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Session.1-2:風邪に抗菌薬【中編】

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LINK-Jは、次世代のライフサイエンスを牽引する様々なプレイヤーの出会いと学びの場として "LINK-J Sandbox" を設けました。
ここは、医学・医療系のみならず、理学・工学・社会科学・人文科学・デザイン等を学ぶ学生が集い、分野を超えて知的に "遊ぶ" 砂場(sandbox)です。こけら落としとなる最初のセッションのテーマは「風邪に抗菌薬」。学生たちの激論が始まります。

***

大川 隆一朗  慶應義塾大学医学部医学科5年
小野 すみれ  東京工業大学大学院修士1年
織部 峻太郎  東北大学医学部医学科3年
久保 慧悟   東京大学文学部行動文化学科(社会学専攻)4年
荘子 万能   大阪医科大学医学部医学科6年【話題提供者】
外山 尚吾   京都大学医学部医学科3年

平林 慶史   『DOCTOR-ASE』編集長/有限会社ノトコード代表【Moderator】
宮崎 尚     LINK-J参事
清本 美佳    LINK-J事務局

耐性菌は我々にどんな害をもたらすのか

――風邪で抗菌薬を使うことが、耐性菌を生むことに繋がるというのはわかりました。では、耐性菌は私たちにどんな害をもたらすのでしょうか?

荘子:すでにアメリカでは、毎年200万人以上が耐性菌による感染症を起こし、そのうち23000人以上が死亡しているという推定結果が報告 されています。

平林:とはいえ、現時点では健康な人が急に多剤耐性菌に感染して命を落とすという事例は多くはないでしょう。耐性菌による感染症のほとんどは院内感染であり、免疫力が低下している入院患者が集団感染するといった事例がよく報告*1されています。

荘子:実習先でも、全身状態の悪い人が発熱している時は、MRSA*2の可能性も考える必要があると言われたことがあります。MRSAの可能性があれば、とりあえずMRSAにも効くカルバペネムやバンコマイシンどの、臓器への負担が大きい抗菌薬を使わなければなりません。もちろん、MRSAでないことがわかれば抗菌薬を変えることになりますが。

大川:僕は実習で、血液内科の先生が、白血球がほとんどない無菌室の患者さんに、ものすごく気を遣いながら抗菌薬を出しているのを見ました。耐性菌を1つでも漏らしたらそのまま生命に直結するので、念入りにカバーする範囲を確認するんです。

荘子:多剤耐性菌を意識するのは、病院で全身状態の悪い患者さんを診る時でしょう。市中で、ちょっとした風邪の患者さんを診る時に、「多剤耐性菌で命を落とすかも・・・」と想像する人は多くないと思います。

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平林:確かに、現時点では免疫力が低下した入院患者が多剤耐性菌の感染症を起こすのが一番大きなリスクでしょう。しかし、将来的には健康な人に害をもたらす可能性も否定できません。

織部:数年前のエボラ出血熱のパンデミックでは、原因はウイルスですが、ワクチンも特効薬もない中で、多くの人が亡くなりました。抗菌薬が全く効かない、非常に毒性の高い細菌の感染症がパンデミックを起こせば、エボラの時と同様に多くの健康な人が命を落とす可能性もありますね。

荘子:現時点の多剤耐性菌は、免疫力が低下している人でしか発症していませんが、健康な人でも発症する耐性菌はいつ出てきてもおかしくないわけです。その時に、効果のある抗菌薬がもう残っていなかったら、治療のしようがありません。

外山:なんか「狼が来るぞー」って話に聞こえますね。ここで難しいのは、多剤耐性菌は怖い、大きなリスクがあるとどんなに訴えても、実際に目の前で健康な人がバタバタ倒れたりしない限り、特にヤバいと思わないということです。医療を学んでいてもなかなか理解しにくいですが、一般市民にはなかなか理解されないだろうなと思いました。

久保:今までのを聴くと、抗菌薬を専門で扱っている医療者は、多剤耐性菌というものの怖さをよく知っていて、そしていずれ耐性菌でより多くの人の命が失われることがあり得ることを想像できていて、そしてその時に自分たちが打てる手が少なくなっていることを実感しているんだろうなと思うんです。けれど、風邪で病院に行った患者さんはそんなことは知る由もなくて、ただ自分がいま楽になりたい、治して欲しいという一点に尽きるんですよね。

小野:私は生命科学系の学科にいるので、耐性菌が出てくる確率は結構高いだろうなという実感があります。研究でも、ランダムに変異を起こさせて、その中から有意義な結果を引っ張ってこようというアプローチはよく使われているので。一般の人が思っているよりも高い確率で、変異が起きて耐性を獲得することはあるでしょうね。

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――そうですね。私は、そんなに差し迫ったリスクがあるとは思えていません。そもそも、ここで話されている内容を、医療の知識がない人が理解するのはかなり難しいように感じます。

平林:例えが適切かわからないですが、抗菌薬をゲームの「必殺技」のようなものだと理解してはどうでしょうか? 体力と余裕がある時は必殺技を使わずに時間をかけて敵を倒すことができますが、体力が落ちている時は必殺技を使ってでも短期間で敵を倒したいと考えるでしょう。しかし、普段から必殺技ばかり使っていると、敵がその対処法を覚えてしまい、あまり効かなくなってきます。

――何回くらい使うと、効かなくなってしまうのですか?

