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イベントレポート

「核酸創薬~アンチセンス核酸の設計と毒性回避~」を開催(11/28)

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2019年11月28日(木)、日本橋ライフサイエンスビルディングにて「核酸創薬~アンチセンス核酸の設計と毒性回避~」を開催いたしました。(主催:LINK-J、協力:株式会社INDEE Japan)
核酸医薬は、これまで治療が難しかった難治性疾患に対する新しい治療手段として注目を集めており、より安全な核酸医薬の開発が望まれています。本イベントでは、核酸医薬の総論から、創薬の始め方、核酸医薬におけるオフターゲット作用を回避するアプローチの開発に関して、4名のご登壇者にご講演頂きました。

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【講演者】
井上 貴雄 氏(国立医薬品食品衛生研究所)
佐藤 秀昭 氏(ルクサナバイオテク株式会社)
入山 友輔 氏(日産化学株式会社)
正木 慶昭 氏(東京工業大学生命理工学院)

冒頭に、LINK-J事務局長の曽山明彦より開会挨拶をさせて頂いた後、株式会社INDEE Japanの津田真吾氏より、INDEE Japanの取り組みについてご紹介頂きました。同社は、企業向けのイノベーション支援と、スタートアップ向けの投資や育成を主な事業としています。企業向けのサービスでは、マネジメントやコーチング、トレーニング、リサーチなど事業開発支援やオープンイノベーションに向けの社内体制の支援を行っています。

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「核酸医薬の安全性をどのように担保するか:毒性の評価と回避」

井上氏より、核酸医薬品の特徴や開発動向をはじめとする全体像、および核酸医薬品の毒性を予測・評価する具体的な手法や回避方法について、ご解説頂きました。

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核酸医薬品とは、オリゴヌクレオチドを基本骨格とし、タンパク質発現を介さずに直接生体に作用するもので、化学合成により製造される医薬品の総称です。その種類の主なものとしては、細胞内でRNAに結合して作用するアンチセンスやsiRNA、細胞外タンパク質を標的とするアプタマー、Toll様受容体9(TLR9)に作用して自然免疫を活性化させるCpGオリゴなどがあります。これまでに世界で上市された核酸医薬品は10品目になります(2019年11月現在。国内承認された医薬品は3品目)。

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核酸医薬品の開発はアンチセンス医薬品が先行していますが、非臨床段階の開発品目を含めると、近年ではsiRNA医薬品が開発が大幅に増加傾向にあります(2016年と2018年の比較)。幅広い疾患に対して開発が行われていますが、特に遺伝性疾患や希少疾患、がんを対象とした品目が多いという傾向があります。
アンチセンス医薬品については修飾核酸技術の向上により、生体内での安定性や細胞膜透過性が向上し、キャリア無しでの全身投与が可能となりました。これにより、2013年に世界初の全身投与型の核酸医薬品であるkynamro®が米国で承認されました。kynamro®はGapmer 型と呼ばれるアンチセンス医薬品ですが、このタイプのアンチセンスは標的RNAと結合し、RNaseH(DNAとRNAの2本鎖を認識しRNA鎖を切断する酵素)の作用によって標的RNAを切断することで、目的遺伝子の発現を抑制します。

また、スプライシング制御型のアンチセンス医薬品についても2つの製品についてご紹介頂きました。一つ目は、ジストロフィン遺伝子のエクソン50が欠失していることで発症する筋ジストロフィーに対する核酸医薬品の例です。エクソン50の隣にあるエクソン51に結合するようなアンチセンスを投与することでスプライシングを変化させ、これにより翻訳の「読み枠」を修正し、機能的なタンパク質を発現させるという方法です。このアンチセンス医薬品は2016年に承認されましたが、国内でもジストロフィン遺伝子の別のエクソンを対象としたアンチセンス医薬品の開発が進行しています。

スプライシング制御型の二つ目は、神経細胞のアポトーシスを抑制する遺伝子SMN1が欠損した患者さんに対し、生物進化の過程で使われなくなったSMN1の相同遺伝子(SMN2)のスプライシングを変化させることによってSMN2の発現を回復させるアンチセンス医薬品を解説して頂きました。この核酸医薬品は日本でも承認されており、これまでに治療法のなかった脊髄性筋萎縮症(SMA)に対して劇的な効果を示すことから、注目を集めています。

