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インタビュー・コラム

治療標的に対応する薬がない!という現状を変えたい 創薬の革新を目指す株式会社FuturedMe

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株式会社FuturedMeは、生体に備わるタンパク質分解機能を利用する、東京理科大学発(日本発)の創薬プラットフォーム技術"CANDDY"を土台として、2018年に設立されたベンチャー企業です。従来の低分子化合物の阻害薬とは異なり、ポケット構造などがないタンパク質の標的を分解できることから、いまはまだ薬が作れない、アンドラッガブル・ターゲットに対する高い創薬力が期待されています。今回のインタビューでは、CANDDYの発明者にして、今年4月から代表取締役CEOを務める宮本悦子氏に、起業に至る経緯、技術的特徴、今後の展望、同社が求める人材像などについて話を聞きました。

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宮本悦子 氏(株式会社FuturedMe 代表取締役CEO)

起業のきっかけは「薬はそんなに簡単には作れませんよ」

――これまでの研究と起業の経緯をお聞かせください。

CANDDYに取り組むきっかけは、東京大学医科学研究所で、病気の原因となる標的タンパク質の同定に関する研究をしていた頃に遡ります。当時は、治療の標的さえ同定できれば、標的の機能を阻害する薬も開発できると考えていました。ところが、いざ製薬会社の担当者に提案してみると「先生、薬はそんなに簡単には作れませんよ」とばっさり。さらに現在の技術では、病気との関連が判明している標的タンパク質のうち、創薬につながるのはたったの25%という話を聞いて、創薬の難しさを初めて痛感しました。

話を聞くうちに「もっと簡単に様々な標的に対して創薬に結びつける新しい技術がないと、基礎研究でいくら標的を見つけても、個別化医療の未来は厳しいのではないか?」と思い始めました。そこで、生体に備わる分解現象を利用した創薬技術の研究に着手しました。それが、CANDDY(タンパク質分解創薬プラットフォーム)です。当初は、科学技術振興機構の大学発新産業創出プログラム(START)で研究資金を調達し、プログラムの卒業と同時に、株式会社FuturedMeを起業しました。社名は、未来(Future)の薬(Drug)を一人ひとり(Me)に提供するという、会社のビジョンに由来します。さらに私たちは、企業のミッションとして、"No patients without medicine"を掲げて、治療薬がない患者さんが1人もいない世界の実現を目指して、日々活動しています。

――改めてCANDDYについて教えてください。従来の阻害薬とCANDDYはどこが異なるのでしょうか?

CANDDY (Chemical knockdown with Affinities aNd Degradation DYnamics)は、標的タンパク質を分解する新しい手法です。従来の阻害薬は、標的タンパク質の中に存在する"機能の活性点であるポケット"に結合することで、機能を阻害します。したがって、ポケットのような構造の存在が不可欠です。しかし実際には、標的タンパク質にそんな都合の良いポケットが存在する方が少ないのです。CANDDYは、生体が備えるタンパク質分解酵素(プロテアソーム)を利用して、標的を分解する技術です。具体的には、標的に結合するパートと分解装置に結合するパート、その両者をつなぐリンカーが結びついた分子(CANDDY分子)を用いて、標的タンパク質をプロテアソームまで誘導します。従来の阻害薬とは異なり、強固な結合を支えるポケット構造は必要ないため、標的の立体構造に左右されず、立体構造を持たない標的にも有効なのです。

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CANNDY分子を介した標的タンパク質の分解

――標的タンパク質に結合する際の選択性・特異性は、従来の阻害薬とは異なるのですか?

従来の阻害薬の場合、標的タンパク質と化合物の結合は可逆的であり、阻害薬として機能するには強力なKd(解離定数:結合の強さを示す)が必要です。プロテアソームによる分解は、不可逆的であり、標的をプロテアソームまで誘導できれば、きちんと機能します。したがって、標的に対しては、選択性が担保できれば、バインディングできる程度の結合力であっても、プロテアソームとの結合パートで調整可能であり、それこそが本技術の要であり、本技術の最もユニークな特徴であるともいえます。

――非常にユニークな作用機序ですが、競合する技術は存在しますか?

生体内の標的タンパク質を分解に誘導する技術は、TPDTargeted Protein Degradation)と総称され、米国のArvinas社によるPROTACが開発しています。しかし同技術は、標的タンパク質をユビキチン化(タンパク質修飾)した上で、プロテアソームを経由させる必要があります。CANDDYは、PROTACの欠点を克服した次世代のTPDということができます。CANDDY分子は、プロテアソームと直接結合するため、ユビキチン化の工程が不要であり、設計が単純で実用性に優れています。さらに、標的に対して特異的なタグ(分解装置結合パート+リンカー)を用いることで、高い細胞選択性・特異性をもった標的タンパク質の分解も可能です。

――プロテアソームによるタンパク質の分解は、思い通りに制御できるのですか?

