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インタビュー・コラム

【News Letter】新薬開発に重要な要素は「必要な情報を見分ける感性」と「海外とつながる発想」 これからの医薬品開発の課題と展望

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この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.14のインタビュー記事を掲載しております。
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両親ともに医師の家庭で育ち、医師の持つ可能性と限界に触れたことで,自ら起業して新薬の開発を行おうと決意し、挑戦を続ける鍵本氏。「がんの完治と認知症の予防」を生涯の課題と決め、医療現場に対する適切な情報提供を通じて、より良い医療の提供に貢献する鈴木氏。出発点や現在の仕事の内容はそれぞれ異なりますが、「疾患に苦しむ患者さんのもとに、いち早く新薬を届ける」という確固たる理念のもと、目指すゴールは同じ場所にあります。今回のインタビューでは、今日までの経緯、新薬開発を目指す上で大切なこと、今後の注目領域、日本の産学連携体制に不足している側面などについて聞きました。

医学部から転向し新薬創出に挑む仕事へ

――まずは簡単に自己紹介をお願い致します。

鍵本 私は、父も母も、姉も医師という家庭で育ちました。私自身もまた九州大学医学部に進学し、卒業後は眼科で研修期間を過ごしました。医師一家という家庭環境を通じて、医学の優れた可能性とその限界に触れる機会は多かったのですが、研修医時代はとくに後者に対する問題意識を強くしました。医師は素晴らしい仕事ですが、その役割は確立した診断法に基づいて投薬や手術を行うことです。一方で、薬がなく治療できない病気は、眼科領域に限ってみても多く存在しています。そこで、「新薬を開発する側に立って社会に貢献したい」と考え、研修期間の終了と同時に、眼科手術補助剤の製品化に挑戦する大学発ベンチャー「アキュメンバイオファーマ株式会社」を設立しました。

――1社目の起業について詳しくお聞かせください。

鍵本 当時はまだ、右も左もわからない若者でしたが、幸いなことに、共に挑戦する仲間に恵まれ、市場からの資金調達も順調に進みました。手術補助剤は国内の市場規模が小さいため、最初から海外市場を前提に開発を進め、第Ⅲ相試験は米国とインドで実施しました。経営者としての力量不足から多くの失敗をし、またリーマンショックなど紆余曲折もありましたが、オランダの眼科手術用医薬品企業・ドルクとの共同開発を経て、無事に製品化に成功しました。

その後、2社目の起業に挑戦しました。それが現在代表を務める、株式会社ヘリオスです。iPS細胞(人工多能性幹細胞)の実用化を目指して起業し、2015年には株式公開に至りました。現在は脳梗塞急性期および急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の領域でピボタル試験(中枢的試験)を進めています。1社目では、承認申請から製造販売という最後のステップで他社の力を借りましたが、今回は、「研究開発から販売までを一貫して自社で達成する」という悲願が実現しそうです。

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――鈴木さんも英国で医学教育を受けておられたそうですね。

鈴木 私は、英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで乳がんの研究を行い、医学博士を取得しました。ポスドク(博士研究員)まで進みましたが、留学中に友人をがんでなくしたことなどから、「がんの完治」を自分の生涯の課題の一つと定め、さまざまな介入方法がある中でも「薬」という方法に注力することを決めました。製薬企業へ転向したのは、その志の実現への最短距離だと考えたためです。また、製薬企業の社員として認知症治療の現場にふれ、疾患の苦しさを知ったことで、「認知症の予防」も私の課題の一つとなりました。まだ道半ばの段階ではありますが、今後も「ネバー・ギブアップ」の精神を忘れることなく、挑戦を続けていきたいと思っています。