アンチセンス医薬品の特徴としては、修飾核酸の配置を変えることによって、Gapmer 型(RNA分解)やスプライシング制御型(立体障害)など作用機序を変えることができる点が挙げられます。また、修飾核酸の種類を変えることで結合力の強弱を調整することができます。標的RNAの配列に応じて、アンチセンスの塩基配列を変えるだけで新たな医薬品を短期間に開発できることもメリットとして挙げられました。

次に、siRNA医薬品についてもご解説頂きました。siRNA(small interfering RNA)は短い2本鎖RNAで構成されており、RNA干渉(RNAi)を誘導します。siRNAに相補的なmRNAが切断ターゲットとなり、標的遺伝子の発現を抑制します。2本鎖RNAのsiRNAは1本鎖のアンチセンスと比べて分子量が大きく、そのままでは細胞膜を通過できないため、基本的にはリポソーム等の送達キャリアを用いて細胞内に運ばれます。

世界初のsiRNA医薬品であるAlynlam社のpatisiranは、遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシスの患者さんにおいて劇的な効果を示しました。patisiran は脂質ナノ粒子(キャリア)に内包されたsiRNAであり、点滴により静脈内投与された後、肝臓の細胞に集積します。一方、遺伝性の急性肝性ポルフィリン症を適応として米国で先日承認された同社のgivosiranの場合は、キャリアなしで導入するができるようになりました。givosiran は、siRNAのセンス鎖の末端にGalNAcという糖が修飾されており、糖タンパク受容体に結合することで肝臓細胞内に運ばれます。これまでのsiRNA医薬品は希少疾患や遺伝子性疾患が主な対象となってきましたが、修飾核酸技術によるコンジュゲートした製品開発によって、対象疾患が広がっていく可能性があることを示唆されました。

さらに、国立医薬品食品衛生研究所において行われている毒性を予測・評価する手法や回避方法についてご紹介頂きました。

毒性となる原因は大きく2つあります。1つはタンパク質との結合など物理化学的性質に起因する場合、もう1つは、核酸医薬品が標的以外の配列に結合してしまうオフターゲット効果に起因する場合です。実際には、2つの状態が混ざり合った状態で起きることになります。

タンパク質との結合に起因するケースでは、低分子医薬品と同様に非臨床安全性評価として動物試験を行うとされています。しかしながら、生物種によって自然免疫系の反応性が異なることが報告されています。そこで、井上氏らのグループでは、ヒトTLR9発現細胞株やヒト末梢血単核細胞を用いた自然免疫活性化の評価系について検討が行われており、その成果の一端が発表されました。

一方、オフターゲット効果に起因する毒性評価に関しては、in silico解析とin vitro解析を組み合わせた方法についてご解説頂きました。Gapmer型アンチセンスを例にとると、ヒトpre-mRNAデータベースにおいてアンチセンスと相補性のある配列を検索し(検索エンジン:GGGenomeを使用)、オフターゲット効果が起こる可能性のある「オフターゲット候補遺伝子」を抽出します。さらに、ヒト肝由来の培養細胞にアンチセンスを導入し、mRNAの発現変化を網羅的に調べることができるマイクロアレイでオフターゲット候補遺伝子が実際に発現抑制されるか(オフターゲット効果が実際に起こるか)を解析し、「オフターゲット遺伝子」を特定します。

オフターゲット候補遺伝子を検索する際、アンチセンスとRNAの相補結合領域における不適合性の指標として、「d(distance)値=ミスマッチの数+インサーションの数+デリーションの数」を採用しています。実例として示された13塩基長のGapmer型アンチセンスでは、d=0(完全相補)、d=1ならびにd=2のオフターゲット候補遺伝子が発現抑制される可能性があること、実際に発現抑制されたオフターゲット遺伝子の数は数十~数百に及ぶことが示されました。塩基長や修飾核酸の種類が変わると、オフターゲット効果の影響を受ける可能性のあるd値や、オフターゲット遺伝子の数が変化します。

また、「オフターゲット効果により多数の遺伝子が抑制された結果生じる肝毒性」を予測する評価系として、ヒト細胞株ではなく、ヒト肝キメラマウス(肝臓の細胞がヒトの肝細胞に置換されたマウス)を用いた評価系の検討も紹介されました。