濃度依存的に分解力を発揮するので、血中濃度を変えることで、標的タンパク質に対する分解力を調整できます。さらに、分解の程度を調整したい場合には、たとえば標的タンパク質をほぼ全て分解して細胞から無くしてしまう設計も可能ですし、半分程度しか分解しない設計にすることで、過剰な分解によって生じる毒性などのリスクを回避することも可能です。

――この技術は今後の医療にどのようなインパクトをもたらすと考えていますか?

CANDDYは、ゲノム医療および個別化医療の時代において、従来の創薬を根本から変えるような、画期的な技術であると自負しています。たとえば、がん医療の領域では、2019年よりがん遺伝子パネル検査の保険適用が始まり、自分のがんの標的遺伝子を検査で解明できる時代になりました。とはいえ、現時点ではせっかく標的の遺伝子変異が判明しても、それに対応する薬がないという事例がほとんどです。私たちは、このようなアンドラッガブル・ターゲットを対象に、創薬に挑戦したいと考えています。

まずは自分たちの力で創薬の実現可能性を証明したい

――この技術を今後どのように発展させながら、会社の成長につなげていくのか、ビジネスモデルをお聞かせください。

ビジネスモデルは2つあります。1つは自社創薬事業、すなわち自力で非臨床試験および臨床試験まで行って、創薬を目指す道です。もう1つはオープンプラットフォーム事業で、他社との協業を通じて早い段階から収益を確保する道です。

――自社創薬事業はどのように進められていますか?

がん領域では、RAS遺伝子、MYC遺伝子、p53遺伝子などがアンドラッガブル・ターゲットとして知られています。現在は、RAS遺伝子変異が関与するがんに対する創薬に挑戦中です。さらに、この技術は感染症の治療薬の開発にも有効です。従来の治療薬は、病原体の変異の影響を受けやすいのですが、私たちの技術の場合、プロテアソームに誘導できれば、変異体でも分解可能です。すでに、新型コロナウイルスのホスト受容体および増殖に必要なウイルスタンパク質を分解に誘導できることを確認しました。

――具体的にはどのようなパイプラインがありますか?

いま最も進行しているのは、KRAS G12D/Vを標的としたリード化合物の開発です。KRAS G12D/Vは、すい臓がん、大腸がん、肺がんで高頻度に発見される遺伝子変異です。中でもすい臓がんは、5年生存率が1割以下と非常に予後が悪いこと、すい臓がんの約8割をKRAS G12D/V変異が占めることから、開発の意義は大きいと考えられます。すでにモデルマウスを用いた検討でも、抗腫瘍効果が確認されており、現在は最適化に向けて改良を続けています。近いうちに、非臨床段階に進める予定です。

――オープンプラットフォーム事業の展望についても、お聞かせください。

CANDDYは、従来の創薬技術とは全く異なる技術なので、自分たちの技術の実証として、非臨床、臨床試験まで進めるつもりです。たとえば、臨床段階でのPOC(Proof of Concept:概念実証)達成などが、その目安になるでしょう。しかし一方で、私たちの力だけで、全ての標的に対する治療薬はとても開発できません。製薬会社の抱える問題を共同研究で解決するアライアンスや、アカデミアも含めて、皆様にこの技術を導入利活用していただき、新たな創薬に結びつけてほしいと考えています。そこで今後は、強い特許を利用して、技術の普及活動も展開していく予定です。

――技術的には非常に素晴らしいものを感じました。技術面以外にも特徴はありますか?

特許関連で非常に強固な点が挙げられます。実は、過去に私が発明者となったmRNAディスプレイ法(IVV法)の開発では、特許申請をめぐって苦い経験をしています。同技術は物質特許でなく方法特許であり、広いクレーム範囲であったにもかかわらず、侵害発見に弱い特許でした。また、米国での出願時には、日本で私たちの出願が先行していたにもかかわらず、裁判までもつれこみ、最終的にはクロスライセンスという不本意な決着となりました。そこで今回は、早々に日米両国で広いクレーム範囲でかつ侵害発見に強い特許の形で申請して、すでに取得しています。さらに、その他8カ国でも特許出願中です。今回は基本特許に関する強い特許権を有しているので、製薬企業との協業およびライセンス供与などの事業戦略でも、有利に働くと考えています。

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求められる資質は「先入観や過去の成功にとらわれない」

――これから自社での創薬を目指すにあたって、現在の課題は何だと思いますか?