――現在はヤンセンファーマ株式会社で、「メディカルアフェアーズ」部門の本部長を務めておられます。業務内容を詳しくお教えください。

鈴木 メディカルアフェアーズとは、「製品情報と製品に関連する疾患の情報」を世の中に提供する仕事です。現在の日本は、優れた国民皆保険制度と医薬品の承認審査制度のおかげで、誰もが最新かつ最善の治療が受療できる環境にありますが、それでも、全ての患者さんに最適な医療が届いているとは言えないのが現状です。その理由のひとつは「情報の格差」です。そこで私たちは、医師と患者さんがより良い治療法を選択できるように、医療現場に対する適切な情報の提供に努めています。さらに、必要とされる情報がまだ存在しない場合は、大規模観察研究などを実施して、実臨床におけるエビデンスの構築にも取り組んでいます。

現在の創薬に求められる速さと効率を 従来にない発想で実現する

――現在、医学の世界は日進月歩で変化しています。これからの医薬品開発のあり方はどのようになっていくのでしょうか。

鍵本 我々が実現したいと考えているのは、複数の新薬を開発できるようなプラットフォーム(基盤)の構築です。企業としての長期的な成長や投資効率的な観点からも、日本の競争優位性の観点からも、「一つの細胞という基盤から複数の新薬を生む」産業を育成したい。そのためには、iPS細胞の場合では、まず非常に質の高いiPS細胞とそれを遺伝子編集する技術、その上で免疫に拒絶されないユニバーサルセルを作ることが求められます。また、複数の細胞製品を製造・管理し承認を取得するノウハウの育成も必要です。当社では人材や体制が整い始めており、そうした課題はいずれ解決できると考えていますが、今やプラットフォームの構築は世界的に競争が激しく、様々な基盤技術が登場しています。情報をキャッチし自社に組み込むスピードをあげていくことが、今後の課題だと考えています。

鈴木 私は、今日の創薬はコンピュータの発展により「より速く/より効率よく」という方向に進んでいると考えています。そこで重要となるのが、「データの共有」です。各論はともかく、総論としてのデータ共有の重要性に異論のある人はいないでしょう。弊社では、臨床開発を中断した抗認知症薬について、実際のデータと検体を広く世界に公開しました。製薬企業の治験データが原則的に世界中の研究者に対してオープンであるという世界が到来すれば、創薬産業はさらに飛躍できるのではないかと考えています。

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鈴木 未来の医療のキーワードは、病気が完全に治癒し長期間再発しない状態を維持する「完治」と、疾患を根本原因から治療する「根治」だと考えています。近年では、疾患修飾薬、再生医療、遺伝子治療の登場により、その可能性が見えてきました。
さらに、「宇宙」も未来の医療のキーワードだと考えています。宇宙には、太陽から放射される強力な放射線、無重力下における骨・筋肉の成長・代謝阻害、狭い空間での生活が精神状態に及ぼす影響など、地上とは異なる様々な医学的課題があります。しかし私たちは、無重力下における人体の基礎的な生理学ですら、まだ完全に理解できていません。その意味でも、宇宙は医学および新薬開発の宝庫ではないかと期待しています。

鍵本 非常に面白いご指摘ですね。弊社が提携している横浜市立大学の研究室も、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で、オルガノイド(3次元的に試験管内で培養された臓器)を国際宇宙ステーションの実験棟「きぼう」に運び、無重力下における臓器発生の解明に挑戦しています。歴史を振り返れば、発想の転換や全く異なる業種などからの動きがあって、医学の大きな方向転換が起きています。宇宙と新薬を考えるといったような自由な発想は、非常に大切ですね。

必要なのは知識よりも感性 よく聞き/よく見て/よく考える

――これから医学を学ぶ学生、または起業を目指す起業家にアドバイスはありますか。

鍵本 たしかに、現在医学の世界では日々新たな情報が生まれ、膨大な知識が溢れています。しかし、それらの情報の大部分は、いずれ古くなり、捨てられる知識となっていくでしょう。さらに、今後は私たちの日々の仕事の大部分に、人工知能などの最新技術が導入されてくる。そうなると、知識の「量」よりも、膨大な情報から必要な知識を取捨選択するセンス、すなわち「情報に対する感性」が重要になるはずです。

