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インタビュー・コラム

「無細胞膜タンパク質調製技術」開発と創薬への展望 -基礎研究の成果を自分たちの手で社会実装へ-【前編】

膜タンパク質の一種であるGPCR(Gタンパク質共役型受容体)は、創薬の標的分子として古くから注目されています。その標的分子を見つけるための新たな革新技術「無細胞膜タンパク質の調製」を研究され、アクセラレーションプログラム「BRAVE」でLINK-Jからライフサイエンス賞を授与された理化学研究所の横山先生にお話をお伺いしました。

IMG_0849.png横山 茂之先生(理学博士/国立研究開発法人理化学研究所横山特別研究室/東京大学名誉教授)

世界をリードした「無細胞膜タンパク質調製」研究

――横山先生の開発された「無細胞膜タンパク質調製技術」について教えて下さい。

横山 これは「生きた細胞を用いることなく膜タンパク質を合成する技術」です。細胞膜は、リン脂質による「脂質二重膜」という構造を有しており、膜タンパク質はその細胞膜の中に埋もれた状態で存在しています。しかし、生きた細胞の細胞膜から膜タンパク質を効率的に抽出するのは非常に難しく、場合によってはタンパク質の立体構造が失われてしまいます。そこで私たちは「無細胞膜タンパク質合成法を活用した膜タンパク質の合成」に挑戦し、10年以上の試行錯誤を繰り返した結果、脂質二重膜から抽出することによって立体構造を破壊することを回避できて、膜タンパク質を脂質二重膜に組み込まれた正しい状態で調製できる技術の開発に成功しました。

――なぜ「膜タンパク質の効率的な調製」は難しいのでしょうか?

横山 従来の技術では、細胞膜の中に埋もれた膜タンパク質を抽出する過程で界面活性剤を用いていました。しかし強い界面活性剤を使うとタンパク質の立体構造が壊れてしまい、弱い界面活性剤を使うとわずかな量しか抽出できないのです。そこで私たちは「界面活性剤と脂質を反応液に添加する」ことで、タンパク質の合成と脂質二重膜の形成を同時に行う技術(翻訳共役型リポソーム再構成法)を開発し、さらに界面活性剤の濃度を変えることで、高品質の膜タンパク質を効率的に生産する「S-MF法(可溶性膜断片法)」を生み出しました。同技術で合成される膜タンパク質は立体構造を維持しており、抗体医薬における免疫源としての活用など、様々な産業応用が期待できます。いわゆる「コロンブスの卵」的発想から生まれた技術ですが、画期的な方法を生み出せたと自負しています。

――この技術開発に着手されたのはいつ頃からですか?

横山 現在の「無細胞膜タンパク質調整技術」につながる研究は、2000年頃に着手しました。2005年には世界に先駆けて「無細胞タンパク質合成技術による膜タンパク質の合成技術」の開発に成功しており、この発表は世界で最初の成功例として、現在でも多くの研究論文に引用されています。もともと私の専門領域は「タンパク質の立体構造解析」であり、長年、構造生物学研究に基づく分子生物学のセントラルドグマ(転写・翻訳過程)に関する分子認識機構の解明、そして、この研究を応用した、転写・翻訳技術の応用技術として、タンパク質生合成の研究・開発を行ってきました。

サンディエゴでの発表で実用化の道に光

――横山先生はBRAVE(Beyond Next Ventures主催のアクセラレーションプログラム)を通じて、米国でのパートナリングイベントに参加されましたが、その時のご感想などをお聞かせください。

横山 私がBRAVEに参加したのは第1期プログラム(2016年12月~)の時でした。LINK-Jからライフサイエンス賞をいただいたことで、「バイオコム」(米国ライフサイエンス系企業・団体が加盟する非営利団体)主催のパートナリングイベントへの招待権をもらいました。同イベントへの参加は、いわゆる「ショック療法」としては、非常に良い勉強の機会になったと思います。イベント会場には巨大企業から創薬型ベンチャーまで様々な企業関係者が参加しており、彼らの資金規模も私たちが考えていたよりも、ずっと大きいのです。当日は私たちの研究チームにもプレゼンテーションの機会が与えられたのですが、まるで場違いな場所に紛れ込んでしまったかのような居心地の悪さを感じた反面、基礎研究の実用化を目指すのであれば、いずれは彼らとも競争しなくてはならないという決意を新たにしました。

当時の私たちには「自分たちの技術で社会に貢献したい」という漠然としたイメージしかなく、実用化に向けた具体的な道筋までは見えていませんでした。最終的に自分たちの開発した基礎研究の成果が社会に実装されるには、どのような道筋を探るべきなのか。明確なビジョンを持たなければ実用化は成功しないんだということを、ピッチコンテストやパートナリングイベントなどを通じて学びました。

IMG_0595.png事業化支援プログラム「BRAVE」(2016)にてライフサイエンス賞を受賞

その意味では、LINK-Jは私たちアカデミアの人間が企業の人たちと知り会う機会を与えてくれる、大変ありがたい存在だといえます。これまでは、学術集会の会場で会い、展示などを通じて知り合うくらいでした。しかし、LINK-Jがあることで、製薬企業の関係者による相談窓口(Out of Box相談室)など様々なイベントを通じて産官学の関係者とつながりを得ることができるようになりました。

――パートナリングイベントへの参加の後は、どのような変化がありましたか。

横山 私たちの研究は順調に進展しました。当時、すでに十数種類のヒトGPCRの全例で検証が成功しており、研究者としてはこれで十分だと思っていたのですが、事業化に協力する投資家はその結果では納得しないだろうと思い、膜タンパク質合成の実験規模を一気に拡大しました。ヒトGPCRのクラスAからCを対象として、薬剤開発の標的として想定された約300種類について、科学技術振興機構「大学発新産業創出プログラム」に「無細胞膜タンパク質調製技術および非天然型アミノ酸導入技術を用いた新薬創出の加速」として採択され、実験を行い、全例で良好な結果を確認しました。本来であれば3年間は要するこの検討を6カ月という短期間で完遂し、外部から高い評価を得ました。

――実用化にあたっては様々な選択肢があったと思いますが、ベンチャー化を選択された理由を教えてください。

横山 技術だけを外部に導出したのでは、実用化は難しいことはわかっていました。というのも、GPCRを標的とした誰にでも製造できる「製造キット」のレベルに達するには、様々な機能的観点での詳細な取り扱いを前提としますので、その開発にはさらに何年もの研究が必要でした。このGPCRの調製の技術を早くに活かすことを考えれば、いつまでも足踏みしているわけにはいかず、早期に基礎研究の基準を超えた社会的価値にまで仕上げて役立てるべく、事業化の枠組みの中で成果の活用展開に迅速に対応出来る「リベロセラ」というスタートアップを設立するというスタイルでの実用化を選択しました。将来的に、この技術が基礎となり、人々の病の解決に貢献できるような成果をもたらせたら大変嬉しく思います。

後編に続く 》「リベロセラ株式会社の誕生と今後の展開」

yokoyama.png横山 茂之

理学博士。東京大学理学部生物化学科を卒業後、東京大学理学部生物学科に進み、助手、助教授を経て1991年に教授に就任する。1993年には理化学研究所・細胞情報伝達研究室の主任研究員に就任。現在は理化学研究所で特別招聘研究員を務める。東京大学名誉教授。

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