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インタビュー・コラム

【News Letter】製薬産業を取り巻く現状と将来の展望 オープンイノベーションへの期待を語る

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この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.4 のインタビュー記事を掲載しております。
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近年、新薬開発のハードルはますます高くなり、新薬1剤あたりの開発費も高騰を続けています。こうした現状に対して、異なる出自・領域・分野の知恵を結集して革新的な技術を創造する「オープンイノベーション」に対する期待が高まっています。なぜ新薬開発はこれほど難航しているのか。オープンイノベーションはその課題解決にどのように貢献できるのか。前号に引き続き、Out of Box相談室でアドバイザーを務める専門家4名に、製薬業界の現状と課題、ライフサイエンス産業の展望について聞きました。

なぜ新薬開発は難航しているのか。製薬業界が抱える課題とその原因

――最近になってまた新薬開発のコストが急騰したと聞きます。

渕上 最近まで、新薬1剤を生み出すのに必要な費用は約2千億円でした。ところが、期待されていた新薬候補が第Ⅲ相試験で立て続けに失敗したことで統計に狂いが生じ、その試算がさらに高騰
することになりました。直近では6千億円に上るとの試算もあります。

――なぜ新薬開発はこれほどまでに難航しているのでしょうか。

高橋 研究開発費の高騰、治験に対する安全性管理の高度化、臨床的有用性に対する厳正な評価基準、分子標的薬や生物学的製剤の登場―。どれか1つが原因というわけではなく、様々な要因が複合的に働いて、現在の状況を生み出しているのだと思います。

瀬尾 現在の新薬開発の方法論は、基本的に40年前の低分子化合物時代から変わっていません。しかしこの間、薬の概念は大きく変化しました。分子標的薬が登場したことで、「将来の発病リスクを下げる治療」に加えて「疾患を標的とした治療」も誕生しました。こうした様々な変化に対して、創薬の方法論が対応できていないのです。

能見 創薬が簡単な領域はすでに出尽くしており、残された領域は中枢神経疾患や悪性腫瘍など、いずれも簡単には治療できないものばかり。安全性に対する要求も高まり、第Ⅲ相試験の規模も拡大する一方です。現在の状況は、ある意味で必然だといえるでしょう。

――海外ではこの問題にどのように対応しているのでしょうか。

渕上 米国の場合、多額の予算を投入して開発に要する時間を短縮しています。すなわち、開発プロジェクトごとにスタッフをリクルートし、目標を達成すると解散してしまう。研究者も報酬の多いチームに行くので、彼らに対する成功報酬も驚くほど高い。結果として、米国では「時間に対して投資をする」という考え方が定着しました。

lij34_459.jpg 瀬尾 亨 氏 (ファイザー ワールドワイドR&D ES&I ジャパン統括部長)

「破壊的イノベーション」は企業の内側からは生まれない

――オープンイノベーションが導入されることで、現在の「新薬が生まれにくい環境」も改善の方向に向かうのでしょうか。

高橋 それは間違いないでしょう。現時点でも、医薬品業界の上位企業が保有する製品のうち、外部と何らかの形でかかわりのある製品が6割以上を占めるとの報告もあります。製造・販売で外部パートナーを求める動きは、以前からありました。今後は研究・開発の分野でもオープンイノベーションが標準になるのではないでしょうか。

能見 オープンイノベーションには、医薬品の研究開発の効率を革新的に変えてくれるかもしれないという期待があります。必ずそうだとはいえませんが、その可能性は大きい。1剤を生み出すのに莫大な費用を要する現在の方法論では、製薬会社が耐えられません。

渕上 真に革新的なイノベーションは、自社の技術をも破壊する力を秘めています。ゆえに完成した企業であるほど、自社の力だけでは破壊的なイノベーションを生み出すことはできないという矛盾を抱えることになる。だからこそ、外部の知識や能力を結集させる「オープンイノベーション」という方法論が期待されているのです。

lij34_308.jpg 高橋 俊一 氏(バイエル薬品株式会社 オープンイノベーションセンター センター長)

エコシステム構築の現状と課題。日本橋の未来には大いに期待

――オープンイノベーションの発信拠点としてのエコシステムにも期待が集まっています。エコシステムの構築には何が必要ですか。

瀬尾 まずは起業成功者を輩出することです。といっても国内に成功者がいないわけではありません。問題は、その成功に至るプロセスがきちんと可視化されていないこと。プロセスを解析して定量化すれば、成功者を増やすことも、成功率を上げることも可能です。

渕上 日本の場合、株式上場後のベンチャー企業に資金提供をする機関投資家の規模が小さい点も不利です。基本的に、ベンチャー企業の買収は株式上場前に買収される事例よりも、上場後に買収される事例の方が多い。上場前の買収はリスクが大きいからです。しかし日本は、株式上場後の資金面を支える基盤がまだ脆弱なのです。

――海外でのエコシステムの構築状況はどうなっていますか。

高橋 米国は、エコシステムの構築では世界でも突出しています。スタートアップ企業の育成という観点では、イスラエルやシンガポールの動きも活発です。この2国は国家の主導のもとで、エコシステムの構築を進めています。また欧州では、「革新的医薬品イニシアティブ」という産・官・学の大型プロジェクトが構築されています。

瀬尾 フランスは官主導でエコシステムを構築しました。こうした事業を行う場合、官製モデルはまず成功しません。そこでフランスは、大幅な減税措置や減価償却の優遇制度を導入し、国内でのスタートアップを積極的に後押ししています。そういう考え方があれば、官製モデルのエコシステムでも成功を収めることができるのです。

――日本橋もオープンイノベーションの舞台として整備が進んでいます。日本橋は日本を代表するエコシステムになれますか?