「架橋型核酸の創薬展開」

佐藤氏より、2017年12月に設立されたルクサナバイオテク株式会社の事業概要および、開発状況についてご紹介いただきました。

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同社は、大阪大学大学院薬学研究科の小比賀聡教授のグループが研究されている核酸技術を基盤とし、安全かつ効果的な核酸医薬品の実用化を進められています。佐藤氏は、アンチセンス医薬品の課題として、全身投与での標的となる臓器が主として肝臓や腎臓に限定される点や、血中安定性が不足している点などを挙げ、より高い活性、生体安定性と安全を保った、より幅広い臓器に届く技術を構築していきたいと述べました。

同社は、特徴の異なる3つの架橋型修飾核酸(AmNA、GuNA、SCP)の独占的通常実施権を保有されています。AmNAは、既存の架橋型修飾核酸LNAで生じたマウス肝毒性を回避できる特徴を持ち、GuNAは高い3'エキソヌクレアーゼ耐性を持つこと、SCPはホスホロチオエートに依存しない高いマウス血清安定性があることと肝毒性が低減できることが示されました。これら3つの人工核酸の特徴を組み合わせ、アンチセンスに自由に組み込むことができることが、同社の大きな強みであることを解説されました。

また、ビジネスモデルの部分では、製薬会社やバイオテック企業のニーズを受けながら、共同研究を行っていく創薬事業と、大学などのアカデミアからのシーズを取り込み自社開発する事業の2つを軸に事業を展開されていることをご紹介頂きました。
特に、自社開発事業では、愛知医科大学の武内教授グループと共に脊髄損傷治療用コンドロイチン硫酸合成阻害アンチセンス薬の開発に取り組まれています。武内グループにおいて脊髄損傷モデルマウスに対するアンチセンス薬の効果を調べたところ、損傷後に1回の投与で運動機能が改善されたこと、損傷1週間後に1回投与しても運動機能が回復したことをご報告頂きました。この研究により、本アンチセンス薬は脊髄損傷の亜急性期に対する高価と、慢性期に対しても痕跡を除去した後に投与することで神経軸索再生が可能であることを示唆されました。また、大阪大学との共同研究では、小細胞肺がん・治療抵抗性前立腺がんに対するアンチセンス薬の開発も進められています。

原料供給体制に関しては、協業の化学会社と共に架橋型核酸モノマーの大量生産体制整備を進め、2021年前半には1kg~の生産が開始できる状況になっていることを述べられ、特に協業するパートナーを重視しながら事業を進めていきたいとしました。

「日産化学のアンチセンス創薬戦略」

入山氏より日産化学で開発されているアンチセンス創薬における基盤技術について、ご紹介頂きました。
実際のアンチセンス創薬では標的ごとに多様な課題がでてくるため、一つの技術で解決するのではなく、基盤技術として、「ワンストップでの核酸創薬を可能とする要素技術群が必要」と入山氏は強調されました。

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東京工業大学と共同研究されている毒性低減の技術構築においては、2'酸素原子にN-メチルカルバモイルエチル(MCE)を修飾した核酸を利用し、既存技術であるMOEとの比較を行い、アンチセンス活性や肝毒性について調査した結果を発表いただきました。MCE Gapmerは高いヌクレアーゼ耐性とエキソンスキップ活性を示し、親水性が高いという特徴をもちます。
MOE Gapmerと比べて肝毒性リスクが低く、この理由として非特異的なタンパク質への結合を抑制できる可能性があることが示されました。さらに、MCEの先に各種修飾基(R)をつけた(R-ECE)も検討されています。このような2'位の修飾核酸とLNAをハイブリッドしたGapmerを用い、安全性と有効性を両立する方法を開発されています。

これまでのアンチセンスの問題を解決しうる革新的な技術として、HDO(DNA/RNA heteroduplex oligonucleotide)を使った新たなアプローチをご紹介頂きました。HDOは、東京医科歯科大学の横田教授によって報告されたGapmer型アンチセンス鎖とリガンド修飾を施したRNA鎖からなるヘテロ2本鎖核酸で、従来のアンチセンスに比べ有効性が20倍高まるといわれています。日産化学ではこの2本鎖核酸を、リンカーを用いて結合し、1本鎖構造とすることで(ss-HDO)、生体内での構造安定化やアンチセンス活性が高められることを確認されました。アニーリングプロセスも不要で、毒性リスクが低く、今後の活用が期待されます。

