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インタビュー・コラム

【News Letter】国内バイオベンチャー産業を「経営」で支える専門家に話を聞く  バイオベンチャーの 過去・現在・未来

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この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.5のインタビュー記事を掲載しております。
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国内バイオベンチャー市場の誕生は、今から約20年前にあたる、1990年代後半頃と言われています。以後、バイオバブル崩壊(2006年)やリーマンショック(2008年)などの試練を経験しながら、現在は600社前後の会社が、創薬シーズの探索からデジタルヘルスの実用化まで、様々な領域で新技術の開発に挑戦しています。 今回は、ベンチャー産業におけるマネジメント領域で活躍してきた「経営」のプロフェッショナルの2人に、国内バイオベンチャーの現状と課題について話を聞きました。

バイオベンチャーは人材の確保も大変 。最大の障壁は本人よりも家族の理解を得られるか

――お二人はライフサイエンス(生命科学)に関連する様々な会社を経験されています。その原点は何だったのでしょうか。

嶋内 私の仕事の原点を振り返ると、学生時代にまでさかのぼります。その頃、私はJALPAKの公認契約第一号ツアーコンダクターとして日本人団体客を引率するアルバイトをしていました。 当時の日当が、8千円から1万円。大卒初任給が約4万6千円の時代ですから、けっこうな額だといえます。それに、自分で予定を作って観光客を連れて回るツアーコンダクターという仕事も好きでした。そんな経験もあって、普通の会社勤めをするよりも、「ゼロから自分で計画して実行する仕事がしたい」と考えるようになりました。

中塚 私も嶋内さんと似た部分があります。私の場合は、決断に迷う時は「後になって後悔しない道を選ぶ」という考え方を信条にしてきました。14年間の公務員生活を辞めてペンシルバニア大学ウオートンスクールに留学した時も迷いましたが、「この機会を逃したら、後で後悔する」と考え、決断しました。米国から帰国した後は、ベンチャービジネスに参画し、軽作業・人材サービス会社で介護事業など新規事業の立上げなどを担当しました。

――バイオ産業とのかかわりは、いつからですか?

嶋内  2005年に創薬系バイオベンチャーの社長に就任したのが始まりです。その後も外資系バイオや大学発バイオなどで相談役などの仕事を引き受けながら、2年前に再生医療製品の早期実用化を目指す「INDEE Medical」を設立しました。また、LINK-Jのセミナーを契機に出会った、がん領域のバイオベン チャー「Chordia Therapeutics」の監査役も務めています。

中塚 2003年に大阪大学発バイオベンチャーの取締役CFOに就任したのがきっかけでした。その後もライフサイエンス分野のベンチャーで経験を重ね、昨年秋まで第4世代のDNAシークエンサーを開発する「クオンタムバイオシステムズ」でCFOを務めました。

――お二人は日本のバイオベンチャー業界の黎明期より活躍されてきました。現在の業界に対する感想を教えて下さい。

嶋内 起業意欲の高い若者たちが、積極的にバイオベンチャーに 挑戦していますね。これはとても良い傾向だと思います。

中塚 若い人はもちろんですが、シニア世代の中でもバイオベン チャーに対する抵抗感が和らいできたと感じます。その点でいえば、昔は必要な人材を確保するのも大変でした。ご本人は前向きでも、奥様に大反対されて実現に至らず―という話もよくありました。ご本人よりもご家族の説得の方が難しい。

嶋内 創設者はともかく、それ以外の要職については、外部から専門家を招聘する必要がある。すなわち、大会社の中でも相応のポストと年収を約束されるような人の力が必要なわけです。しかし、発足当初のバイオベンチャーに、大会社と同じ待遇・給与を保証できるほどの体力はありません。私は面接で、ご本人の意向だけでなく、ご家庭の事情も聞きます。そこを無視して先に進めても、結局は双方にとって不幸な結果になるからです。

h1_1.jpg嶋内 明彦 氏(株式会社 インディー・メディカル 代表取締役CEO)

バイオベンチャーの最大の壁は「お金」 最高経営責任者の仕事は「資金調達」

――若い人たちの参入が相次ぐ国内バイオベンチャー市場ですが、まだ解決していない課題と言えば、何がありますか?

中塚 大学が運営するベンチャーキャピタルも続々と誕生しており、起業をサポートする環境はかなり改善しました。とはいえ、企業側から見ると、まだ十分ではありませんし、さらに資金が必要なステップに進むと、そこを支える投資家の数も足りません。

嶋内 資金がないと給料も払えませんしね。実際、役員報酬が6カ月連続ゼロになったこともありました(笑)。日本のバイオベンチャーの経営責任者の仕事といえば、何よりもまず「資金調達」。日本はベンチャーキャピタル1社から調達できる資金が少ないから、経営責任者は資金確保に奔走する羽目になる。私はよく「今の2倍は働かないとだめですよ」と話しています。

中塚 バイオに限りませんが、ベンチャーは最初はどこも手弁当ですからね。そこに数百万円でも資金があれば、本当に救われます。

エコシステム構築の現状と課題。日本橋の未来には大いに期待

――資金が潤滑に回らないのは、バイオベンチャーとベンチャーキャピタルのどちら側に原因があるのでしょうか?

