Menu

インタビュー・コラム

【News Letter】国内ベンチャービジネスと起業家の育成には何が必要なのか 日本のベンチャー投資市場が抱える課題と今後の期待

ニュースレター_vol8.png
この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.8のインタビュー記事を掲載しております。
PDFダウンロードはこちらから

ベンチャー企業投資のエグジットには、株式市場への新規上場(IPO)や事業会社等への事業譲渡(M&A)があります。しかし、国内新規上場は世界的金融危機後の2009年に19社まで減少し、その後足元では80から90社台と順調に回復しているものの、ライフサイエンス系ベンチャーの数は少ない状況にあります。今回のインタビューでは、国内ベンチャーに関する投資環境に詳しい2人の専門家に、ベンチャーへの投資市場の現状と問題点、海外の状況、市場の観点から日本橋に期待することなどについて話を聞きました。

VCの投資や株式上場など 企業のマネタイズの最前線を知る

―― まずはお二人のこれまでのご経歴をお教え下さい。

樋原 大学卒業後は都市銀行に就職し、30歳近くまで働きました。その後、米国・コロンビア大学で経済学の博士号を取得。当時米国で進んでいた、VCと起業家間の投資契約に関する研究などに携わりました。カナダ・サスカチュワン大学で助教授を4年間務めた後、日本に帰国しました。7年前から現職(早稲田大学大学院経営管理研究科)を務めています。

横田 大学では建築を学び、卒業後は建設会社で都市開発を担当しました。その後シンクタンクで不動産インデックスの開発等に携わりました。その後不動産鑑定事務所を起業した後、国内外の証券会社にてリート(不動産投資信託)の引受業務など、不動産ファイナンス業務を担当。9年前から現職(東京証券取引所)を務め、リートや国内外企業などの上場推進活動に関わっています。

―― LINK-Jと関わることになった経緯は何ですか。

樋原 きっかけは知人からの誘いです。渋谷におけるICT業界の隆盛のようなことを日本橋の製薬業でも起こすのだという発想を聞き、それに共感してサポーターになりました。

横田 私は東証でベンチャー企業の上場推進業務を担当していたこともあり、その関係で、「日本橋ライフサイエンス構想を応援してほしい」と声をかけられて、サポーターを務めることになりました。

ljyh_025.jpg

樋原 伸彦 氏(早稲田大学ビジネススクール)

個人投資家が多い新興企業向け市場 目利きのできる機関投資家が必要

――お二方とも、ベンチャー企業のIPOに関して深い知見をお持ちです。企業が株式市場に上場する利点とは何でしょうか。

横田 企業の中長期的な成長を考えた場合、上場は企業にとって有効な手段の一つです。上場によって会社の知名度が高まれば、優秀な人材の確保や、資金調達力の向上などが見込めます。

樋原 上場企業になると、銀行などの金融機関からの支援も受けやすくなり、その結果として倒産の確率が大幅に低下するというベネフィットを強調する研究もあります。

横田 東証マザーズ上場後、東証一部に市場変更した企業の70%が4年未満で市場変更を実現しています。マザーズ市場が、東証一部へのステップアップ市場として活用されており、ベンチャー企業のさらなる成長に貢献していると考えています。

――現在の国内における新規上場の状況はいかがでしょうか。

横田 日本国内の新規上場数は、2017年は国内全体で96社(TOKYO PRO Marketを含む)。世界的金融危機後の2009年の19社を底に徐々に回復し、近年は年間でおおよそ80社台から90社台となっています。

――ライフサイエンス系企業の上場はどうですか。

樋原 ピーク時は年間10社程度でしたが、最近は1~2社という状況が続いています。昨年上場したライフサイエンス系は1社、今年も1社。今年の1社は日本橋ライフサイエンスビル2に入居しているデルタフライファーマです。上場数が伸び悩んでいる要因の1つは、一時期ライフサイエンス系のスタート・アップの上場が集中した時期があり、そのIPOが一巡したため「弾がない」状態になっていることも指摘できます。

横田 創薬系バイオベンチャー企業などのライフサイエンス企業にとって、東証の敷居が高く上場を相談しづらいのではないかというご指摘に対し、2018年10月にライフサイエンス・バイオビジネス相談窓口を設置しました。監査法人や主幹事証券会社が決まっていない段階であっても、あるいは創業後間もない段階や、開発を開始して間もない段階においても気軽にご相談いただけるような環境を整えました。ライフサイエンス系の事業は黒字化に時間がかかるなどの論点がありますので、早めにご相談いただくことで、上場に向けた準備も進めやすくなるのではないかと思っています。

樋原 私は、国内で上場数が少ない理由の1つには、資金調達額が小さいという問題があると考えています。特にスタート・アップは、上場前も後も、決定的に調達金額が少ない。上場まで資金を繋ぐのが難しいだけでなく、新規上場を達成した後も資金調達に苦戦しているのが実情です。なかでも、創薬系ベンチャーは相当な金額の調達が必要になりますが、それが難しいのです。

横田 それは、日本の新興企業向け市場は個人投資家の比率が高いという構造と関係があるかもしれませんね。中長期的に企業に投資を継続できるような機関投資家の存在が重要なのかもしれません。

ljyh_045.jpg

横田 雅之 氏(株式会社東京証券取引所)