高橋 期待しています。そのためにも、製薬会社やアカデミアに限らず、人工知能やロボット技術など薬以外の分野も含む、より複合的なコミュニティが日本橋に生まれてほしいですね。ただ集まるだけでは面白くない。そこから新たな技術やビジネスが生まれる街になれば素晴らしいことであり、そうなってほしいと願っています。

能見 日本橋には昔からライフサイエンス関連の会社(特に医薬関連企業)が集積しています。地理的な条件も良く、街全体のポテンシャルも高い。さらに発展することは、間違いないでしょう。今後は病院や研究施設など、本社機能以外の充実にも期待しています。

lij34_145.jpg 能見 貴人氏(FORESIGHT & LINX株式会社 代表取締役社長)

再生医療/人工知能/デジタル技術 未来のライフサイエンス産業の形

――今後の展開が期待されるライフサイエンス領域は何ですか?

能見 しばらくは生物学的製剤が新薬開発の中心を担うことになるでしょう。もちろん低分子化合物の開発も続きますが、創薬の中心はまちがいなく移行する。核酸医薬、遺伝子治療、再生医療にも期待しています。人工知能の登場で、創薬の効率も上昇するでしょう。

渕上 個人的にはがん免疫療法、それも現在の抗体医薬の標的とは異なる「自然免疫」領域を背景とした天然物の延長線上に、新しい治療薬が登場するだろうと期待しています。人工知能やロボット技術についても、発展性は高いと思います。ただ、現在のイメージとは全く異なる形に進化するのではないかと予測しています。

瀬尾 遺伝子医療とデジタル技術に可能性を感じています。再生医療については、国内で実用化されるためには、まだ障壁が少なくありません。デジタルについては、短期的にはウェアラブル端末に、長期的にはデータマイニング(大量の情報を収集・分析することで、そこから新たな相関や知識などを導出する技術)に期待しています。

高橋 現在の抗体医薬は、製造にかかるコストが非常に高い点がネックです。そこで今後は、低分子化合物と抗体医薬の両方の利点を兼ね備えた「中分子医薬品」の時代が来ると私は予測しています。
また、将来の疾病リスクを早期から予測し、発病に至る前に予防的に介入する「予防医療」の領域も、今後はますます重要になると思います。

lij34_205.jpg 渕上 欣司氏(MITSUI GLOBAL INVESTMENT/ベンチャーパートナー)

――ライフサイエンス産業に対する期待は高まるばかりです。

能見 ライフサイエンスは、今や私たちの生活に必須の存在となりました。私たちは薬なしの世界に生きていけないし、いまだに多くのアンメット・メディカル・ニーズを抱えています。そして業界はそれらの問題に対して、まだ十分に応えられていません。その意味で、ライフサイエンス産業は今後も重要な仕事であり続けるでしょう。

瀬尾 予防医療の技術が進めば、その先には「薬がいらない世界」が実現するでしょう。これまでの製薬会社の役割は医薬品を供給することでした。しかし未来では、「健康を提供する」ことが製薬会社の役割になる。私たちはこれを「Beyond The Pi l(l 薬の先に)」と呼んでいます。とても面白い世界になるだろうと期待しています。

seo.jpg 瀬尾 亨 氏
米国ウェイクフォレスト大学にて博士号を取得後、米国コロンビア大学医学部にて循環器・代謝性疾患領域のポスドク研修を修了。同大学医学部小児科で准教を務めた後、製薬会社で創薬ターゲットの識別および前臨床薬理に専念。その後も国内外の製薬会社での勤務を経て、2015年に米国ファイザーのワールドワイドR&D、 エクスターナル サイエンス&イノベーション(ES&I)の日本の統括部長に着任する。

takahashi.jpg 高橋 俊一 氏
青山学院大学大学院理工学研究科修了(理学博士・化学専攻)。三井製薬工業(当時)に入社後、経営統合により日本シエーリングにて循環器領域、免疫領域、幹細胞機能制御を研究。バイエル薬品との統合後、主幹研究員、開発本部プロジェクトマネジメント・循環器領域マネジャーなどを歴任。2014年より現職。

noumi.jpg 能見 貴人 氏
東京大学大学院薬学研究科・博士課程修了(薬学博士)。ロシュ分子生物学研究所でポスドクを務めた後、大阪大学産業科学研究所などで研究・教育に従事。その後、ノバルティス本社で創薬を開始し、グラクソ・スミスクライン筑波研究所長を経て、オープンイノベーションのコンサルティング事業を開始。2014年からはサノフィで外部創薬シーズ及び基盤技術の探索と評価の責任者を務める。今年5月に研究開発・オープンイノベーションのコンサルタントとして再び独立。

fuchikami.jpg 渕上 欣司 氏
大阪大学大学院医学部医科学研究科修了・医科学修士取得。バイエル薬品中央研究所で近代的医薬品探索のプラットフォームの構築に関わり、呼吸器疾患をはじめ幅広い領域で創薬研究に携わる。その後、MITSUI GLOBAL INVESTMENTに転職。ベンチャーキャピタル部門で、早期段階のバイオ技術に対する投資などを担当する。

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