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インタビュー・コラム

【News Letter】なぜ「オープンイノベーション」が重要なのか 変化を続ける企業の研究スタイルと今後の方向性

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この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.7のインタビュー記事を掲載しております。
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かつては、日本の企業は自社の基礎研究から生まれた「新製品のタネ」を長い時間かけて磨き上げて、そこから画期的なプロダクトを生み出してきました。しかし、次第に一社のみでの研究開発は難しくなり、一方で再生医療やバイオ医薬品に代表される新たなジャンルの誕生に伴い、現在では多くの企業が大学や創薬ベンチャーとの「オープンイノベーション」に積極的に取り組んでいます。今回の取材では、研究員として経験を重ね、現在はオープンイノベーションの世界で活躍する大手企業出身の方々に、ライフサイエンス研究の変化と現在のオープンイノベーション、さらに未来の共創スタイルなどについて話を聞きました。

一社による研究から共同研究に時代と共に変わる研究の方法論

―― 皆様はもともと企業の研究員として基礎研究を担当されていたとお聞きします。これまでのご経歴をお教え下さい。

柴崎 大学では薬学部で薬理学を学び、卒業後は製薬会社に入社しました。それから約3 0 年間は、同社の研究部門で、循環器や糖代謝領域において創薬研究に従事してきました。自分が関与した研究から新たな医薬品を創出することも出来ました。その後、創薬研究領域の集中化が行われ、生活習慣病領域の研究が縮小されることになり、創薬におけるオープンイノベーションを担当することになりました。創薬シーズを公募するサイトを立ち上げたり、産学連携の推進などを行ってきました。その活動が縁となって、現在は再生医療の業界団体に活動の場を移しています。

髙子 私も柴崎氏と同じで、大学では生化学を学びました。卒業後は製薬会社に入社し、主に免疫やがん領域などの探索研究を担当してきました。その後、「大企業の優先順位や領域戦略に左右されない、より自由な立場からアカデミアの創薬を支援したい」と考えるようになり、当時まだ設立されたばかりの「創薬支援戦略室」に移籍しました。現在も科学技術顧問として、大学の先生たちにお会いして、助言などをさせて頂いています。

大友 大学では生物物理学を学び、卒業後はマックス・プランク生化学研究所(ドイツ)に留学しました。帰国後は理化学研究所で博士研究員を務めた後に、現在の会社に入社しました。当時の日本は基礎研究ブームで、私も科学技術振興機構から研究費(さきがけ研究)を得てかなり自由に研究をさせてもらえました。6 年前から再生医療分野の事業化を担当しています。その間にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)へ出向して、研究費のファンディングなども担当した時期もありました。

――皆様はオープンイノベーションの黎明期から外部との共同研究に関与されてきたのですね。当時について教えて下さい。

柴崎 国内の製薬会社は「オープンイノベーション」という言葉が生まれる以前から、アカデミアとの共同研究を推進してきました。ただ、当時の共同研究は、多くの皆さんが「オープンイノベーション」という言葉からイメージするような取り組みとは少し様子が異なっていたと思います。その頃の創薬研究は自社の研究所が中心になって行っており、自社では手が回らない部分の研究をアカデミアに依頼していました。いわば自社研究の補完的役割をアカデミアに求めたのが、かつての産学共同研究と言えるかもしれません。

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髙子 徹 氏(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)

非競合領域で連携しなければ共倒れになるという危機感

――そのような共同研究体制から「オープンイノベーション」に変化することになったきっかけは何でしょうか。

柴崎 きっかけは、低分子化合物による創薬研究のハードルが高くなるとともに、バイオ医薬や再生医療など、新たな創薬技術や医療コンセプトの登場によって、低分子化合物時代の研究開発とは全く異なる知識や技術が必要となり始めたことです。外部から必要な技術だけを導入しようと思っても、必要なピースが多すぎるし、また、新たな知識やノウハウを個社単独で短期に獲得するのは困難です。そこで、競合企業間や産学の立場を超えて知識を結集させる「オープンイノベーション」という新たな方法論が注目されるようになりました。

髙子 同じ製薬会社の間でも、特に非競合的な部分では会社同士が連携をしなければ共倒れになってしまうという危機感が生まれていますね。私たちが「産学協働スクリーニングコンソーシアム(企業各社が提供する化合物ライブラリーをアカデミアによる創薬シーズの実用化に応用する産学連携事業)」を計画した時も、当初、関係者の反応は否定的でしたが、いざ蓋を開けてみると2 0 社以上の企業の参画を得ることができました。

大友 私たちも製薬会社と再生医療に関する共同研究をしていますが、再生医療の開発プロセスは非常に複雑です。最初から相互に情報を密に共有しておかないと、どこかの時点で致命的な齟齬を生じます。それならば最初からオープンイノベーションを導入すれば良い。互いに競争する領域と協調できる領域を分ける。協調がなければ、海外のメガファーマに勝てません。

――アカデミアとの連携の方はどうでしょうか。最近は大学発ベンチャーなど大学から起業する動きも活発化しています。

大友 事業化については、日本では研究費を獲得する手段としての起業が散見されます。個人的には、米国の大学発ベンチャーのように本気で起業家を目指すのか、あるいはアカデミアとして基礎研究を続けるかを、明確にするべきであるかと思うのですが。