鈴木 「感性が重要になる」というご意見には大賛成です。情報という観点から言えば、これからコンピュータは補助的な形で医療に関与することになるでしょう。今回の新型コロナウイルス感染症をめぐる変化でも、オンライン診療の採用など、様々な技術が医療現場にも導入されています。しかし、技術があれば全ての問題が解決するわけではなく、重要な場面では「感性」が不可欠だと思います。

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鍵本 三ツ星シェフを三人も育成した、名伯楽である日本料理「青柳」の小山裕久さん曰く、芸事の基本は「よく見ること/よく聞くこと/よく考えること」の3点に集約されるそうです。それ以外の雑念や雑音を排除してシンプルな疑問に集中し、徹底的に理解するのです。感性の高い人というのはそうやって、何かの一芸に徹底的に没頭した経験を持っているのではないでしょうか。そうした経験を仕事にも適用することで、センスや感性の高い人材が育成されるのだろうと思います。

鈴木 社内の有志で開催している、リーダーの心得に関する勉強会を通じて私が感じているのは、「感性は人によって異なる」ということ。そして、異なる感性が集まっていることが大事だということです。さらに、医薬品開発を担う者に求められる資質として、エンパシー(共感・感情移入)があります。現在もなお、疾患に苦しむ人が多くいることを知り、自ら行動を起こして、その現状を変えようと思う強い思い。それがエネルギーとなり、結果として多くの人達との御縁にもつながるのです。

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――最後に、国内の産学連携に対するご意見をお聞かせ下さい。

鍵本 起業家に対する投資機能および支援機能を含めて、日本の起業環境は、かなり充実してきました。あとは、起業志望者の数自体が増加することが大切ですね。それも1回きりの起業ではなく、シリアルアントレプレナー(連続起業家)を目指してほしい。最初の起業では、当然ながら失敗を重ねます。その経験を次に活かすことで、起業家としての成長にもつながるのです。個人的には、最初の1社目の起業は、だいたい3年(立ち上がりの経験)か6年(一仕事完結)を目途に区切りをつけて、次に挑戦するのが良いと考えています。現在は新型コロナウイルス感染症の影響もありますが、新陳代謝が生まれる良い機会と捉えて、ぜひ挑戦してほしいですね。

鈴木 産学連携に関する日本の景色は、大きく変わりましたね。それでも、あえて日本のエコシステムの課題を指摘すると、「国際共同力の不足」が挙げられます。私はよく「町内会の餅つき大会」と表現するのですが、参加者が一丸となり、せっかく美味しい餅ができたのに、「次はこの餅をソマリアの子どもたちに届けよう!」という発想が生まれない。国内での活動で満足してしまうのです。しかし、今後の創薬研究では、発展途上国も含めた世界中の患者さんに対する貢献が不可欠であり、そのためには、国際展開に対する理解者・協力者の存在が、極めて重要です。日本の産学連携の支援組織が、ライフサイエンス業界の国際共同力を高める縁結びにも働き、国際共同の動きが今後もさらに増えることを願っています。

kagimoto.png鍵本 忠尚 氏  LINK-Jサポーター/ 株式会社ヘリオス 取締役 兼 代表執行役社長CEO
九州大学医学部卒業。眼科医として勤務後、アキュメンバイオファーマ株式会社を起業し、九州大学で発見された眼科手術補助剤の製品化を目指した。同製品は、海外での第Ⅲ相試験を通じて、欧州(後に米国でも)販売承認を取得し、上市を達成する。2011年には、再生医療の実用化を目指して、株式会社ヘリオスを設立する。2012年に代表取締役社長に就任。2015年には東証マザーズ上場を達成した。

suzukirami.png鈴木 蘭美 氏  ヤンセンファーマ株式会社 メディカルアフェアーズ本部長
15歳で渡英し、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで医学博士を取得する。ライフサイエンスに特化したVCファンドの運営を経て、エーザイ・ヨーロッパ・リミテッドに入社(後にエーザイ株式会社に移籍)。企業買収、導入・導出、オープンイノベーションなどを手掛ける。2017年にヤンセンファーマ株式会社に移籍。メディカルアフェアーズ部門を率いる。

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