嶋内 両方に課題があると思います。ベンチャー側によくある失敗としては、自分たちの技術の将来性を語る際に、風呂敷を広げすぎるケースです。たとえば、「製品化された場合の市場性は1千億円に成長する見込みです」とか。しかし、もっと現実的な数字でないと投資側の信頼を損ねてしまいます。さらにいえば、投資側が知りたいのは技術より「収益モデル」と「イグジットモデル(出口戦略)」とその実現可能性なのです。そんな齟齬が、実はけっこう多いのです。

中塚 経営的な判断まで創業者が1人で抱え込む例がありますが、経営はCEOの仕事で、その人と二人三脚で進めることも大切です。技術と経営は車の両輪。プラットフォーム型、ポートフォリオ型、フィーサービス型など色々ありますが、技術の価値の最大化させる収益ビジネスモデルや実現方法の選択は大変重要な判断です。技術だけでは前には進めないのです。

嶋内 ベンチャーキャピタルに対する提案にも「正しい」順序がありますが、まだあまり知られていません。奉加帳(神社寺院に対する寄進者の氏名と金額を記した帳面)でも、1人目の寄進額が後に続く人の寄進額を左右するように、ベンチャーキャピタルは他社の投資判断を知りたがります。だから最初に提案する会社とその結果次第で、その後の資金調達の難易度が大きく変わるのです。そんな細かいノウハウも、実は重要なのです。

h1_2.jpg中塚 琢磨 氏(クオンタムバイオシステムズ株式会社 顧問adviser)

バイオベンチャーの買収額は1兆円以上。日本とはケタ違いの資金が動く米国市場

――お二人は米国など海外での経験も豊富です。バイオベンチャーを取り巻く環境の「日米の格差」について教えて下さい。

中塚 日本と米国の起業環境については、まだ乖離があると思います。私がペンシルバニア大学に留学したのは1990年代前半でしたが、すでにアントレプレナーシップに関する実践にも基づいた体系的な研究があり、実際に起業するという取り組みもありました。最近では、日本でも早稲田大学や慶應義塾大学などでアントレプレナー育成プログラムが実施されていますが、米国は30年前から大学教育に組み込まれ、進化しています。

嶋内 バイオベンチャーがイグジットに成功した際に、創業者や株式保有者が手にできる額も、日本と米国ではケタが違います。 米国では、製薬会社が500億円とか1000億円を投入してバイオベンチャーを買収しています。これに対して、日本のイグジット成功モデルは、まだ数十億円止まりです。

中塚 成功したバイオベンチャーが、次に、新しい技術を持ったバイオベンチャーを買収する例も珍しくなくなっています。昨年ギリアド・サイエンシズがバイオベンチャーを買収した際の金額が日本円で約1.3兆円、今年に入りセルジーンが同じくバイオベンチャーを買収した時が約1兆円。確かに数字のケタが日米で全く異なりますね。

さらなる成長のカギは「成功例の数」。起業モデル「スピンアウト」にも期待

――課題も多い国内のバイオベンチャー市場ですが、今後さらなる成長を実現するためには、何が必要だと思いますか?

中塚 まずは成功事例を増やすことが大切ではないでしょうか。 「成功」の定義は「企業買収」、「株式公開」などベンチャー側が目指すイグジットによっても異なるかもしれませんが、「自分たちの技術で製品を世に出し、社会に貢献をする」という究極の目標は共通だと思います。また、米国では、成功を収めたバイオベンチャーや成功した企業家が、エンジェルとして次は自分が投資をする側に回り、買収された新しいバイオベンチャーが 成長するという循環が生まれています。こうした成功例のサイクルが、日本でも誕生してほしいと期待しています。

嶋内 その通りですね。それも1社や2社でなく、5社、10社と成功事例を輩出してほしい。成功事例が増えなければ、市場全体も成長しません。いま私が期待しているのが、製薬会社から自らが担当したパイプラインを持って研究員がスピンアウトして誕生する「企業発ベンチャー」です。すでに何社か誕生していますが、彼らの成功を通じて市場が活性化されるのが、現状では「市場に成功事例を増やす」という目標に対する最短コースになるのではないかと注目しています。

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shimauti_s.jpg 嶋内 明彦 氏
早稲田大学教育学部を卒業後、国内外のライフサイエンス企業で、新規事業部の立ち上げ、業績不振部門の再建などを担当する。バイオベンチャーとの関わりは2005年から。以来、バイオ系企業で代表取締役やアドバイザーなどを務める。再生医療製品の実用化を目指す「INDDE Medical」を2016年に設立。最近、武田からスピンアウトした、コーデイアセラピューテックス監査役も務める。

nakatuka_s.jpg 中塚 琢磨 氏
東京大学法学部を卒業後、国家公務員として勤務、総務庁官房調査官で退任。その後、ペンシルバニア大学ウオートンスクールに留学し、帰国後はライフサイエンス分野を含むベンチャーの経営や企業の事業再生に携わる。医薬・バイオ分野の経験は長く、昨年秋まで大阪大学発ベンチャー「クオンタムバイオシステムズ」でCFOを務める。

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