柴崎 研究室を維持する上で研究費が必要だという事情は理解できます。ただ、アカデミアが必要以上に研究成果の事業化や市場動向を意識する必要はないと思いますね。アカデミアに期待される役割はinvention(発明)であり、それをinnovationにつなげるのは企業の役割です。そこは「餅は餅屋」でありたいですね。

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大友 純 氏(株式会社日立製作所

基礎研究は「目利き」を育てる 「気づき」ができる人材は大切

――オープンイノベーションはますます重要になると思われますが、現在の方法論における課題があればご指摘下さい。

柴崎 産学協働のオープンイノベーションでは、基礎研究をアカデミアが担当することが多いのですが、そこから生まれる成果を事業化の目線で冷静に評価できる人材は、製薬会社においても不可欠の存在です。そのような「目利き」は、細胞や動物などを用いたウエットな研究を通じ、研究開発の経験を積むことで育成されるのではないでしょうか。社内に「目利き」できる人材を育てる意味でも、今後も企業内のラボでの創薬研究は重要だと思います。

髙子 アカデミアに対する創薬支援プログラムでは、元製薬会社の創薬担当者が研究支援しています。彼らは企業での経験があるから、実験データの中に潜む小さな違和感にも感覚的に気づくことができるのです。こうした「気づき」は経験による部分が大きいため、その意味でも目利きの育成は重要ですね。

柴崎 昔から医薬の研究開発の世界では、「ペニシリンの発見」の逸話に代表されるように、失敗や偶然の出来事からの新しい発見は「セレンディピティ」と称して語られています。しかし、失敗や偶然からの大発見は、その背景にその分野での十分な経験があってのこと。この世界は大切にしていきたいですね。

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柴崎 雅之 氏(アステラス製薬株式会社)

「失敗の経験」は貴重なデータ企業間での共有化も模索したい

――最後に今後の期待や展望についてお聞かせ下さい。

柴崎 現在の創薬は企業間の競争の中で、ともすると肝心の患者さんが放置されている印象があります。今後の創薬の方法論としては、たとえば「高血圧を治療する」、「がんの寛解を目指す」などの大きな目標のもとに、競合関係にある企業やアカデミアの有志がひとつのチームを組織し、活動できるような新しい考え方が必要です。実現は容易ではありませんが、それこそが真のオープンイノベーションではないかと思います。

髙子 私の仕事は「アカデミアの研究成果を実用化に結びつけること」です。再生医療を始め、日本のアカデミアの研究者は様々なアイデアを持っています。それを実用化に向けて少しでも前進させたい。そのためには、たとえば大企業でもベンチャー企業でも取り組みにくい領域の初期開発ステージを既存のファンディングに加えてさらに支援するなど、国も創薬に関与する制度が必要だと思います。

大友 成功体験はもちろん大切ですが、実は「失敗の経験」も非常に重要なのです。大企業の中には失敗の経験が数多く蓄積されていますが、それらが外部に公開されたり、他の組織と共有されたりすることはまずありません。そこで、大企業とベンチャー企業が失敗の経験を共有できるシステムを構築できないかと考えています。ベンチャー企業から生み出される技術は最終的に大企業に還元されるのだから、双方に利益がある筈です。



柴崎 新規化合物の創製から病態の解析に至るまで、大企業にはあらゆる段階の「失敗の経験」が蓄積されていますからね。ビジネスである以上、企業間の共有は難しい面もありますが、それもまた「真のオープンイノベーション」の形だろうと思います。

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Otomo.png 大友 純 氏
大学卒業後はマックス・プランク生化学研究所に留学し、最新の遺伝子関連技術を習得する。帰国後は理化学研究所の基礎科学 特別研究員制度の一期生として基礎研究を 続ける。その後、日立製作所基礎研究所に 入社。さらに、ライフサイエンスの新事業立 上げを担当する。その後、「新エネルギー・ 産業技術総合開発機構」に出向し、研究費のファンディングなども担当する。現在は日立製作所ヘルスケアビジネスユニットにて再生医療事業の立ち上げを担当。

shibasaki.png 柴崎 雅之 氏
大学卒業後は山之内製薬(当時)の創薬研究 部門で、循環器や糖代謝領域における新薬の創製研究に従事する。アステラス製薬に 改組後も、生活習慣病領域の研究室で室長を務める。その後、同社における創薬研究の オープンイノベーションを担当。公募サイトを立ち上げる一方、産学連携・コンソーシアム 事業の展開などにも携わる。再生医療イノベーションフォーラムに活躍の場を移し、事務局長に就任。退任後の現在は、次のステージに向け準備中。

Takashi.png 髙子 徹 氏
大学卒業後は第一製薬(当時)に入社。第一 製薬および第一三共にて、がん・免疫などの 領域で研究所長を務める。その後第一三共のグループ会社である第一三共RDノバーレ 取締役として創薬研究のサポート業務を担当。 企業を離れてアカデミアの支援をしたいと考え、医薬基盤研究所内に設立された創薬支援戦略室に職を得、同室が日本医療研究開発機構に移管された後は、同機構の東日本統括部長に就任した。現在は科学技術顧問。

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