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インタビュー・コラム

【News Letter vol.24】グローバルをめざすスタートアップに追い風となる環境変化

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LINK-JNewsLetter_24_1.png この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.24のインタビュー記事を掲載しております。
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今回は、LINK-Jサポーターの清峰正志さんとその友人ケン・ホーンさんへのインタビューをお届けします。清峰さんはアメリカで約20年にわたり医療機器や次世代ヘルスケア分野へのベンチャー投資を行っている投資家。片やホーンさんは、アメリカのバイオテック業界で豊富な起業経験を積まれた投資家かつ事業家。自分のファンドを率い、未来のヘルスケアの創造に邁進されているお二人から見て、日本のスタートアップはどう映るのでしょうか。グローバルで戦うためのヒントをお伺いしました。

アメリカでの会社登記やナスダック上場をサポートするファンドが登場

――現職に至るまでのキャリアを教えてください。

清峰(マサシ) 11歳からアメリカ在住で、大学では機械工学を専攻しました。卒業後は新卒で三井物産グローバル投資株式会社(MGI)に就職し、ニューヨークの医療機器チームで数々の投資案件に携わりました。日本の大手企業、アメリカの金融ビジネスや事業会社のビジネススタイルをまとめて吸収できただけでなく、若くして投資のキャリアを積める環境に身を置けたことは幸運だったと思います。6年後にシリコンバレー勤務になり、グローバルライフサイエンスチームのトップに就任。その後13年間勤めたMGIを辞め、2021年にKicker Venturesという次世代ヘルスケア領域に特化して投資するファンドを設立し、現在はフィラデルフィアの拠点で、東海岸・西海岸両方の案件を手掛けています。

ホーン(ケン) 僕は大学教授の両親のもと、スタンフォードで生まれ育ちました。スタンフォードで医療工学をカバーする機械工学を学び、医療技術でトップクラスのインキュベーター、The Foundryに就職。そこで6〜7年ほど会社設立の経験を積みながら、並行して心臓関係のスタートアップで研究開発も行いました。その後2010年にVCファンドのTauTona Groupを創設。TauTonaはスタートアップを設立し、自ら投資も行う戦略をとっており、僕は同社が設立したバイオマテリアル企業Aline Aestheticsの社長に就任して2014年にアラガン(AGN)の買収に導きました。その成果を見てリクルートされたのが、Symic BioCEO。この会社も買収され、2020年までにさらに2社の社長を務めます。その後、マサシの元同僚・稲葉太郎氏から誘われRDiscoveryの会長に就任し、数社の起業に2年間携わった後、今年日本でAN Venturesを創業しました。

――お二人のご関係についてもお聞かせください。

清峰 MGIでライフサイエンスチームが扱っている案件の中にSymic Bioがあり、CEOのケンと知り合い、一緒に仕事をする中で意気投合していきました。僕が特に感心したのは、ケンのチームビルディングの力量です。いろいろなCEOを見てきましたが、ケンは取締役会のメンバー構成から会議の運び方に至るまで、すべてがオープンでインクルーシブ。「ボードメンバー全員で一緒に頑張って成功しよう」と、チームをまとめるのがうまい。それで2年前、僕が自分のファンドを立ち上げるとき、ケンにアドバイザー就任をお願いした次第です。

ホーン ありがとう、マサシ。チームビルディングは、まさに僕が経営で重視していることです。事業会社の社長の中にはVCなどから迎えた社外取締役を煙たがり距離を置く人もいるけど、僕は社外取締役も会社を成長させるための大事な仲間と位置付け、どう前向きに仕事をするかを常に考えてきました。ただ、メンバー全員が社長と同意見である必要はないと思っていて、ときに"Ken, I don't agree"と意見を言ってくれるマサシのような存在こそ、信頼できると考えています。

――お二人は現在、それぞれご自分のファンドを運営されています。VC創設の動機とそこで実現したいことをお聞かせください。

清峰 自分のファンドが作りたかったというより、これまでの経験を社会に最も還元できる仕事は何か突き詰めて考えたら、次世代ヘルスケア領域のファンドだった、というのが創設の動機です。

僕が入社した頃のVCはアーリーステージに投資し、ハンズオンで起業家をサポートし、事業がエグジットしたらその経験をまた次の事業に還元する役割を果たしていました。そんなスタートアップを一緒に育てる昔ながらのVCの現代版を作りたかったのです。投資領域は次世代ヘルスケア。いまや医療はAIや遠隔技術、ロボット、デジタルなどと融合し、パラダイムシフトが起きている。デジタルヘルスという概念ではカバーしきれない、その先のヘルスケアを創っていこうとしています。