苦戦するライフサイエンス領域 最大の要因は「起業家などの人材不足」

樋原 米国では、VCがベンチャーの資金を支えています。日本国内におけるVCの投資額は年間約2,000億円ですが、米国では年間約7兆円が投資されています。ただ、米国のVCも結局は機関投資家から資金調達していますので、やはり機関投資家の対ベンチャー投資の少なさが課題の1つと言えるでしょう。

横田 米国に比べると一桁少ない水準ですね。米国までとは行かないまでもVCの投資金額の桁が変わるような水準になれば、ストレートに東証一部へ上場する企業も出てくるかもしれません。

樋原 近年は日本の事業会社もCVC(企業が設立したVC)を立ち上げていますが、特に製薬系CVCは投資対象として海外製薬ベンチャーを念頭に置いている場合が多いようです。日本の事業会社、さらには日本の機関投資家の目がもっと日本のスタートアップ企業にも集まるようになるといいですね。

――他に、日本が克服すべき課題はありますか。

樋原 ライフサイエンス系に限らず、とにかく日本は起業家不足だと思います。特にライフサイエンス系は、優秀な人材が大企業に囲われてしまっています。

横田 技術をマネタイズできるプロの経営者の存在も足りないと聞きます。最近は優れた技術を持つ国内の大学発ベンチャーなどの関係者から相談を受ける機会も増えてきていますが、一方で企業経営における管理部門の人材確保では苦戦している話も多く伺います。また、時間のかかる研究の知財化も研究者自らではなく熟知した管理担当に任せるなどの体制構築も課題だと聞きます。

樋原 スタート・アップを支援するコンサルタントも足りていませんね。彼らとの接点となるコミュニティがないため、意志はあっても起業に踏み切れないという人が少なくないと思われます。

日本橋は「外国人の姿が少ない」国際化もエコシステムに不可欠

――国内のライフサイエンス系ベンチャーを育成していくためには、今後はどのような工夫が必要なのでしょうか。

横田 国内だけのビジネス展開で成長するのは、どうしても限界があります。先日中国のシンセンに行ったときに何人かのベンチャー企業の経営者に会いましたが、彼らの口からはグローバル展開の計画をずいぶん伺いました。大きく成長するためにも起業当初からグローバル展開を視野に入れておくことも大切だと思われます。

樋原 SNSなど爆発的な利用者数の伸びが期待できるIT系企業と比べ、ライフサイエンス系ではそこまでのスケールアップは期待できません。そこが、投資家にとっては今ひとつ魅力に欠ける点かもしれません。しかし、ライフサイエンス領域は生命を救う大切な分野です。今後は、スタート・アップのビジネスがもたらす社会的意義といった側面からの議論もされていくべきでしょう。

横田 また、これはライフサイエンス領域に限りませんが、一気通貫な企業の成長支援のエコシステムが十分ではないと思います。起業からM&AやIPOに至るまでの過程全体を通じて資本政策を含めた企業経営の助言を受けられるような、制度や場を関係者とともに作っていくべきです。

――最後に現在の日本橋ライフサイエンス構想に対する感想と、今後の期待についてお聞かせ下さい。

樋原 イベント一つをとってみても参加者数が増えましたね。当初は日本橋ライフサイエンスビルディング内のシェアオフィスも満室にならなかったのが、今ではどの施設にも入居希望者が殺到しています。ただ、投資に関わる人の参加がまだ不足していると感じます。

横田 確かにイベントを覗いても、企業や大学などライフサイエンス側の参加が多い反面、投資家や証券会社、銀行などの金融側の参加は少ないですね。彼らも参加するようになれば、これまで指摘した課題の解決の糸口も見つかると思います。

樋原 人材の流動性も重要です。もっと気軽にスタート・アップに挑戦できる"起業文化"が必要ですし、日本橋にはその文化発信地としての役割も期待したいですね。人材についていえば、日本橋では外国人の姿もあまり見かけません。海外では、エコシステムの拠点となる街には多くの外国人が働いています。コンサルタントの育成など、外国人の力が必要な部分は多々あります。今後は、外国人が働きやすい環境の整備も求められるでしょう。

ljyh_078.jpg

hibara.png樋原 伸彦 氏
東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業。東京銀行入行後、世界銀行コンサルタント、通商産業省通商産業研究所客員研究員、米コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手、カナダ・サスカチュワン大学ビジネススクール助教授を経て、2006年には立命館大学准教授に就任。2011年からは早稲田大学大学院経営管理研究科准教授を務める。コロンビア大学大学院博士課程修了。

yokota.png 横田 雅之 氏
早稲田大学理工学部建築学科卒業。総合建設会社、シンクタンク、鑑定事務所などに勤務する。2000年からは国内外の証券会社で不動産ファイナンス業務を担当。REIT(不動産投資信託)について、日本市場の創成期より関与してきた。2009年に東京証券取引所に移籍し、現在は上場推進部長を務める。国土交通省不動産投資市場政策懇談会委員、不動産鑑定士、一級建築士。早稲田大学大学院経営管理研究科非常勤講師。

pagetop