取り組みに挑む石黒氏は「アバター共生技術で、日本から世界を変えていきたい」との展望を語りました。

講演① 意識の科学から意識のアップロードへ~鍵をにぎる神経束断面計測型ブレイン・マシン・インターフェースとその応用~

渡辺正峰氏(東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻)

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続いて登壇した渡辺氏は、より根本的な疑問である意識の解明に踏み込みます。その一例として提示したのが「コンピュータ上に意識は生まれるか?」という思考実験。たとえば、脳の右半球を記憶装置と置換した上で、その記憶装置にデジタルカメラを接続。さらに記憶装置と脳の左半球を神経束でつなぎ、もしカメラから得られた左視野と眼球から得られた右視野の視覚情報を脳内で1つに統合できれば、それは機械と人間の視覚的意識の統合を意味するのではないか?と指摘。こうした方法による「神経機構の解明と意識の存在の確認」に意欲を示します。さらに研究から生まれた各種技術(たとえば、左右の大脳半球の接続部から情報を読み取るブレイン・マシン・インターフェース)を活用すれば、認知症治療などにも応用可能になるとの展望を示し、研究と社会実装の両面からの「意識の解明」の意義を訴えました。

講演② 体内植込み型BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)の社会実装

平田雅之氏(大阪大学大学院医学系研究科 脳機能診断再建学共同研究講座 特任教授)

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身体障碍者の機能再建に取り組む平田氏は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者を補助するブレインマシンインターフェース(BMI)技術を紹介します。ALSは、運動神経細胞の変性によって筋力が低下する難病。重症化すると身体は殆ど動かせなくなり、呼吸にも人工呼吸器が必要になります。平田氏らの技術は、脳表面の電極から正確に脳波を検出するBMIを用いて、患者が脳波で様々な機器を操作するというもの。機械学習による高い精度を実現しており、間もなく臨床試験を開始するとのこと。海外では、脳波による発話や文字の入力(アルファベットならば1分間に100文字以上が入力可能!)も実現可能なレベルまで達しているそうです。平田氏によると、将来はALS患者が介護ロボットで自身を介護したり、末梢神経を刺激して身体を動かしたりすることも可能になるとした上で、「体内埋め込み型技術で、身体障碍者の社会復帰を実現したい」との決意を述べました。

講演③ メタバース空間上のBodySharing

玉城絵美氏(H2L,Inc.CEO,琉球大学 工学部 教授)

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玉城氏が挑戦する人間拡張技術は、他者と様々な感覚を共有する「ボディシェアリング」技術です。これにより、1人の人間が生涯に得られる体験の種類と総量の拡大を目指しています。人間の感覚は、よく知られる五感以外にも様々な感覚が存在します。玉城氏らは、20以上ある感覚のうち、固有感覚(重量覚・抵抗覚・位置覚など)が体験共有に重要であることを発見。筋肉に擬似信号を伝える装着型デバイスを開発し、固有感覚の再現に成功しました。さらに、この「ボディシェアリング」という新たな研究分野を盛り上げるため、研究者向け装着型デバイスの販売も開始。現在では世界中でボディシェアリングの開発プロジェクトが進行しており、日々新たな論文が誕生しています。「2030年には人間の体験量を現在の3倍にしたい」と意気込む玉城氏。講演の最後には「ぜひ一緒に開発を!」と参画を呼びかけました。

パネルディスカッション

モデレーター:鈴木寛氏(東京大学大学院 教授)
澤芳樹氏(LINK-J副理事長大阪大学大学院医学系研究科 特任教授大阪警察病院 院長)
登壇者(持丸正明氏、渡辺正峰氏、平田雅之氏、玉城絵美氏。石黒氏は所用のために欠席)

後半では、モデレーターを務める鈴木氏の司会のもと、パネルディスカッションが開催されました。澤氏は、想像以上の技術の発展について「これまでは漠然とした考えしか持っていなかったが、今日は短剣を胸倉に突き付けられたような衝撃を受けた」と振り返りました。さらに、不可能とされた治療を可能に変えてきた医療技術の進歩の歴史にふれて、今後さらに進化していく人間拡張技術の可能性に「期待を感じた」と述べました。

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パネルディスカッションでは、イベント中に寄せられた質問も紹介されました。「ロボット(AI)は傾聴療法士の仕事を担えるか?」との質問に、玉城氏は「将来的には担えると思う」と回答。さらに持丸氏は「一緒に仕事をすればもっと良い仕事ができるはず」と指摘し、単純に人間の仕事を機械/AIに置き換えるのではなく、より高いレベルを目指す「人間拡張」の意義を強調します。「機械と脳の間で記憶の共有が可能になれば、過去の記憶も抽出できるか?」との質問に、渡辺氏は「電気刺激によって本人も忘れていた記憶が想起された」という海外報告を引き合いに「可能だろう」と回答。(生命力・好奇心・向上心など)人間を人間たらしめる「意識」は認知症が進んでも保たれるのか?という質問では、平田氏は「たとえば、自身の行動を記憶できなくなるような状態になっても、その瞬間、瞬間においてきちんと意識は存在しており、その意識にもとづいて行動していると思われる」と指摘。たとえ、認知機能障害などで能力的な低下が生じたとしても、意識自体が失われることはなく、その後も保たれ続けるという考え方を示しました。

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ディスカッションの最後には司会の鈴木氏が「新たな技術に対する共感獲得と不安軽減のために何をするべきか?」との質問を提示。玉城氏は、挑戦中の身体感覚共有について、まずは実際の共有体験を増やすことが新技術に対する共感にもつながると指摘。同時に人間拡張技術を安心・安全に活用するためのガイダンスづくりも重要だと訴えます。電極留置で障害者の機能向上を目指す平田氏は、「副作用のない薬はないのと同様に、手術を必要とする以上はリスクは0にはならない」とした上で、全力を尽くしてもリスクは僅かながらはあるが、それを遥かに超える有用性があれば許容されるのが医療、との意見を提示。。意識のアップロードによる「不老不死」の可能性を追究する渡辺氏は「技術的に可能になって皆が利用し始めれば、拒否感を示していた人々も意見を変えるだろう」との考えを示します。最後に持丸氏は、どんな技術にも暗い側面があると指摘。暗い側面にも目を向けて、多くの人々の知を結集して解決策を考えることが重要だと訴えました。

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すでに人工知能の開発に対する警戒論が生まれているように、先進的な技術には大きな期待と同時に不安・警戒の目も向けられがちです。鈴木氏は「人間拡張」自体は推進派だが、「拡張」という名称はなお再考の余地があると指摘。過去にも、名称のせいで予期しない反響が生まれ、そのせいで技術の進展および社会実装が遅れた事例を多数見てきたことから、「拡張」という言葉から生じるかもしれない拒否反応に懸念を示しました。その上で、名称に関する議論には、私も貢献できるだろうと笑顔を見せました。

イベント終了後は、東京会場および大阪会場でネットワーキングイベントを実施。講演者と来場者の間で意見交換などが行われました。

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