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インタビュー・コラム

サポーターコラム#8 『イスラエルに見る ヘルスケアデータ デジタル化のインパクト』

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ライフサイエンス領域の最新のトピックや情報についてLINK-Jサポーターから聞く「サポーターコラム」。
第8回目となる今回は、イスラエルのスタートアップ事情に詳しい、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社の森山大器氏より、「イスラエルに見るヘルスケアデータ、デジタル化のインパクト」についてお伺いしました。

スピード感あるワクチン接種を支えたヘルスケアデータ

 報道されている通り、イスラエルでは世界で最も早いスピードで新型コロナワクチンの接種が進んでいます[1]。150ヶ国を超える国々から移民が集まるイスラエルでは外国人であるという理由で接種の順番が劣後することはなく、私はむしろイスラエルらしい現場の合理的かつ柔軟な判断[2]により イスラエル人よりも早く接種を受けることができました。なぜイスラエルでここまでスピーディに進められるのかについては、国土が小さく人口が少ないことやネタニヤフ首相の米国に対する政治力も要因のようですが、ヘルスケアデータがデジタル化されていたことが極めて重要だったと感じます。

 イスラエルではヘルスケアデータが20年ほど前からデジタル化されており、いつどの病院に行き、その時の担当医が誰で、診断結果が何で、どのような薬が処方されたか、が全て電子的に残っています。自分が加入している健康保険組織(HMO: Health Maintenance Organization)のアカウントにブラウザやアプリでログインすればこれらの過去のデータが全て閲覧できるので、"お薬手帳"はもちろん不要です。イスラエルのHMOは接種を受けた人を対象に過去のヘルスケアデータと紐付けた統計的なデータ解析が可能であり、それが故に新型コロナワクチンを提供するファイザーにとって効果検証の場として適していたこともイスラエルへ優先的にワクチン提供がなされた理由の1つでしょう。

 そして、ワクチン接種におけるデジタル化の貢献はそれだけではなく、接種オペレーションにかかる時間も大きく短縮しています。例えば、日本では接種前に問診票への記入がありますが、これはイスラエルにはありません。日本でインフルエンザを受ける時に使用されている問診票を見ると、住所、氏名、年齢、過去にどのような疾患履歴があるかなどをわざわざ紙に記入するよう求めていますが、これらの情報はHMOのデータベースにそもそも全て残っているのでHMOのカードさえ持参すれば敢えて聞く必要がないのです。結果として、接種会場における受付~接種完了にかかる時間が日本のトライアル測定と比較して、イスラエルでは実測で半分以下でした。

ヘルスケアデータはスタートアップ創出にも貢献

 このようにワクチン接種で注目されたイスラエルのヘルスケアデータですが、実はコロナ以前から"Startup Nation"たるイスラエルにおけるヘルスケアスタートアップの創出に大きく貢献してきました[3]。イスラエルではデジタル化されたヘルスケアデータが、研究開発という目的のもと、個人が特定されない形で提供されています。イスラエルのスタートアップはヘルスケアデータを所有する機関との間で研究開発に関する協定を結び、この活用可能なヘルスケアデータを学習データとして使うことで、質の高いプロダクトを開発しています。

 私はイスラエルのスタートアップを日々支援していますが、イスラエルのヘルスケアスタートアップにとって日本企業への関心は低くないという印象を持っています。もちろんイスラエルスタートアップにとって最優先のマーケットは米国であることが多いのですが、母国にマーケットがなく創業時からグローバル市場を見ているイスラエルスタートアップにとってASEANは無視できない存在です。とはいえ、自力のみではASEANでビジネスをすることが難しいという認識のもと、ASEANへのゲートウェイとして機能しうる日本企業をパートナーとして持つことは強く歓迎されます。日本企業が提携を持ちかけた時点では日本へのローカライズや規制対応は全く手をつけていないことも多いので、まずは検討が進んでいる米国市場でのビジネスから協業を開始し、平行して日本市場での規制対応支援を行う、というような動きになることが多いかと思います。

 イスラエルのスタートアップの探索には、イスラエルのNPO組織であるStart-Up Nation Centralが提供しているデータベース[4]が便利です。この記事の執筆時点で約6,600件のイスラエルのスタートアップが登録されており、全て無料で検索が可能です。タグ検索でcoronavirusを調べると、コロナに関連するスタートアップが約300件出てきます。

日本におけるヘルスケアデータの整備に向けて

 イスラエルの現在のエコシステムが実現できている背景は、多層的であり、かつ、短期的には模倣が難しいものがほとんどです。一方、中期的な取り組みとして、日本政府がGovernment-as-a-startupとしてヘルスケアデータの整備にも取り組むのであれば、縦割りの壁を超えてデジタル庁設立やマイナンバー活用方法の見直しを検討している今こそ好機かと思います。ヘルスケアデータのデジタル化を進めるうえで先行事例ではどうやっていたのか、という参考としてイスラエルに注目いただく機会が増えるとしたら嬉しく思います。


[1] Our World in Data: Coronavirus (COVID-19) Vaccinations

[2] イスラエルでは、永住権を持たない外国人はエッセンシャルワーカーの仕事をしていることが多いので、社会のインフラを早期に安定させるために、HMO等の現場の判断により、外国人を優先的に受けさせることもあるとのことです。

外国人がエッセンシャルワーカーとして働いている場面は建設現場やレストランなど様々ですが、高齢者のヘルパーもいます。私が1回目の接種をした会場には高齢者が多くいましたが、多くの場合、高齢者1人1人にアジア人のヘルパーが同伴しています。イスラエルでは高齢者のヘルパーとして英語が話せて主要な宗教がカトリックのフィリピン人がよく働いています(一方で、インドネシアは主要な宗教がイスラム教のため、イスラエルとは国交がない)が、このような外国人に対しても優先的に接種を受けさせるようにしているようです。もしそのようにしないと、高齢者が接種に来ても、ヘルパーはまた別の機会に接種に来なければならなくなってしまいます。

[3] 日経BP Beyond Health: ヘルスケアデータ活用によりスタートアップが次々に誕生

[4] Start-Up Nation Finder

森山 大器 氏  デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 グローバルテクノロジー統括

東京大学大学院で物理工学を専攻。新卒で経営コンサルティングファームのBoston Consulting Groupに入社し、5年間勤務。その後、米国シカゴのデザインスクール(IIT Institute of Design)に留学し、最先端のイノベーションの方法論を学ぶ。デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社に参画後は、技術ベンチャー支援担当、経営企画部長、政策事業部長を歴任。現在は、Deloitte Israelのテルアビブオフィスに駐在し、イスラエルの革新的な技術と日本の事業会社をつなぐ支援を行っている。

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