CANDDYは、従来とは異なる創薬技術なので、臨床試験のあり方も再考の必要があると考えます。たとえば、従来のアンブレラ試験(1つのがん種に対して複数治療の有効性を評価する試験)ではなく、遺伝子変異が共通する複数のがん種を1つの対象群としてとらえて試験を行う"バスケット試験"による検証も必要になるでしょう。特に希少がんは患者さんの数が少ないので、バスケット試験が重要です。

また、リアルワールドデータ(RWD)を活用することで、臨床試験のサイズ・期間・必要経費などを、よりコンパクトにできないか?といった課題にも、挑戦したいと考えています。しかし、日本の治験環境は厳しく、柔軟性にも欠いています。がん治療の標的を同定する遺伝子パネル検査についても、治療に伴う標的の変化を調べたいと思っても、保険診療によるパネル検査は、患者さん1人に1回に限定されています。ただ、今の色々な規制は猛スピードで変わっていく必然性があると予想します。

将来、ゲノム医療では「標的と薬の紐付け」が進み、特にがん領域や感染症領域では、分解薬は未病のうちに飲むワクチン(がんタンパク質やウイルスタンパク質を分解し続けることで免疫を活性化する)として、疾患の発症そのものの予防薬となる時代が来ると考えています。

――臨床試験という観点では、日本よりも米国で挑戦した方が、進めやすいかもしれませんね。

事実、米国との間でドラッグ・ラグが進むのも、日本の臨床試験は規制が多く、海外の臨床試験の体制に追いついていないという現状があります。その結果、複数の国および地域にまたがる臨床開発でも、日本だけが試験に組み込まれないという事態が起きがちです。日の丸印の薬を、世界に輸出するのが理想ですが、私たちの場合も、規制だけでなく、期間やコストの問題も含めて考えて、国内での開発が困難ということになれば、海外での臨床試験も、選択肢のひとつとしてあり得ると考えています。

――これから様々な開発に挑戦するとなると、より多くのスタッフが必要になりますね。貴社が求める人材像についてもお聞かせください。

過去のご経歴については、アカデミア出身でも製薬会社出身でも、そこにはこだわりません。ただし、FuturedMeのビジョン(未来のゲノム医療実現に貢献)、ミッション(パーパス:CANDDYで薬がなくて治療をあきらめる患者さんがいない未来を実現)、バリュー(アンドラッガブル・ターゲット克服でミッション達成を約束)に共感してくれる方を求めます。そして、ミッションを実現するために、従来と根本的に異なる創薬技術に挑戦する以上、何事にも先入観にとらわれず、挑戦できる考え方が必要です。先入観にとらわれると、どうしても従来の経験則に沿って行動してしまいがちです。そうではなくて、過去の成功体験は一旦置いて、新しい技術をさらに磨き上げていく上で、どの部分を最大限の「付加価値(差別化価値)」としていけば会社の「バリュー(存在価値)」が上がるのかを、課題に素直に向き合って考えられるような、そんな人材を求めています。

――最後にLINK-Jに対して期待する役割について、お聞かせください。

この世界は女性の起業家が少ないと、常々感じています。起業家のイベントに参加しても、いつも周囲は男性ばかり。以前に女性起業家の座談会の記事を読んだのですが、やはり女性の起業家同士が知り合える機会が少ないという話でした。たとえば、女性の起業家同士が本音で話し合えるような機会を作り、そこから新たなつながり・ネットワークが生まれていくような、そんな企画にも期待をしています。

miyamoto_3.jpg宮本悦子 株式会社FuturedMe 代表取締役CEO

東京理科大学理学部化学科卒業。卒業後は日本IBMを経て、東芝情報通信研究所で高機能材料の研究に従事。2000年4月より慶應義塾大学理工学研究科および先導研究センターにて、助教、講師、准教授を経て、文科省振興調整費やゲノムネットワークプロジェクトに参加。2011年4月より東京大学医科学研究所にてインタラクトーム医科学社会連携部門・部門長を務める。2014年10月より東京理科大学にてJST-START宮本プロジェクトなどを経て、2018年6月、新規創薬モダリティーであるCANDDY技術を土台とした株式会社FuturedMeを設立、教授職と取締役を兼任。2021年6月、令和3年度女性のチャレンジ賞(内閣府男女共同参画会議、女性起業家の賞)を受賞、2022年4月1日付で代表取締役CEOに就任。東京理科大学 客員教授(薬学部)を兼任。

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