最後に、同社におけるアンチセンス核酸創薬のスキームについて概要と流れについてご説明いただきました。標的に対する設計は、独自のin silico手法を用いており、オフターゲット毒性リスク等を事前に確認します。併せて、ファミリー遺伝子や実験動物に相同性配列があるかどうかを確認します。ヒットした配列に対しては、毒性評価をin vitroで行い、配列特異性を検証したのち、in vivoへ移っていきます。修飾核酸を用いて最適化を行いながら進めていると述べられました。特に、細胞毒性の評価に関しては、腎細胞毒性を非臨床試験では検出しにくいという課題に対し、ヒト腎細胞による3D培養評価法によって検出できるようにしていることをアピールされました。

「化学修飾によるアンチセンス核酸のRNaseH依存オフターゲット効果の抑制」

正木先生より、RNaseHとDNA/RNA複合体の立体構造を考慮した化学修飾を導入することでRNaseH依存的に分解されるオフターゲット作用を抑制する方法論について、ご講演いただきました。

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「すべてのタンパク質はRNAの段階でAUGCの並び順が違うだけ。核酸医薬の魅力は原理的に同一のプラットフォームで様々な疾患の治療が可能になること」と正木先生は語ります。「アンチセンス核酸による毒性はなぜ起こるのか?」という問いに対し、様々な理由が発表されている中、RNaseH依存のアンチセンス核酸のオフターゲットは最も厄介だと述べられています。


どの遺伝子にもマッチしないように設計されたにもかかわらず、細胞毒性を示すアンチセンス核酸はいくつも報告されています。そのようなアンチセンス核酸の投与による遺伝子発現量の変化を解析すると非常に多くのオフターゲット遺伝子がみられることを紹介されました。

オフターゲット遺伝子とそれ以外の遺伝子を区別するために、ミスマッチ塩基の数が指標としてよく用いられています。その有効性を、ROC解析により評価されていました。ROC解析では、ミスマッチ塩基の数などの指標におけるFalse Positive Rate(オフターゲット遺伝子でないものを誤ってオフターゲット遺伝子と予想した割合)に対する、True Positive Rate(オフターゲット遺伝子を正しく予想した割合)をプロットしていきます。プロットを線でつないだ際の下方の面積はAUC(Area Under Curve)として定義され、数値が1に近いほど正確に分類できる指標であるということを表します。その例として、pre-mRNAに対するミスマッチ塩基の数を指標にした場合と成熟mRNAに対するミスマッチ塩基の数を指標にした場合では、前者の方が高いAUCの数値であったことから、pre-mRNAも考慮したミスマッチ塩基の数は有効な指標であることを示されました。

従来のモデルでは、ミスマッチ塩基の数が重視されていますが、RNaseHが活性を示す必要条件はあまり着目されていませんでした。RNaseHが切断活性を持つためには連続した相補配列が必要であることに加えて、リピート配列を標的にすると高活性になることを踏まえ、必要条件を満たす相補配列を多く含むmRNAはオフターゲットの対象になる確率が高いことを確認されました。さらに、RNaseH-DNA/RNA複合体の立体構造や分子動力学計算を用いた構造解析の結果から、化学修飾の導入により、オフターゲット効果を誘導する複合体形成を抑制できるのではないかと考えられました。

そこで、複合体形成を抑制するための化学修飾ヌクレオシドを合成され、毒性を示すアンチセンス核酸に導入することで、オフターゲット抑制効果の評価が行われました。その結果、化学修飾の導入によって、特定の位置でのみRNaseH複合体が形成すること、オンターゲット効果を損なうことなくオフターゲット効果の対象となる遺伝子数が少なくなること、細胞毒性が抑制されることなどの検証結果を紹介されました。

講演後は日本橋ライフサイエンスビルディング10階にて懇親会を行いました。当日は120名以上の方から参加申込を頂き、製薬企業の研究開発やオープンイノベーションをご担当されている方など多数の方にご参加頂きました。

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「核酸創薬の概要から、各論まで包括的に聞けて大変勉強になった」「アンチセンス核酸の有用性と今後の課題が非常によくわかった」「これからさらに盛り上がる分野だと思います。今後も核酸や規制、生物系製剤の課題を取り上げてほしい」等といったご意見を頂き、大変盛況な会となりました。幅広い疾患への医薬品として応用範囲が広いとされる核酸創薬の今後の動向に益々注目していきたいと思います。