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清峰 正志 氏 LINK-Jサポーター/Kicker Ventures創業者兼マネージングパートナー

革新的なソリューションを追い求めていたら、AI技術を活用している企業がポートフォリオの大部分を占めていました。アプリケーションは、DTxDigital Therapeuticsの略)やマイクロバイオームもあれば、バイオマテリアルやロボティクス、ゲームなどもあります。疾病領域もうつ、がん、疼痛、消化器系など幅広いです。投資スタイルとしてはリード投資や、スタートアップにとって最初のVC投資も行っています。そしていつしか、周囲には同じ考えを持ったVC仲間や業界の専門家たちが集まっていました。僕らはこの仲間たちをAIRAdvisors-in-Residence)と呼んでいますが、コミュニティに入るのではなく、自分たちの周りに理想的なコミュニティが出来上がったことに大きな意義を感じています。実現したいことは沢山あるのですが、その一つは日本人の私が立ち上げたKickerが、アメリカのVCとしてアメリカで成功できると証明すること。これが僕なりに日本へ貢献できることなのではないかと考えています。

ホーン 僕の場合は、バイオ・ヘルスケア分野でトップのアメリカのVCARCH Venture Partnersから声をかけられたのがきっかけです。同社が日本での事業展開を検討しており、日本でどのようなファンドを作るのか、アーチはその枠組み作りから僕に任せてくれるという。

日本でファンドを運営するということは、この国のエコシステムのプラットフォームを作るということで、これまでないユニークなファンドを創設できれば、日本の既存ファンド、さらにはライフサイエンス業界全体への刺激にもなると思い、日本のバイオ技術への投資に特化したファンド創設を決断しました。RDiscoveryを離れがたい気持ちもありましたが、目の前に人生最大の機会があるなら、掴むしかありません。

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ケン・ホーン氏 AN Ventures創業者兼パートナー

AN Venturesでやろうとしているのは、ジャスダックを経由せず日本のスタートアップを一気にグローバル企業に育てるファンドです。投資先はまだ創業に至っていない大学の研究、または創業初期のスタートアップ。会社作りの段階から関わり、会社登記はアメリカで行います。なぜならアメリカはスタートアップが成長しやすい法制度・税制が整っており、アメリカのVCからの出資も受けやすいためです。グローバルなビジネス展開を前提にした知財戦略もサポートし、出口戦略としてはナスダック上場あるいは大型M&Aをめざします。我々が日本発グローバル企業の成功例を作ることができれば、アメリカの投資家ももっと日本の技術に目を向けるはずで、そのきっかけになりたいという想いもあります。

ファンドが投資する動機には、競合他社に遅れをとるまいとする「fear(恐れ)」と 、利益を出したいという「greed(欲)」とがありますが、日本の技術はfearはもとよりgreedの対象にすらなっていないのが現状です。この状況を打破する役割を担いたいのです。また身近な場所でグローバルな成功事例ができれば、より多くのバイオ・ヘルスケアスタートアップが世界市場を目指すようになり、それがさらに次世代の研究者や起業家にも影響していくようなポジティブなスパイラルを生み出していけると思います。AN Venturesの投資活動を通して、日本のエコシステム全体の活性化に貢献したいです。

"世界で勝つために"政府、起業家、VCの各々が取り組みを加速させよ

――日本のライフサイエンス・ヘルスケア業界の問題点として、優れたシーズはあるものの実用化につながらない、とよく言われます。これについてどう思われますか?

ホーン 数々のノーベル賞受賞例を見てもわかる通り、日本のアカデミアの基礎研究は世界トップクラス。僕もファンドでシーズを発掘し始めたばかりですが、日本には技術的に優れたものがたくさんあります。その上、他の技術からの影響が限られた特異な研究があり、興味深い。ただ残念なのは、研究者や周囲の関係者にトランスレーション(基礎研究から実用化への橋渡し)の経験がないこと。キャピタルを使った事業化の進め方を理解している経験者が非常に少なく、そういった経験不足の面を、我々が補いたいと考えています。

清峰 日本では先端技術、特異技術があれば市場が開けるという技術信仰がいまだに見受けられますが、そのような経営感覚では世界での成功は望めないと考えています。ニーズの徹底的な検証、市場の成長性、競合他社の技術の評価、パートナーシップの可能性、事業を推進できる人材の採用など、会社として勝てる状況に持っていかないといけない。技術の勝負ではなくて事業の勝負なのです。ただ、ケンが言っているように日本には特異な研究があること、また他国に先駆けて超高齢化社会に突入し、さまざまな課題に直面しているという事実が利点になる可能性は高いと思っています。課題があるところに、チャンスは生まれるのです。

――ここ12年のことですが、創業間もないうちに最大の市場アメリカへの進出をめざす日本のスタートアップが増えてきたように感じます。どのような理由が考えられますか?

