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インタビュー・コラム

日本発「レギュラトリーサイエンス」で世界の薬事規制を変える近藤氏が語るPMDAの使命

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「スペシャルインタビュー」第3回は、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:PMDA)理事長の近藤達也氏にお話をうかがいました。PMDAは、医薬品や医療機器等の承認審査および市販後の安全対策、医薬品等による副作用健康被害の救済業務を行う組織として、2004年に設立されました。今回は、理事長就任に至るまでの経緯、就任後に実施した組織改革の中から「理念の策定」や「レギュラトリーサイエンスの導入とその意義」などについて紹介します。

「この仕事は受けるべきだ」咄嗟の決断

――ドラッグ・ラグが問題視され、前理事長が突然退任するなど厳しい環境の中で理事長に就任されました。この間の経緯についてお聞かせ下さい。

就任要請を受けたのは、2008年2月のことでした。当時の私は、国立国際医療センター(現:国立国際医療研究センター)に病院長として勤務していましたが、定年退職を間近に控え、次の職も内定していました。その1カ月ほど前に、PMDAの前理事長が退職されたことは報道などで知ってはいましたが、当時はまさか自分が次の理事長に就任することになるとは思いもしませんでした。

要請を頂いた時点で、すぐ「この仕事は受けるべきだ」と考え、快諾しました。もともと私は最善の判断を常に心がけることを脳外科領域で求められてきたので、咄嗟の決断には慣れているのです。正式に理事長に就任したのは、その2カ月後にあたる2008年4月でした。

――突然の就任要請を快諾した理由についてお聞かせ下さい。

実はもともと工学志向で、学生の頃は航空機や自動車などに強い関心がありました(この日の取材場所となった理事長室の窓際にも、理事長自作の鉄道模型が並んでいました)。国立国際医療センターに勤務していた頃は、国内の医療機器会社と組んで、集光放射型の定位放射線治療装置の開発に挑戦したこともあります。残念ながら試作機のみで終わり、製品化までは至りませんでしたが、この装置を用いて様々ながん治療を検討しました。このように元々創意工夫が好きで得意だったので、以前から医薬品や医療機器の開発には関心がありました。

「申請前相談」の徹底実施で世界最短の審査期間を実現

――就任して最初に取り組まれた課題について教えて下さい。

最初に着手したのは旗印としての「理念」の導入です。PMDAの設立目的は「独立行政法人医薬品医療機器総合機構法」に明記されていますが、それとは別に職員全員が納得できる行動理念が必要だと考えました。なぜ理念が必要なのかといえば、これは病院長時代の経験に遡りますが、多職種連携が必要な組織では、スタッフ間の目的意識の共有が不可欠だからです。もっとも、即断即決が可能だった病院長時代とは異なり、策定には時間がかかりました。半年かけて完成させると、海外に向けて英文化もしました。「理念」の重要性について当時国内の反応はそれほど大きくなかったのですが、米国商務省の担当者がそれを読んで、「この組織は信頼できる」と評価してくれたのを憶えています。

――先生の理事長就任をきっかけにドラッグ・ラグが大幅に短縮しました。

理事長に就任した当時は、新薬が欧米諸国で市販されてから日本市場に導入されるまでの時間差、ドラッグ・ラグが問題視されていました。そうした中で、PMDAはラグの要因である審査期間の長期化を招いている「悪の権化」と批判されていました。そこで私たちもその実態を調査し、審査期間の長期化の要因が、実は新薬の開発期間の中での「時間の浪費」にあることを突き止めました。すなわち、承認申請前の事前相談の数が少なく、当局と申請者の間で情報共有もされておらず、審査中に不要な質問や確認を繰り返している。その積み重ねの結果が、長期化の原因だったのです。

そこで、まずは申請前相談の実施を徹底することにしました。臨床試験を開始する前から、確認が必要な事項はPMDAと申請者との間できちんと共有し、問題点等があれば事前に解決しておく。その上で治験を始めるので、後になって不要な質問を繰り返して無駄な時間を浪費する事態も避けられます。結果として、現在では世界最短の審査期間での新薬承認体制を実現しました。極めて単純な話ですが、実際にドラッグ・ラグはほぼ解消し、2006年度は2.4年だったドラッグ・ラグは、2016年度には1.0年にまで短縮しました。そのうち、審査期間におけるタイムラグは0年です。

もうひとつの取り組みが、「薬事戦略相談(現:レギュラトリーサイエンス総合相談/戦略相談)」の導入です。日本発の革新的な医薬品および医療機器などの創出に向けて取り組む大学・研究機関・ベンチャー企業を対象に、PMDAが指導/助言を行う相談事業です。当初は「利益相反になるのではないか」と危惧する声もありましたが、私は「透明性を確保すれば問題はない」と考え、事業化を決断しました。

日本の場合、大学紛争時代を契機に産学官連携が途絶えた時期が続きました。しかし私は、透明性・公平性・倫理性を担保すれば、産学連携は非常に有効だと思っていました。そこで理事長に就任して2か月目に、厚生労働省の事務次官に「透明性を担保した上で、産学官はもっと連携するべきだ」と提案したところ、事務次官からも賛同を得ることができました。産学官連携が当然の現在と異なり、当時は勇気のいる提案でした。

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「評価」と「規制」の両機能を備えた機関へ

――近藤理事長の下でのPMDAの取組みとして、特筆されるのが「レギュラトリーサイエンス」です。なぜ「レギュラトリーサイエンス」の導入を決断されたのですか。

「レギュラトリーサイエンス」は、内山充氏(国立衛生試験所副所長:当時)が最初に提唱した概念で、その定義は「科学技術のもたらす成果を良いことも、悪いこととも的確に予測するという「評価科学」と、そのうえで、人間・社会との調整を実現するという「適正規制科学」の2つの要素からなるもの」です。