荘子:それはわかりません。何度も繰り返し使っているうちに、だんだん効かなくなる確率が上がってくると思って下さい。

平林:しかし効かなくなっても、新たな必殺技があれば敵を倒すことができます。必殺技によっては、一部の的にしか効果がないけれど、ほとんどの敵に効果のあるすごい必殺技もあります。

外山:それは、いざという時のために取っておいた方がいいわけですね。本当に命に関わるような、強敵が出てきた時のために。

――確かに、そう言われると安易に使わない方が良い気がしますね。

  • 薬剤耐性菌による感染症の多くは、現時点では免疫力が(病的に)低下した人で発生している
  • 耐性を獲得した未知の菌が、健康な人に感染症をもたらす可能性も否定できない
  • 専門家と一般市民の間に、多剤耐性菌のリスクについての大きな認識のギャップがある

*1...米国 CDC, ANTIBIOTIC RESISTANCE THREATS in the United States,2013
*2...メチシリン耐性黄色ブドウ球菌。MRSAに効果のある抗菌薬はかなり限られている。わが国の耐性菌による感染症の中で最も頻度が高く、全国の基幹定点医療機関(病床数300以上)から、1施設あたり月に2.86例の発生が報告されている。(2017年9月)

抗菌薬の新薬開発は難しい?

久保:ここまでは耐性菌が出現する話ばかりでしたが、それに対して新しい抗菌薬が開発されることはないんですか? 新しい抗菌薬が開発されれば、古い薬が効かなくなってもなんとかなるように思えます。

荘子:確かに、ペニシリンが発見されてから90年くらい、菌の耐性の獲得と、新しい抗菌薬の開発のイタチごっこが続いていました。

大川:けれど、抗菌薬の新薬開発はどんどん難しくなってきていると聞きます。製薬会社としても、糖尿病や高血圧みたいに、一度飲み始めたらずっと飲み続けるような薬と比べて、抗菌薬は1回飲んで治ったらそれで終わりになってしまうので、なかなか収益が上がらないのでしょう。

平林:そうですね。もし画期的な抗菌薬が出てきたとしても、心ある医師はできるだけそれを使わずに、いざという時のために取っておくでしょうね。

荘子:確かに、それでは多大な投資をして開発しても、リターンが少ないから参入しにくいですよね。

――けれどもし、多剤耐性菌のパンデミックが起きた時に切り札になるような抗菌薬があれば、高額だったとしても大きな需要があると思います。そうすれば、投資はあっという間に回収できるわけだから、必ずしも開発するインセンティブがないわけではないですよね。

大川:確かに、今は誰も困っていないから真剣に取り組むプレイヤーがいないとも言えますね。

荘子:けれど、本当に困った時――つまり今ある抗菌薬が効かない感染症が蔓延した時――にあわてて投資しても、「効く抗菌薬」は開発できるのかという疑問があります。長いこと抗菌薬の開発が止まってしまえば蓄積もなくなるし、いざ必要になった時にどうにかなるものなのか?と。

織部:エボラがパンデミックを起こした時には、だいたい2年くらいでワクチンが市場に出てきました。危機的状況になればその分野に大きな投資がされて、一気に開発スピードが高まり、効果的な薬ができる可能性もあります。

平林:そうだとしても、パンデミックが発生してから新しい薬ができるまでの間に、多くの被害者が出る可能性があります。それでいいのでしょうか?

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織部:僕の私見ですが、エボラ出血熱は最初アフリカの途上国の問題だったんだと思っています。けれど、欧米の先進国でも感染者が見つかっていった。自分たちに被害が及ぶかもと感じて、急に真剣に薬の開発にお金と労力を注いだように思えるのです。もし、もっと早く多くの資金が投資されていれば、アフリカの国々での被害ももっと少なくできたのではないかと感じます。

荘子:抗菌薬の開発は、リターンがあるかどうかが不透明だからこそ、何かしらの形で創薬支援に力を入れていく必要があるように思いますね。

  • 抗菌薬は使用期間が短く、開発コストに見合うリターンが得られにくいため、開発スピードが落ちているのではないか
  • いつ来るかわからないパンデミックに備えて、新しい抗菌薬の創薬支援が必要なのではないか

<後編に続く>

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