清峰 僕が接している日本の起業家たちも、優秀な人ほどアメリカでの会社設立を実行に移しています。日本のマーケットが縮小することは昔から言われていますが、それに加えコロナショックからの回復が他国より遅れていることや、為替・物価などさまざまな要因があいまって、「このまま日本にいてはまずい」というfearが出てきたのではないでしょうか。

ホーン 岸田政権の経済政策「新しい資本主義」の影響もあるかもしれません。日本政府はスタートアップ育成に力を入れ、バイオ技術を重点分野の一つに据えていますから。

清峰 確かに近年、政府は"世界で戦い、勝てる企業"をスローガンに掲げた起業家育成支援プログラム「J-Startup」を推進するなど、グローバル進出の機運を盛り立てています。一方で、ケンのAN Venturesのように初めからナスダック上場を目標にするファンドが現れたり、僕らKickerも日本のスタートアップに対してグローバルに事業展開をする上で必要なスキルを提供するプロジェクトを開始しています。

政府、起業家、ファンドなどいろいろな組織・個人が個別に取り組んでいる動きが重層的に積み上がることで、全体の活動レベルが上がっているのでしょう。例えるなら、JFAJリーグ100年構想のもとプロリーグを作り、各クラブチームが環境を整え、選手個人が海外移籍などでスキルを磨き、民間企業が欧州クラブの運営に取り組んだことで海外進出のハードルが下がり、日本サッカー界のレベルが上がったのに似ています。グローバルで戦うスタートアップを育てるには、関係者がそれぞれの立場でベストを尽くすことが重要です。

――世界をめざす起業家へ応援メッセージをお願いします。

清峰 AI化が進み、機械がやってくれることが急速に増えている時代に人間である醍醐味は、本当に自分がやりたいことに挑戦することなのではないでしょうか。みなさんの中にグローバルを相手にしたい起業家がいるなら、怯まず挑戦してほしいと思います。

ホーン VCに対して自社の弱みを隠そうとする起業家もいますが、VCには弱みもオープンにし、助けを求めてほしい。必要なリソースを社外から探してくるのも僕らの仕事です。僕らもチームの一員ですから、課題は一緒に乗り越えていきましょう。

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――最後にLINK-Jへの期待をお聞かせください。

清峰 LINK-Jがなかった時代を知っているだけに、これだけのコミュニティができたことをうれしく思っています。人が集まる場所、情報を共有できる場、経験が補えるコミュニティは貴重です。今後は、すでに着手し始めているLINK-Jのグローバル化を更に推し進めて頂けたら幸いです。

ホーン アメリカの投資家が日本に目を向けたとき、LINK-Jほど情報を得るのに適したところはありません。情報を英語で発信する、イベントに海外のアカデミア・起業家・VCを招聘するなど、グローバルへの発信も積極的に行ってほしいと思います。

kiyomine.png清峰 正志 LINK-Jサポーター/Kicker Ventures創業者兼マネージングパートナー

米ダートマス大学卒業後、2004年より三井物産グローバル投資でアメリカを拠点にグローバルにアーリーステージのヘルスケアスタートアップへのベンチャー投資を担当。次世代ヘルスケアや医療機器にフォーカスし複数のエグジットを経験。2021年にKicker Ventures 1号ファンドを組成し、未来のヘルスケアの共創をテーマにアメリカでベンチャー投資を行っている。

ken_horn_s.pngケン・ホーン AN Ventures創業者兼パートナー

スタンフォード大学で機械工学の理学士号と修士号を取得。医療技術インキュベーターであるThe Foundryでキャリアをスタートさせ、2010年、TauTona Groupの創設メンバーとなり、同ファンドが出資するAline AestheticsCEOに就任。その後も数社のCEOを務め、資金調達や企業売却で手腕を振るう。直近は米レミジェス・ベンチャーズの創業支援子会社RDiscovery 会長を2年務め、2023年、日本においてAN Ventures を創業。
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