新しい発見・発明の評価は、感情論を抜きに客観的な指標で絶対評価をする必要があるのですが、これがなかなか難しい。実際、様々な確執の末に貴重な発見・発明のタネが道半ばにして消えていく現実があることは、自身の経験で知っていました。だからこそ、「レギュラトリーサイエンス」で科学的に「評価」を行い、同時に、その技術が有効性・安全性を担保した上で、最大限に活かされるように、適正に「規制」を行う。PMDAは、この「評価」と「規制」という両方の機能を要求される組織ですから、この概念が必要だと考えたのです。

しかし、この概念を業務の中に導入するには、まずはPMDAが「評価」の能力を備える必要がありますし、「規制」のための新たなシステムも構築しなければなりません。そのためには、規制当局が一方的に推進するのではなく、産学官の専門家と国民の代表が話し合う必要があると思いました。そこで、その話し合いの場所として、新たに多くのステークホルダーとともに「レギュラトリーサイエンス学会」の設立を提唱しました。

――当時はまだ耳慣れない概念でした。導入当初の関係者の反応はどうでしたか。

辛辣な意見も頂戴しました。「レギュラトリーサイエンスは、科学ではなく宗教だ」と批判されたこともあります。しかし、そもそも科学(サイエンス)とは、複雑な事象をできるだけ単純化して思考し、そこから新しい法則や真理を導き出す学問です。一方で、レギュラトリーサイエンスも、複雑系(多くの要素で構成され、それぞれの要素が相互かつ複雑に作用するシステム)を扱う学問であり、さらに「客観的価値」という新しい真理を探究する学問でもあります。だから私は、レギュラトリーサイエンスもまた、立派な科学(サイエンス)であると思っています。

知識の共有による標準化を目指す

――そのほかの取り組みについてもご紹介下さい。

海外の規制当局とのハーモナイゼーションにも取り組んでいます。それも、ただ海外の基準に追従するだけではなく、日本からも積極的に考え方を発信していく。たとえば、日本は世界に先駆けて再生医療法等製品に関する新たな規制の枠組みとして、「条件及び期限付承認制度」を導入しました。こうした先進技術の評価は、日本だけで勝手に進めるわけにはいかない。世界の英知を結集させ、国際調和を図っていく必要があります。

国際化については、アジア各国の規制当局との交流も強化しています。2016年には「アジア医薬品・医療機器トレーニングセンター(Asia Training Center for Pharmaceuticals and Medical Devices Regulatory Affairs:PMDA-ATC)」を開設しました。これは、規制当局が国外の規制当局に向けて研修を実施する、世界初となる取組みです。なぜこれが重要かというと、各国の規制当局の担当者が知識を共有することで、アジア全体の標準化にもつながるためです。この取組みを続けていけば、米国のFDAで承認されれば承認している国もあると思いますが、日本での承認情報も参考にしてもらえるようになると考えており、最終的にはアジア各国の規制当局が自立できると期待しています。

たとえば「PMDA-ATC」の研修で用いたスライドなどは、全て冊子化しています。テキストブックにすれば研修参加者が内容を自国に持ち帰ることができ、そこで各国の薬事規制の参考にもなる。結果として、日本の薬事規制が、アジアにおける薬事規制の基礎になるわけです。それは、薬事の世界における日本の存在感を高めることにもなります。

――これから開始する新しいプロジェクトについても教えて下さい。

来年度に開設する「レギュラトリーサイエンスセンター」では、国内外の産学関係者と連携して「電子診療記録を活用した副作用リスク等の分析」、「臨床試験成績等の製品横断的な解析によるモデル構築」を目指します。同時に、「医療情報データベース(MID-NET®)」の本格運用も始まります。電子カルテなどの医療情報を大規模に収集・解析することで、医薬品などの安全対策の高度化を推進するシステムです。本プロジェクトで構築するMID-NET®は、大学や製薬企業の研究活動にも活用してもらえるよう、利活用のルールを定めた上で、有料で開放する予定です。

――最近では若者を中心に、デジタルヘルスや食品など、従来の医薬品や医療機器の枠組みとは異なるアプローチからヘルスケア領域に挑戦する人たちが増えています。最後に、彼らに対して応援のメッセージをいただけますか。

若者を中心に新しい挑戦が起きるのは、素晴らしいことだと思います。私の趣味である模型製作もそうなのですが、説明書通りの組み立て・塗装で最初は満足できても、経験を重ねていくと、自分なりに工夫した表現にも挑戦したくなってきます。発明・発見も同じです。本当に優れた技術だという自負があれば、自信を持って深掘りしていってほしい。ただし、利益ばかりを追求されるのは考えものです。本当に国民の健康に貢献するものかどうかを真剣に考えて、その結果として事業も成功を収める。そうした挑戦は、私たちも大歓迎です。

PMDA_kondo_riji.png 近藤達也 氏   独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長
東京大学医学部を卒業後、東京大学脳神経外科に入局し、国立東京第一病院(脳神経外科)、東京大学医学部附属病院(助手)に勤務後、マックス・プランク研究所(脳研究所/西ドイツ)へ留学。帰国後、1978年に国立病院医療センターに勤務し、同院で脳神経外科医長、病院手術部長などを歴任し、2003年に国立国際医療センター病院長に就任。2008年に独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長に就任し、現在に至る。

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